再会編30話 タフガイ親子は拳で語る
グラドサルを進発した艦隊は定刻通りシュガーポットに到着し、入港する。
俺はリックに供を命じて、軍用車で基地司令部へと向かった。
シュガーポットの市内も復興はほぼ完了していているが、まだところどころに戦火の傷痕は垣間見える。信号で止まった時にビルの塗装作業の風景が目に映ったが、作業中のビルには焼夷弾でも命中したのだろう。焼けて黒ずんだ壁に作業員達は真新しいペンキを吹き付けてゆく。
ハンドルを握ったリックが、助手席のオレに話しかけてくる。
「職人技なのか塗料がいいのかは知らねえけど、焼け跡が全くわかんなくなんだな。大したモンだと思わねえか、兄貴?」
「ああ。だが戦火の焼け跡に塗料を吹き付けたって、戦火そのものを糊塗出来る訳じゃない。」
死人はもう帰っちゃこないんだ。キャンベル曹長が戦死したのはこのあたりだったはず……
「やれやれ、兄貴は妙におセンチなトコがあんよな。俺はさあ、剣狼カナタは最高の軍人になる男だって思ってんだけどよぉ。唯一、軍人に向いてねえって思うのはそこだよ。」
「リックまで過大評価はよせ。あちこちで買い被られて迷惑してんだ。」
筋悪仕手筋である司令のあくどい株式操作でオレの株は急騰してる。業務実績が株価に見合ってなかろうが、企業なら歓迎するだろう。だがオレは人間、適正相場で評価してもらわないと、身の丈に合わない面倒事が増えるばっかりだ。
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幕僚達を引き連れたヒンクリー少将は、セレモニーチックな式典を早々に切り上げ、個室にオレとリックを招き入れた。
小洒落たバルコニーに面してはいるが、室内の設えは無機質で無骨、調度品の類も申し訳程度にしか置いてない。叩き上げの古参兵らしく、虚飾を嫌う少将の趣味なんだろう。その室内にいるのは少将とエマーソン少佐、オレとリック。気兼ねなく話せるメンバーだけだが、それでもオレとエマーソン少佐は席を外した方がいいな。だけどオレがエマーソン少佐に目配せする前に、神妙な顔付きのリックは話を始めてしまった。
「少将閣下、聞いて頂けますか?」
「なんだ? 言ってみろ。」
リックに少将、そういうのは肩書き抜きでやってくれって。少将と曹長としてじゃなく、父親と息子として話すべきコトだろ!
エマーソン少佐もそう思ったらしく、困り気な表情を浮かべている。だが、オレの弟分はもっと困った男だった。神妙な顔付きを一変させたリックは小憎たらしい顔で父親に質問する。
「……親父、バカだろ?」
「なにぃ!? 親に向かってバカとはなんだ!」
息子の思わぬ言葉にキレ気味な声を上げる少将。息子はなおも追い打ちをかける。
「バカだからバカって言ってんだよ!バーカバーカ!バカ親父!」
「やかましい!バカはおまえだ、このバカ息子が!」
「うるせえ!なにカッコつけてんだよ!俺とトンカチの間がおかしくなったらとか余計なお世話だ!」
「黙れ!勝ノ進も俺の息子だ!親が子の心配をして何が悪い!」
「はん!トンカチとも相談したんだ。そして出た結論は……"一発ぶん殴る"だ!」
電光石火で拳をかざしたリックの右ストリートが少将の頬にクリーンヒット!だが「不屈」の異名を持つ同盟きってのタフガイは重いパンチだろうが一撃ではダウンしない。
赤いツバをカーペットに吐き捨て、筋肉を隆起させた少将はコキコキと指を鳴らす。
「なかなかいいパンチを打つようになったな。だが……本物のパンチってのはこうだ!」
お返しとばかりに親父の鉄拳が炸裂、息子にたたらを踏ませて後退させたが、血塗れになろうが最後には勝つと評判の「鮮血の」リックは倒れない。
「なんだぁ、そのヘナチョコパンチは? 寄る年波には勝てませんってかぁ?」
「膝が笑ってるぞ、小僧? どうした、もうこないのか?」
「ンな訳ねえだろ!覚悟しやがれ、クソ親父!」
「かかってこい!バカ息子が!」
壮絶な親子喧嘩が開幕したぞぅ、バルコニーに退避しよっと。
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「剣狼、どっちが勝つか賭けないか?」
バルコニーに退避するなり、エマーソン少佐は賭けを持ち掛けてきた。陸の海賊のナンバー2だけあって、無頼さではアスラコマンドに引けは取らないねえ。
「リックに賭けたいところですが、まだ無理でしょう。」
「おやおや、剣狼はリックの兄貴分だろう?」
「その賭けは2年後にしてください。その時はリックに賭けますから。」
「……そうか。リックを少将と勝負出来る男に育ててやってくれ。」
「2年後のリックは、少将と互角に戦えるだけの兵士になっているはずです。そしていずれは親父を越える男になって欲しい。兵士としてだけじゃなく、指揮官として、一人の男として……それはオレには出来なかったコトだから。」
「剣狼に家族はいないと聞いているが、泉下の親父さんにもきっと届いている。剣を牙とし、戦う狼の物語……その英雄譚は。」
偽造された経歴ではオレは家族全員と死別した天涯孤独の身。でもね、エマーソン少佐。オレの親父は違う星で生きています。……ただ、親父の中でオレの存在が死んでいるだけで。
「どうでしょう。オレにはそうは思えません。」
「……家族とはあまり上手くいかなかったみたいだね。」
「……ええ。今さら言っても詮ないコトですが、オレも両親も色々間違ってたんでしょう。」
元の体はもう死体になっているだろうけど、そうなる前からオレの存在は親父やお袋の中では死んでいた。お袋はオレを置いて家を出て行き、親父は受験に失敗したオレを見限った。オレはお袋を探そうとは思わなかったし、親父との絆を取り戻そうとする努力もしなかった。天掛家の家族関係は崩壊するべくして崩壊したんだ。オレにも非があったと今はわかっている。でも、それでも親父やお袋に対する怒りや悲しみが抑え切れないんだ!
「そんな顔は剣狼には似合わない。そうだな……もし剣狼のような息子がいたら、私は誇りに思うよ。それは間違いない。」
「……ありがとう、エマーソン少佐。」
機微の分かる男、エマーソン少佐が二本目の煙草を携帯灰皿に捨てたあたりで、親子の対決は終了した。
「結構派手な音を立ててたのに、誰も止めに来ませんでしたね。セキュリティは大丈夫ですか?」
「少将とリックの人となりは承知している。殴り合いもあり得ると思っていたから護衛兵には伝達しておいた。」
ホントに機微がよくわかってらっしゃる。
バルコニーから室内に戻ったオレはカーペットに大の字になったリックの手を引き、立たせてやる。
「善戦むなしく惨敗したな。まだケツが青いとわかったか?」
「へっ!あれでも親なんでな。手加減してやったのよ!」
うは、もう切れた唇が塞がりかけてらぁ。ホント、親子揃ってタフさが尋常じゃねえ。
「剣狼に預けたのは正解だったな。まあまあ見れる兵士にはなったようだ。」
息子をノックアウトした親父はキャビネットからラム酒を取り出し、瓶のまま煽ってから息子に差し出した。
「飲め、もう二十歳になったはずだろう? おまえの事だから成人前から飲んでたんだろうが……」
ラム酒を景気よくラッパ飲みしたリックは父親を真正面から見据える。
「親父、自分一人でなんでも背負おうなんて親の思い上がりだぜ。俺もトンカチも親父の息子、困難があるなら家族で背負う。俺とトンカチの事を思うのなら、なおさらそうすべきだった。」
「……そうだな。そうすべきだった。エマーソン、今夜の予定は全てキャンセルだ。ちっとは骨のある男に育った息子二人を連れてメシでも食いに行ってくる。」
「了解しました、サー。しかしこの部屋の後片付けはご自分でどうぞ。」
「やれやれだ。リックも手伝え。」
「はいはい。散らかした人間が後片付けすんのが道理だわな。」
バツの悪げな顔をしたタフガイ親子は、無骨な部屋にあった乏しい調度品の残骸を片付け始める。
調度品は破壊されたが、代わりにヒンクリー家の絆は再生した、か。結構結構。
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