激闘編21話 だって恨みはないんだもん



「……どうやら……同士討ち……いや、仲間割れを始めたようだが……何を考えてるんだ、アイツら?」


驚いたというより呆れた声。百戦錬磨のヒンクリー准将といえど、こんなケッタイな状況は初めてだったらしい。


なにもしてないのに勝手に相手がすっ転ぶ、としかいいようがない状況。


ヒンクリー准将は一旦部隊の前進を止めて、状況の確認を始めた。罠の可能性は低いと思うけど、慌てて攻撃する必要はない。まだ市内へ突入していないのに、グラドサルの各所から煙が上がっているからだ。


偵察用ドローンで市内の様子を確認したマリカさんが、訝しがりながら准将に報告を入れる。


「……准将、エプシュタイン師団がゲートを叩き壊して街から脱出しようとしてるみたいだ。マジでなにやってんだろうね?」


「なにやってるって、そりゃあ仲間割れじゃろう。見てみい、市外におった部隊も散開してシュガーポット方面に逃げていくぞい。ププッ、棚ぼたすぎて屁が止まらんわい。」


笑いながらオプケクル大佐はプッと可愛いオナラをした。


「この状況を見たまま信じていいものか……剣狼、罠の可能性はないか?」


「ないです。どう見ても誰も状況をコントロール出来てません。それに至近距離からの砲撃で門まで破壊してる。策略だとしても、コッチが動かなかったらどうするんです?」


混成師団が動かなければ、ただ門を破壊しただけに終わる。間違っても籠城側のするコトじゃない。


「彼らの愚かさは、我々の想定以上だったみたいですね。ヒンクリー准将、ここはエプシュタイン師団が逃げようとする混乱に乗じた方がいいと思います。」


リンドウ中佐の具申にヒンクリー准将は頷き、全軍に市街への突入を命じた。





「有能な敵より無能な味方の方が怖い」は、親父から教えてもらった言葉だ。


親父は官僚だったから、あくまで官僚の立場から語る実体験だったのだろうけど、何年も積み上げてきた案件を、あまり賢くない政治家の思いつきで台無しにされた経験を教えてくれたっけな。


いつもより少し多目の酒を口にしながら、いつもより少し饒舌だった親父の体験談。


今ならわかる。あれは晩酌とヤケ酒の狭間ぐらいの酒だったんだろう。


永田町と霞が関の綱引きに疲れた親父にオレはこう言った。


「政治家の思いつきで方針が変わるのかぁ。父さん、だったら官僚じゃなくて、政治家になればよかったんじゃないの?」


「政治家になるには地盤とカバンと看板が必須なんだ。父さんには一つもない。」


「あるじゃないか!父さんは財務省のエース官僚だって看板が!地盤とカバンはないかもしれないけどさ……」


「父さんは、まだエースだよ。エースとエース候補の間には高い高い壁がある。おまえも社会に出れば分かるがな。波平、父さんと同じ高校、大学に進学出来たら、政治家になってみるか? 父さんが地盤とカバンと看板を揃えてやる。父さんは日本を動かす男になるつもりだが、波平はもっと高みに、世界を動かす男になってくれ。」


……親父の期待に応えたかった。天掛波平は凡人で、世界を動かす男になんかなれっこないけど、せめて進学先だけは、親父の期待に応えたかった。




「少尉!市街地突入まで後5分よ!」


リリスの声で現実に引き戻された。いけねえいけねえ、戦争中だってのに思い出に浸っててどうするよ。


「陸戦要員はハッチ前に集合!戦場は市街地で一般人もいる!、巻き込むなよ!」


極力、ってあたりがオレも悪党だな。絶対に、だろ、そこは。


だが現実を考えれば、極力と言わざるを得ない。一般人だって武装してるこの世界じゃあな。




「棚からぼた餅って諺があるけど、今回のケースは、ぼた餅と金子きんすとでも言うしかないねえ。エプシュタインもグリースバッハもどうしようもない阿呆だよ。カナタ、ここまで上手くいくと思ってたかい?」


マリカさんの隣で敵を斬り伏せながら、オレは答えた。


「まさかでしょ。グリースバッハとエプシュタインがいがみ合って、指揮系統に乱れが生じてくれれば、ぐらいにしか思ってませんでした。」


「だが現実は、この有り様だ。馬鹿という器には底がないものらしいな。」


敵兵をまとめてローストしながら、ラセンさんが苦笑する。


「僕が思うに、謙譲の美徳は他人の為ならずって事です。意固地を張り合った結果がこれなんですから。」


かろうじて業火を逃れた敵兵をワイヤーで敵を絞殺、いや、首を跳ね飛ばしたシュリが、憮然としながら言い放つ。


敵とはいえ、この醜態はシュリの価値観にはとことん合わないらしい。


「じゃが、そのお陰でワシらは楽が出来た。両雄の愚鈍さに、感謝すべきなのじゃなかろうかの。」


体毛を変化させた刃で喉笛を掻き切りながら、ゲンさんが嘲笑う。


「私の複眼でも、この醜態は見えなかったわ。マリカ様、次のブロックから二個大隊が接近中。前衛大隊は近接装備、狙撃銃を装備した後衛部隊が続いています。」


攻撃用インセクターを使役し、敵兵に群がらせながら、蟲使いホタルは偵察も行ってくれた。


「はん、たかが倍の戦力でアタイらをどうこうしようってのかい。笑わせてくれるねえ。」


マリカさんを真ん中に、市街地中心を走る大路に立つクリスタルウィドウの幹部達。その背後に控えるのは、同盟最強大隊の猛者共だ。


さあ、矢でも鉄砲でも持ってきな。




「カナタ、ラセン!後衛に飛び込んで始末してこい!」


「お任せを!」 「了解です!いくぜ!」


マリカさんの切り開いた道を、オレとラセンさんはひた走る。ブロックしようとする敵は、ヒラリと躱してまた前進だ。見よ、この※エミット・スミスばりのスピンムーブを!


二人で後衛に飛び込むコトに成功したが、当然、花束代わりの銃弾で歓迎される。


フフッ、矢でも鉄砲でも持ってこい、か。……だが、そんなヘナチョコ銃でオレを殺せるかよ!


狙撃銃の銃弾を念真障壁で逸らし、敵兵複数をロック。お釣りだ、持ってきな!


狼眼で敵前列を始末したオレは、サイドステップして道を譲る。


オレの真後ろで術の予備動作を終えていたラセンさんの、最大威力マックスレート、螺旋業炎陣が炸裂し、敵後列を消し炭に変えた。


これで前後の連携は寸断した。後は消化試合だ。


後衛部隊の大隊長とおぼしき指揮官にオレは斬りかかる。周りの雑魚はラセンさんに任せていい。


オレは勇躍し、矢継ぎ早に刃を繰り出したが、大隊100人を率いる男だけあって、即殺とはいかなかった。


連撃を片手持ちの狙撃銃で受けながら、空いた手で抜いたサーベルで応戦してくる。腐っても鯛、支援チームでも指揮官だな!


「やるじゃんか。だが第4クォーター、残り5分で3ポゼッション差さ。もう諦めな!」


「まだゲームは終わってない!この街は俺が守る!」


そんな台詞を返されると、オレが悪役みたいじゃん!……まあ、悪役なんだけど。


「早いとこ部下を投降させろ。失われる命は帰ってこないし、時計の針は止まらないんだぜ?」


「※タイムアウトをかければ止まる!まだ3回残してあるからな!」


この指揮官さんもアメフト、いや、パワーボウルファンかよ!


「フリーエージェントまで後何年だ? 早いとこ機構軍のお勤めを済ませて、チーム移籍してこい!」


ジョークの合間に狼眼を入れて、と。


「生憎だな、生涯一チームと決めて……ぐはぁ!」


目を押さえたコマンダーに向かって、刀を握ったままの拳を振るう。


「これはオレの分!これもオレの分!そして最後も……オレの分だぁぁー!」


豪拳イッカク直伝の三連撃でコマンダーを沈めたオレは、血塗れた拳でガッツポーズを決めた。


「カナタ、格好をつけて叫ぶのはいいが、全部、自分の分じゃないか。」


雑魚を沈黙させたラセンさんは呆れ顔だった。ちぇっ、せっかく格好をつけてみたのに。


「だってオレはコイツになんの恨みもないんです。オレの分としか言い様がないでしょ?」


オレを殺す気で刃を向けてきたんだから、オレの分は正当な権利である。同じパワーボウル好きに免じて、命までは取らなかったけど。


「命のやりとりをしながら笑いまでとらなくていいんだよ。しょうがない剽軽狼だねえ。さて、このブロックはもう店仕舞いでいい。このまま総督府まで進軍するよ。」


市内各地の制圧にあたっていたアスラ別働隊に集結命令を出したマリカさんは、総督府に向かうルートの検討に入った。




クリスタルウィドウ、凜誠、ヘッジホッグ、クピードー大隊にレイニーデビル大隊を加えた500名の精鋭達は、総督府前に敷かれた最終防衛ラインを、いとも簡単に粉砕した。


総督府に砲撃を加える不知火の艦橋で、マリカさんはオプケクル大佐に通信を入れる。


「屁こき熊、後片付けは頼んだよ。まだ総督府周辺で、散発的に抵抗してる連中がいるみたいだから。」


仮にも大佐に向かってこの物言い。軍人として、どうなんだろう?


「ガハハ、引き受けた。しかし緋眼よ、おまえ婚期が遅れそうな女じゃなぁ。いやいや、それ以前にもらい手はおるんか?」


「大きなお世話だ!サッサと仕事にかかんな!」


「ガッハッハッ、怒った怒った!愉快で屁が止まらんわい!」


言い終えると同時に放屁するオプケクル大佐。……どっちもどっちですかね。


新入り副官のストリンガー教官は、マスクを持ってなかったみたいだ。可哀想に……


あ、ブリッジクルーがそっと差し出したガスマスクを、一礼してから受け取り、早速装備したぞ。


よかったですね、教官。




「降伏勧告は黙殺ですか。僕はてっきり、グリースバッハ総督は命惜しさに投降してくるかと思っていたんですが……」


シュリが総督府に向けて、数度の降伏勧告を行ったが返事はなかった。


……何を考えてる? いくらグリースバッハが馬鹿でも、詰んだコトぐらいはわかったはずだ。なのになぜ降伏しない?


「私もそう思ってたわ。カナタはどう思う?」


ホタルも投降すると思っていたらしい。オレは思案を中断し、今の考えを述べる。


「グリースバッハが自己中なのは確実だけど、その先の行動まではわからないな。保身を優先させるのか、プライドを優先させるのか……」


「降伏勧告を黙殺したって事はプライド優先なのかな? 街と命運を共にするという……」


「シュリ、それはない。考えてみればグリースバッハはまだ市外に友軍がいるのに門を閉じようとしたんだ。保身が優先だって行動で証明してる。」


「そうか。保身が優先なのに降伏はしない。何かあるな……」


腕組みして聞いていたマリカさんが答えを教えてくれる。


「シュリ、カナタ、それは逃げる算段があるって事さ。総督府から外に通じる隠し通路があるのかもしれん。総督府制圧作戦に使うつもりで、凜誠にグラドサル建設庁の庁舎を制圧させておいた。おっつけ見取り図が送られてくるはずだ。」


なるほど、隠し通路ね。その線が濃厚だな。




珈琲でも啜りながら、庁舎制圧班の送ってくるデータを待つとするか。



※作者より エミット・スミス選手はNFL最高のランニングバックの一人です。

      タイムアウトとはアメフトで時計を止める権利の事。前後半で3回づつあります。


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