争奪編19話 短気は短気、短所じゃない



テーブル席に移ったオレ達は酒を酌み交わしながら反省会を始めた。


「さて、リック。おまえはなんで負けたと思う?」


「決まってらぁ……弱いからだよ。」


「おまえは別に弱くない。だが剣を交える前に詰んでたんだ。」


「剣狼の言ってる意味がわかんねえ。わかるように言ってくれよ。俺はあんまし頭はよかねえんだ。」


「ヒンクリー家の小倅、癪に障る台詞だったろ?」


「たりめえだろ!どいつもこいつも親父の事ばっか持ち出しやがって!確かに俺の親父は准将閣下だよ!でもな、俺は俺なんだ!」


リックはテーブルをドンと叩いて叫んだ。その気持ちは……よくわかる。オレも親父と比較され続けてたから。


「そうだ、おまえはリッキー・ヒンクリーで、クライド・ヒンクリーじゃない。それがわかってるのにどうして激昂した?」


「短気が俺の欠点だって言いたいんだろ? ンなコタァ親父だけじゃなく上官からも言われてる。激昂するな、もっと落ち着け、冷静になれって。アンタもおなじ事を言うのか?」


「いや、正しく怒れって言ってる。」


「正しく怒る?」


「リック、短気な人間に怒るななんて言っても無理なんだよ。性分の根っこは変えられるモンじゃない。けどな、おまえの怒り方はダメな怒り方だ。怒っていい、でも怒りに流されるな。怒りに流されアホ丸出しで得物を振り回すなんざ下の下、いいカモにされるダケだ。それは身に染みてわかっただろ?」


「……本当に短気なのは変えなくていいのか?」


「短気は短所ってワケじゃない。おまえが呑気になったらいいトコまで消しちまうよ。オレの上官のマリカさんは知ってるな?」


「当たり前だろ。同盟軍のエースを知らない奴なんかいないって。ファンブックも持ってる。」


……マリカさん、ファンブックまで出てるのか。……オレも買おう。保存用と観賞用の2冊。


「リック、「緋眼の」マリカが呑気だと思う?」


シオンの問いにリックは首を振る。


「まさか!気性の激しさは烈火の如し、って書いてあったぜ?」


「そうだ。マリカさんは短気で激昂もする。けどな、怒りに我を忘れるコトはない。それどころか怒りを力に変えて強くなる。怒らせちゃいけないタイプってワケだ。」


「俺は怒らせた方がいいタイプ……なんだな?」


「そうだ。激昂したら感情のままに暴れ狂う。格下には脅威だろうが、格上には恰好のカモ、それが今のおまえだよ。その欠点を是正出来ないなら葬儀屋の予約をしておけ。じきに必要になる。」


「………そうか。剣狼が何度も親父の事を持ち出したのは、俺を怒らせる為だったのか………怒りを力に変えるってどうすりゃいいんだ?」


よしよし、相手の意図を考える頭は持ってる。だったら見込みはあるぞ。


「半身に構えろ。体じゃなく心をだ。」


「心を半身に?」


「一部だけいい。心の重心を後ろに置いとくんだ。激昂する自分を他人事みたいに観察する自分を育てる為にな。怒りで上がったアドレナリンを力にする自分、相手の意図を読み、奸計に惑わされない自分、同居させるのは簡単じゃないが、真の強者は実践してる。」


「為になります。私も感情に囚われがちですから。」


「シオンは十分冷静だよ。本職が狙撃手だけに常にクールなのが長所だ。」


「シオン姉さんは怒りを力に変えられないって事かい?」


リックの中ではシオンは姉さんにカテゴライズされたらしい。


「性格ってのは千差万別、シオンがマリカさんの真似をしたっていい結果にはならない。犬は噛みつく、猫は引っかく、喧嘩のやり方はそれぞれさ。」


「そっか。そりゃそうだな。なあ剣狼、いや、天掛准尉、俺を准尉の隊に入れちゃくれねえか?」


はぁ!? いきなり何言い出すんだコイツは!


「無理だ。オレは小隊長でな、もう定員一杯の部下がいる。」


「そこを頼むよ。な? 兄貴!」


「兄貴!? 勘弁してくれ!妹なら欲しいけど弟なんかいらないって!」


「いいじゃねえかよ、細けえ事言わないでさ。俺は兄貴から色々学ぶ事があると思うんだよな。」


「だから兄貴はよせ!気色悪い!」


「隊長とかカナタさんとか呼ぶの、まどろっこしいじゃん。」


「隊長、本人がこう言ってるのですし、司令に聞くだけ聞いてみては?」


「おっ、シオン姉さんは話がわかるね!」


………う~ん、リックは有望な兵士だ。身体能力が高く超再生のおかげで継戦能力は抜群、なにより根性がある。


親父に認められたいのか超えたいのかはわからないけど、一度の挫折で自分の殻に閉じこもったオレなんかより、よっぽど立派だよなぁ。


オリガを倒すには小隊じゃダメだ。最低でも中隊、出来ればヤツと同じ大隊を率いるのが理想………


だったら有望な兵士は一人でも多く欲しい。


「………司令に話はしてみよう。まずアスラ部隊への入隊が認められなきゃ話にならない。」


「俺もクソ親父……准将に頼んでみるよ。親のコネを使うのは気が進まねえが、なりふり構っちゃいられねえ。」


自分にとっての優先順位を考え、場合によってはプライドよりも実利を考えられる、か。


オレの部下向きの性格だな。短気を長所に変えられれば、コイツは強くなる。


「よし、お仕事の話はここまでにして飲もう。第2ラウンドは飲み比べで勝負だ。」


「ヘッ、腕比べでは完敗したがよ、飲み比べなら負けねえぜ!」


だよなぁ。リグリットの海賊酒場じゃヒンクリー准将に底なしの酒豪ぶりを見せてもらった。


准将の息子のリックも酒は強いに違いない。


「ふふっ、私も参戦しますね。こう見えて私、結構イケる口なんです。」


「シオン姉さん、こう見えてってなんだよ。どう見ても大酒飲みの大食らいにしか見え……あででで!」


シオンさん、リックは怪我人なんだから腕関節を極めるのはヤメたげて。




「おはようございます、隊長。」


はい、おはようございます。………頭が痛い。朝日もやけに眩しいや。


ガンガン痛む頭を振りながら、ベットで身を起こすオレに、シオンがミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれる。


「あんがと。ひょっとしてシオンが部屋まで運んでくれたの?」


「はい、二人とも酔い潰れてしまったので。リックは部屋がわからないのでバーに預けて、隊長は部屋まで運んできました。隊長は部屋に戻るなりバスルームで嘔吐していたようなので心配で………」


アドレナリンコントロールで頭痛を軽減、と。だいぶ楽になったぞ。


「それで付き添ってくれてたの? いくら副官だからってそこまでしなくていいんだよ。飲みすぎぐらいじゃ死にゃしないさ。」


ソファーに毛布が置いてある。情けねえ、女の子をソファーで寝かせちゃいけないよな。


「隊長、飲み比べは私の勝ちですね。」


「参りました。でもシオン、嫁入り前の女の子が男の部屋に泊まるなんていけません!次からは放っておくように!」


「………フフッ、そうですね。でもこんなお節介は隊長にしかしませんから………」


………それ、どういう意味? ええと、落ち着こう。まず深呼吸して………


う、またシオンさんがモジモジタイムに突入してるぅ~!今度はリックが助けちゃくれないぞ。


どうしよう!どうすべきか!どうしたらいいんだぁ!


「………いい雰囲気のトコ悪いんだけど、どういう事か説明してくださるかしら?」


「リッ、リリス!い、いつの間に!」


「リリス、部屋に入る時はノックをしましょうね?」


キョドるオレとは対照的に落ち着いてるシオンさん。なんでそんなに冷静なんだよ!


「ノックしろですってぇ? 准尉の部屋に侵入したのはシオンでしょ!」


「侵入なんかしてません。隊長を介抱していただけよ。」


「ついでに欲望も解放しちゃったりしてないでしょうね!」


「自分とおなじレベルで他人を見ないで欲しいわね。」


「澄まし顔で余裕かましてくれるじゃない!デカパイだからって調子にのんじゃないわよ!」


「ちっぱいのお嬢ちゃん、今朝のミルクはもう飲んだの?」


毒づくリリスを挑発するシオン、部屋の気圧がどんどん下がっていく。


「きぃ~!5年後なら負けないんだから!」


「10年後に勝負してあげるわね?」


「10年後ならシオンは30のオバさんじゃない。もうおっぱいが垂れ始めてるでしょ?」


「言ったわね!お仕置きの時間よ!」


「やれるもんならやってみなさいよ!受けて立つわ!」


……突発性低気圧が台風に変わりそうだな。今日は研究所行きだし、今のうちに荷物をまとめて逃げ出そう。




カバン一つで危険地帯デンジャーゾーンと化した部屋を逃げ出した後に、怒号渦巻く台風が発生したみたいだけど、オレし~らねっ。



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