争奪編20話 学者バカでもバカはバカ
「どうした、カナタ。やはり気が進まないのか?」
研究所に向かうヘリの機内で司令に話しかけられ、我に返る。
「いえ、少し考え事をしていただけです。」
「勤勉な納豆菌だな。リックの事だが配属部隊変更は問題なさそうだ。所属していた部隊でも持て余し気味だったらしい。」
「准将の子息だってのに短気で危なっかしい、使う上官にしてみれば神経を使うでしょうね。」
「准将とも話したが、アスラ部隊に来た以上は……」
「遠慮なんかしませんよ。そうやって腫れ物にでも触るように扱うから、ああなったんです。あの無謀さで生き残れたのは運がよかったからですよ。単に格上と出会わなかっただけです。」
司令はオレの向かいの席に座り、窓の下を眺めながら煙草に火を点ける。
「本人も希望しているようだからリックはおまえに預ける。納豆菌を分けてやるんだな。」
「素質のあるヤツです。考えて戦う事を覚えれば、間違いなく戦力になってくれるでしょう。」
「素質だけで
「オレが戻るまではバクラさんに仕込んでもらってください。なにも考えずに戦ってきたせいで、ロクな技を身につけてない。」
「わかった。同じ長物使いだからバクラが適任だろう。研究所に行って帰るのに三日、研究所での滞在は一日の予定だ。」
滞在が一日で済むのはありがたいけど……
「一日でいいんですか?」
「シジマはもっと時間が欲しいと懇願してきたが断った。念真強度の成長うんぬんなどとぬかす前にまともな兵士を作ってみせろと言ってやったよ。」
「正論ですね。シジマ博士は相変わらず狂戦士ばっかり作ってるんですか?」
「16号まで作ったらしいが全部狂戦士だ。税金の無駄遣いだな。」
「納税者は報われませんね。」
ヘリが着地し始めた。停泊予定の基地に到着したらしい。
停泊地で休息を取って、研究所に向かう。
時間は無駄にすべきじゃない、リリスが作ってくれた戦術プランの検討と修正でもやるか。
オレが戦術タブレットをイジって修正をほぼ終えた頃、眼下に研究所の建屋が見えてきた。
「カナタ、そろそろ到着じゃぞ。そこまでにしておけ。」
ボーリング爺に言われる前にタブレットの電源は切った。
懐かしき研究所へご帰還か。出来ればもう二度と見たくはなかったんだが………
司令と中佐は別棟で待機するらしく、ヘリポートで別れた。
胸クソ悪い研究棟には行きたくないって事だろう。
研究棟で待っていたのは、会いたくもない貧相な白衣だった。
「12号、よく帰ってきたね!活躍ぶりは報告を受けている、僕も鼻が……」
オレは相変わらず細っこくてモヤシみたいな体躯の博士の襟首を掴み寄せ、声を低くし警告する。
「オレを二度と番号で呼ぶな。……今度呼んだらその首をへし折る。」
乱暴に突き放すと博士はヨタヨタとよろめき、尻餅をついた。
「ど、どうしたんだい、じゅう……天掛准尉。えらくワイルドになったじゃないか。」
もうアンタに愛想よくしなきゃならない理由がないんだよ。そんぐらいわかれ、学者バカが!
「滞在時間が一日しかない。予定は詰まってるはずだが?」
「そ、そうなんだ。キミから司令に滞在時間を延ばしてくれるよう頼んで……」
「断る。滞在するのは一日だけだ。アンタの立てたスケジュールが終わろうと終わるまいと一日で帰投する。任務があるんでな。」
有無を言わせぬオレの口調は、学者バカにも通じたらしい。
「わかった。まず血液と細胞のサンプルを採らせてくれ。」
頷いたオレは博士の後をついていく。
ここは……13号が暴走した部屋か。………司令と出会ったのもここだったな。
いくら修理したっていっても、人が1ダースも殺された部屋でよく研究する気になるもんだ。
………我ながら愚問だった。そんなコトが気になるぐらいなら、こんな研究が出来るワケがない。
それに自分のコトを棚に上げるのもよくねえな。
オレが殺した人数はもう1ダースどころじゃない。
「血液と細胞のサンプルはこれでよし、と。天掛准尉、どうしたんだい?」
オレの目は培養ポッドで眠るオレそっくりの姿形の兵士に向けられていた。
「博士、あの兵士は何号だ?」
「17号だよ。」
「例によって眠らせてるみたいだが、13号みたいに暴走したりしないだろうな?」
「それは絶対にない。17号は心臓は動いてるけど脳は動いてないから。」
「脳死体ってコトか。どうせ実験の結果だろうけど、処分しなくていいのか?」
「あえて脳死状態にしてあるんだよ。天掛准尉がここを出てから分かったんだけど、君は目覚める前に脳波が著しく低下していたと推測されるんだ。投薬ミスが原因でね。」
やっぱり投薬ミスは13号だけじゃなかったか。13号に殺された研究員はオレにも投薬ミスをしたんだ。
「13号に投薬ミスしたヤツの仕業だろ?」
「よくわかったね。投薬ミスをした研究員は学歴を詐称していてね。ちゃんとした知識を持っていなかったんだ。困るんだよなぁ、いくら親が資産家でも学歴を金で買われちゃあ。こっちの迷惑も考えて欲しいよ。」
ごもっともだが、説得力皆無だ。まずアンタら自体が社会の迷惑なんだよ。
「それで状況を再現しようってか。ご苦労なコトだ。」
ははぁん、学歴詐称マンはオレに投薬ミスをして意識を低下させすぎた反省から、今度は投薬を控えすぎたんだ。
それで13号は意識が覚醒して暴れ出したんだろう。以前に予想した通りの顛末だったな。
「キミは戦場に出たせいか性格が悪くなったね。次は計測機器をつけて実戦データを取らせてくれ。」
……やれやれ、またあの円形闘技場でバトるコトになるとはな。
円形闘技場でスタンバイしていると博士の声がスピーカーから聞こえてきた。
「天掛准尉、相手は14号だ。余裕がなければ壊してもいいが、可能なら壊さないでくれ。」
壊すとか言うな。人でなしめ。
「さっさと始めろ。」
オレが返事すると、対面のゲートが開き、いつか見た光景が再現される。
あの時はビビったよなぁ。なんだか遠い昔のコトみたいだ。
うつろな目の焦点がオレに合った瞬間、雄叫びを上げながら14号はオレに向かって突進してくる。
まるで進歩してねえな。いや、念真障壁を纏ってるトコは10号とは違うか。
なんの意図もなく本能だけで繰り出される攻撃、少々速かろうが怖くもなんともない。
オレは14号の雑な攻撃を受けて躱して反撃する。
コイツら相も変わらず暴れるだけかよ、兵器としてはやっぱり二流だな。
身体能力と念真力の高さだけで一般兵には脅威だろう。だがアスラ部隊の兵士にはカモでしかない。
さほど時間をかけずに14号を無力化するコトが出来た。もちろんオレはノーダメージだ。
「つ、強くなってるね!驚いたよ、元は同じなはずなのに………」
はん、しょせんは学者バカだな。戦いのなんたるかがわかっちゃいない。
身体能力と念真力だけじゃ、強者たりえねえんだよ。
上層部に見限られるまで、成功する見込みのない実験をずっとやってろ。
「一体じゃ相手にならないみたいだから、次は15号と16号を同時に出すよ。白兵戦だけじゃなくて、邪眼も使ってみてくれ。」
2体同時か、怖くはないが面倒だな。オレと同じ身体だけに頑丈に出来てる。
15号と16号が闘技場に出てきたが………考えてみりゃ別に馬鹿正直に実験に付き合う義理はないんだ。
距離を詰められる前に………カタをつける!
「……ギギッ!」 「……ガガッ!」
15号と16号はオレに近付くコトも出来ずに地に伏した。
意志のないおまえらじゃ邪眼への対応がまるで出来ないよな。加減はしたから死にはしないだろう。
「うわっ!天掛准尉!これじゃ白兵戦のデータが取れないじゃないか!」
「邪眼の力を見せろって言ったのは博士だろ? 要望に応えただけだが?」
「そうだけど………まいったなぁ………」
「実験は終わりでいいな。代わりがもういないみたいだから。」
オレは博士が返事をする前に、胸クソの悪い闘技場からさっさと退場した。
その後、いくつもの実験に付き合わされ、解放されたのは日が完全に落ちてからだった。
カレー以外は全く評価出来ないマズイ飯を食べてから部屋に戻る。
いや、カレーにしてもリリスの作ってくれる、うるカレーにゃ到底及ばねえか。
部屋に入ってベットに寝転んだ瞬間に、備え付けのテレビフォンが鳴る。
………まだ実験があるとかいうんじゃなかろうな。
不機嫌な顔で電話を受けると、不機嫌な司令の顔が映し出された。
「カナタもなかなか不機嫌なようだな。」
「司令ほどじゃありませんが。退屈で不機嫌なんですか?」
「丸一日、書類に向き合っていたら不機嫌にもなる。ここは居心地を悪く作ったガーデンのオフィスより居心地が悪い。」
「だったら書類仕事がはかどったんじゃないですか?」
「早く部屋を出たくて仕事が捗るのだ。明日になるまで帰れんとなれば捗る訳がなかろう。」
「ご愁傷様です。オレに何か用ですか?」
司令はライターを手の中で一回転させてから話し始めた。これは隠語のサイン!
「カナタ、ガーデンに帰ったらさっそく仕事を
始めろ、か。司令のゴーサインが出た以上やるしかないな。
「了解です。帰ったらしっかり
オレは頷きながら答えた。
その後はどうでもいい世間話をし、電話を切ったオレは手荷物のトランクケースの隠しポケットから道具を取り出す。
ここに来るヘリの中で司令から下された極秘ミッション、それはこの手の施設につきものの自爆装置の所在を確かめるコトだ。
司令はマジで怖いよな。いざとなったら自爆装置を作動させて研究を阻止しようってんだから。
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