争奪編21話 バカはやっぱり隙だらけ
さて、ミッションスタートだ。難しくはない。オレはもう実験体じゃなくて正規の軍人なんだからな。
司令が連絡してくれたってコトは、博士は研究室の最奥部にいるってコトだ。
忍者みたいに潜入する必要はない、博士に会いに行くって言えばいいダケだ。
会いに行く理由も仕込んであるしな。
オレは部屋を出て喫煙ルームを覗いて見る。
警備兵に混じって白衣の研究者がいる。確か実験の時、博士の補佐をしていたヤツだ。
好都合だ、アイツに話をしてみよう。
オレは喫煙ルームに入って白衣に話しかける。
「一服してるとこ悪いけどさ、ちょっと話があるんだ。」
そう言って白衣を喫煙ルームからおびき出す。
「なんの用だい、12……天掛准尉。」
首を折られずに済んだな。おっと、ここは愛想が必要な場面だ。
「シジマ博士がどこにいるか知ってる?」
「博士なら特別研究室だと思うよ。実験のデータ解析にいそしんでるんじゃないかな?」
「そこに案内してくれないかな。昼間は言い過ぎたから謝っておきたくてさ。任務で忙しいのに研究所に呼び出されて機嫌が悪かったんだけど、考えてみりゃ博士はオレの生みの親なんだよな。」
白衣は難しげな顔になって、
「もう遅いし明日にしたらどうだい?」
「オレは明日の朝早くに基地へ帰投しなきゃいけないんだ。ウチの司令がせっかちなのは知ってるだろ?」
「じゃあ博士を呼んでみよう。」
「博士の手を煩わせたくない。オレが出向くよ、謝る側なんだし。」
「だけど特別研究室には一部の研究者と警備隊長しか入っちゃいけない決まりでね。」
「博士の補佐をしてたアンタなら入れるだろ? それに実験してて、ちょっと気付いたコトがあったんで、それも教えておきたいんだ。特別研究室の前まで案内してくれればいいからさ。」
「う~ん。弱ったな。」
迷ってるな。これならイケる。もう一押しだ。
「実験体ならいざ知らず、もう同盟兵士として認められてるオレが今さら妙なコトするワケないだろ? 無理を言ってるんだから、タダとは言わないさ。」
オレは丸めた紙幣の束を白衣のポケットに突っ込む。
「こ、困るよ。天掛准尉はずいぶん金回りがいいんだね?」
困った顔なんざしてねえじゃん。場所も時代も問わず、金の力は偉大だねえ。
「こんな短期間で異名兵士になったんだぜ? それなりの戦果は上げてんだよ。ンで、ウチの司令は……」
「同盟きっての
さすが博士の部下、チョロいもんだ。
いくつかのセキュリティーゲートをくぐって研究棟の最奥にある特別研究室の前についた。
白衣がドアの前で用向きを述べると、博士が返事をして分厚いドアが開いた。
「ご苦労さん。出るのに認証はいらないみたいだから、ここまででいいよ。」
「それじゃ、僕は行くよ。手短に用を済ませてくれ。」
手短に済むさ。うまくいけばだけどな。オレは体内時計を確認する。
司令がシジマ博士を呼び出すのは10分後、いい塩梅だ。
ツキのないオレにしちゃ珍しく上手くコトが運んだもんだぜ。
……いや、これは司令のツキの強さだな。なんせ司令は初めて行ったカジノで、いきなりジャックポットを出した豪運らしいから。
「博士、忙しいのに悪いね。」
博士はコンピューターの前で作業中。よし、第一前提クリア、作戦続行だ。
「天掛准尉、気付いた事ってなんだい?」
溺れるモノは藁をも掴む、か。研究が上手くいってない博士は、なんでもいいからヒントが欲しいんだろう。
「先に謝っとくよ。昼間は言い過ぎた。博士はオレの生みの親で恩人だってのに。」
「そんな事はいいんだよ。それより気付いた事を教えてくれ。」
「狼眼のコトなんだけどな。実は狼眼の発動トリガーは怒り、なんだ。14号と戦ってた時、オレに手玉に取られた14号は苛立ってたように思う。」
嘘っぱちだけどな。狼眼の発動トリガーは怒りじゃなく殺意だ。
それも意志の力に基づく明確な殺意、じゃなきゃガーデンに行く前にアンタ相手に発動してただろうさ。
アンタにゃ十分イラつかされてたんだからな。
「それでそれで!」
おうおう、食い付く食い付く。まるでダボハゼだな。チョロすぎて騙し甲斐がないね。
「投与する薬で感情の起伏を激しくしてみたら? 苛立ちが怒りに変われば狼眼が発動するかもしれない。ただ気をつけなよ。実験体の狼眼が発動したら、睨んだヤツを無差別に殺すぜ?」
「そうか!さっそく明日にでも実験してみよう!」
なんでもいいから結果が欲しいか。こりゃ相当上からせっつかれてんな。
その後もアドバイスするフリをして会話を引き伸ばし、作戦開始後30分が経過した。
研究所のオペレーターから通信が入る。
「博士、御堂司令から通信が入っています。」
「もう!なんだってノってきた時に!」
さて博士、どうする? そのコンピューターは研究データが入った最重要のシロモノ。
機密保持の為にシステムは当然スタンドアローンだよな?
つまりそのコンピューターじゃ通信は受けられない。
頼むぜ、期待通りの間抜けさ加減でいてくれよ?
「仕方ないな。回してくれ。」
博士は席を立ち、別のコンピューターで司令からの通信を受ける。
期待通りの間抜けだったな。コンピューターを起動させたまま席を立つかね。
最深部の特別研究室だけに室内には監視カメラもない。安心して仕事にかかろう。
機密保持システムは司令の言った通り、同盟のシステムの流用、これならなんとかなりそうだ。
このコンピューターを起動させる為には、いくつもの厳重な認証をクリアしなきゃいけないんだが、博士の間抜けさって万能パスのおかげでオールクリアだよ、ありがとさん。
基地の隅々まで網羅した見取り図を出して腕時計で撮影、と。
自爆装置はあるかな?………あった!そりゃそうだよな。こんなヤバイ研究をやってんだ。
いざという時に全てを闇に葬る仕掛けは施してあるに決まってる。
起動方法は、と。パスコードを入力して、この部屋にあるレバーを引くのか。
パスコードを知ってる人間は複数いるな。警備隊長に、博士とチーフ2人か。
パスコードの入手は司令がやるって言ってたから、オレの仕事はここまでだ。
司令が上手く会話を引き伸ばしてくれたお陰で余裕を持って必要な情報を入手出来た。上出来だろう。
「やれやれ。偉いさんってのは、どうしてこうもワガママなんだろうね。」
「謙虚な人間でも偉くなったらワガママになる、社会の摂理さ。話すコトは話したし、オレは部屋に戻るよ。明日が早いんでね。」
「そうか。本当はもう少し滞在して欲しいんだけどなぁ。」
「無理言うな。司令に逆らえないのは博士とおんなじなんだよ。おやすみ。」
本音で言えば永遠に眠ってて欲しいモンだな、博士には。
「ああ、おやすみ。」
せいぜい出口のない迷路を彷徨ってな。正直言ってアンタの貧相な顔は二度と見たくない。
翌日、本当に愛想を売る必要もなくなった博士に挨拶もせず、オレは機上の人になった。
あばよ、クソッタレ共。今度こそホントにオサラバだ。
「よしよし。これで必要なのはパスコードだけだ。よくやったぞ、カナタ。」
司令はオレの渡した画像データをタブレットで確認し、満足げに微笑んだ。
「マジで研究所を爆破するおつもりですか?」
「いざとなればな。気が咎めるか?」
「いいえ。あの研究所にいるのは、どいつもこいつも人でなしです。」
「人でなしなら羅候のゴロツキ共も立派な人でなしだろう?」
「リスクを負わない人でなし、と言うべきでした。」
「シャブ中も嫌いだが、麻薬の密売人と生産者はもっと嫌い、と言ったところか?」
「似てますね。シャブ中が破滅するのは自己責任ですから同情なんかしませんが。でも羅候の人達をシャブ中と一緒にするのは気の毒ですよ。」
「連中はシャブ中ではなく
「………それは否定出来ませんね。」
「ま、本当に爆破するかどうかはおいおい決める。今、焦って決める必要はない。キーマンのシジマを暗殺するという手もあるしな。」
「その方がスマートですね。クローン技術だけならいくらでも代わりがいるでしょうが、不完全とはいえ自我の植え付けに成功したのは博士だけだ。問題は博士が研究所から一歩も出ないってところですか………」
司令が煙草を咥えたので、提灯持ちの習性で火を差し出す。
司令はゆっくり煙草を吹かしてから、悪い顔でオレに囁く。
「私も人の事は言えんが、カナタも相当な
「躊躇いを感じる理由がありません。博士のやってるコトはある意味、殺人よりも罪深い。人間の
「………まるでクローン人間ではなく、普通の人間の台詞だな。……すまなかった。今のは失言だ、忘れてくれ。」
「お気になさらず。クローン人間なのは事実なので。」
クローン人間なのか人間なのか………いったいオレはどっちなんだろう?
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