争奪編22話 包囲される狼



微睡まどろみの中、オレは考える。


………オレは人間なのか………それともクローンなのか………


考えても答えは出ない………わかってるのは唯一つ、オレはオレでありたい。


どこでくたばるか分からないけど………最後の最後までオレらしくありたいんだ。





………体の上になんか乗っかってる。またリリスだな!


何度言っても寝床に忍んできやがって。だからオレのロリコン疑惑が晴れないんだよ!


オレは目覚ましアプリを起動させ、意識を覚醒させる。


さあ、お説教タイムだ!


パッチリ目を開け、オレの胸を枕に寝てる頭に説教を………はえ!? 黒髪だと? 染めたん?


いやいや、髪も短いから!これリリスじゃないから!


「………うにゃ………おはよ………」


「はい、おはよう。………ナツメ、なんでオレのベッドで寝てるのかな?」


「??……ベッドは寝るトコ。なんの不思議もない。」


たしかに。ベッドは寝るトコですね。なんの不思議も………ってそんなワケあるかぁ!そ、それに!


「しかもおまえ下着姿じゃねえか!」


「………おニューなんだけど、似合ってる?」


水色のスポーツブラとパンツが超似合ってるけど、そういう問題じゃなくてな!


「……あによぅ、うるさいわねえ。朝っぱらから騒ぎ立てないで……!!」


………脇にリリスもいたんかーい!なんでシングルベッドに3人で寝てんだよ!


「ナツメ!アンタどっから入ってきたのよ!」


低血圧で朝に弱いリリスといえど、さすがに一発で目が覚めたか。


「……どこからって……あそこからだけど。」


ナツメの指差す先には、人間が匍匐ほふく前進で抜けられそうな壁の穴。


めぞん一刻の四谷さんか、おまえは!


「あのね!アンタなんで穴なんか開けたのよ!」


「……なんで? 高周波振動ナイフで開けたんだけど? 安普請だから簡単だった。」


………見事に会話が噛み合ってねえな。


「道具を聞いてんじゃないわよ!理由を聞いてんの!」


ナツメが口を開きかけた瞬間、打撃音と共にドアが蹴破られる!今度はなんだよ!


「隊長!ご無事ですか!」


「たった今、シオンが蹴り破ったドアノブが頭に命中しました。とても痛いです。」


今朝もツイてない男の不運ぶりは健在みたいだ。


オレの被害申告を華麗にスルーしたシオンは、ナツメとリリスをひっ捕まえて、卓袱台前に座らせる。


「あなた達!いったいどういうつもりなの!」


シオンのお説教タイムが始まったが、ナツメは眠そうに大あくび、リリスは髪を変化させて作った耳掻きで耳掃除を始める始末。


反省ゼロの二人の態度にシオンはサイヤ人みたいに金髪を逆立てる。


「いいコト!これからこんな事は許しませんから!私の部屋は隣だから、いつでもすっ飛んでくるわよ!」


「………あの~、シオンさん。隣はクーパー軍曹の部屋じゃなかったかな?」


「私が部屋を代わって欲しいと頼んだら喜んで代わってくれました。紛争地帯から逃げ出したいと言って。」


「……奇遇ね。キャンベル曹長もおんなじ事言ってた。」


「え!?……ってコトは右隣がシオンで左隣がナツメ、真向かいがリリスの部屋なのか!」


完全に包囲されてんじゃん!オレに武器を捨てて出てこいっていうのか!


「………とりあえず朝ご飯にしましょ。ナツメはパジャマでも着なさいよ。でないと違う意味のオカズにされちゃうわよ?」


やめれ!人聞きの悪いデマを飛ばすんじゃない!


「……わかった。取ってくる。」


ナツメは芋虫みたいに匍匐前進で隣の部屋に移動する。


「隊長!ナツメのお尻をマジマジと観察するのはヤメてください!」


すいません、ついつい目が。イテテ、耳を引っ張んないで。ロバの耳になっちゃうでしょ!





単身者用の広くはない部屋におかれた小さな卓袱台。オレ達は卓袱台を囲むように座って朝メシにする。


「……あむあむ。アジの開きの焼き加減が絶妙。おみおつけも美味しい。ご飯おかわり!」


ナツメが勢いよくリリスに茶碗を差し出す。


「たんとおあがり……じゃなくて自分でよそいなさいよ!ガキじゃないんだから!」


文句を言いながら、おかわりをよそってやるリリス。


「でも本当に上手に炊けてるわ。最近の炊飯器って凄いのね。」


丼飯を上品に食すシオンは、もうおかわり2杯目だ。


「リリスの腕を褒めてやってくれ。オレが焚いたらこうはならない。」


「リリスは料理も天才なのね。おひつが空っぽだし、トーストを焼きますね。隊長、目玉焼きはサニーサイドアップとターンオーバー、どっちがお好きですか?」


「………サニーサイドアップで。」


「………准尉、今日中に家電屋で一番大きい炊飯器を買ってきて。」


………うん、わかってる。





個人のトレーニングと小隊の演習を終えたオレは、購買区画の家電屋で炊飯器を物色する。


う~ん。これがいいかなぁ。シオンは丼飯3杯とトースト5枚が適量みたいだ。


オレもナツメもよく食うし、一番デカいヤツにすべきだよな。


いっそ今持ってる炊飯器はシオン専用にして、新しいのを3人で分け合えばいいのかな?


「大の男が炊飯器を前に思案顔かい? おまえは主婦か。」


「マリカさん、やんごとない事情で我が家のエンゲル係数が跳ね上がる事態になりまして………」


「エンゲル係数? なんだそりゃ?」


あっ!エルンスト・エンゲルはこっちの世界にゃいねえんだ!


「え~と、家計における食費の割合といいますか……」


「そりゃベンゲル係数だよ。カナタは時々、妙な勘違いをするねえ。なんでベンゲル係数が跳ね上がったんだい? カナタは中軽量級にしちゃ食う方だが、リリスは少食だろう?」


やっぱ似たような係数がこっちの世界にもあるみたいだな。


「なんだかシオンやナツメもウチでご飯を食べるみたいな流れになっちゃったんで。シオンはウォッカと勝負出来るレベルの大食いだし、ナツメも軽量級の割によく食べるんですよ。」


「……そういやナツメはカナタの隣の部屋に越したんだったな。カナタ、家電選びは後にしてちょっと付き合え。」


ボスの命令には逆らえない。オレは歩き出したマリカさんの後をついて行く。




マリカさんは購買区画外れの喫煙スペースで煙草に火を点け、周囲に誰もいないコトを確認してから話し始める。


「カナタ、ナツメをどう思う?」


「笑ったら激カワでしたね。殺戮天使じゃなくて、ただの天使に宗旨替えしたら……」


「ナツメが可愛いなんてのは元からだ。アタイの妹は笑わなきゃ可愛くないとでも言う気かい?」


あ、姉バカが……始まってるぅ!


「元から可愛いちゃ可愛いですけど。ナツメがどうかしたんですか?」


「笑うようになってから、妙にアグレッシブになったと思わないか?」


………言われてみれば。あ、たぶん………


「リバウンドじゃないでしょうか? 人間関係が希薄だったコが生き方を変えたら、反動で妙にアグレッシブになるってヤツ。」


オレも身に覚えがある。生き方を変えるって決意をしたのはいいが、他人との距離感が掴めなくて妙にお節介になったような気が………


「なるほど。ボッチだっただけに、そのあたりの心理はよくわかるみたいだねえ。」


「………オレがここに来るまでボッチだったって誰から聞いたんです?」


「シュリだ。カナタみたいな剽軽狼がボッチだったってのは、ちょっと信じられないがな。」


友よ、口が軽すぎるぞ。オレのボッチだった過去は、司令の歳と同レベルの機密事項なんだぜ。


「オレのコトはさておき、あまり心配はいらないでしょう。ナツメはまだ距離感が掴めないだけで、じきに慣れると思いますけど?」


「それはどうだかな? 今のナツメはちょっと寄っかかりすぎなように思う。」


「マリカさんに甘えたいんですよ。ナツメの念願が叶ったんだ。甘えさせてあげてください。」


「アタイに寄っかかんのはいいんだ。……だが、どうもカナタにも寄っかかってるフシがある。」


寄っかかってるというより、遊ばれてんじゃねえかなぁ?


「オレも別に構いませんよ。激カワ天使に寄っかかられるなら本望です。」


「………カナタ、言っとくがナツメはアタイの妹だ。無防備に距離を詰めてきたからって、軽い気持ちで手なんか出してみな? アタイの紅一文字の……」


「サビになるのは御免です。オレには心に決めたマリカさんというヒトがいますから。」


「そういう軽さが心配なんだよ、アホンダラ!」


拳骨を脳天に喰らって目から火花が出ました。


「イタタ。重々注意しますですよ、はい。」


「大丈夫かねえ……ナツメなんだが今後はカナタのコンマワンに預ける。」


「いいんですか? ありがたい話ですが、ナツメは部隊の要でしょう?」


「クリスタルウィドウから出す訳じゃないから問題ない。今まではナツメを単独で必要な場所に行かせていたが、それが小隊になるだけだ。」


「なるほど、オレらコンマワンは穴埋めパテ部隊ですもんね。」


「パテの追加もしておこう。コンマツー小隊も編成する。隊長はリック、部下はウスラにトンカチ、それにノゾミだ。コンマツーの指揮もカナタが取れ。」


ウスラにトンカチってのはリックの連れてた子分の二人だな。ノゾミってのはバイトマスターの妹さんか。


リックの取り巻きは三人いたはずだが………一人は逃げたか、部隊に入るにゃ弱すぎたかだな。


「了解。」


「話は以上だ。それとカナタに渡すモノがある。」


そう言って手渡されたのは、手垢のついた何冊かのノートだった。




なんだろ? この御時世に手書きとは珍しい。えらく使い込まれたノートみたいだけど………





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