争奪編23話 ストリンガー・ノート
手渡された何冊かのノートの一冊をパラパラとめくってみると、そこに書かれていたのは各種の戦型に戦術、格闘から狙撃まで網羅された教練のやり方だった。
「……これは……教練マニュアル!? マリカさんが書いた……字が違うか。いったい誰のノートなんですか?」
「……「
教官とマリカさんは将校カリキュラムの同期生だ。
そんでマリカさんを口説こうと勝負した教官は、アゴを蹴り砕かれたんだっけな。
「プレゼントを渡しに来たなら、やっぱり口説きに来てたんじゃないですかね? このノートはマリカさんが貰ったモノってコトならオレは受け取れませんよ。」
「ストリンガー曰く、マリカに必要がなければ必要そうな奴にくれてやれってさ。回りクドイ奴だ。ハナからカナタに渡しゃいいもんを、意地でも男にプレゼントなんざしたくないらしい。」
実にストリンガー中尉らしい話だけど、いいんだろうか?
「……もらっちゃっていいんですかね? かなり年季の入ったこのノート……これってストリンガー教官の経験の結晶ですよ。」
「ありがたく貰っとけ。ストリンガーはそのノートを誰にでも渡したりしない。カナタにだから渡したんだ。」
「はい、今のオレに一番必要なモノだ。ありがとうございます、教官。」
オレはリグリットの方向に敬礼してから、ストリンガー・ノートを受け取った。
「アタイも読んでみたが「軍教官」の異名は伊達じゃない。同盟軍の正式マニュアルにすべき内容だったよ。上層部のバカ共にこのノートの価値はわからんだろうが。」
「カリキュラムでの教練も素晴らしかったですけど、経験を理論化するのも上手みたいですね。ジ・アグレッサー、ストリンガー中尉にこそ相応しい異名だ。」
「一冊だけなにも書いてない真新しいノートが混ざってるのが謎だがな。なんでだかねえ?」
「………ストリンガー中尉からオレへのメッセージです。」
「白紙のノートがメッセージ? どういう意味なんだ?」
「書けってコトです。この白紙のノートに、これからオレが積む経験を記録して、必要な誰かに渡してやれ。そういうメッセージなんでしょう。」
経験を積んだ人間は、その経験を次の世代に引き継ぐ義務がある。敵であれ味方であれ、誰かの命を犠牲に積んだ経験ならなおさらだ。
将校カリキュラムでストリンガー中尉はそう言っていたから。
「………そうか。カナタ、せいぜい気張んな。」
「ええ、教官を失望させたくないですからね。それじゃ家電選びに戻ります。そうだ、パンも焼ける炊飯器にしよう。」
「パンを焼くならレーズンは入れんなよ? あのコはレーズンが嫌いだ。」
ナツメはレーズンが苦手か。いいコト聞いちゃったぜ。
家電屋で炊飯器を買って部屋に戻り、ストリンガー・ノートに目を通す。
コンマワン、コンマツーの指揮と教練をやるオレは、
「熱心に読書してるみたいだけどエロ本?……違うみたいね。」
「リリス、オレが読むのはエロ本だけとは限らないんだぜ。」
そうマンガだって読……
「マンガを読書に入れないでよ?」
このちびっ子サトリめ。
「読んでるのはストリンガー中尉からもらった教練マニュアルだ。」
「いまだに手書きなんてアナログ人間がまだいたのね。恐竜みたいに絶滅したのかと思ってたわ。」
「恐竜は絶滅しちゃいないさ。鳥に進化しただけだ。」
「その進化形を美味しく頂きましょ。今夜は
今夜? 読書に熱中してる間に日が暮れてる!
我ながらいい集中力だ、昼メシも食わずに熱中してた………
と、思った瞬間、お腹がキュウゥと鳴った。集中が切れた途端にこれだよ。
「その様子じゃお昼も食べずに読書に熱中してたみたいね。すぐにサラダを作るから。」
カロリーを摂取出来ればいいバイオメタルだってのに、リリスさんは食事の形式にこだわる。
オレはそのこだわりは嫌いじゃない、むしろ大好きである。
「七面鳥とは豪勢ですな。なにかいいコトでもあったか?」
「お足をもらったから、多少は豪華にしないとね。」
「もらった? 司令から小遣いでももらったのか?」
「イスカから貰うのは労働の対価で、小遣いでもお足でもないわ。シオンとナツメからご飯代をもらったの。」
「おい、二人に要求したんじゃないだろうな? 仲間内でせせこましいコトは……」
「せせこましくないわ。相手が気にしないからって、こういう事にルーズな人間はロクなもんじゃないの。言っとくけど要求はしてないわよ? あの二人が自発的にご飯代って渡してきたんだから。」
「自発的にならいいんだが………」
「シオンはそういうトコもしっかりしてるだろうと思ってたけど、ナツメは意外だったわね。少し見直したわ。貧乳にしてはやるじゃない。」
貧乳関係ないし。それにリリスさんだってちっぱいでしょ?
「リリスの胸も十分、いや、紛れもなくちっぱい……」
「シャラップ!私は巨乳になる定めに生まれた女なの!将来のスリーサイズはバスト99,9、ウェスト55,5、ヒップ88,8なんだからね!」
それ不二子ちゃんじゃねえか!……でもコイツ、成長したらマジで不二子ちゃんみたいになりそう。
頭が良くてちゃっかり屋さんの悪魔的美人……悪くないぜ、ハニー!
メインディッシュの七面鳥が焼き上がる頃、礼儀正しくドアからシオンが、匍匐前進で壁の穴からナツメが、オレの部屋にやってきた。
………もうオレの部屋でメシを食うって流れは、完全に出来上がっちまったようだな。
「………准尉、もうちょっと大きい卓袱台にしとくべきだったわね。」
「………まったくだ。」
リリスと二人で使う予定だったから、一番ちっちゃい卓袱台にしたんだよな。
「じゃあ、この卓袱台ちょうだい。明日新しいの買ってくるから。」
コールスローサラダをはみはみしながら、ナツメがそう言った。
「少し食器も買い足した方がいいですね。ナツメ、明日一緒に購買区画に行きましょう。」
シオンが付け合わせのポテトフライをトングの限界まで挟んで、皿に入れる。
「わかった。カナタ、あ~ん。」
ニコニコしながらナツメは、スズメのヒナみたいに可愛く口を開ける。
オレが戸惑っていると、ナツメはジリジリと顔を寄せてきた。
どうでもオレにこっぱずかしい真似をさせるつもりらしい。
「……ナツメ。自分で食べなさい。」
副長というより、お姉さんみたいに諭すシオン。まあコンマワン三人娘、長女って感じだけどさ。
リムセもいるから四姉妹かな?
距離を選ばず戦えて、総合力なら最強の長女シオン。
カンと素質で個人戦に秀でた天才肌の次女ナツメ。
器用で小回りが利くが、戦力としては一枚落ちる三女リムセ。
ピーキーなステータスだが、潜在能力は最強の末妹リリス。
……世紀末的四兄弟にそっくりなのは気のせいか。
リムセが「姉より優れた妹~?」なんて言い出さないだろうな。
「隊長、どうかしたんですか?」
シオンはいっつもオレの様子を窺ってて、隙あらば世話を焼きにくるなぁ。
「なんでもないよ。くだらないコトを考えてただけさ。」
「シオン、くだらない男がくだらない事を考えるのは当然でしょ?」
おまえは隙あらば毒舌をブチ込んでくるな!
リリスの毒舌に閉口したオレの口を、ナツメが指で開けようとする。
「……あ~ん。」
「無理やり食わせようとすんなぁ!ちょっとアグレッシブすぎだぞ、ナツメ!」
「……私のおっぱい見たクセに。」
は?………キッドナップ作戦の時のコトかぁ!?
「……隊長、どういう事か説明して頂けますよね?」 「准尉、場合によっては遺言になるわよ?」
金髪の
「キッドナップ作戦の時に、ナツメが
「……見られたのは事実だし。舐めまわすような、やらしい目だった。」
格闘家でもあるシオンさんの握力はかなり強い。その握力はオレの手首相手にいかんなく発揮される。
「シオンさん、痛い痛い!ナツメも古い証文を持ち出してくんなぁ!」
「古い証文でも証文は証文。それにカナタと最初に出逢ったのは私、だから所有権も当然私。」
「異議あり!ちょっと前までアンタは准尉をガン無視だったじゃない!なに都合のいいコト言ってんのよ!」
「隊長と出逢った順番なんて関係ありません。いえ、法律だったら後法優先の原則が……」
「……法律関係ないし。……い~や、法律って言うなら、落としモノなんだから最初に拾った私に権利がある!」
………オレは落としモノかよ。
「その落としモノは元々私の持ち物だからね!拾ったからってナツメのモノにはなんないわよ!」
オレが落としモノなら、今のおまえらの会話は愚かモノのそれだからな。
「あの~、口論じゃなくて食べるのに口を使いませんか? 七面鳥が冷めちゃ……」
恐る恐る事態を収拾にかかったオレに容赦ない一斉砲火が返ってくる。
「シャラップ!」 「隊長は黙っててください!」 「これは私達の問題だし!」
オレの所有権はオレの問題だと思うんだけど………
戦火を逃れて部屋の隅っこに退避したオレは、かしましい口論をツマミに酒でも飲むコトにした。
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