争奪編24話 三人娘は三すくみ



今朝の朝食会議の議題は、昨夜決着のつかなかったオレの帰属権問題だった。


山積みのフレンチトーストと大きなサラダボウルのシーザーサラダを取り分けながら、舌戦が再開される。


オレが言っちゃいけないんだろうけど、よくやるよ。ほぼ毎日だろ?


「とにかく、准尉に最初にツバをつけたのは私!」


「早い遅いは問題にならないという結論になったはずでしょう?」


「姉さんがカナタの事は好きにすればいいって言った。だから好きにする。」


マリカさん!妹を甘やかしすぎ!


「マリカは世界の法じゃないわ!私が世界の法なの……きゃ!」


なにを思ったのか、ナツメがリリスのちっぱいをいきなり揉みしだく!


「ちょっ!?……いやぁ……そこ……感じちゃう………あぁん……だめぇ……」


お、おまえら朝っぱらからなにやってんだ!オレ得すぎる……いや不謹慎すぎるだろ!


「ナ、ナツメ!なにやってるの!手を離しなさい!」


シオンに説教されたナツメは手を離したが、名残惜しいのか、指をわきわきさせてる。


「いきなりおっぱい揉むとか、なに考えてんのよ、ナツメ!」


ネコみたいに髪の毛を逆立てながらリリスが抗議すると、ナツメはキョトンとした顔で人差し指を下唇にあて、首をかしげた。


「……ん~……リリスのちっぱいを揉んでみたくなった。……なんでかな?」


なに考えてるって……なにも考えてねえのかよ!


「ナツメ!親しき仲にも礼儀ありよ!いきなり触ったりしちゃダメでしょ!」


「シオン、ちゃんと主語を入れて話しなさいよ。なにを触っちゃダメな訳?」


「……おっぱ……胸とかよ!言わせないで!」


「………でもリリスは嬉しそうだったし。吐息も熱かった。」


「嬉しくないし熱くない!脊髄反射じゃなくて脳味噌使って行動してよ、アンポンタン!」


混沌カオスすぎる食卓だろ………起きて間なしでもう修羅場ですか………


………なんでこうなった? オレはどこで間違ったんだろう? それとも運命なのだろうか?


所帯主であるオレをガン無視して議論……いや口論する女共を眺めながら、オレは深いため息をついた。




朝っぱらから喧噪に巻き込まれ、もうひと仕事したような疲労感があろうとトレーニングはしなくちゃな。


ジョギングをしながら、人間関係の構築にはサッパリ役に立たない納豆菌をそれでも使ってみる。


………結論、オレの納豆菌は人間関係の円滑化には使えない。なにも知恵なんか浮かびゃしねえ。




個人トレーニングを終えたオレは、喫茶「ガリンペイロ」でキャラメルマキアートを飲むコトにした。


考えるには糖分が必要。実はバイオメタルはカロリーだけ取れれば成分は何でもいいらしいのだが、気分の問題だ。


サービスでついてくる生チョコを食べて、灰色の納豆菌に糖分を補給し、考える。


血と泥濘に埋もれるのが兵士の定めだ。けどなぁ、まさか人間関係の泥沼に埋もれるとは思わなかったぜ。


人間関係改善にはなんの役にも立たない灰色の納豆菌だが、糖分を補給したおかげか、あの三人の関係性の分析だけはしてくれた。


納豆菌の分析では、あの三人は三すくみの状態なのだ。


まず、リリスはシオンに強い。


シオンは真面目、リリスは不真面目、こういう関係の場合、割りを食うのは真面目な方だ。


オレとシュリもそんな感じだしな。明らかにシュリが割りを食ってる。


さらに根が純情なシオンはリリスのお下品攻撃が苦手だ。スルーすればいいのだが、そこが真面目人間の弱みでマトモに取り合ってしまう。


そこを見逃すリリスではない。形勢不利とみるや、すぐ下ネタに振って虎口を逃れる。


リリスはシオンの天敵、だが毒舌無双のリリスにも天敵が現れた。天然系衝動少女のナツメだ。


リリスは相手の性格や思考を読み、論理ロジックの剣と修辞学レトリックの盾を駆使する論客、だがナツメは基本的になにも考えてない。


行動を決定するのは衝動、気まぐれな子猫みたいな女の子なんだよな。


いい例が今朝のやりとりだ。さすがのリリスも、なんの脈絡もなく行動されると手に負えない。


メンヘラモンスターと恐れられ、言葉の暴力を武器に猛威を奮ったリリスにも、とうとう天敵が現れたのだ。


難攻不落と言われたリリスの牙城を攻略するという偉業を達成したナツメだが、シオンには弱い。


似たような過去を持ったシオンにナツメは強い共感シンパシーを持っているみたいで、そのシオンにお姉さん的見地からの説教をくらうと分が悪い。


以前からマリカさんの言う事だけは素直に聞いてたし、ナツメは末っ子体質なんだろう。


自分が認めた姉的ポジションの人間には割合素直に従う。


かくして、リリスはシオン、シオンはナツメ、ナツメはリリスを克すという三すくみが現出したというワケだ。


ま、いつもそうってコトじゃなく、あくまでそんな傾向って話だけど。


「諦観の極地、という顔をしとるのぅ。」


「ゲンさん!……実はちょっと泥沼に足を突っ込んじまいまして。」


「話を聞かせてもらおうかの。キワミさん、いつものは~ぶてぃをくれんかな。」


ゲンさんの言葉と同時に、キワミさんがハーブティーと砂糖菓子を載せたトレイを持ってくる。


なんたる反応と準備の良さ!………仲居竹キワミ……バイトマスターの異名は伊達じゃないな。


「お待ちどおさま。カナタさん、妹をよろしくお願いしますね。」


そういやキワミさんの妹のノゾミさんがコンマツーに配属されたんだった。


「こちらこそ。書類に目を通しましたけど、凄い妹さんですね。軍学校を飛び級で卒業しただけじゃなく、複数の兵科の卒業資格を取得してる。」


本職はオペレーターみたいだけど、通信科だけじゃなくて工兵科や銃砲科もクリアしてるってんだから大したモンだ。


「ノゾミは器用ですから。良い言い方をすればプチ万能、悪い言い方をすれば器用貧乏、使い方次第で1にも10にも成り得ます。」


「ほっほ、それはそれは。カナタの腕の見せ所じゃのう。」


「ゲンさん、プレッシャーをかけないでよ。キワミさん、オレは部下を守る為に全力を、いや全力以上を尽くすつもりです。………でも……」


「戦場に絶対はない。妹はわかっているはずです。もちろん私も。」


そうなんだ。戦場に絶対はない。だからと言って部下を死なせるつもりは微塵もない。


矛盾してるが、やってみるさ。


「お二人には何かお話があるみたいですから、マキアートのお代わりを淹れてから席を外しますね。」


キワミさんって気が利きすぎじゃないかなぁ。




「………と、いうワケなんですよ、ゲンさん。オレはどうすべきですかね?」


年の功より亀の功、なんせゲンさんは田龜源五郎たがめげんごろうだ。いい知恵出してください!


「ほっほ、それは大変じゃのう。」


ええ~!まるで他人事じゃん!


「亀の功が無理なら、せめて年の功を……年寄りの知恵を拝借させてください!」


ゲンさんはハーブティーをズズッと啜ってからおもむろに口を開く。


「そうじゃのう。年寄りから言えるとすれば………」


「言えるとすれば?」


「りあ充はいい事ばかりではない、という事かの。」


リア充はいい事ばかりではない!……そうか、確かに今のオレはボッチ時代に夢にまで見たリア充なのかもしれない!


かけがえのない友や気のいい仲間に囲まれ、素晴らしい上官も頼りになる部下もいる。それに尊敬する師に、命を賭けても惜しくない女の子達まで。………彼女だけはいないけど。


だが………憧れ続けたリア充はいいコトばっかりじゃないらしい。


そりゃそうだよな。アイドルに憧れて田舎から上京してきたコが夢を叶えたとしよう。


でもアイドルになったらプライベートに気をつかうし、売れれば売れるほど自分の時間は無くなっていく。


幸福だけを享受するなんてウマい話があるワケないんだ。


「禍福は糾える縄の如し、とはよく言ったもんですね。」


「左様、わざわいも幸福も表裏一体、切り離す事は出来んのじゃよ。考えてもみい。大事なモノを失う不幸に襲われるは、大事なモノを得た幸福がゆえじゃろう?」


「そうですね。逆に地獄の一丁目なんて呼ばれてるガーデンに来て、楽しくやってるオレもいる。あれ? ゲンさん!全然アドバイスになってないですよ!オレは修羅場を抜け出す心得を聞きたいんです!」


「心得なんぞありゃせんよ。だいたい今のカナタの状況は、自業自得という奴ではないかの?」


………そりゃそうなんだけどさー。


「さて、カナタ。年寄りから耳の痛い話をさせてもらうぞえ。」


ゲンさんは真剣な表情だ。オレはなにかやらかしたのか?


「カナタとホタルの事じゃがの。どうも最近、隊内ではホタルが悪者、という空気が醸成されつつあるように思うのじゃ。なにか心当たりはないかの?」


「オレがホタルの陰口を言い回ってるって言うんですか!オレはそんなコト……」


「しておらんのはわかっちょる。心当たりがないか聞いておるのじゃよ。」


オレに心当たりなんてあるワケ………!!………オレの為なら悪魔になりかねない少女リリスがいる。


「ゲンさん………」


「やはりのう。リリスじゃったかい。……怖い娘ごじゃ。」


「そうと決まったワケじゃありません。誰かが情報操作をしているのは確かなんですか?」


「おそらくの。古来から情報操作は乱波らっぱの仕事、読みには自信がある。アギトに面体が似ておるだけで忌み嫌うておるホタルに非がある話じゃ、リリスならうまくやってのけるじゃろう。」


「……あのバカ!余計なコトを!」


………バカはオレもか。リリスはそういうヤツだってわかってたのに!


「やり口も実に巧妙じゃ。火隠れの里の出身ではない者からさりげなく調略し、後は手を下さず話が浸透するのを待っておる。火隠れの者からリリスに話を振ったら調略にかかるつもりじゃろう。忍びに自分からささやけば、警戒されるとわかっておるがゆえにな。」


「リリスにはオレから話してヤメさせます。マリカさんはこのコトを………知らないワケがないか。忍者の元締めだ。」


「どうしたものかと思案されておるご様子。ゆえにこの爺が先んじて動く事にした。」


「心配をかけました。オレがなんとかします。」


「………カナタ。おぬし、知っておるな?」


オレはゲンさんの台詞にギクリとしてしまった。


「………なんのコトでしょう?」


「ホタルのカナタへの反応を見てきたのでな、おおよその察しはついておる。ワシもマリカ様もの。考えてみれば符牒ふちょうが合うておるでな。」


部下に細やかな気遣いを見せるマリカさんや、機微に敏感なゲンさんなら気付いちまうか。


「じゃがこれをなんとかすべきはシュリだとマリカ様は仰せじゃ。………ワシもそう思うのじゃが……カナタ、おぬしが力を貸してやってくれんか?」


「オレの力なんて………」


「ワシの予言はあたったじゃろう。」


「予言?」


「ナツメの件じゃよ。いつか不知火の食堂で言うた通りになったじゃろ?」


「あれは結果オーライもいいトコです。オレがなにかしたとは思ってないし、したとしてもほんのちょっと背中を押したぐらいのコトですよ。」


三年もの間、マリカさん達はナツメを暖かく見守っていた。ナツメはその気持ちに応えたいと思っていたんだ。


踏み出す勇気が持てなくて足踏みしてたけど、なにかのきっかけさえあれば前に進んでいたはずだ。


「ほんのちょっとの事が大事なんじゃ。ポンプの呼び水のようにの。ホタルとシュリが水入らずの間柄に戻る為に必要な呼び水はカナタじゃよ。」


ゲンさんに穏やかな目で諭されると、その気になってくるな。


………やってみるか? あの二人が今のままじゃいけないコトは確かなんだ。


結果がどうなるにせよ、前に進むべき時なのかもしれない。




だが、その引き金をオレが引いてしまっていいのだろうか?




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