争奪編25話 押してもダメなら突き飛ばせ!



ゲンさんからリリスのやってる情報操作を聞いたオレは、部屋に戻ってリリスを呼んだ。


「まっ昼間から逢瀬の呼び出し? 地獄巡りの特訓で疲れだけじゃなく、アッチも溜まっちゃったの?」


いつも通りのお下品トーク、だが機微にも敏感な天才はオレの顔を見て表情を改める。


「リリス、そこに……」


「座れってんでしょ。わかってるわよ。」


卓袱台前にチョコンと正座したリリスはバツの悪そうな仏頂面だ。


「なんの話か察しはついてるみたいだな?」


「ぜんぜん。なんの話があるって言うのかしら?」


「トボケんな。おまえのやってる情報操作だよ。正直言えばな、気持ちは嬉しい。オレの為に悪魔になろうってんだからさ。悪女の深情けなんて言葉があるけど、おまえにピッタリだよ。」


「だったら黙って見ててくれる? ホタルの為に准尉がガーデンを出ていくなんて、私は納得出来ないからね!」


「だが迷惑だ。リリスに節介を焼かれるのは大好きだが、これは見過ごせない。」


「………マリカかゲンさんに気付かれたのね。もう少し動きを控えるべきだったか、焦って動きすぎたわね。」


怖い娘ご、か。ゲンさんの言う通りだ。いい読みしてやがる。


けどな、気付かれたかどうかなんて関係ないんだよ。


「確かに気付かれてるよ。でもな、そうじゃないんだ。オレがそんなコトをして欲しくないんだよ。………頼むからヤメてくれないか?」


「………わかったわよ。だからそんな顔しないで。」


下唇だけ尖らせて抗議の意志を示しながらも、オレの可愛い悪女は不承不承うなずいてくれた。


「ありがとな。」


「変な男なのはわかってたけど、思った以上に変なのねえ。私が余計な事をしてんのよ? 頭ごなしに怒鳴りつけてヤメさせればいいじゃない。」


「モノのわからないヤツにはそうする。リリスはそうじゃない。」


「だけどホタルは不発弾じゃないわよ。起動済みの時限爆弾、いつ爆発するかわかったもんじゃないわ。」


リリスはオレの弱さ、逃げの思い込みを見抜いていたんだな。


オレはホタルを不発弾だと思いたかったんだろう。


なにもしなくても、なんとなく解決するのかも。そんな甘い願望をどこかでいだいていた。


「耳が痛いがリリスの言う通りだな。このままなんとなく解決するなんてあり得なかった。いざとなったらリリスを連れてガーデンを出ればいいって覚悟を決めてたつもりなんだけど、そんなのは覚悟じゃなかった。ダメだったらそうしようって逃げの言い訳でしかない。」


「私を連れて行こうって心掛けは褒めてあげる。それに逃げの言い訳が悪いとは思わないわ。正論だけで世の中を渡って行こうなんて奴の方がいけ好かない。」


「起動済みの時限爆弾だってんなら対処は一つ、解除するしかない。問題はどう解除するかなんだが、とっかかりはある。ホタルは帰郷した時にシュリに事情を話そうとしたんだ。結局、なにも言えなかったみたいだけど。」


「踏ん切りがつかなかったのね。その気持ちはわかるわ。ホタルにとってシュリは世界の全てなんでしょう。准尉のするべき事は一つ、ホタルの背中を事よ。」


「背中を押すとか言いましょうね。突き飛ばしてどうすんだよ。」


リリスは辛辣な表情になって、オレまで突き飛ばしてきた。


「そこが甘いのよ!あんまりホタルをバカにするもんじゃないわよ!」


「バカになんかしちゃ……」


「シャラップ!ホタルがなにも考えてないとでも思ってる訳? 何度も何度も思ったはずよ、シュリに話さなきゃってね!……でも言えなかった。シュリを失う事を想像するだけで身が竦んで動けなかったのよ!ホタルは死んだ敵兵の遺体まで綺麗に縫合してあげるぐらい情の深い女なの。背中を押されて動けるぐらいならとっくに動いてるわよ!シグレが散々背中を押してきたんだから!」


「だから突き飛ばせ、か。無茶な注文してくれるぜ。やる方の身にもなってくれ。」


だがリリスの言う通り、荒療治が必要なのかもしれない。


「今夜、シオンの歓迎会があるでしょ。動いてみたら?」


「そうだな。相変わらずオレに会うのを避けてるみたいだが、歓迎会には出てくるだろう。……やってみるか。うまくいけばいいけどな。」


「悪い目が出ても、最悪ガーデンを出ればいいだけよ。私は事態がどう転ぼうと准尉について行くから安心なさい。」


リリスにゃ助けられてばっかりだな。オレもリリスの親父には感謝してもいい。


よくぞ出世に目が眩んでリリスを売り飛ばしてくれた。そうじゃなきゃオレ達は出逢えなかった。


「あんがとな、勇気が出た。機を見計らって話をしてみよう。」


「私がうまく准尉とホタルが場を外すフォローをしてみるわ。それでホタルが乗ってこなかったら、もうほっときましょ。」


「だな。やれるだけのコトをやってダメなら仕方ないさ。」


話を合わせたが、今夜ダメでも諦めるつもりはない。


ホタルだけの話ならほっとくが、シュリに関わる話でもあるからな。


オレがガーデンから消えれば解決する、そんな話ならまだ気楽なんだが。


けどオレがガーデンから消えたところで小康状態になるだけで、なにも解決しないだろう。


ホタルがシュリに秘密を打ち明けてくれないと根本的に解決しない。


シュリが受け止められるかは分からないが、オレはシュリを信じている。





その日の夕方、食堂にはクリスタルウィドウと凜誠の隊員達が集まっていた。


新入り達の歓迎会を貸し切りの食堂で行うのだ。


シオン、コトネ、リックといった異名持ちの面々に加えて、マリカさんが火隠れの里から連れてきた新米忍者達、それにシグレさんの父親が照京で開いている剣術道場で切り紙を貰った門弟達が入隊するようだ。


おのおのが挨拶を済ませ、マリカさんが乾杯の音頭を取ろうとした時にリリスがツッコミを入れる。


「別に構わないんだけど、私を歓迎する気はない訳?」


そういやリリスの歓迎会ってやってねえな。


「わかったわかった。ついでにリリスの歓迎会ってコトにしとくよ。それで良しにしときな。」


マリカさんが投げやりにそう言うと、シグレさんがフォローに回る。


「誰か肘掛け椅子を持ってきてくれ。歓迎会が遅れた詫びに、王様の席を用意しよう。」


誕生日会の時に司令が座っていた豪華な椅子に腰掛けたリリスは、顎を上向きに笑ってご満悦だ。


「好き好んでゴロツキの仲間入りをしてきた物好き共に乾杯!」


マリカさんがグラスを上げると全員がそれに続き、クラッカーが鳴らされる。


バカ騒ぎする機会は逃さないゴロツキ共の乱痴気騒ぎの始まりだ。




「飲んでるな、カナタ。もう一杯いけや。」


ウォッカがウォッカの瓶を片手にやってきた。


「オレの時みたいに新入り相手の手荒い歓迎はしないのかい?」


「鼻っ柱の強そうなヒンクリーJrには、もうカナタが精鋭兵の怖さを叩き込んだみたいだからな。」


「イワン、あなた隊長にそんな事をしたの?」


オレの隣でカニの身をほぜっていたシオンが目を細くしてウォッカを睨む。


「怖い目はよせって。今じゃ仲良しなんだからよ。」


「長い付き合いだから大目にみてあげるわ。隊長、カニの身が……」


「……いただき。」


向かいに座って獲物を狙っていたナツメが皿を強奪し、カニの身にカニ酢をふりかけて口一杯に頬張る。


「ナツメ!それは隊長の為に!」


「むぐむぐ……シオンが手間をかけたカニだと思うと一層美味しい。おかわり。」


天然の甘え上手だな、ナツメさん。


「仕方がないわね。隊長、少しだけ待っててください。」


しっかり乗せられてますね、シオンさん。


「オレは足より蟹ミソのが好きなんだ。シオンも世話ばっかり焼いてないで自分も食べなよ。」


そもそもシオン達の歓迎会なんだからな、この集いは。


リリスはと言えば宴席中央の王様の席で、調子ノリのゴロツキ共にかしずかれて鼻高々だ。


オレも宴を楽しもう。ホタルのコトは宴がたけなわになってからでいい。




さて、だいぶ盛り上がって席も入り乱れ、いい感じで混沌カオスになってきたな。


ホタルはどこだ?………シグレさんの隣にいるな。


(リリス、そろそろ動いてみる。アシストよろ。)


(了解。どうやってホタルの周りの人垣を引き剥がそうかしら?)


だが、先に動いたのはホタルの方だった。


席を立って歩き出す。トイレかな? だったらオレも後ついていくフリをして……


オレの近くを通り過ぎ、背中を向けた。よし、後を……


(カナタ、明日の18:00に墓地の公園にきて。話があるの。)


ホタルからのテレパス通信!向こうから接触してきた!……渡りに船だ。


(わかった。18:00だな。)


話の内容はたぶんオレと同じだろう。さて、どんな目が出るかな。


(リリス、小細工は必要なくなった。ホタルの方から接触してきたよ。)


(……そう。過去の亡霊と対決する気になったみたいね。)


だといいがな。


「兄貴!飲んでる~?」


「ボチボチな。リックはずいぶん飲んでるみたいだな。」


「あたぼうよ。こんな時に飲まなきゃいつ飲むんだっつーの。そうそう兄貴、紹介しとくな。オレの部下のウスラとトンカチだ。」


「俺はウルスラ・ドーレ、よろしく。」


「ウルスラって女性名だよな? なんだって男に女性名なんか……」


「文句はどうしても娘が欲しかったアホな親に言ってもらいたい。女の名前をつけたって女になったりしねえってのによ。」


お気の毒。オレも名前じゃ苦労したから他人事とは思えん。


屯田勝ノ進とんだかつのしん、略してトンカチって呼ばれてるッス。よろしく、大兄貴。」


「大兄貴ぃ!? なんだそりゃ?」


「リックの兄貴の兄貴だから大兄貴ッス。」


………弟分が増えちまった。


「リック、取り巻きは三人いたはずだな。もう一人はどうした?」


「今アスラ部隊に入れたら葬式が出るだけなんで、元の部隊に帰した。死なせたかねえからさ。」


「そうか。リック、コンマツーのコトは聞いてるな?」


「おう。オレはもともと小隊長やってたから問題ねえ。」


「頼りにしてるぜ。コンマツーには仲居竹ノゾミってコが入るはずなんだが、どこにいんだろう?」


リックはポリポリと頬を掻きながら、


「酔い潰れちまったから、お姉さんのキワミって人が担いで連れてったよ。」


「……飲ませたのか?」


「……テキーラをちょっとだけ。」


子供になんちゅうモン飲ませんだよ。


「ウスラとトンカチの二人は明日の朝、屋外演習場にこい。どの程度やれるのかを知っておきたい。」


「イエッサー!」 「ガッテンだ!」


「お仕事の話はここまでだ。リック、決着がつかなかった飲み比べの第二ラウンドをやるぞ!」


「うっしゃあ!望むところだぜ!」





明日のコトは明日考えよう。楽しむ時は楽しむ。それがガーデンの流儀だ。



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