争奪編26話 剣狼は氷狼にあらず



歓迎会の翌日、今日も予定がいっぱいだ。順にこなしていこう。


まず自分のトレーニングを済ませ、それから演習場でウスラとトンカチに稽古をつけた。


思ったより出来るヤツらだったのは収穫だが、欠点までリックと同じなのは問題だ。


一般兵よりはるかに強かろうが、考えナシの才能任せじゃアスラ部隊の兵士は務まらない。


未熟者に血反吐を吐かせた後に昼メシを取った。午後からはオレが血反吐を吐く番だ。


金髪先生トッドさんに射撃戦のなんたるかをたっぷり教えてもらい、心身ともにヘロヘロにされた。


剣術は自分でも驚く程上達してきたが、射撃はまだまだだ。


明日からのトレーニングメニューは射撃演習の割合を増やそう。


わかりやすい弱点があれば、出来るヤツは必ず突いてくる。


弱点は克服し、長所も伸ばす。難しいコトだが、オレはそういうレベルにまで来たんだから。




「そろそろね。准尉、一人で大丈夫?」


リリス、そんな心配そうな顔すんなって。シオンの心配性が移ったか?


「果たし合いに行くワケじゃない、問題ないさ。」


「……そうね。でもホタルがどう出るのか読めないのが心配だわ。」


「出たトコ勝負はいつものコトだ。じゃあ行ってくる。」


「待って、忘れ物!」


約束の時間に遅れないよう、部屋を出ようとするとリリスに呼び止められる。


「忘れ物?」


オレが振り向くと、リリスは頬に唇を軽く寄せてくれた。


「幸運のおまじない。ご利益は保障つきよ。」


「安全安心のリリスブランド、拝領いたしました。では行って参ります。」


オレはリリスに敬礼してから墓地の公園に向かった。





共同墓地の中にある公園でホタルはオレを待っていた。


地平線に隠れようとする夕日が、ホタルの陰を長く地面に映し出す。


京人形のような顔の陰影が濃く見えるのは、夕日のせいだけじゃなさそうだが………


「待たせたな。」


オレはホタルの立っている場所に近い木に背中を預け、反応を伺う。


「まだ約束の時間じゃないわ。」


ホタルはそれだけ言うと黙りこんだ。


しばしの沈黙………そして午後6時を告げる鐘の音がガーデン内に木霊する。


「………時間だぜ?」


「………そうね。………どこまで知ってるの?」


「細かいところは分からない。だがアギトが最悪のクソ野郎でケダモノなのは知っている。」


オレの答えを聞いたホタルは天を仰いだ。


「……そう。シグレさんから聞い……」


「違う!シグレさんは何も喋っちゃいない。材料が色々あったんでな。その手の類推はわりかし得意でね。」


「……納豆菌がお仕事をしたって事ね。忌々しいけれど優秀なのは認めてあげる。」


憎々しげに呟いたホタルは初めて顔をオレの方に向け、憎しみなのか怒りなのか判別出来ない瞳で睨んできた。


「そりゃどうも。で、どうする気だ?」


「それは私の台詞、どうするつもりなの?」


「ホタル次第だ。オレの顔を見るたびに心の瘡蓋かさぶたが剥がされて痛むのは分かる。痛みに耐えきれないってんなら、オレはガーデンから消えてもいい。」


「ほ、本当に!?」


よっぽどオレが目障りなんだなぁ。ちょっと傷つくぜ。


「ただし条件がある。詳しくは話せないが、オレにも事情があってね。ガーデンからそう簡単には出られないんだ。司令に許可してもらう為には事情を説明しなきゃいけない。それはやってくれよ?」


「私の秘密を司令に話せって言うの?」


「イヤならオレが話してもいい。なあなあの理由じゃ司令の許可が下りるワケないのはわかるだろ?」


「………そうね。でもそれでいいの?」


「よかねえよ。だがそれしか方法がないなら仕方がない。」


ホタルはオレから視線を逸らして目を伏せ、聞いてくる。


「ガーデンが気に入ってるのに、どうしてそこまでしてくれる気になった訳? 同情かしら?」


「ホタルはホントにオレのコトをわかっちゃいねえな。オレは同情するのもされるのも嫌いなんだよ。」


「だったらどうして? 同情じゃないなら私を気遣う理由がないでしょう?」


「ホタルを気遣う? そんなワケねえだろ。シュリの為だ。」


「シュリは関係ないじゃない!」


「関係ない? ンなワキャねえだろ!灯火ホタルがオレの親友の一番大事な女性ヒトじゃなけりゃほっとくさ!シュリも面倒な女に惚れてくれたもんだよ!」


女の子を怒鳴りつけたくなんかないが、ストレスがマッハで溜まっちまって感情を制御出来ない。


リックに偉そうな説教しといて、このザマだよ。


「………ナツメやシオンさん、それにリリスはどうするつもりなの?」


「そんなコトはホタルの心配するコトじゃねえだろ!まず自分の心配しろよ!自分のコトでいっぱいいっぱいのクセに他人の心配してる場合か!」


「…………」


………下唇を食いしばって懸命に涙を堪える、か。ここまでだな。


ゲンさんの期待に応えられないのは申し訳ないが、ホタルに期待するのは無理筋だったみたいだ。


「ホタル、オレが司令に話をつけてガーデンから消えよう。だが一つだけ言わせてもらう。オレがガーデンから消えても過去の出来事までは消せない。いつまでも隠し通せるなんて思ってるなら大間違いだ。第一、それはオレの親友を侮辱する行為、ダンマリを決め込むつもりならオレはホタルを軽蔑する。」


我ながら短気で思慮も配慮もない結論だと思うが、ガーデンを離れるしかなさそうだ。


ホタルが過去を克服してくれたら、戻ってこれるかもしれない。


その可能性に賭ける以外の方法を思い付かない。


「………似てないわ。」


オレが立ち去ろうとした時にホタルがポツリと呟いた。


「似てない?」


オレが立ち止まるとホタルはツカツカと歩み寄ってきて、真っ直ぐにオレと目を合わせた。


「………カナタはアギトに似てなんかない!だってアギトはそんな目をした事なんかないもの!そうよ!考えてみれば、そんな間抜け面じゃなかったし、女の子に囲まれてデレデレ鼻の下を伸ばしたりしなかったし、くだらないジョークを飛ばしてヘラヘラ笑ったりもしなかった!おっぱいおっぱいって念仏みたいに唱えるどうしようもないスケベ男が残酷無慈悲の冷血漢とおんなじ顔をしてる訳がなかったのよ!」


一気にまくし立てられてオレは呆気にとられてしまった。


………しかし何気にヒドいコト言われてねえか?


「………似てないってのはありがたいけど、そこまで言う?」


「まだまだ言いたい事はあるわよ!いつもだらしない軍服の着方をしてるでしょ!第一ボタンぐらいちゃんと留めなさい!こまめにシャワーを浴びてるところは褒めてあげるけど、洗濯は全部リリスにやらせてるとか、大人としてどうなの!それにアクセルと徒党を組んでイヤらしい組織を結成しちゃって、シグレさんが困ってたわよ!それから………」


「待って待って。ここはオレを裁く人民裁判の法廷だったのか?」


罪状認否はするだけ無駄だ。全部心当たりがあります。


「とにかく、カナタはアギトに似てなんかないって事が言いたかったの!理解した?」


まくし立てすぎて息を切らしたホタルは、はぁはぁと荒い呼吸をしながら、微笑んでくれた。


ナツメの笑顔にも感動させられたけど、おんなじレベルの感動だよ。


ホタルがオレに微笑んでくれたのは初めてなんだから。


「理解したよ。自分のダメ人間さ加減と一緒にね。それでどうするつもりだ?」


「………シュリに話す。今度こそ、絶対に。嫌われるかもしれない、軽蔑されるかもしれないけど、話さないと私は前に進めないんだもの。それでシュリが私から離れていったとしても………受け入れるわ。」


「そのコトが原因でホタルを嫌ったり軽蔑するってんなら、オレがシュリをぶん殴ってやるさ。」


「そうなったらお願いね。思いっきりグーでよ?」


「任せとけ。「豪拳」イッカク直伝の腰の入ったいいパンチを横っ面にお見舞いしてやるから。」


オレとホタルは初めて一緒に笑った。


「……話は済んだみたいだね。じゃあ聞かせてくれないか? ホタルの秘密ってなんなんだい?」


ホタルの笑いが凍りつき、息を飲む音が聞こえた。その視線の先にあるのは………





枯れ葉が舞い散る巨木の陰に立っていたのは………オレの親友、空蝉修理ノ助だった。




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