争奪編27話 親友シュリは男前



「シュ、シュリ!いつからそこに!」


木陰から姿を現したシュリはオレ達の傍まで歩いてきてから、幼馴染みの悲鳴のような質問に答えた。


「最初からだよ。ホタルが思い詰めた顔で出掛けて行くのを見て、後をつけて来たんだ。立ち聞きしたのは謝っておくね。ごめん。」


悪びれた様子もなく、シュリは頭を下げた。


「………シュリ、私ね。シュリに話さなくてはいけない事があるの………」


「奇遇だね。僕もホタルに聞きたい事があるんだ。」


「………オレは席を外そう。それじゃあな。」


オレはこの場から逃亡しようとしたが、右腕をシュリに、左腕をホタルに掴まれてしまった。


「話によっては僕をグーで殴るんだろ? 逃げるなよ。」


「そうよ。ここまで首を突っ込んでおいて、今さら逃げるなんて許さないから。」


………オレはこういうの苦手なんだってばよぅ。なんで毎日修羅場ばっかりなんだ。




公園に設置されたテーブルセットに座って、ホタルは二年前の事を話し始めた。


シュリはともかく、オレが聞いていいもんだろうかと思ってしまうが、ホタルが聞かせてくれるなら聞いておきたい。


時折、涙ぐみ、つっかえながら、一生懸命に話を続けるホタルをシュリが優しく励ます。


卑劣な仕打ちの詳しい内容をホタルは話さなかったが、オレもシュリも詳細まで聞きたくなんかない。


ホタルの話はおおよそオレの類推通りだったが、違ってたのはホタルをコケにしたのはアギトだけじゃなかったコトだ。


アギトの下衆野郎が!上官もクズなら部下もクズかよ!


サンピンさんやキング兄弟が毛嫌いしてんのも当然だ。


シュリは穏やかな顔のまま、一切表情を変えていないが、必死に怒りを堪えているのがわかる。


テーブルの下で固く握られた拳の震えを見るまでもない。


話が終わる頃にはホタルの瞳は涙で赤く染まっていた。


「………話はこれで終わりよ。シュリ、今まで黙っていて本当にごめんなさい。」


話を聞き終えたシュリの様子を、ホタルは伏し目がちの瞳で恐る恐る伺う。


シュリは穏やかな表情のまま、世間話をするような気軽な口調でホタルに答える。


「な~んだ。そんな事だったのか。馬鹿だなぁ、もっと早く話してくれればよかったのに。」


思いもかけぬ言葉を聞かされたホタルは一瞬惚けたような顔になったが、我に返って聞き返す。


「そ、そんな事!? シュリ、話をちゃんと聞いてたの? 私はね!私はアギト達に……」


すがりつくように言い寄るホタルに、シュリは決然とした顔で断言する。


「だからなんだよ。それでホタルの何が損なわれるっていうんだ!なにも変わらないさ!百歩譲ってなにかが変わるとしたって、ホタルが無事ならそれでいい!灯火ホタルがこの世界に存在してくれる以上の事を僕は望まない!」


シュリ………おまえってヤツは……おまえってヤツは男前すぎんだろ!


男前のシュリは優しくホタルを抱きしめて、最愛の女性に言葉をかける。


「僕を信じてくれ。ホタルが傍にいてくれれば、僕はそれでいいんだ。」


ホタルはシュリの胸の中で嗚咽しながら、何度も頷く。


「もう泣かないで。ホタルの泣き顔は苦手なんだ。ほら、笑って笑って。」


ホタルは笑おうとしたけど上手くいかず、やっぱり泣いてしまった。


「しょうがないなぁ。……とりあえずカナタ。僕を一発殴れ。」


泣き顔のホタルをそっと傍に立たせてから、シュリは胸を張ってオレにそう言った。


「い、いや。殴る必要ないだろ? なんでそうなる?」


「ホタルの事情に気付いてやれなかった鈍い自分が許せない!だから殴れ!思いっきりグーでだ!!」


言いだしたらきかねえんだよな、コイツは。この後の展開も予想出来るが仕方ねえ。


「んじゃ遠慮なくいくぞ!歯ぁ食いしばれ!!」


オレは全力のパンチをシュリの横っ面にお見舞いした。


「きゃあ!シュリ、大丈夫!」


もんどりうって倒れたシュリにホタルが駆け寄る。


「……ホタル、オレの心配もしてくれ。」


「え!?」


ペッと口から血の固まりを地面に吐いたシュリが、立ち上がって指コキし始める。


「じゃあ僕の番だ。わかってるよな、カナタ?」


「はいはい、気付いた時点で教えなかったオレが許せない、だろ? こい!!」


「いくぞ!蚊帳の外にされた僕の怒りを喰らえ!!」


横っ面に渾身の右ストレート、怒りの鉄拳を喰らったオレももんどりうって転がるコトになった。


いってぇ。思いっきり殴りやがった。オレも手加減しなかったからお互い様だが。


すっ転んだオレにシュリが近寄ってきて、手を差し出してくれる。


暑苦しくて小っ恥ずかしいヤツだなぁ。はいはい、握ればいいんでしょ。お付き合いしますとも。


オレの手を握って立ち上がらせた後も、シュリはオレの手を握ったままだった。


喧嘩の後は握手かよ。こんな展開、今どきマンガでもやらねえって。


オレとシュリの腫れた頬を交互に見たホタルが笑い出した。


「ふふっ、二人ともヒドい顔。明日になったらもっと腫れるんじゃない?」


オレとシュリはアイコンタクトを交わした。よし、思惑は一致したな。


「な~に他人事みたいなコト言ってんだろうなぁ。次は自分の番だってのにさぁ。」


「え!?」


「ホタル、自分はなにも悪くないとか思ってない? 僕にずっと隠し事をしてたんだよね? それに顔が似てるからってカナタに辛くあたったのがいい事だとでも?」


「ご、ごめんなさい!………か、覚悟は出来たわ!思いっきりグーできなさい!!」


「いい覚悟だ。そんじゃいきますか。」


「よし、いこう。ホタル、歯を食いしばって!」


左右から迫る拳にホタルが目を瞑った瞬間、ペチンと小さな音が二つ鳴った。


「………え!? それだけ? 殴るんじゃなかったの?」


「僕もカナタも女の子を殴りつけるような真似はしないよ。」


「ガーデンから出てかずに済んだからな。その分、割り引いといた。オレの顔を見るのがつらいようなら格好いいマスクでもプレゼントしてくれ。裁縫は得意なんだろ?」


「その必要はないわ。」


「わりかしマジで言ってるんだけど? オレの顔がアギトに似てるのは変えら……」


「さっきも言ったでしょ。似てないわ。シグレさんはずっとそう言ってたけど、カナタを庇ってるんだとばかり思ってた。………でも違った。シグレさんは真実を言っていたのね。カナタの顔がアギトに見えていたのは、私の弱い心が見せていた幻影だったのよ。」


心を覆っていた霧を振り払ったホタルは、晴れ晴れとした表情でそう言った。


シュリは大きく頷いてホタルの手を取り、とんでもないコトを言い出す。


「よし。じゃあ結納の品を決めよう!」


「ゆ、結納!? ちょ、ちょっとシュリ……」


「式はどこで挙げようか? あ、その前に衣装を決めないと!やっぱりウェディングドレスは着たいよね?」


もう結婚の段取りかよ!? 一足飛び、いや三段飛びじゃねえか!


「仲人はゲンさんに頼むとして、引き出物は何にしようか………」


このままほっとくと子供の名前まで決めかねないぞ、コイツは。


……ホタル、助けを求める目でコッチを見ないで!ああ、わかったよ。わかりました!


「シュリ、いきなりデザートを食おうとすんな。まずはちゃんとお付き合いをしなさい、話はそこからです。だいたいおまえ、まだホタルに告ってもねえぞ。ほとんど告ってるみたいなコトは言ったが。」


「………そ、そうだね。いかんいかん、僕とした事が手順を飛ばすだなんて。ま、まず告白からだよね。え、え~と。私、空蝉修理ノ助は灯火ホタルを……」


「……それ、オレが消えてからにしてくれねえ?」


「いつまでそこに突っ立ってるんだよ!僕の人生で一番大事なとこなんだぞ!邪魔しないでくれよ!」


友よ、理不尽すぎねえか?


「はいはい、消える消える。煙のように消え失せるから、ゆっくり告るなりイチャつくなりしてくれ。」


オレはさっさと退散するコトにした。バカップルの誕生なんて見てらんねえからな。


公園を出る前にホタルからのテレパス通信を受信した。


(カナタ、ありがとう。私はもう過去の亡霊なんかに負けないから!)


(ああ。だけどシュリと付き合うのは大変だぜ? なんせ融通がきかない性格タチだ。)


(おあいにく様、シュリとは生まれてからずっと付き合ってるから、もう慣れっこよ。)


(そうだったな。せいぜいお幸せに、こん畜生!)


(怒らない怒らない。今までのお詫びの気持ちを込めて、なにか繕ってあげるから。)


(バイパーさんに贈ったラメ入りシャツみたいなのをよろしく。私服が地味服ばっかでね。一着ぐらい派手なのが欲しい。)


(狼のエンブレムを刺繍したラメシャツを作ってあげるわ。楽しみにしてて!)


ホントに楽しみだな。ガーデン1の女子力を誇るホタルのハンドメイドシャツ。





こんな顛末で、彼女いない歴=年齢だった盟友シュリは、オレを裏切り彼女を作ってしまった。



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