争奪編28話 ナツメさんは激辛女子
「ふうん。そういう顛末ね。ま、いいんじゃない。お似合いのバカップル誕生って事で。」
新品の炊飯器のマニュアルを30秒で読破したリリスは、さっそく試運転を開始する。
「リリス、今までホタルはオレ達に関わってこなかったが……」
「はいはい。ホタルの前では凶事を連想させるような言動行動は慎むわ。ホタルの傷を癒すのはシュリの仕事だけど、傷跡を刺激しないようにするのは周囲の仕事だものね。」
さすがリリスさん、わかってらっしゃる。
シュリもホタルもオレ達の前では、何事もなかったように振る舞うだろう。
でもホタルはこれから傷を癒し、シュリはその傍らに寄り添って支えていくハズだ。
オレは知っている。あの二人はいずれ過去の悪夢に打ち勝つコトを。
だけど、その戦いは始まったばかり。オレ達に出来るコトは邪魔しないように見守るだけ。
手助け出来るコトはないし、あってもすべきじゃない。
信じ合う二人の力で打ち勝つコトこそ、大事なんだと思う。
リリスは壁の穴に詰められたクッションを引き抜くと、穴に向かって呼びかける。
「ナツメ、ご飯は30分後よ!遅れてきたり、下着姿で来たら罰としてレーズンパンの刑に処すからね!」
「にゃ!レーズンだけは苦手なの!」
リリスはもうナツメの苦手食材を知ってるのか。
嫌がらせにかけてはガーデン1と言われるだけのコトはある。
「シオンには声をかけなくていいのか?」
「金髪大食いマシーンはご飯の熾火蒸らしが終わると同時にやってくるわよ。どうやって察知してるのか聞いてみたいもんだわ。」
ブツブツいいながら味噌汁と焼き鮭の準備をするリリス。
サイコキネシスをフル稼働させても、大量の朝食を作るのは大変だよなぁ。
手伝おうとしても邪魔だって言われるし。みんなと相談して、リリスの休養日を決めないといけないな。
30分後、ナツメは例によって芋虫みたいに這いずって、シオンはサンドイッチを盛った大皿を携えて、オレの部屋へとやって来た。
「おはようございます。……隊長、頬が腫れてます!」 「……おはようなの。なにそのほっぺ?」
「青春ゴッコの代償さ。朝メシを食いながらでいいから、オレの話を聞いてくれ。」
そして始まる賑やかな朝食会議。今日の議題はホタルについてだ。
「隊長とホタルさんが不仲だという噂は聞いていましたが……解決した、という事なんですね?」
「……噂じゃなくて事実。不仲というよりホタルが毛嫌いしてるって感じだったけど。」
「色々あったが峠は越えた。だが完全に解決するには時間が必要だろう。」
ホタルは似てないって言ってくれたけど、額面通りに受け取っていいとは思えない。
かと言ってシュリの彼女になったホタルを避けるワケにもいかない。
………そのコトに関してはシュリを交えてホタルと話した方がいいのかもしれない。
「……事情を説明する気はないんだよね?」
シオン特製特大サンドを片手にナツメさんはオレをやぶにらみ。
不機嫌にもなるか。あからさまに秘密を持ってますって宣言されちゃな。
「………スマン。いつか話せる時がくればいいんだが。その保証は出来ない。」
「………重そうな事情があるのはわかった。いいよ、話さなくて。でも秘密を持たれるのは愉快じゃない、それは覚えといて。」
「………ああ。」
しおらしく言ってみたが、秘密はまだあるよな。
オレの肉体はクローン体だってコトも、魂は地球から来たってコトも……秘密にしてる。
それを考えると………胸が締め付けられるように苦しい。
「無理には聞きませんから。隊長もサンドイッチをどうぞ。」
「そうしてくれると助かる。旨そうなサンドイッチだなぁ。」
シオンが差し出してくれたサンドイッチを有難く頂こう。
………☆○!△?$∂!!!
「ぼえっ!!からっ!ってか、痛っ!」
「辛さは味覚ではなく痛覚なんです。リリスが朝からお下品トークをした時の為に作ったお仕置きサンドのお味はいかが?」
オレはシオンの説明台詞そっちのけで、ミルクの大瓶を取ってがぶ飲みする。
「シャレになんない食品テロはやめなさいよ!准尉が変な汗をかいてるじゃない!そんな物騒なシロモノを可憐でか弱い私に食べさせるつもりだった訳!?」
「辛口の台詞が得意のお口には合うと思ったのだけど? 隊長、私も秘密を持たれるのは愉快ではありません。」
だからって食品テロに走んないで!いくらオレが辛いモノ好きでも限度があります!
「……うまうま。辛うま。」
気が付けばオレが一口齧って放置した激辛サンドを、ナツメがはみはみしていた。
「ナツメ!おまえそれ食って平気なのか!?」
元の世界の某カレーチェーン店では3辛が丁度いいオレでも、太刀打ち出来ないレベルの辛さなんだぞ!
「うん、美味しい。シオン、もっとない?」
ナツメは超がつくほどの激辛女子だったのか。
オレとリリスとシオンはアイコンタクトを交わし、頷きあった。
ナツメに味付けを、いや料理自体をさせない。オレ達はコンセンサスを共有した。
午前の個人トレーニングの合間に休憩していると、昨日彼女を作ったばかりのシュリがやってきた。
「やっぱり中庭にいたのか。」
「なにか用かね、裏切りの友よ?」
「う、裏切り? なんだよ、それ。人聞きの悪い。」
「人聞きが悪かろうが抜け駆けは事実だろ。自分だけさっさと彼女をこさえやがって。」
「それなんだけどね。ちょっと相談がある。」
「オレもだ。実際どうする?」
シュリは難しい顔で腕組みする。
「どうするもなにも、僕がホタルを頑張れって励ますしかないと思う。カナタにも……」
論点がズレてたか。まあいい、シュリと二人はかえって好都合だ。二人で話すべきコトを詰めておこう。
「ちょい待ち、まずオレの考えを言っとくな? ホタルに頑張れってのは言わない方がいいと思う。」
「どうしてだよ? 僕も頑張るけどホタルにも頑張ってもらわないと。二人で乗り越えないといけない事じゃないか。」
「ホタルが今まで頑張ってこなかったとでも? 懸命に乗り越えようとして頑張って頑張って……頑張りすぎて疲れちまってたってコトなら、頑張れはむしろ禁句だぞ。オレが思うにホタルは頑張らなくていいトコでも頑張っちまう性分なんじゃないか?」
「………そうかも。ホタルは昔っから生真面目で頑張り屋なんだよな。手を抜く事を知らない。」
シュリ、それはおまえもだろ。なに困った顔してんだ、似た者同士のクセしやがって。
「頑張っても結果が出ない時に、頑張れ頑張れって言われると励ましに聞こえないコトもある。むしろプレッシャーになって追い詰められるかもしれない。そこは勘案すべきだと思うぜ?」
「………そうだね。じゃあ僕はどう寄り添えばいいんだろう?」
「答えはもうわかってるじゃないか。現にシュリはそうしてるだろ?」
「??」
「あの時の台詞を思い出せよ。な~んだ、そんな事だったのか、って男前の台詞をな。過去の凶事を越えられないほど高い壁だって感じてたホタルは、あの言葉で楽になったんじゃないか? 確かに障害は存在するけど、おまえと一緒なら乗り越えられる、そう思った。」
「……わかったよ。僕が言うべきなのは「頑張れ!」じゃない、「大丈夫!」なんだ。実際そうなんだしね。僕とホタルなら大丈夫。一人では無理でも二人なら出来る!」
「そうさ。だからオレからシュリに言える台詞も「大丈夫!」なんだ。シュリも乗り越えなきゃなんて頑張る必要なんかない。むしろ変に意識するな。普通に出来るコトなんだから。必要なのは時間だけだ。」
「ああ、大丈夫、大丈夫なんだ。僕とホタルなら出来るって知っていたのに、つまんない事で悩んじゃってたな。」
「シュリもホタルも真面目すぎなんだよ、アホくせえ。それとな、ホタルに伝えといてくれ。オレの顔を気にしない、気にしないなんて考えるなって。これはシグレさんから教わったコトなんだが、瞑るまい、瞑るまいと意識するほど、かえってまばたきしてしまうのが人間なんだそうだ。だからオレの顔が気になるなら気になるでいい。素直に今は顔を見たくないって言ってくれればいいんだ。オレはそれで傷付くような繊細な神経をしちゃいないからな。」
「伝えるよ。いまホタルはカナタのシャツを繕ってる。お詫びの気持ちを込めたシャツが縫い上がったら、自分の手でカナタに渡すのって言ってた。」
「そりゃ楽しみだ。悪いね、彼氏のシュリを差し置いて、ホタルの手作りシャツを先に頂いちまって。」
「いいさ。僕とカナタの仲だ。それじゃ、僕はホタルのところに戻るよ。」
「あいよ。さて、オレも午前の個人トレーニングを再開するか。」
残ったメニューは徒手空拳技の演武か。鏡のある室内演習場に移動しよう。
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