争奪編29話 殺戮天使の秘策



室内演習場に移動したオレは、壁に張り巡らされた鏡の前で夢幻一刀流の徒手空拳技の演武を行う。


夢幻一刀流の徒手空拳技に、シグレさんから習ってる鏡水次元流の合気柔術を織り交ぜたスタイルがオレの格闘術だ。


複数の敵を次元流合気柔術で分断し、単体の敵を夢幻一刀流の打撃術で仕留める。


それがオレの目指す素手ゴロの完成形、道は遠くても歩き続けなければ到達出来ない。


一時間ほど演武に費やした。ちょっと実践練習もしてみたいな。誰かに声をかけてみるか。


絞殺魔ストラングラー」の異名を持つパイソンさんは、ガーデン屈指の寝技の使い手らしい。


実は寝技より怖いのは、ガーデン1の握力なんだけど。


首でも掴めば一瞬で絞め殺す、だから「絞殺魔」ってワケだ。


さらに優れたボクサースタイルの格闘家でもあり、ノーモーションから繰り出されるジャブは熟練兵が相手でも容易に捕捉する。


閃光のようなジャブから掴みに移行し、絞殺する。まさにパイソンだよな。


………パイソンさんを呼ぶのはやめとこう。まだ格闘じゃ勝負にならない。


4番隊だけに手加減もしてくれそうにないし。


「……カナタみ~っけ!」


ひょこっと演習場に顔を出したのはナツメだった。ん? 丁度よかないか?


「ナツメ、丁度よかった。格闘訓練に付き合ってくんない?」


ナツメは双刀を使った剣術に蹴りを交えた戦闘スタイル、蹴り技の鋭さは1番隊でもマリカさんに次ぐ実力者だ。相手にとって不足はない。


「……ガリンペイロの特大チョコパフェ。」


ナツメは激辛女子だけどスィーツ女子でもあるんだよな。妥当な対価だけどね。


「オーケー。オレに勝ったらホットケーキもつけるよ。」


「モンブランがいい。」


そういや栗きんとんが好物だったな。ようは栗自体が好きなのね。


「よし、じゃあ始めよう。」


猫足立ちになったナツメの顔が、ただの天使から殺戮天使に変貌する。


階級こそ曹長だが、戦闘能力は中隊長級、いや中隊長すら凌ぐと言われるナツメは願ってもない相手だ。


オレは受けの構えを取ってナツメを待ち受ける。


スピードはナツメに分がある、ここは受けからの反撃に活路を見出そう。


「……殺るからには本気。」


物騒な台詞を口にしたナツメは、自慢の跳躍力でピンボールみたいに右、左と大きくステップしながら距離を詰めてくる。


だが怖いのは……


突然ナツメは上に跳び、空中に形成した念真障壁を蹴って、三角跳びからのクロスチョップを繰り出してきた。


これがあるんだよな。体のバネと身の軽さを生かした3次元殺法がナツメの真骨頂だ。


オレは頭上に両手をかざし、夢幻一刀流・無刀の弐、十字守鶴じゅうじしゅかく、俗に言うクロスアームブロックで受ける。


そして無刀の参、蛇龍掌じゃりゅうしょうで手首を掴み、投げ飛ばしたが、ナツメは空中でクルリと身を翻して着地、すぐさま反撃に転じてきた。


軽量級とは思えない重い蹴りを、またしても十字守鶴で受けたが、少しよろめかされた。


殺戮天使は僅かな隙も見逃さない、上中下と立て続けに蹴りを打ち分けて畳みかけてくる。


オレは懸命に殺戮天使の猛攻を凌ぐが、自然と笑いがこみ上げてくる。


……コイツが仲間だと思うとマジで頼もしいぜ!


「……ナメないで!」


オレの含み笑いの意味を勘違いしたナツメは、さらに猛攻を仕掛けてくる。


そこがアカンとこな、血気に逸りすぎ。ほら、蹴りが大振りになった!


オレは相打ち覚悟で蹴りを繰り出す。重い蹴りを脇腹に喰らってたたらを踏んだが、ナツメは踏みとどままれず、吹っ飛ばされて地面に倒れる。


「……相打ち覚悟の一撃。……やっぱ強いね。」


脇腹を押さえながらナツメは立ち上がる。


「ナツメ、どんな剣術武術だろうと克服出来ない弱点がある。」


「……教えて? どんな弱点?」


「威力のある攻撃をする時にはどうしても「足が止まる」コトだ。」


「………そっか!威力のある蹴りを撃つ時には軸足はその場から動かせない。」


「剣術もそうだ。居合であれ、突きや払いあれ、渾身の斬撃を放つ時には必ず足が止まってる。」


「……私よりタフさに勝る相手は相打ちを狙ってくるかも。……対処法は攻撃を散らして的を絞らせないか、相打ち狙いを先読みしてカウンターを狙うか……フェイントもいいかも!」


さすが戦闘センスの固まり。一を言えば十を悟る。


「カナタ、お返しに一つ教えたげる。どんな達人名人でも攻撃が出来ない瞬間があるの。」


「是非知りたいな、どんな瞬間?」


「息を「吸う」時、だよ。」


………そうか。裂帛の気合いと共に攻撃を繰り出す。発声する、つまり息を「吐いている」んだ。


格闘でも懐に飛び込んでラッシュをかけてる時は息を「止めている」よな。


ナツメの言う通り、剣術武術は息を「吸う」時に攻撃はこない。


ナツメは天性のカンとセンス頼みじゃない、武のことわりを熟知もしてる。大したもんだ。


そして………やっぱり武の世界は奥深い。最近、厳しさだけじゃなく、楽しさもわかってきた。


呼吸を読むのは容易ではないが、剣の理合りあいに生かせれば……いいコトを教えてもらった。


「会う人、出会うもの、すべて我が師なり、か。」


「いい言葉だね。誰の言葉?」


「とある大作家だ。よし、続けよう。」


「うん!」


ナツメもオレも遠き山巓さんてんを目指し登り続ける登山者だ。だったら一緒に登ってもいい。




「次で最後にしよう。そろそろ昼だし。」


オレとナツメは実力伯仲、互いに一本も取れずに膠着状態が続いてるけど、いつまでも続けるワケにはいかないしな。


「うん。課題はわかったし。私って輝剣きけん夜梅やばいナシじゃ決定力に欠けるんだ。カナタみたいに相打ちを取れる技のあるタフな相手は要注意、か。」


「ナツメが武器を手放すようなヘマはしないと思うけど、何が起こるかわからないのが戦場だからな。」


「よぉし。最後の一本は絶対取る!モンブランの為に!」


「隊長面するタメに負けられんねえ!こい!」


「温存しといたとっておきの技を見せてあげる!」


ナツメはマリカさんの直弟子、奥の手の一つや二つは持ってるか。


ナツメの周りにつむじ風? ここは屋内、風が吹くワケない。そうか!ナツメは……


手足に鎌鼬かまいたちのような風を纏ったナツメの猛攻は今までと一味違う!


ナツメの希少能力は颶風ぐふう。風を放出するパイロキネシス!


「まだ上手く制御出来ないけど、カナタなら平気だよね!」


「おう!トゼンさんとやり合った時に使ってくれよ、それ!」


「あれから特訓して実践投入出来そうなトコまで鍛えたの!」


そっか。下手すりゃ自分の手足を鎌鼬でズタズタにしちまう。極度に扱いの難しい技なんだ。


こいつは普通に受けたら切り裂かれる。念真障壁を強く展開して受けないと!


「やるぅ!念真障壁が強ければ受けられちゃうんだ!」


「鎌鼬ナシの拳や蹴りに比べればキレがない。まだ未完成なんだな。」


「うん。全力の拳や蹴りに纏わせられるように練習中!」


「十分実戦投入出来る。鎌鼬ありの打撃に、ナシの全力打撃を織り交ぜてやれ!そうそう対応出来るもんじゃない!完成させるに越したコトはないけどな!」


はぁはぁ、な、なんとか凌ぎきったぞ。完成されたら相当ヤバイが。


「……凌がれちゃった。なら最後の手!」


……まだ奥の手があんのかよ。もうお腹いっぱいだよ。


ゲッソリしたオレに構わずナツメは胸の前で鎌鼬を形成、……なんと軍服を切り裂きやがった!


露わになる柔肌!かろうじて残ったブラの残骸が今にも剥がれ落ちそうで、大事なトコが見えそうだ!


い、いや!僅かにだけど、端っこがコンニチワしてるぅ!


血の繋がった姉妹じゃないのに、マリカさんと瓜二つの色のピンクなんだ!


貧乳の美を極めた女神の顕現に、オレの体も意識も硬直してしまったのは無理もない。


「隙あり!」


オレはいとも容易く足を引っ掛けられ、マウントを取られてしまった。


「私の勝ち!」


はだけた胸を隠そうとせずに勝ち誇るナツメ。ずっと勝ち誇っててください。こんな素晴らしい負けは初めてです!


「…………」


ん、ナツメさん。なんでオレを見つめてるの?


オレはナツメさんの胸を見つめていたいんですけど?


ちょっ!? なんで顔を寄せてくるの!? 近い近い!近いから!!


目、目をつぶらないで!ど、どうすれば……ええい、いくしかないのか!いってもいいよね?


「隊長!なにやってるんですか!!」


絶対零度の絶叫が室内演習場に響き、我に返る。


……く、唇が触れる寸前じゃんか!!


い、今オレはなにしようとしてたんだ!マリカさんに殺されるトコだったぞ!


ツカツカとストロークの長い足で大股に歩いてきたシオンが、ナツメに自分の上着を着せて引き剥がす。


「ナツメ!どういうつもり!」


「……チッ……格闘訓練してたんだけど、それがどうかした?」


あの~、ナツメさん。今、舌打ちしましたよね?


「どこの世界に衣服を破く格闘訓練があるのかしら!それに……あんなに顔を近づけて……」


「……マウントを取ったら好きにしていい、格闘の鉄則。」


誰に習った、そんな鉄則。


「隊長も隊長です!隙があるからこんな事になるんです!ナツメはまだ17歳ですよ!これは犯罪です!!」


「……もうすぐ18。それに17でも結婚は出来る。」


「全然反省してないわね!ちょっといらっしゃい!お説教の時間よ!」


シオンの肩に担がれたナツメは、説教シオンの部屋に連行されながら無邪気な顔でオレに手を振って見せた。


オレは反射的に手を振り返してしまったが、顔半分でコッチを振り返ったシオンは殺し屋の目をしていた……


鬼女の眼差しに射貫かれたオレは、ナツメのおっぱいを見て湧き出したヨダレをゴクリと飲み込み、覚悟を決めた。




オレにはどんなお仕置きが待ってるんだろう。命だけは助かりますように………




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