争奪編18話 今宵の月に乾杯



リックとの訓練をノーダメージで終えたオレは、イッカクさんに頼んで特訓をしてもらうコトにした。


「予定は空けていたから構わんが、いいのか? 午前中にヒンクリー准将の息子に稽古をつけたんだろう。疲れを抱えたままじゃいい稽古にはならんぞ?」


「イッカクさん、昨日のパワーボールのリーグ降格決定戦を見ました?」


見てるよな、イッカクさんは照京ブレーズの大ファンらしいからパワーボールファンのはずだ。


「ああ。だが何の話だ?」


「どう思いました? 敗戦チームのルーキークォーターバックのインタビューは。」


「負けたけれどゲームは作れたと思いますとか言ってたが、話にならん。そんな台詞は実績十分のレギュラーが言う事だ。」


「ですよね。しかも降格決定戦なんだから、惨敗だろうが惜敗だろうが負ければ降格しちまうんです。レギュラーだとしても結果だけが問われる状況なのに、何言ってんだか。ドラ1入団の期待の新鋭だそうですが、そんなのがシーズンを通してクォーターバックやってりゃリーグ降格は当然でしょ。」


「……なるほど。ああはなりたくないと言う話か。周囲の期待に惑わされず、貪欲に強さを求めるのはいい事だ。では武道家との戦い方を教えてやろう。」





午前中とは立場が逆、オレは格上のイッカクさんに稽古をつけてもらい、いい感じでボロボロになった。


「皆が期待するだけの事はあるようだな。だがあまりに性急に結果を求めるのもどうかと思うぞ。」


「スポーツ選手なら気長に成長を待ってもいいでしょうが、オレは兵士です。真価を問われる時は明日かもしれない。そして負けたらリーグ降格じゃ済みません、人生の終わりです。」


「………常在戦場か。カナタの心構えが正しい。俺とした事が少し驕っていたかもしれんな。」


「イッカクさんの場合は強者の余裕ですよ。隊長級と互角に戦えるようになれば、オレも余裕かますと思います。」


「徒手空拳で戦う兵への対応は体で覚えたようだが、一つアドバイスしておこう。念真力の使い方だ。カナタが予備動作ナシで念真障壁を形成出来るのはわかったが、予備動作は悪い事ばかりではない。兵士は念真力の扱いが上手くなればなるほど予備動作を使わなくなる傾向にあるが、カナタのように全く使わないのは問題だ。」


「でも予備動作を行えば、敵に行動を教えるようなモノです。」


イッカクさんは黙って銀杏いちょうの木を指差す。


そして予備動作ナシで念真衝撃球を飛ばした。銀杏の木は大きく揺らぎ、大量の銀杏ぎんなんを地面に落とす。


「俺とて予備動作ナシではこんなものだ。だが見ていろ。」


イッカクさんは今度は腰のあたりで両手を構え、念真衝撃球を溜める。


「せやぁ!」


気合いと共に放たれたリアル波動拳は、銀杏の木をへし折ってしまった。マジっすか!


「念真力は予備動作を行う事により威力を増す。六道流では練気する、というのだがな。念真力を練る事も覚えろ。」


「凄い威力ですね。でも今の念真衝撃球は最初のと威力だけじゃない違いがあったような気が………」


「気付いたか。今のはただの念真衝撃破ではなく念真重力破だ。練成に時間を食うが威力が跳ね上がる。形成した念真衝撃球にさらに念真力を加えて飽和させ、解き放つ技だ。」


希少念真能力だけじゃなく、普通の念真力にもまだ奥があったのか。強者への道のりは長えなぁ。


「練習してみます。ところでイッカクさんは茶碗蒸しが好きですよね?」


「ああ、三つ葉に穴子、それにカマボコと銀杏の入った茶碗蒸しが………!!」


「磯吉さんはあの銀杏の木から銀杏ぎんなんを取ってるそうですけど………」


イッカクさんは元からいかめしい顔を、さらに厳めしくしながら呟いた。




「………ユリの根の茶碗蒸しもいいものだ。」





イッカクさんとの訓練を終え、部屋に戻ってシャワーを浴びて、お出掛けの準備をする。


ん? 肉球スタンプの押されたメモ用紙が卓袱台の上に置いてある。


なになに………都合のいいコトにリリスは司令のお手伝いでいないらしい。


今夜は飲みにいくから丁度いいや。ちょっと早いがスネークアイズに出掛けよっと。




娯楽区画の隅っこにあるダーツバーの薄暗いカウンターに座るのは、後ろ姿が絵になる女、シオンさんっと。


「シオン、もう来てたのか。」


オレが声をかけると、シオンは椅子を回して振り返り、笑顔でグラスを掲げてくれる。


「今来たところです、隊長。」


「そっか。マスター、ソルティドッグを。」


蝶ネクタイを締めた渋いマスターが鮮やかな手付きでシェーカーを振って、ソルティドッグを作り、そっと差し出してくれる。


「マスター、私にはマティーニのお代わりを。」


「シオンはルシア人だからウォッカベースのカクテルが好きなのかと思ってたよ。」


「ウォッカはカクテルよりも割らずに飲むのが好きなんです。イワンもそうでしょう?」


こりゃかなりの酒豪さんと見た。


「そういや本場じゃストレートやロックで飲むのが主流らしいね。ウォッカはウォッカ以外を飲んでるのを見たコトねえなあ。だからウォッカなんて渾名がついたんだろうな。」


「イワンはウォッカ工場の御曹司だったらしいですよ。……いけない!イワンには口止めされてたんだったわ。」


あ、あのウォッカが御曹司~!あのイカツクてゴツイ巨漢のウォッカがぁ?


「なんだって御曹司が戦争屋になったりしたんだよ。………御曹司か。じゃあウォッカは………」


「………機構軍の攻撃で工場も両親も失ったそうです。隊長、この事は……」


「誰にも言わないよ。ここのマスターも心配ない。そもそもマスターが喋ってるのを誰も聞いたコトがないからな。」


シオンにマティーニのお代わりを作った後、黙々とグラスを磨き続けるマスターは、オレの台詞を聞いてもなんのリアクションもせずグラスを磨き続けている。


「ガーデンには変わり者が多いって聞きましたが、バーテンダーまで変わり者なんですね。気に入りました。」


「司令からしてアレだからな。ここじゃ常識人が絶滅危惧種だ。乾杯が遅れたな。」


オレがグラスを差し出すと、シオンはグラスを合わせてくれた。


チンとガラスの鳴る音と同時に、ソルティドッグのグラスの縁に置かれた塩が僅かにこぼれる。


「ふふっ。隊長もヒトの事は言えませんよ。乾杯したのはいいのですけど、なにに乾杯したんでしょうね?」


「コンマワン結成の乾杯は食堂でやったからなぁ。」


オレ達の出逢いに………無理だ。ハンフリー・ボガートみたいにキミの瞳に乾杯………もっと無理!


リ、リア充トークなんてしたコトねえよ!人生の大半がボッチだったオレにはハードルが高すぎる………


オレの様子を横目で見たマスターがテーブル下のスイッチを操作すると、モーター音と共に天窓が開かれる。


そして無言のまま、天窓に浮かぶ綺麗な月をマドラーで指し示した。


「今宵の月に乾杯。」 「素敵なお月様ですね、隊長。」


シオンがマティーニグラスを、もう一度オレのグラスに当てて、澄んだ音色を響かせる。


「マスターの粋なはからいは有難いけど、ちょっと粋すぎてくすぐったいなぁ。」


「ふふっ。まるでデートみたい……です……ね……」


「そ、そうかも……ね……」


オレもそう思ってたけど、口にしちゃったシオンはさらに恥ずかしいらしい。


うわ………シオンが赤くなってモジモジし始めちゃったぞ!


ここは男のオレが局面を打開しなきゃいけないのに………いい知恵が浮かばない。どうしたオレの納豆菌!


思い付くのはコスい悪知恵だけかよ。働け!今こそ働く時なんだよ!


窮地のオレを救ったのは、入り口のドアに取り付けられた鈴だった。


カランカランと鈴を鳴らして、包帯男が現れたのだ。救世主がミイラ男とはこれいかに。


「リ、リックか。よく来たな。マスター、テーブル席に移動するな。」


「ま、待っていたのよ。ケガは大丈夫なの?」


「見ての通りのミイラ男だよ。………あのさぁ……なんだかスゲえ邪魔した感で一杯なんだけどよ……お邪魔虫は出直そうか?」


「顔が赤いのは先に飲んでたからだよ。ま、座りな。痛めつけたお詫びに奢ってやるからさ。」


「そういう事ならありがたくゴチになろうかな。アンタから学ぶ事もありそうだし。」


意外と素直な野郎だな。鼻っ柱をへし折った甲斐はあったか。


テーブル席に移動し、酒とツマミが出揃ったところでシオンが意地悪っぽくグラスを上げる。


「じゃあ、「鮮血の」リックの惨敗に乾杯しましょう。いいトコなしの完敗に乾杯!」


「勘弁してくれよ、絶対零度の姉さん。鼻っ柱をへし折られてへこんでんのに、心までへし折ろうってのかよ………」


包帯が巻かれた鼻をこすりながら、リックは世にも情けない顔でボヤいた。


「やっぱ鼻も折れてたか。ちょっとやり過ぎたかな?」


「鼻っ柱をへし折れってのがクソ親父からのオーダーだったんだろ? 見事に任務達成じゃねえか。」


あんだけ痛めつけられたのに恨み言を言わないあたりは見上げたモンだ。




コイツには死んで欲しくないな。今のオレでも足らずの部分を少しは補ってやれるだろう。




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