争奪編17話 鮮血のリック



いつものように目覚ましアプリで目を覚ます。


今日は妙にベッドが広く感じられるが………なるほど、銀髪ちびっ子が添い寝してないからだな。


昨晩、シオンにクドイぐらい釘を刺されたリリスは、渋々自分の部屋で眠ったらしい。


なんだか寂しいような気もするが………いやいや!これがフツーなんだよ!


いかんいかん。10歳児が添い寝してるなんて犯罪的どころか、ほぼ犯罪だぞ。


煩悩を打ち消す為に、さらなる煩悩に身を委ねよう。


オレは脳内画像の乳神様に拝謁を済ませ、ジョギングから始まるトレーニングを開始する。





トレーニングで渇いた喉を潤すべく、ガリンペイロの屋外席で珈琲を飲んでいた時にヘリのローター音が聞こえてきた。


ヒンクリーJrの到着らしい。


「カナタさん、珈琲のお代わりはいかがです?」


エプロン姿の仲居竹なかいだけさんに声をかけられた。


このバイトマスターは日の高い間はガリンペイロでバイトしているのだ。


「お願い。それと通信手に伝言を頼める?」


「承ります。なんと伝えれば?」


「ヒンクリーJrに司令への挨拶が済み次第、屋外演習場に来るように、と。」


「わかりました。妹に伝えておきましょう。」


妹!? そういや仲居竹さんは妹の学費の為にアルバイトしてるって言ってたっけ。


「仲居竹さんの妹もヘリに乗ってるの?」


「はい。のぞみは軍学校のオペレーターコースを飛び級で卒業したみたいです。」


仲居竹極なかいだけきわみさんの妹は希さんっていうのか。


「出来のいい妹さんなんですね。………ひょっとしてガーデンに配属されるんですか?」


「ええ、基地の通信部に。数えで17の子供なので、面倒をみてやってくださいね。」


ってことは実年だと16かよ。15で入学して18で卒業する軍学校を2年かからず卒業したってコトか。


仲居竹さんはあらゆるバイトを極めたバイトマスターだけと、妹さんも才気じゃ負けてないらしい。


「面倒をみるどころか、こっちがお世話になりそうですが。妹さんが卒業したならバイトも終了ですか?」


「これからは自分の為のアルバイトです。アルバイトが好きなので。」


「よかった。仲居竹さんがいないと寂しいですから。」


鳥玄では後ろから声をかけられまくって焦ったけどな。


「ふふっ、カナタさんは口がお上手ですね。」


仲居竹さんに淹れてもらった珈琲を飲み終えたら、屋外演習場に向かおう。




「隊長、どこに行くんですか?」


屋外演習場へ向かう途中で、麗しの金髪副長に声をかけられた。


「屋外演習場。ヒンクリーJrの鼻っ柱をへし折る任務があってね。」


「ヒンクリーJr……リッキー・ヒンクリー軍曹の事ですか?」


「シオンはヒンクリーJrがどんなヤツか知ってるの?」


「直接会った事はありませんが噂は聞いた事があります。「鮮血の」リックは重さ20キロもあるポールアームを軽々と振るう豪勇の兵士らしいです。曹長に昇進していたのに、素行の悪さで軍曹に降格されたとか。」


事情は違えど親子揃って降格経験者か~い。


「なるほど。へし折り甲斐のある鼻っ柱をしてそうだな。」


「………なんだか心配なので私も行きます。」


シオンは尽くしたがりだけに心配性らしい。





屋外演習場でシオンと談笑していると、足音が聞こえてきた。


どうやらヒンクリーJrのお出ましらしい。


先頭を歩いてくるヒンクリー准将と同じ鉄灰色の髪の青年、コイツがヒンクリーJrか。


お山の大将らしく、取り巻きの若年兵を3人連れている。


「呼ばれたから来てやったぜ、剣狼。」


「ヒンクリー軍曹。隊長は将校よ。口の利き方を知らないの?」


「ヒュウ♪ いい女だな。俺と一晩付き合わないか? いい夢みせてやるぜ。」


リックが口笛を吹くと、取り巻き達も悪ノリしてくる。


「リックさん、俺に譲ってくださいよ!」 「バカ!俺にきまってんだろ!」 「姉ちゃん、そんなチビより……」


「………黙れ。それ以上喋ったら殺すわよ?」


氷の視線で射貫かれた取り巻き達は一歩後ずさりして沈黙する。


「……さすが「絶対零度の女」、すげえ迫力だな。剣狼よりアンタの方が強いんじゃねえのか?」


「隊長には敵わないわ。あなたよりは強いけれどね。」


「言ってくれんじゃねえか。じゃあ勝負だ。俺が勝ったら一晩付き合えよ?」


「二重に不可能ね。まず私に勝てない。そしてその粗末なモノを蹴り潰されるからよ。」


リックは刃と鉤爪のついたポールアームを構え、シオンは氷槍を周囲に展開する。


「待てシオン。コイツの教育はオレの仕事だ。」


「隊長が相手するまでもありません。」


「オレも正直気は進まないが、ヒンクリー准将に頼まれてるからな。」


「喋れたんだな、チビ。俺はどっちが相手でも構わないぜ?」


自信過剰で自意識過剰、確かに早死にしそうなタイプだな。准将が心配するワケだ。


「シオンは下がっててくれ。………こいよ、ヒンクリー家の小倅こせがれ。」


「誰が小倅だ!てめえはぶっ殺す!」


思った通りリックは怒りに任せて突撃してきた。


190近い長身の長い腕と長い得物ポールアームを利用して、オレの間合いの外から大振りの一撃を放ってくる。


アスラ部隊の隊長達から技の粗さを指摘されてるオレだが、そのオレの目から見ても、コイツの攻撃は粗い。


大振りの攻撃を寸前で躱して、戻りに合わせて距離を詰める。


「まずレッスン1、格上相手に迂闊な攻撃はするな!」


ダッシュの勢いをつけた飛び膝蹴りを鳩尾にもらったリックの体がくの字に曲がる。


その折れ曲がった体の頸椎を狙って肘打ちを落とし、砂を舐めさせる。


「一回死んだな。立てよ。まだ終わりじゃないぞ、坊や?」


少し距離を取って這いつくばったリックの様子を窺う。


リックはペッと砂を吐きながら立ち上がり、咆哮をあげる。


「やってくれるじゃねえか!本気でいくぞコラァ!」


「アホウ、ハナから本気でこい。ここはローズガーデン、地獄の一丁目だ。窮地になってもパパは助けちゃくれないぜ?」


「親父のコタァ言うんじゃねえ!」


学習しない野郎だ。オレがワザと挑発してんのに気付けよ。


力任せの連撃をひょいひょいと躱し、足を引っ掛け地面に倒す。


「レッスンその2、相手を観察しろ。」


オレは仰向けに倒れたリックの胸板をおもいっきり踵で踏みつける。


「ごはっ!………こ、この野郎!!」


「二回死んだな。何回死ぬ気だ?」


また距離を取って仕切り直し、と。結構本気で踏みつけたのに立ち上がるのが早い、タフさは大したモンだ。


そして三度目となると少しは学習したみたいだな。迂闊に動かず、構えをとってコッチの様子を伺い始めた。


オレを殺しそうな目で睨みつけるリック、まさに猪武者だ。こういう手合いには………


「うっ!!」


転がっていた小石をサイコキネシスで目に飛ばしてやる。


怯んだリックの肩に二の太刀、鷹爪撃を振り下ろす!


「ごがぁ!くぬ野郎!」


リックの前蹴りを掴んで転がし、また距離を取る。


「レッスン3、周囲にも気を配れ。敵は正面きって挑んでくるとは限らない。」


「………いちいちごもっともだがよ。まだ終わってねえぞ!」


「肩甲骨にヒビが入ったはずだ。まだやれるのか?」


荒い息をつきながらリックは立ち上がり、大きく息を吐く。


「やれるにきまってんだろ。勝負はこっからだぜ!」


リックが全身に力を込めると、鍛えられた筋肉が隆起する。


パンプアップか。パワータイプの十八番だな。


「いくぞコラァ!」


相変わらずの大振り、だがさっきより速い。パンプアップの効果はともかく、肩の痛みを感じてないのか?


アドレナリンコントロールを限界まで利かせてるにしても、我慢強い野郎だ。


そのタフさに敬意を表して、オレも切り札を見せてやるか。


「ぐあぁ!!い、いってえ!」


狼眼の与える痛みはアドレナリンコントロールでどうにか出来るレベルじゃないのさ。


「なんでだ? ひ、膝がいうコトをきかねえ!」


狼眼を喰らったリックはよろけて膝をついてしまった。


脳の運動中枢にダメージが入れば、いくらタフでも倒れるよな。


「もう無理だろう。脳の運動中枢にダメージが入ってる。ここまでにしておけ。」


「……ハァハァ………このまま終われるかぁ!」


雄叫びとともにリックはまた立ち上がった。ウソだろ、タフなのにも限度が………


そうか!コイツはヒンクリー准将と同じ………


「なるほどな。おまえの希少能力は「超再生」か。」


普通の細胞とは桁違いの再生能力を持つ戦闘細胞だが、稀にさらなる再生能力を持った兵士がいる。


それが超再生と呼ばれる希少能力、ヒンクリー准将が「不屈」と呼ばれるもう一つの理由だ。


少々ケガさせてもいい、か。………司令はコイツの希少能力を知ってたんだな。


「……バレちゃあしょうがねえな。そうよ、俺はどんなに傷を負おうと倒れねえ。血塗れになろうが、最後は勝つんだ!」


「それで「鮮血のブラッディー」リックか。親父からの贈り物ギフトはもっと大切に使え。」


「親父のコタァ言うなっつったろうが!」


生まれ持っての優れた身体能力に超再生能力、一年で異名持ちになるワケだ。


………だが、才能と希少能力だけで天狗になれるほど戦場は甘くないんだぜ!


リックの稚拙で粗い技の隙を突くのは難しい仕事じゃない。


超再生を持ってるなら遠慮はいらない、オレは容赦なくリックを痛めつけるコトにした。


「オレは敵をいくつかのパターンにカテゴライズする。」


「テメエの講釈なんか聞いちゃいねえんだよ!」


近い距離でも長いポールアームを振り回すリック。工夫がないな。


「バカのおまえにもわかるように言ってやろう。おまえは「舐めてかかって丁度いい」レベルだ。」


遠心力が不足しているポールアームを掴んで止め、正中線に突きの連撃である六の太刀、百舌神楽もずかぐらをお見舞いする。


「グヘッ!」


百舌神楽をモロに喰らったリックは後ろ向きに吹っ飛んで、仰向けに倒れた。


だが歯を食いしばって、ポールアームを杖代わりに立ち上がる。


「まだだ。………まだやれんぜ!」


そんな攻防を繰り返し、異名通りに血塗れになったリック。それでも何度も何度も立ち上がってくる。いい根性だ。


「10回は死んだな。いくらおまえがタフでも致命の一撃を喰らえば再生できない。それがわからんほど馬鹿じゃなかろう?」


「………忌々しいが、クソ親父が言った通りだった。アンタは強い。けどよ………いいトコなしじゃ終われねえんだ!」


大したガッツだよ、ちょっと気に入ったぜ。


准将に反抗してるみたいだけど、親父と比較される気持ちは分かるしな。


……准将、息子さんは無謀さと短慮さを克服すれば、いい兵士になれます。親父譲りの才能と根性がある。


「おまえには才能がある。けどな、才能しかない。それをわからせてやろう。こい!」


「いくぜ剣狼おぉぉ!!」


最後の力を振り絞った渾身の突きを、立てた剣の柄で叩き落とし、返す刀で胴を薙ぐ。


「夢幻一刀流・五の太刀、啄木鳥きつつき。………これが技だ。わかったか?」


「………参ったぜ。俺にゃ色々足りてねえモノが……ある……らしい………」


呻くように呟いたリックはうつ伏せに倒れ、動かなくなった。


「そこの取り巻き!リックを医務室に運んでやれ。意識が戻って動けるようなら、娯楽区画にあるダーツバー「スネークアイズ」に来いって伝えろ。」


「アイサー!」


ハモり気味に返事をした取り巻き達は、リックを抱えて屋外演習場を後にする。


「ダーツバーですか。いいですね、私もご一緒してよろしいですか?」


「リックが来れなかったらボッチで飲むコトになっちまうからな。付き合ってくれるかい?」


「はい、喜んで。」




シオンと二人でダーツバーか。リックに来て欲しいような、来て欲しくないような………



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