争奪編16話 可愛いあのコを圧殺したい



部屋に戻ったオレはイッカクさんの戦闘記録を見ながら対策を考える。


例によってちびっ子参謀と意見交換しながらだ。


「豪拳の異名通りのパワータイプね。でもアビーと違って体系化された技にも裏打ちされてる。相性的にはアビーよりも厄介よ。」


「そうだな。離れても強烈な念真衝撃破がある。どうするかな………」


元の世界の格闘ゲームのキャラが画面から飛び出してきたような強者だ。そりゃ波動拳ぐらい使うよな。


「念真障壁の使い方も巧みで、攻守ともに隙がない。准尉が勝るのはスピード、そしてイッカクの持ってない狼眼ね。」


「イッカクさんは六門流って古武術を極めてるらしい。古流武術の使い手だけに邪眼対策も万全だろう。」


「それでも使っていくべきよ。准尉の強みは、ほとんどの相手になにかしら上回る点があるって事なんだから。」


ホントに頼りになる参謀だよ。


「だな。上回る点、持ってない武器を駆使して相手の嫌がる戦術を行使する。今のオレに出来る最良のスタイルだ。」


「いずれ地力の差で圧倒出来る時がくるまではそうすべきね。」


会話を遮るようにニャーニャー音がポケットから聞こえたので、ポケットからハンディコムを取り出す。


「ラブリーボイスの着信音、気に入ったみたいね。」


「勝手に変更しといてなにを言う。アロー、カナタですが。」


イヤなら戻せばいいと思うけど、と呟いてリリスは参謀モードからシェフモードにモードチェンジしてキッチンに立った。いや、浮いた。晩メシの仕込みをするつもりらしい。


「カナタか。明後日の10:00に、私のヘリで研究所に向かう。準備しておけ。」


「了解です、司令。」


「それからヒンクリー准将の息子が明日朝、ガーデンに到着するようだ。イッカクとの訓練は後回しにして、とりあえずボコれ。」


「准将から病院送りにしてもいいって言われてますけど、ホントにやっちゃっていいんですかね?」


「かまわん。少々ケガをさせても問題ない奴だからな。」


メロン中尉みたいに親の地位をカサにきた嫌な奴なのかな? だったら遠慮はいらないか。


「了解、ヒビキ先生に病室を準備してもらってて下さい。それでは。」


オレが電話を切ると同時にドアがノックされた。今日は千客万来だな。


「留守です。」


「留守ならドアを壊して入っても問題ないですね?」


久しぶりに聞く絶対零度の声、客はシオンかよ。


「ウソウソ。開いてるから入ってくれ。」


「失礼します、隊長。あら、おチビさんもいたの?」


リリスは振り返りもせずに不機嫌な声で答える。


「同棲してるんだから、いるに決まってるでしょ。」


リリスの返答にシオンさんの目が吊り上がる。怖い怖い!マジで怖い目すんのはヤメて!


「リリスさん!著しい誤解を招く発言はよしましょう!」


「隊長、ここは独身寮のはずですが?」


「う、うん。そうですね。わかってますよ。」


シオンは大股で部屋に入ってきて、卓袱台前に足を崩して座り込む。


これ以上追及を受ける前に話題を変えろ。オレの本能がそう言ってる!


「そ、それでシオン。オレに何の用?」


ベットに腰掛けながら話題を変えたオレに、シオンは表情を和らげて答えてくれる。


「ナツメのコトなんですけど………今朝方、私に謝りにきました。私だけじゃなくウォッカにも謝ったそうです。」


「そっか。それはいいコトじゃないか。」


「はい。それで………私の事情をナツメには話しました。」


「………そうか。シオンが話そうって思ったんならそれでいい。ナツメは話を聞いてどんな反応だった?」


「ナツメは泣いてしまって………私もつられて泣いてしまいました。」


「はん。傷の舐め合いってヤツかしら? その事情とやらを私にも聞かせてもらおうじゃない。」


仕込みを中断したリリスが卓袱台を挟んで、シオンの対面に正座して座る。


「…………」


「准尉が連れてきた以上、なにか訳ありなのはわかってるわよ。私がそうだから。」


「………リリスは生体兵器研究所から救出されたのだったわね?」


「そうよ。実の親に売られてね。」


リリスの事情はある程度公表したけど、実の親に売られたコトまでは公表していない。


「そう……実の親に………」


シオンは複雑な表情になり、目を伏せた。


「目を逸らさないで。あんなクズの事なんか、なんとも思っちゃいないわ。むしろ感謝したいぐらいよ。そのお陰で准尉と出逢えたんだから。」


「リリスは強いのね。」


「強い訳ないでしょ。弱いから准尉に寄っかかってるの。で、話をシオンに戻すけど、どういう事情な訳? 隊に関わんない事なら話さなくてもいいけど。」


「関わる話よ。隊長、話してもいいですか? 正直、子供には聞かせたくない類の……」


「話していい。そういう面ではリリスはオレより大人だ。残酷な現実を受け止められるメンタルもある。」


「わかりました。リリス、私はね………」


シオンは雪原の悲劇と、復讐の決意をリリスに語り始めた。





「オーケー、わかったわ。そういう事情なら私も手を貸してあげる。」


「本当にいいの? リリスには無関係な話よ?」


「無関係じゃないわね。准尉が関わるつもりなんだから。」


「スパシーバ。(ありがとう。) 心強い援軍よ。」


「頭脳の方はアテにしてくれていいわ。そ、それと………」


ん? リリスさん、なんで赤くなってんの?


「それとね!さっきは傷の舐め合いなんて言って………わ、悪かったわ。」


銀髪を指先でクルクル巻きながら目を逸らしたリリスさんのテレ顔は、超可愛いかった。


「ミーラヤ!(可愛い!)」


オレとおんなじ感想らしいシオンさんは、卓袱台越しに手を伸ばしてリリスを抱え上げ、抱きしめる。


いや、抱き潰すかな?


「わぷっ!タイムタイム!息が………」


ジタバタ暴れるリリスに構わず、シオンはリリスの顔を胸に抱え込んでハグハグを続行。


少し、いや、おもいっきり羨ましい。


「………ち、ちぬ。ちんじゃう………」


うん、チアノーゼの一歩手前ですね。


「リリス、酸素軽減アプリを使えばいいと思うよ?」


(まず助けなさいよ!このまんまじゃ私、巨大肉まんに圧殺されるわよ!)


おっぱい革新党員ではないリリスは、おっぱいに殉じる覚悟はないらしい。





圧殺寸前で解放されたリリスが作る晩メシを、シオンも食べていくコトになった。


「リリス、隊長の食事を作ってるのは感心だけど、ちゃんと自分の部屋に帰って寝るのよ?」


「うっさいわねえ。シオンには関係ないでしょ。」


「あります。副長として、隊長の私生活を乱れさせる訳にはいかないの!」


「とんだ小姑が入ってきたもんね。」


リリスはボヤきながら、ロールキャベツの入った大鍋と食器をサイコキネシスで卓袱台に置く。


「おっ!今日はトマトソースのロールキャベツですか。いいですなあ。」


「見るからに大食いの大女がいるから大目に作っといたわよ。」


「わ、私は別に大食いじゃないわ。」


リリスは、はぁ、とため息をつきながら、


「シオンは准尉の事をまるでわかってないわね。ねえ、准尉。アビーってば昨日、スペアリブを20キロも食べたらしいけど、どう思う?」


どう思うって。決まってるだろ。


「アビー姉さんの食べっぷりはいつ見ても惚れ惚れするよなぁ。」


「ね? カマトトぶるなんて無駄よ。」


リリスがそう言うと、シオンはおずおずとオレに聞いてくる。


「あの………隊長は大食いの女が気にならないんですか?」


「気にするワケないでしょ。………あ!体を造る為に無理して食べてたとか言ってたけど……ひょっとしてそんなコトを気にしてたのか?」


「は、はい。前にいた隊で大食い女なんて渾名で呼ばれた事があったので………」


「おかしなヤツがいるもんだな。大食いだろうと少食だろうと人間の本質には関係ないのに。」


「巨乳がいれば貧乳もいる、そういうコトでしょ?」


リリスさんはいいコトを言いますな。


「そうそう、個性だよ、個性。巨乳も貧乳も素晴らしいのだ。」


「並乳はどうなの、准尉?」


「並盛りのない牛丼屋がないように、並乳のいない世界もありえないね。」


「隊長!女性の前で下品な話をするのはどうかと思います!」


オレは真っ赤な顔のシオンに窘められてしまった。


「……確かに……リリスのせいでお下品トークが日常会話になってたかもしれん。」


「ちょっと!人のせいにしないでよ!准尉がお下品なのは元からでしょ!だいたいシオンだって、その巨乳で准尉をたぶらかしといてよく言うわね!」


「たぶらかしてません!リリス、あなたはちょっとお下品過ぎるわよ!」


ちょっとどころじゃないッスよ、シオンさん。


「シオンがカマトトぶりすぎなの!これだから陥没乳首はイヤなのよ!」


「陥没乳首!? な、なによ、それ!?」


「まだカマトトぶるつもり? 陥没乳首っていうのは乳首が乳輪の中に埋没してる……」


「いい加減になさい!私は陥没乳首じゃありません!ちゃんと出てます!」


………シオン、怒りと羞恥の相乗効果で耳まで真っ赤になってるぞ。


完全にリリスのペースに乗せられちまってんな。


「だったら見せてみなさいよ!おっぱいソムリエの私が鑑定してあげるわ!」


「隊長!このコにどんな教育をしてるんですか!」


なにもしてないよ。元からこうだったんだ。


トムとジェリーみたいに仲良く喧嘩しながらの夕食か。………だけどこんな夕餉も悪くない。


大鍋一杯のロールキャベツじゃ足りずに、パスタまで茹でるハメになったリリスはご苦労様だったけどな。


トマトソース仕立てのロールキャベツでよかったな。そのままスパゲティに流用出来た。


デザートのカボチャプリンを食べ終えるまで、賑やかな喧噪が649号室に響く。





コンマワン小隊の賑やかな日常はこれからも続くんだろう。




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