争奪編15話 10歳からのアドバイス



「聞いたわよ。食堂でナツメに告られたんですって? 童貞のクセに生意気ね。」


ぞぞぞっとかき揚げ蕎麦を啜りながら、リリスは不景気な顔でそう言った。


朝っぱらから鳳凰幻魔拳ナツメのイタズラを食らって精神に大ダメージを負ったにも関わらず、オレは黙々とトレーニングメニューをこなした。


昼になったから着替えに戻ってみたら、のっけからこの台詞である。


みんなしてオレの心を折りにきてんのかよ。


「タチの悪いおふざけだよ。性格が悪いのはリリスだけじゃないってコトだな。オレの分のかき揚げ蕎麦あんの?」


リリスはサイコキネシスでかき揚げ蕎麦の準備をしながら、懐疑的見解を述べる。


「………おふざけねえ。どうだか? 案外本気だったのかもしれないわ。」


「どういう意味だよ?」


「女がよく使う手なのよ。告っておいて、反応がかんばしくなさそうだったら、冗談でした~って逃げる。古くさいけどそれなりに有効な手ではあるわね。」


おまえはどんだけ人生経験豊富なお子様なんだよ。


リリスの用意してくれたかき揚げ蕎麦を頂きながら、立体テレビのスイッチを入れ、ニュース番組にチャンネルを合わせる。


「………臨時ニュースです。帝国皇女スティンローゼ・リングヴォルトが薔薇十字軍ローゼンクロイツなるものを結成。弱冠16歳の未熟な少女が一軍の指揮を取るなど前代未聞ですが、それだけ機構軍の人材が払底しているとの見方もあり………」


ローゼ……やっぱり本気だったんだな。いや、本気なのはわかってたんだ。あの強い意志を宿した瞳が悟らせてくれたから。


鳳凰が殻を破って羽ばたき始めた………これはオレ達にとって吉と出るのか、凶と出るのか………


「スティンローゼって准尉が森で助けた皇女よね? なにか吹き込んだ?」


「吹き込んだかもしれんが、何もしなくても結果は同じだっただろう。少し早くなっただけのコトだ。」


オレと出逢わなくても、ローゼは同じ道を選んでいた。そういう性分のお姫様だ。


「そうかしら? 准尉って自分が思ってるより汚染力は高いのよ?」


「影響力って言ってくんない? それよりオレの留守の間のコトを頼みたいんだが……」


ランニングしてる時に、研究所行きの日程をクランド中佐から聞かされたんだよな。


「どこに行くかは知らないけど、私も行くからね!」


「行くのは研究所だよ。前に話したオレの特異体質なんだが、もう隠せそうにない。」


「ということは、また念真強度が伸びたのね?」


「ああ。それで司令と相談したんだが、隠すのが無理なら申告して協力するふりをした方がいいって結論になった。で、サンプル提供といくつかの実験に付き合わにゃならんのさ。」


「それが賢明ね。でも私を連れていけない理由になってないわよ?」


「今度は司令とクランド中佐も一緒だよ。それで帰ってこれない事態が起こったら、どの道帰っちゃこれないさ。」


「だったら私がついて行ってもいいじゃない!」


「オレがいない間に戦術タクティクスプランの原型を作っておいて欲しいんだ。まだ準備段階みたいたが、ブレイクストーム作戦が始まる前に検討と訓練を済ませておきたい。これはオレらの生き残りに関わる死活問題だ。わかるよな?」


リリスは不承不承って顔で頷いてくれた。


「わかったわよ。中隊規模のプランまでは作っておくから。」


「オレが率いるのは小隊だぞ?」


「実績を上げれば、いえ、イスカやマリカがいけると踏んだら、すぐに中隊指揮をやれって言われるわよ。」


「そうかねえ……いや、あり得なくはないのか………」


「そうに決まってるわ。ぶっちゃけね、ただ強いだけでも隊長って務まるのよ。4番隊を見ればわかるでしょ?」


「4番隊はそうかもしれんけど……オレが他隊の中隊長に比肩するとは思えないなあ。」


「相変わらず自己評価が低いのね。ガーデンには32人の中隊長がいるけど、ガチ勝負で准尉に勝てる奴はもう何人もいないと思うわよ? 戦闘能力だけでもタチが悪いのに、准尉には狡っ辛くて底意地の悪いオツムもある事だしね。中隊長になるのは時間の問題。」


「オマケに才色兼備のちびっ子参謀もついてるからな。頼りにしてますぜ、リリスさん。」


「中隊長になったらナツメも誘ってあげなさいよ。でないとまた拗ねるわよ?」


「拗ねる?」


「ナツメが突っかかってきた理由に気付いてなかった訳? 准尉が隊を編成するなら自分に声がかかるはずだって思ってたのに、スルーされたから拗ねてたのよ。オマケに目の前でパツキン巨乳とイチャつかれたら、キレるに決まってんでしょ。」


「ウソでしょ?」


「……准尉、いくら童貞で包茎でもニブすぎよ。一皮剥けてよ、包茎だけに。」


童貞ですけど包茎じゃありません!





昼メシを済ませたオレは地獄巡りの二人目、アビー姉さんが待つ屋外演習場に向かう。


兵舎棟の外で見知った顔に挨拶された。京美人のコトネだ。


「カナタはん、お久しぶり。これからは仲間ですさかい、よろしゅうに。」


「こっちこそ。オレとおなじで准尉に昇進したんだな、おめでとう。それにその隊章は……やっぱり凜誠に配属されたのか?」


「そうですのん。中隊長はおなごはんばっかりで、やりやすいですわぁ。」


女新撰組だもんな、凜誠って。


「じゃあアスナ隊に配属されたんじゃないのか?」


「そうどす。カナタはん、なにやら怪しげな党に入ってはるみたいですけど、現場を押さえたら遠慮のう検挙しますえ? アスナ隊の副隊長がウチのポジションですさかい。」


怖い怖い。また新たな敵が増えちまったか。


「せいぜい気をつけるよ。特別営倉なら何度でも行きたいけど、普通の営倉入りは御免だ。」


「カナタはん、はよぉ出世したげておくんなんし。でないとシオンはん、せっかく将校カリキュラムをクリアしはったのに曹長から昇進出来まへんえ?」


「意外だな。コトネは私とは気が合わないみたいですってシオンが言ってたけど?」


「リグリットではシオンはんが意固地になってはったさかい、意地悪を言ってみただけどす。別にきろおてる訳やおまへんよ。」


「そうなのか。よかったよ。アビー姉さんを待たせちゃ悪いからもう行くな。それじゃ。」


「お気張りやす。」


相変わらずはんなりした空気を漂わすコトネに手を振って、駆け足で演習場へ向かった。




屋外演習場ではパイルバンカーを両手に持ったアビー姉さんと、ムキムキマッチョの隊員二人がお待ちかねだった。


「きたね。カナタ、アタシは手加減は苦手なんだ。肋の一本や二本は覚悟しなよ?」


やれやれ。バクラさんにやられた肋のヒビが治ったばっかだってのに、また肋にヒビが入りそうだな。


「肋で済めば安い方ですよ。さっそくお願いしますね。」


「おう、かかってきな!」


今日のレッスンは重量級対策だ。状況はシミュレートしてきた。実践してみるか!




オレは一時間ほどアビー姉さんに稽古をつけてもらった。


負けはしたが、思ったよりいい勝負が出来た。おおよそシミュレート通りの結果だ。


「重量級と同等のパワーがあって、スピードは並の軽量級より速い。オマケに邪眼持ちときたか。カナタはアタシとは相性がいい。うかうかしてたらやられちまうね、こりゃ。」


タオルで汗を拭いながらアビー姉さんが褒めてくれた。


額面通りに受け取りたいけど、最後は圧倒的パワーの前に押し切られちまったからな。


力技も技のウチとはよく言ったモンだ。


「オレなんてまだまだですよ。アビー姉さんの目から見て、オレの戦術はどうでした?」


「力勝負には付き合わない。大振りになりがちな攻撃の隙を縫って、細かく攻撃を合わせる。頑強な体の破壊より、狼眼で鍛えようのない脳の破壊を狙う。カナタの取った戦術は理にかなってる。だから今はそれでいい。もっとパワーがついたら他の選択も増える。」


「他の選択?」


「アギトみたいな完全適合者か、それに近いパワーがついたら、狼眼をオトリに体の破壊を狙っていってもいい。今でも並の重量級にならそうしてもいいんだよ。たいていの重量級は動きが雑だからね。やってみるかい? そこに動きの雑な重量級共がいるからさ。」


「ヒデエよ姉さん。」 「雑なのは性格だけですぜ?」


アビー姉さんの辛口な意見にマッチョ二人は不満顔だ。


「どうだかね。カナタ、いっちょウチの雑把ざっぱな奴らに稽古をつけてやってくれないか? その為に連れてきたんだ。」


「オレがスレッジハマーの隊員に稽古をつけるだなんて……」


「アタシが稽古をつけてやっただろ? ギブアンドテークさ。」


「わかりました。やってみます。」


「聞いたな、おまえら。剣狼先生が稽古してくれるってさ。マジでやるんだよ? 勝ったら一ヶ月分の飲み代をアタシが持ってやるからさ。」


「姉さん、しかと聞きましたぜ?」 「飲み代の為だ。覚悟しな、小僧。」


隊名通りの大型鎚スレッジハマーを構えたマッチョ二人はやる気マックスだ。


念真強度が高めのアビー姉さんには遠慮なく狼眼を使ったけど、この二人には封印しよう。


たぶん、それでも勝てるだろう。


マッチョ二人は本気でかかってきた。小僧っ子だと甘く見てなんかいない。


当たり前か、オレがアビー姉さんに稽古をつけてもらってるのを見てたんだから。


だが、それでもオレには余裕があった。この二人はアビー姉さんの言う通り、動きが雑だ。


重い戦槌の攻撃を出来るだけ受け止めないように躱し続け、小刻みに反撃する。


焦る必要はない。小さく細かく削っていく。


「チョコマカ動きやがって!これでもくらえ!」


踏み込んできて大振りの一撃、この位置関係を待っていた!


オレは戦槌をしゃがんで躱し、戦槌が頭上を通過した瞬間に、渾身の蹴りを柄に入れる!


「おわっ!」 「うぉい!まてえ!」


勢いのついた戦槌が相方を襲い、胸板に命中。綺麗に吹っ飛ばした。


「狙ってやがったな!小癪な小僧だ!」


お返しとばかりに再び襲ってくる戦槌を今度は飛んで躱し、空中から二の太刀・破型、飛翔鷹爪撃をお見舞いする。


俗にいう兜割りを脳天にもらったマッチョさんは、スローモーションで仰向けに倒れた。


「………情けない。思う壺にハマっちまいやがって。後でお仕置きだねえ。」


アビー姉さんは気絶した二人を軽々と肩に乗せる。


「そんじゃな、カナタ。明日はイッカクが拳法対策を教えてくれるってよ。おっと、拳法じゃなく古武術だったっけ? ま、どっちでもいいか。」


「ありがとうございました!」


アビー姉さんは背中越しに手を振って、演習場から去っていった。


100キロ以上あるはずのマッチョ二人を担いでも、まるで重さなんて感じてなさそうだなぁ。




明日は「剛拳」イッカクが相手か。部屋に帰ってシミュレートしないと。



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