再会編46話 復讐の序曲



「コウメイだけではなく、息子さんも天才の様ですね。河を干上がらせて森林地帯を走破し、奇襲を仕掛けるとは……」


私とバートは朝食を摂りながら、ロスパルナス防衛戦の概要を卓上ディスプレイで確認している。グループの再編作業に追われる日々はまだ続く。今日も昼食はワーキングランチになりそうだな。ディナーぐらいは仕事抜きで楽しみたいものだが……


「バート、私は天才ではない。自分を贔屓目に評価しても、せいぜい秀才といったところさ。だが息子は天才だったようだ。」


カナタの書棚には大量のマンガとラノベ、そして古今東西の戦記本があった。本に付いた手垢の状態から鑑みて、奇策を用いて戦果を挙げた事例を特に好んでいたようだ。常識を覆した天才達の手法を知り、学んだ成果がロスパルナスで発揮された。ハンニバルから義経まで、貪るように読んだ趣味の本が、こんな形で役に立つとはカナタも思っていなかっただろうが。


奇襲奇策を好む傾向があるカナタ。だから戦術書として贈った本には、主に正統派の戦術家達の戦法を記しておいた。息子には正攻法を駆使し、機略にも通じる軍人になって欲しいからだ。


「そうですか? 私から見ればコウメイもカナタさんも天才、いや、怪物に見えますよ。」


卓上のバスケットから卵を手に取りながらバートはそう言った。茹で卵を入れたバスケットには少しイタズラをしておいた。私とカナタの違いを理解してもらうにはうってつけの仕掛けだったな。


「バート、今朝は少しイタズラをしてみたんだ。」


「イタズラ、ですか?」


「バートが持ってる卵だよ。今朝はバスケットに茹で卵と生卵を混ぜて入れておいた。さて、ここでクイズの時間だ。今、バートが手にしてるのは茹で卵と生卵、どっちだと思う? おっと、殻を割るのはナシだぞ。」


「触感から判断して……茹で卵ですかね。」


「触感よりも確実な方法がある。回してみればいい。」


卓上で卵を回転させたバートは、納得顔になった。


「……なるほど。流動体が入った生卵より、固体が入った茹で卵の方が速く、長く回転する。茹で卵で合ってたみたいですね。」


「では次のクイズだ。その茹で卵を立ててみてくれ。道具を使わずに、な。」


バートは茹で卵のバランスを取りながら立ててみる事を試みたが、やはり卵は転がってしまった。


「う~ん。やはり難しいですね。練習すれば出来るかもしれませんが……」


「練習など必要ない。こうすればいい。」


私は茹で卵の底を割って卵を立ててみせた。


「コウメイ、そんな方法でいいなら誰だって出来ますよ!」


「いいや、誰にでもは出来ない。これが天才というものなんだ。」


「??」


私は底を割った茹で卵の殻を剥きながら、秀才と天才の違いを解説する。


「最初のクイズは理論で解ける。流動体と固体の違いを考察すればいいだけだ。だが次のクイズは理論では解けない。必要なのは発想、常識を破る発想なのさ。」


暗記力と実務処理能力なら私はカナタより上だろう。だが機転と発想力は間違いなくカナタが上だ。私には確信がある。息子は世界を動かす男になるという確かな予感が……


英雄を陰から支える黒子、それが歴史が私に与えた役割なのだ。


「最初のクイズで測れるのは秀才、次のクイズで測れるのが天才、という訳ですか。腹黒いコウメイ先生は、底意地の悪い意識誘導を混ぜましたね。最初のクイズで"殻を割ってはいけない"と言われた私は、次のクイズでも殻を割るのは反則だと思考を操作された。……いや、むしろヒントだったのか。殻を割って立てるという発想への……」


「そうだ。常識や定説に沿って正解を導き出すのが秀才、常識や定説を覆すのが天才、という事がわかっただろう?」


「常識を覆し、新たな常識とするのがコウメイの"天才の定義"ですか。こんな風に卵を立ててみせた偉人が地球にいたんですね?」


「ああ。クリストバル・コロンという探検家がやって見せた。私は彼の業績をあまり評価していないがね。」


アメリカ大陸の発見というが、それは欧米から見て未知というだけで、先住民族は大昔から住んでいた。正確に言えばアメリカ大陸へ到達、というべきだろう。そして彼は自分が到達したのはアメリカ大陸ではなく、インドだと思っていた。当時の航海事情を考えればやむを得ない部分はあるが、まるで関係ない遠国であるインドにちなんでインディアンなんて呼ばれたネイティブアメリカンには迷惑な話だ。


オマケに彼の興味の対象は"新大陸の黄金"と"奴隷"だったのだからな。当時は奴隷制が肯定される時代だったから、現代人の感覚で非難するのは筋違いだ。それはわかっていても、やはりいい気分はしない。


「クリストバル・コロンへの評価は後でゆっくり聞かせてもらいましょう。しかし軍人というのは難儀な職業ですね。学者なら論文や定理の発見で才能を証明出来ますが、軍人の才能は実戦で、人の命を贄にしなければ証明出来ない。」


「そうだな。そしてカナタは才能を証明してみせた。奇抜な発想と優れた統率力、そして卓抜した戦術、戦闘能力で豪腕リードを撃滅してのけたのだ。」


「辣腕官僚の父、天才軍人の息子ですか。恐ろしい親子もいたものです。」


「その辣腕を今日も振るうぞ。出掛けようか、バート。」


「ええ。今日も忙しい一日になりそうですね。」


卓上で卵を回し、茹で卵だと確認したバートは、卵をポケットに入れて席を立った。


───────────────────


午前中は市内某所で乙村君を交え、ロッシの調査資料を分析する。乙村君は優秀でロッシの別荘の所在地を突き止めてくれていた。


「ロッシは首都近郊の離れ小島をまるまる保有しているみたいですね。」


「マフィアの軍人顧問というのは儲かるものらしいな。だが都合がいい。もうじきカナタがこの街リグリットにやってくる。乙村君、ロッシは休暇をこの島で過ごしているのか?」


「はい。」


「休暇中の護衛の数は?」


「ロッシ・チームだけです。ロマーノ・ロッシは軍隊時代からの部下しか信用していないようですね。」


「ロッシはアンチェロッティ・ファミリーの構成員を有象無象と見做しているんだろう。信用するのは共に戦争を戦った直属の部下だけ、か。」


バートが頷きながら相槌を打ってくれる。


「凄腕の軍人だったロッシにとって、マフィアの構成員は消耗品。ありそうな話です。」


「信用するのは軍人時代からの部下だけ、私もそう判断しています。ですがこの離島にある別荘はちょっとした要塞でもあります。特に敵の接近を感知するセンサーの類には金と手間をかけている。気取られずに部隊を接近させるのは難しいでしょう。」


軍人上がりだけに数の暴力への対策は万全、か。少数の敵ならどうにでも出来るという自信の表れでもあるな。


「乙村君、ご苦労だった。離島の調査はここまででいい。次の調査は…」


「ロッシが休暇を取り、別荘で過ごす期日の特定。既に着手しています。」


フフッ、これが有能な部下を持つ喜び、か。


「乙村さん、どうやってロッシの休暇のスケジュールを入手するつもりなのです?」


バートの質問に、乙村君は事もなげに答えた。


「ロッシも部下もプロの軍人ですが、料理のプロではありません。軍人としての名誉を捨ててまで得た富貴な身分、贅は尽くしたいでしょう。」


「なるほど、ロッシは休暇を取る時にはシェフを雇っているのだな?」


「はい。専属シェフで満足しておけばよいものを、ロッシは自分が休暇を取った時には専属シェフにも休暇を取らせ、大枚をはたいて指折りの名店からシェフを呼び寄せています。彼は数日前、書店で覇酒や焼酎のカタログを買っていました。ですから呼ばれるのは覇国料理の料理人だと睨んでいます。既に該当しそうな首都の名店には網をかけてあります。」


完璧だ。乙村君は本当に有能だな。


「うむ。料理人が店を休む期間が、ロッシが離島で過ごす期間だ。名士の予約もある店の料理人が、いきなり休む訳にはいかない。必ず前もって予定を立てるはずだ。金に糸目をつけない雇い主は、食材にも拘るだろうしな。」


家族の仇の片腕をもぎ取る算段がついたバートは、凍り付くような冷たい瞳で冷笑する。


「ええ。超高級食材の仕入れも考えれば、事前に準備期間が必要でしょう。料理人にしてもマフィアの軍事顧問を満足させられなければ怖い目に遭う訳ですから、入念な下準備をするに決まっています。網にさえかかれば、ロッシのスケジュールは掴めそうですね。乙村さん、お手柄です。」


犯罪組織の抗争の巻き添えで家族を失った乙村君も、バートと同様に酷薄な笑みを浮かべる。乙村君にとって、異名兵士でありながら、犯罪組織の軍人顧問に成り果てたロッシは唾棄すべき存在なのだ。




ロマーノ・ロッシ、富貴な生活で肥えた舌が命取りになったな。いくら毎日の鍛錬を欠かさず、軍人時代と変わらぬ肉体を維持していようと、心に付いた贅肉に押し潰されて……おまえは死ぬのだ。


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