再会編47話 サワタリ研究所
乙村君との打ち合わせを終えた私とバートは、市内に新設されたサワタリ研究所に向かった。猿渡サワを所長に設立されたこの
ハンドルを握るバートは、市内にある御門グループ所有のビル内にある立体駐車場1階に車を乗り入れ、エレベーターを操作する。この車両用エレベーターには仕掛けがあり、私達の車を載せたエレベーターは極々一部の人間にしか知らされていない秘密の地下道に接続された。
ライトに照らされた地下道を通り、地下にある秘密研究所に到着。車を降りてから何重ものセキュリティをパスし、最奥の研究所へと到達した。
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「サワタリ所長、頼んだ仕事はどのぐらいで仕上がりそうかな?」
御門グループを支えるキーパーソンとなったサワタリ所長は、大小二つの金属ポッドを眺めながら答えてくれた。
「後2週間といったところです。教授、総帥から"詳しい事情は聞かずに協力してあげてください"と命じられてはいますが、個人的には……」
「遺伝子情報から複製体を創る事に倫理的抵抗を感じるのはよくわかる。だが一度きり、今回限りだ。事情を聞かずに協力して欲しい。」
「……はい。しかし急速培養させた複製体は脳が経験を積む事が出来ず、脳死状態になります。心臓は動いていますが、意志も意識もありません。言わば"呼吸する死体"なのですよ?」
「コウメイ、サワタリ所長は今後の御門グループの中核となる人材です。話せる部分だけでも事情を話しておくべきでは?」
「……そうだな。所長、念真力には未知の部分が多い事は知っているな?」
「はい。念真力の全貌を解明する事は、我々研究者の目的でもあります。」
「御門宗家の血を引く総帥と私は人の意識を他者の肉体に転移させる事が出来る。複製体を創ってもらっているのは、死せる
「そ、そんな事が本当に可能なのですか!」
「でなければこんな事は頼まない。サワタリ所長が創っているのは、難病を患い、死期の迫った私の妻と娘の依り代なのだ。」
「すごく、すごくその能力の研究をしてみたい気持ちがありますが、堪えておきます。そんな能力を総帥や教授が持っている事を世間に知られる訳にはいきません。」
「是非そうしてくれ。」
「……ですが、倫理的な引っかかりはスッキリしました。この仕事は御門グループ要人の家族を救う為、人助けならやむを得ませんもの。娘さんは養女なのですね?」
私も風美代もこの世界では覇人に分類される。白人のアイリが血を分けた娘でない事は明白だ。肉体年齢を8歳と依頼したので、年齢的にも実子ではありえないのだし。
「ああ。いずれ全てを話せる時が来ると思う。今は私の家族を救う仕事をしっかり頼むよ。」
「はい、お任せください。」
総帥がリグリットに来られたら、心転移の術の補助をお願いしてみよう。御門宗家の直系で、龍眼を持つ総帥に補助してもらえれば、儀式は確実に成功するだろう。なんといってもミコト姫は天照神アマテラスの最高司祭でもあるのだから。門外漢の私や、格式があるといっても地球の神職である物部さんとは格が違うはずだ。
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3週間後、リグリットにやってきたミコト姫は、事前の打ち合わせ通りに、カナタだけを連れてサワタリ研究所に足を運んでくれた。
「……という訳でな。儀式の間、カナタはこの研究所を散策でもしておいてくれ。」
「教授、オレはミコト様のお側を離れる訳にはいかない。儀式にはオレも立ち会うよ。」
そうはいかないのだ。家族ぐるみで正体を隠す事に妻子の同意は得ているが、アイリは子供だ。感情の昂ぶったアイリがカナタを"お兄ちゃん"とでも呼んだりすれば、マズい事態になる。それに父親のカンだが……アイリは私と風美代がカナタに父母である事を隠して生きる事に納得していないような気がする……
「カナタさん、カナタさんにこの研究所に来てもらったのは、ここが本当に安全かどうか、アスラコマンドとしての目で確認してもらう為です。この研究所は御門グループの最新研究を行うコア施設、万全の体制で守る必要がある場所ですから。」
いい口実だ。やはり総帥は頭が良くて機転も利く。この姫君に欠けている非情さを補うのが、私の役割だろう。
「し、しかし……今日は護衛はオレだけで……ミコト様、そんな仕事があるなら先に言っておいてください。聞いていたならシオンかナツメを連れて来てたのに。教授の家族を呼ぶ儀式を行う事だって初耳ですよ。」
照京動乱がトラウマになっているのだろう。カナタは総帥の安全に関しては過剰なぐらいに敏感だ。
「儀式の事があるから、カナタさんだけを伴って来たのです。大丈夫、何かあっても同じ施設内にいるのですから問題ありません。それにこの研究所には教授が自ら選んだ練度と忠誠心の高い警備兵が配置されていますし、私の傍には狼の目を持つ教授がいるのです。」
「そういう事だ。なにがあってもカナタが駆け付けるまでの時間稼ぎぐらいはしてみせる。儀式はすぐに済むだろうが、その後は総帥と御門グループの経営計画についても相談する予定だ。それでも付き合うかね?」
「……うう……小難しいお話をするんだよな?」
「別に難しくはない。いい機会だ、小一時間ばかり、経営学の勉強を実地でやってみるかね?」
「……遠慮しとくよ。大学生ではあったが、専攻は国際学でね。」
……嘘をつけ。関西産業大学、経営学部の天掛カナタ君。都会でも田舎でもない街にただっ広いキャンパスがあって、敷地の広大さの割りに生徒数が少ないから、関産大ならぬ閑散大なんて言われていたらしいな?
「気が向いたらいつでも講義をしてあげよう。元大学生に元大学教授、役者は揃っている。」
「将校カリキュラムを受講する時に"これがオレの人生最後の座学、お願いですから合格させてください"ってアマテラス様にお祈りしたんでね。誓いを破ったら神罰が下るんで、座学は絶対にやんない。」
やれやれ、筋金入りの勉強嫌いだな。戦乱の星で特異な才能を活かす方がいいと考えた親父の判断は正しかったようだ。
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研究所の最奥部にある一室には、親父が物部さんに託した手紙通りの儀式様式を再現しておいた。カナタは祭器や祝詞ナシで心転移の術を行使してのけたのだから、それらは必須条件ではないと分かっている。だが、カナタの土壇場力を考えれば、そのぐらいの奇跡は起こしうる。様式を整えるにあたって何のリスクもない以上、準備をしない理由がない。
「総帥、これが八熾レイゲンこと天掛翔平が残した手紙に記してあった祝詞です。」
祝詞を記した紙を受け取り、目を通したミコト姫は、すぐさま一言一句も誤らずに祝詞を諳んじてみせた。その詠唱する声と姿の神々しさも半端ではない。物部さんの祝詞も見事だったが、ミコト姫はそれ以上、素人の私にさえその違いがわかる。さすがは龍の島最高の巫女王だ。
「大した記憶力だ。瞬間記憶の才能をお持ちで?」
「いえ。知っている祝詞なのです。前半部は神祖、聖龍様の残された祝詞、後半部は……創始した者が不明とされている祝詞です。歴史学者でもあった先々代、右龍様は"流罪になった天継姫が創始されたものではないか"と仰っていたそうですが……」
天掛家の始祖である天継姫が……あり得る話だ。現代まで続く御門宗家、だが神祖と同じ力を持っていたのは天継姫だけなのだから。ならば私はこの祝詞を天継姫に捧げ、祈ろう。
引き裂かれた家族との再会を望んでいたに違いない、天継姫への鎮魂の想いを込めて……
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