再会編45話 龍を守るは二匹の狼



帰投した日の翌朝、例によって貧乳コンビがオレの寝床に不法侵入、確信犯二人を検挙したシオンがお説教を済ませた後に、卓袱台を囲んでの朝食と相成る。


「目玉焼きだけはモノになってきたわね。ナツメ、次はオムレツにでも挑戦してみる?」


世界最年少の料理評論家、リリス先生が厳かにそうのたまい、家事技能は捨てたと豪語したはずの生徒はドヤ顔で返答する。


「目玉焼きをマスターしてしまった以上、次の段階に進まざるを得ないの。かかってこい、オムレツ!この私が相手なのだぁ!」


「でもナツメ、オムレツは難しいわよ? 種類も色々あるし、ね。」


だよなぁ。行ったコトはねえけど、世の中にはオムレツ専門店なんてモンもあるらしいし。それに失敗したオムレツの残骸を片す役割はオレに回ってきそうでもある。ここは話題を変えておくのが安全策とみた。


「ところでさ。いつの間にやらオレの部屋のドアが新しくなってるのはどういう訳だろう?」


「三代目のドアだよね。初代も二代目もシオンが蹴破っちゃったからだけど。」


無邪気なナツメの悪意のない糾弾に、シオンは咳払いしてから答えた。


「コホン。言っておきますが、私は隊長に無断でドアを代えるような真似はしません。」


シオンは潔白を主張、ナツメもさっきの発言からして無罪だろう。残るは最有力容疑者であるちびっ子だけか。


「そうよ。私が代えさせたの。何か文句ある?」


やはり犯人はリリスだったが、悪びれもせず、当然という態度は問題ありだろう。


「文句しかねえよ!家主に無断でドアを変えんな!今朝になってから気付くオレもどうかとは思うが……」


そういや昨日はどうやって部屋に入ったんだろう? 思い出した、部屋には先にリリスとナツメがいて、テレビゲームをやってやがったんだった!


「シオン、これは特注のドアだから今までみたいに蹴破らないでよ? はいこれ、カードキー。」


「蹴破らなきゃいけないような真似をしてるのは、あなた達だって事を忘れないでね?」


釘を刺しつつ、しっかりカードキーは受け取るシオンさん。そのカードキーってオレの部屋のですよね?


「ねえねえ、カナタは知ってる? ヒムヒムの噂!」


既にカードキーは入手済みであろうナツメが、楽しげに話題を振ってくる。


「ヒムノン室長と呼びなさい。無闇やたらにフレンドリーなのはどうかと思うぞ? それにヒムノン室長にどんな噂が立ってるかなんてオレが知る訳ないだろ。昨日、帰投してきたばっかりなんだからな。」


ミコト様への挨拶にリンドウ准将との対面、その後すぐにレイブン幹部を集めての会合。噂話を拾ってる暇なんかありゃしなかったんだ。


「それがね、少尉。ヒムヒムは最近、女に入れ上げてるみたいよ? 相手はロックタウンのスナックのチーママなんだけど。」


見るからにゴシップが好きそうなリリスは心底楽しそうだ。


「あのヒムノン室長がねえ。にわかには信じがたいが、別に女に入れ上げようが室長の勝手だろ? 離婚して独身な訳だし、気前のいい司令がナンバー3に命じてて、高収入を得てる。倫理的にも経済的にも自分で責任の持てる範囲でなら、何をしようが自由だ。」


「でも隊長、遊び慣れしてないヒムノン室長が、悪い女に騙されている可能性はありませんか? いい方だけに少し心配です。」


「火遊びすれば火傷する。それと同じで、女遊びは騙されながら覚えていくものさ。ヒムノン室長は破滅するまで女に入れ上げるほどバカじゃないよ。」


あ、あれ? なんだ、この沈黙と冷やっこい空気は……


「……隊長はずいぶん女遊びに慣れているみたいですね?」


「カナタのクセに生意気なの!」


「少尉は童貞貴族を名乗ってるんじゃなかったかしら?」


三人娘にジリジリと詰め寄られ、俺は座ったまま後退る。


「待て待て!今のはトッドさんからの受け売り!ちょっと言ってみたかっただけ!俺は正真正銘の童貞貴族だ!」


取り替えられたばかりのドアの近くまで後退したが、もう後はない。……あれ、このドアって。


「ああ、これってペットドアなのか。この下側の入り口は雪風用なんだな?」


「ええ。ガーデンの技術班に頼んで雪ちゃん専用の網膜認証システムを組み込んでもらったわ。」


……頼む方も頼む方だが、作る方も作る方だな。


「真ん中に空いてる小さな穴は? 床スレスレについてるんだから覗き穴じゃないし、換気口にしちゃ閉じられてるし……」


その小さな穴の蓋がパタンと開き、ちっちゃな白蛇が室内に入ってきた。


「シュシュ!(おはようでしゅ!)」


チロチロと赤い舌を出し入れしながら白に挨拶された。この穴は白用の出入り口だったらしい。


「あら、可愛い!」


手を伸ばしたシオンの手首に絡み付きながら、白は三人娘にお辞儀する。その可愛い仕草に夢中になった三人娘は、オレに向けたはずの矛先をあっさり下ろしてしまった。


「シュシュシュ!(お腹が減ったでしゅ!)」


この白蛇は絶体絶命の窮地を救ってくれた救世主だ。食事ぐらい出さないと。幸い、スライスサラミは常にストックしてある。……そう言えば元の世界でも白蛇って蛇神様として奉られてたり、幸運をもたらす存在として崇められたりしてたよな。白を大事にしてれば、今日みたいに御利益があるかも。


運の悪さには自信のあるオレは、幸運の白蛇を崇め立て奉ろうと決意した。


──────────────────


「リック、ビーチャム、同盟首都リグリットでは面倒を起こすなよ? ガーデンみたいにはいかないんだからな。」


将校カリキュラムを受講する為にリグリットに向かう二人。オレは無駄とは知りつつ、そう釘を刺してみたが、刺した釘はそのまま返ってきた。


「兄貴にだけは言われたくねえ!行く先々で厄介事に巻き込まれてんの誰だよ!」


「そうであります!トラブル山脈の総本山っぽい隊長殿にだけは言われたくありません!」


トラブル山脈ってなんだよ。どこの山脈だよ。しかも総本山っぽいのかよ。……とはいえ反論する材料に乏しいのは確かだ。行く先々で厄介事に巻き込まれてるのは確かだからな。


首都に向けて飛び立ったヘリを見送ったオレは、命龍館に向かう。これから教授とミコト様を交えて御門グループ再編の打ち合わせをする予定だ。粛正まではやらない予定だが、追放と更迭、降格まではやらなきゃいけない。本音を言えば、オレと教授だけで片付けてしまいたい案件だが、そうはいかない。それをやったらオレがミコト様を傀儡に仕立て上げてしまうコトになる。ミコト様は御門グループの総帥、人事権は組織のトップが握っていなければならないんだ。


──────────────────


命龍館の地下にある秘密の通信室。教授から追放、更迭者リストを提示されたミコト様の顔が翳りを帯びる。


「教授、本当に半数近くの役員を更迭しなければならないのですか?」


心優しいミコト様にとって、組織の再編成に伴う痛みはやはりお辛いようだ。


「残念ながら。総帥、膿みを出す際には、相応の痛みを伴うものです。」


あまり残念そうではない顔で、教授は淡々と答えた。オレそっくりの顔のはずなんだけど、教授の方がシャープで切れ者っぽい感じがするのは、ひがみかな?


「カナタさんはどう思います?」


「教授の方針を是とするべきかと。心苦しいお気持ちは察しますが、恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方です。」


少しだけ待って、ミコト様から提案が出ないようならオレの考えを述べよう。


「……教授の案を是とします。しかし教授、更迭、降格させた者をそのままにはしておかず、様子は見てあげてください。性格に問題があっても改悛する事はあり得ますし、力量足らずで地位を追われたが故に努力し、力量を増す者も出てくるかもしれません。そうなった場合は公正に遇する、いいですね?」


……よし。それでこそミコト様だ。


「了解した。更迭、降格した者のその後は逐次報告を上げると約束しましょう。しかし、失地を回復させるのは容易ではないと心得ておいてください。その者がいた席には、もう誰かが座っている訳ですから。」


心優しき君主と冷徹な参謀か。御門グループにおけるオレの役割は、ミコト様と教授の間でバランスを取る調停者バランサーだな。


「教授、オレとミコト様はXデーの数日前に視察と称してリグリットに向かう。準備を進めておいてくれ。」


「わかった。カナタ、私からも準備しておいて欲しい事がある。その内容はデータが揃い次第、送らせる。」


「わかった。」


ミコト様の前で仕事の内容を話さないのは、汚れ仕事だからだな。おそらく暗殺か、それに近い類の任務ミッションだろう。オレと教授の間にはコンセンサスがある。ミコト様をお飾りにはしないが、手を汚れさせもしないという暗黙の了解が……



狼眼を持ち、あの窮地から生還した教授がオレに依頼するというコトは相当な難敵だろう。だが御門グループの障害になる者はオレが排除する。……それが何者であれ、容赦はしない。


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