入隊編9話 医務室&美人女医 フラグは完璧なんだけど




20:00時が待ちきれない。なにせマリカさんのお部屋拝見のお時間なのだから。


時計の針を進める魔法があれば迷わず使っただろうが、あいにくオレは魔法使いじゃない。


射撃演習場を後にしたオレは医務室に向かう。


体のどこかが悪い訳じゃないが、定期のメディカルチェックがあるのだ。



医務室では美人女医さんが出迎えてくれた。


フフッ、もう美人さんには慣れてきたので少々な事では驚かないぜ。


この女医さんは男好きのするタイプって感じだ。


左目の下の泣き黒子がそう思わせるのかもしれない。


イズルハ人みたいで黒髪黒目、髪型はえ~と、ラフカールロングだ。


「素敵なラフカールロングですね。」


「ありがとう。でも、にわか勉強して髪型を褒めても、好感度は上がらないわよカナタ君?」


ですよねー。もうやめだい。どんな髪型してても美人さんは美人さんだ。


おっぱいは、と。……え、マジで!おっぱいもデカいけどこの人……ノーブラだ!


医務室にノーブラ美人女医、フラグとしては完璧じゃね?


ネプチューンマンもビックリの完璧さじゃね?


「ドクターヒビキよ、よろしくね。」


「天掛カナタ伍長です、よろしく、ヒビキ先生。」


それで血液や毛髪やら採取されて、用途の分からない器材で色々チェックされた。


オレのうまい棒の検査もしてくれていいよ。もちろん触診でね。


味見してもOK、めんたい味やコンポタ味よりイケるかもよ?


そんな感じでオレは妄想を膨らませ、うまい棒を膨らませないように努力していたのだが……


データを見ていたヒビキ先生の瞳がスッと細まる。


おいおい、重大な疾患に侵されてるとか言わないでよ。


「浸透率が2%も上がってるわね。ローズガーデンに来てから戦闘行為はあったの?」


「入隊テストでマリカさんにシバかれて、歓迎会でウォッカとエキシビションマッチをやったぐらいです。」


「それで2%も上がったっていうのは驚異的ね。浸透率は上限値から遠い間は上がりやすいって、研究で分かってるけど、実戦でもないのに上昇するなんて。」


「オレの上限値は結構高そうですね。」


なんせ上限値100%の兵士のクローンなんでね、オレ。


もちろんヒビキ先生にはそんな事分からないだろうけど。


兵士の戦闘細胞浸透率の上限値を知る方法は、まだ確立されていないのだから。


「さすが上限値が100%のコは伸びしろが違うわね。」


「!!!」


この女!何故その事を!


「待って!私は敵じゃない!」


顔色の変わったヒビキ先生が叫んだ。


オレは無意識に刀に手をかけていたらしい。


「……どういう事なんです?」


ヒビキ先生はオレを落ち着かせる為なのか、両手で抑えて抑えてとゼスチャーする。


それからゆっくりと噛んで含めるように説明を始めた。


「私はカナタ君の事情を知ってるのよ、イスカから聞いてね。分かるでしょ、カナタ君のデータは研究所に送らないといけないの。その為の実戦運用でしょう?」


そういう事か。確かに当たり前の話だ。


「そうでしたか、司令もそういう事はちゃんとオレにも教えといてくれないと困るな。司令とクランド中佐しか知らないと聞かされていたものですから。怖い思いをさせました。すみません。」


「本当に怖かったわ。私がちゃんと最初に話せば良かったのよね。ちょっとビックリさせてみようなんて悪戯心を起こしたのが間違いだったわ。私がビックリしてる様じゃ世話ないわね。」


「そんなにオレは怖かったですか?」


「ええ、凄い目をしてたわよ。鳥肌が立っちゃった。氷狼アギトが生き返ったみたいだったわ。」


人殺しの目、か。確かにオレは10号を殺してるもんな。


でも、それでいいのかもしれない。


実戦に出ればクローンじゃない本物の人間を殺す事になるんだから。


「従兄弟のせいでカナタ君は酷い目にあってばかりみたいね。」


「従兄弟?」


「私のフルネームは静寂しじまヒビキよ、カナタ君。」


オレの脳裏に貧相なシジマ博士の顔が浮かぶ。


「そうですか。ヒビキ先生はシジマ博士の従兄弟なんですか。」


「ええ、従兄弟は頭は良かったんだけど、なんというか……」


「勉強の出来るバカ。自分の研究しか頭になくて常識も倫理もない。」


「手厳しいけどその通りね。まさかクローン兵士を造ってたとは思わなかったわ。……ごめんなさい、カナタ君の前でする話じゃないわね。」


「いいんです、それがなければオレはここにはいない。シジマ博士がどんな人間であろうと、ヒビキ先生には無関係だ。」


「……そうね、そう考えるようにするわ。」


「ヒビキ先生、くれぐれもオレの事が露見しないように細心の注意を払って下さい。今後は必要なデータだけ取って今みたいに会話の俎上そじょうには乗せないようにお願いします。」


「了解よ、カナタ君の命が懸かってるのだものね。」


「はい、先生達から見れば、オレは厳密には人間じゃないのかもしれませんが、死にたくないという気持ちは先生達と同じです。」


頭の中身はアンタらと同じ人間なんだよって叫びたくなるのをなんとか堪える。


「気休めに聞こえるかもしれないけれど、私はカナタ君は人間だと思っているから。それとイスカとも話したんだけど、従兄弟達のやっている研究は人間の尊厳への冒涜だわ。すぐには無理でも必ずやめさせる、約束するわ。」


「それでオレは殺処分ですか? あの研究を闇に葬る為に。」


「そんな事はさせない。大丈夫よ。」


「申し訳ないですが、その言葉を額面通りには受け取れません。」


「そうね、信じてっていうのが無理な話ね。」


「……やめましょう。オレは八つ当たりしたくなるだけだし、ヒビキ先生にも辛いだけの話です。」


「……分かったわ。」


医務室に美人女医なんてロマンス要素が満載なのに、現実にはオレのストレスがマッハで増加しただけだった。


オレは強くなりたい。この残酷な世界で生き抜いていく為に。


だけどオレが強くなり、兵器としての有用性を証明すればするほど、あの胸糞悪い研究を存続させる手助けをすることになる。


研究所を脱出する他の方法がなかったから仕方がなかったとはいえ、オレは解決不能なジレンマを抱え込んだ。


そしてヒビキ先生との会話は、そのジレンマの瘡蓋かさぶたを剥いでしまったのだろう。


オレはそれ以上なにも言わずに医務室を後にした。


ヒビキ先生の視線を背中に感じたがオレは振り返らなかった。



……多分、哀れみのこもった目をしているだろうから。




オレはローズガーデン内の娯楽区画にある漫画喫茶に来ていた。


まだ20:00時までは時間があるのだが、訓練する気がおきなかったのだ。


ウォッカのオススメ漫画「筋肉重装甲アニキング」を読んでみる。


なかなかに面白い、全30巻のうちの10巻までを読了する。


漫画に熱中してると他の事を考えなくていい。


残りは明日以降の楽しみに取っておこう。


オレのストレスは少しだけど、アニキングが必殺アニキックで蹴飛ばしてくれた。


やっぱりオレは漫画やアニメがないと生きていけない男だな。


中世ファンタジー的な世界に飛ばされなくてラッキーだったのかもしれない。




漫画を書棚に戻すと、考えたくないのにジレンマの事が頭をよぎる。


オレは自分のこういうウジウジしたところがホントに嫌いだ。


自分を納得させる為の言い訳を考える。


他に方法はなかった。間違ってなかった。とにかく研究所を出なきゃ話にならなかったんだから。


大義だの正義だのに照らし合わせてみれば間違ってるのかもしれないが、オレは自分の命と引換えにして世界を正すつもりはない。




アニキングのように前向きに考えよう、全てがオレの都合よく進む未来。


シジマ博士の実験は成功しない……これは大いにある。なにせオレだけが成功って事になってるが、実際は失敗なんだからな。クローン兵士に自我を植え付ける事がそもそも不可能なのかもしれないし。


そして失敗続きのクローン兵士培養実験は中止、しかしその時点で多大な戦果を上げていたオレは勿体ないので引き続き実戦運用を続行。


オレはさらに戦果を積み上げ、同盟軍にその名を轟かす異名持ちの兵士になる。


英雄になったオレを殺処分する訳にはいかず、軍首脳部は出生に関する秘密の厳守を条件に、オレに人間としての権利を認める。


これだ!このシナリオの実現を目指そう。


ありがとうアニキング。ちょっとだけ前向きになれたよ。


おっと!そろそろ本日最大のイベント、マリカさんのお部屋拝見の時間だ。


オレの中に堆積している残りのモヤモヤ感は、マリカさんが癒してくれるに違いない。はずだ。だといいなぁ。


シャワーを浴びないとな。その前にコンビニでオーデコロンを買っていくべきか?


いやいや、慣れない事をしてもいい結果にはならない。


ちきしょう、女性の部屋なんか訪ねたことないからなあ。


どうしたらいいんだか分かんねえ。




19:30時に部屋に戻りシャワーを浴びて歯を磨き、ヒゲも剃る。


基地ではファッションセンスを問われないのが助かる。みんな軍服ですから。


前の世界では服は量販店の地味服、唯一のお洒落は神主だった爺ちゃんから貰った勾玉を、ペンダントに代わりに首から下げてたぐらいなものだ。


さて、軍服を颯爽と着こなしたつもりになり、時間より早めにマリカさんの部屋に到着すべく自室のドアを開けたところで声をかけられる。


「ちょうどいいところに来たみたいだね。」


「あれ? マリカさん、部屋に来いって言いましたよね?」


「気が変わった、邪魔するぞ。」


オレが返事をする前にマリカさんは649号室にズカズカと入ってくる。


うそーん、マリカさんが部屋に来るんなら掃除機ぐらいはかけとくんだったのに!


「ちょっ、ちょっと待って!マリカさん!5分だけ時間下さい!」


「アタイは待つのが嫌いだ。」


マリカさんはパソコンチェアにさっさと腰掛け、顎でオレにベットに座るように促す。


オレの部屋だっていうのにこのオレ様ぶりよ。惚れ直しそうです。


「オーソドックスにベットの下あたりか?」


「な、なにがです?」


「エロ本の隠し場所。」


「持ってませんよ、そんなもの!」


こう答えるしかないでしょう。あ、マリカさん全然信じてない顔だ。


「ま、スーパーマニアックなブツを発見してドン引きしたかないし勘弁しといてやるよ。」


ふう、助かったぜ。


「なんだって話をする場所をオレの部屋に変更したんです?」


「カナタをアタイの部屋に入れたくない。」


ヒデえ、ヒデえよマリカさん。


「隙を見てアタイの下着をくすねかねないからね。」


「……ヤだな、オレがンなコトする訳がないでしょう。」


「今の間はなんだ? まあいい、話ってのは1番隊に出撃命令が出た。」


「いよいよですか、腕が鳴ります。」


「慌てんな、おまえへの話ってのはここからだ。」


「はい、オレはどんな任務を担当するんです?」


マリカさんは携帯灰皿を取り出して煙草に火を付け、紫煙混じりのため息をつきながらこう言った。




「今度の作戦には、おまえは連れていかないって話さ。」



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