入隊編10話 復讐するは我にあり



今度の作戦にはおまえは連れていかない。マリカさんにそう宣告された。



「待ってください!オレは確かに新入りですけど1番隊の隊員です!納得のいく説明をして下さい!」


「カナタはアタイの命令が聞けないってのかい?」


「マリカさんがアタイの為に死んでくれって言うなら、オレは喜んで死にますよ!でも今の言い方はマリカさんらしくない!」


マリカさんは火のついた煙草を見てバツの悪そうな顔をしながら、火を付けたばかりの煙草を携帯灰皿に捨てた。


そしてやれやれとばかりに首を振った。


「そうだね、今のはアタイの言い方が卑怯だった。順を追っておまえを連れていけない理由を話そう。まず、おまえはまだローズガーデン来てから4日目の新米だ。他の連中との連携訓練すらやっちゃいない。そこは認めるだろう?」


「……はい、軍隊戦術は連携が重要ですから。でも猛特訓して作戦までには覚えます!」


「それが無理なのさ。出撃は明日の18:00時だ。もう時間がない。」


「そんな急な作戦ってアリなんですか?」


「他の部隊ならいざ知らずアスラ部隊じゃいつもの事さ。理由はまだある。今回外されるのはカナタだけじゃないんだよ。作戦の性質上全員を連れてはいけないのさ。不知火の積載スペースの問題もあるんでな。だから新米のカナタは留守番の連中と一緒に連携訓練をやったほうがいい。実に合理的だろ?」


「一分の隙もなく合理的ですね。」


「納得したなら坊やはお休みの時間だ。それともアタイと飲みにでもいくか?」


マリカさんと飲みにいくなんて素敵ビューティフルタイムだけど……納得はしちゃいないんだ。


「マリカさん、まだ言っていない理由がありますよね?」


「……どうしてそう思う?」


「マリカさん、留守番の隊員全員の部屋を訪ねて、今回は留守番だって言って回ってる訳じゃないでしょ? なんでオレだけ部屋に呼ぼうとしたんです? それにマリカさんはオレが煙草を吸わないのを知ってるのに、オレになにも言わずに煙草に火をつけました。いつも喫煙スペースでしか煙草を吸わないマリカさんがです。それに気が付いてすぐに煙草を消しましたよね? オレ様に見えても、すごく細やかな気遣いが出来る人だっていうのは、いくら付き合いが短くても分かります。だから違和感があります。なにか変だぞって。いつも通りじゃない理由……隠し事を疑わざるをえないです。」


「……カナタ、煙草吸ってもいいか?」


「どうぞどうぞ、吸い殻は置いていって下さい。オレが後で捨てておきます。」


「よからぬ事に使うつもりじゃないだろうね?」


間接キスぐらいはいいじゃんかよぅ。


「まだ何かあるんですよね? わざわざオレだけ個別に言いにきたのは、自分を納得させる為なんじゃないですか? オレの頼りないツラを直接見て、連れていかないのがコイツの為なんだって。そう自分を納得させる、違いますか?」


煙草を咥えたマリカさんは感心したような、残念なような、なんとも表現しにくい顔でオレに言った。


「考えナシのバカは嫌いだって入隊テストの時には言ったが、ここまでネチネチ考えるヤツってのも考えモンだねえ。癪にさわるがだいたいそんなトコなんだろう。アタイはアタイ自身を納得させたかったのかも知れないね。……どうしても聞きたいかい?」


「ええ、聞きたいです。」


「今回の作戦は人さらいなのさ。」


「誘拐ですか?」


「アスラ部隊じゃ人さらいは救出任務って事だ。」


「なんの問題もないじゃないですか。」


「救出任務に+αがくっついてきちゃいるんだが、+αはこの際問題ない。問題は場所が機構軍の生体兵器研究所だってことだ。」


生体兵器研究所、イヤな言葉が出てきたな。それで救出任務……まさか。


「そうだ。生体兵器研究所でモルモットにされてる人間の救出+α、それが今回の作戦だ。」


「人体実験に使われている以上……どんな悲惨な状態になってるか分かりませんね。」


「ああ、最悪の場合、人とは言えない何かにされちまってる可能性さえある。」


「なるほど、新兵にはハードな状況ですね。それで留守番させようと思った訳ですか。」


「………まだある。」


これ以上最悪になる要素なんてあるのか?


マリカさんの緋眼に暗い光が灯ったように見えた。




「モルモットにされてるのは、全員10歳の子供だ。」




………残酷な世界なのは重々わかっていたつもりだった。




だが、まだオレは甘かった。生体兵器研究所で人間をモルモットに実験する。


それだけでも悪魔の所業だ。その上……全員10歳の子供ってなんだよ!


悪魔でもそこまでやんねえよ!どうやったらそこまで人でなしになれんだよ!




引けない、聞いてしまった以上はオレに引く事は出来ない。


別に博愛主義者じゃない、所属してる同盟軍だってオレみたいなクローン兵士を造ってるんだ。道義的にはおんなじレベルだろう。


オレはクローン兵士だ。なりたくてなった訳じゃないが、それでもクローン兵士だ。


だから、それだけに、それだからこそ、この任務から逃げる訳にはいかなくなった。




これはオレのすべき事だ。




オレの心の中にドス黒い感情が広がってゆく。


止まらない、止める気もない。




復讐するは我にあり。




人間の魂や尊厳をコケにする連中は、その結果生まれたクローン兵士であるオレが、容赦なく地獄に送ってやる!


もしオレが攻撃衛星群のコントロール装置を持っていたら、容赦なく機構軍と同盟軍のお偉い人でなし共をメギドの炎で焼き払っていただろう。




「マリカさん、オレは行きます。お願いです、作戦に参加させて下さい。」


「子供達を助けたいって義侠心で任務に参加するってんなら迷惑で邪魔だ。」


「違います。それがないとは勿論言いません。でも、オレにはこの作戦に参加しなきゃいけない理由があります。オレの個人的理由ですが、どうしても曲げられない理由が。」


オレはマリカさんの色の違う両目を真っ直ぐ見つめる。目は逸らさない。


マリカさんもオレの目から瞳を逸らさない。


ここは譲れない。たとえ相手がマリカさんであろうとだ。


静寂が649号室を支配する。沈黙を破ったのはマリカさんだった。


両目を閉じて腕組みし、言葉を紡ぐ。


「………今回の作戦に連れていくのは高い念真強度、浸透率を持ち、足が使えてメンタルの強い部下だ。最後のメンタルの部分でカナタは置いていくべきだと判断したんだが、今、おまえは条件を満たした。アタイは場合によっては部下に死んでこいと言わなきゃいけない立場だ。それだけに部下には公正でありたいと思っている。おまえを外す事はアタイの信条に背くことだ。」


「オレを連れて行ってくれるんですね?」


「最後に聞く。カナタ、おまえ人を殺したことはあるか?」


オレの脳裏に瞳から光が消えていく10号の姿がフラッシュバックする。


「あります。」


「ほう、意外だったな。それを踏まえてもう一度聞こう。今回の作戦に限らず、アタイの部下として戦う以上、敵は殺す事になる。その中には、よき親、よき兄弟、よき友、アタイらみたいなゴロツキとは違う、生きるべき価値のある人間もいるだろう。……それでも殺れるか?」



人を殺すのはイヤだから除隊しますなんて選択はオレに許されていない。


マリカさんの言う通り生きるべき価値のある人間、徴兵されて仕方なく戦ってる人間も中にはいるだろう。


だがオレにだって殺らなきゃいけない事情がある。


地獄に落ちるだろうが、そんなことは地獄に落ちてから考える。



「殺ります。戦う意志を持ってオレの前に立つ者に情けはかけない。」



マリカさんは腕組みをほどいて目を開け、ゆっくりと頷く。


そしてオレに最初のオーダーを下した。


「カナタ、これからおまえは戦場の泥濘の中でもがき苦しむ事もあるだろう。だがおまえは一人じゃない。アスラ部隊第1番隊クリスタルウィドウは常におまえと共にある。アタイの指揮のもと、機構軍の人でなし共に鉄槌を下せ!」


「イエス、マム!」




こうしてオレは初めて実戦に参加することになった。




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