第三章 出撃編 兵士と少女の冒険譚が始まる

出撃編1話 作戦名「キッドナップ」




出撃の日の朝を迎えたがオレの日課は変わらない。


ランニングに始まり、素振り、演武、射撃、念真能力の制御訓練。


それらを終え、オレは同志アクセルから貰った愛用バイク、ビアンカで基地の周辺を走ってみた。



全身で感じる風が心地いい。


元の世界の大学にもツーリングサークルがいくつもあった。


オレは車の方が空調も効くし、荷物も積めるし人数も乗れるってのに、なんでわざわざ危険なバイクに乗りたがるのやら理解不能だった。



今なら分かる、バイクって乗ってて楽しいもんなんだな。


この疾走感や、マシンとの一体感は車にはないものだ。


楽しいからやってる、これ以上にシンプルで分かりやすい理由はない。


理解出来なかったのは、オレの世界が狭かっただけ。




それに気付いただけでも、今のオレは少しはマシな人間になれたのだろうか。




基地の周辺をグルリと一周してみたが赤茶けた荒涼とした大地が広がっていただけだった。


ローズガーデン周辺だけがこうなのではない。


この惑星テラは大抵こうなのだ。緑豊かな大地は少ない。


40年前のBC兵器の暴走と拡散。「大暴走ビッグスタンピートの日」から緑豊かな自然は失われた。


食料生産プラントが発達していなければ、深刻な食料危機で人類は絶滅に瀕していただろう。


人類が絶滅していた方が、惑星テラにとっては良いことだったのかもしれないが。




小高い丘を駆け登り、バイクを降りて胡座をかく。


高いところから景色を見渡しても、なにも変わり映えのない荒野。


せいぜい陸上戦艦の轍の跡が地面についているくらいだ。


元の世界に比べて山が少なく平地が多い。そして極端に植物の乏しい自然。


こんな環境だからこそ陸上戦艦なんて代物が運用可能なのだ。


この世界には酸素供給連盟なんてバカげた組織もあるんだぜ?


機構軍も同盟軍も供給連盟の酸素供給施設は攻撃しないルールだ。


気の毒な事に惑星テラは、植物による自然な酸素供給の術さえ失っているって訳だ。


エバーグリーンなんて名前の環境保護原理主義団体があって、テロ行為までやってる始末。


連中が言うには人間より植物の命の方が重要なんだそうだ。だったらまず自分達が死ねよ。


どうあっても何かを破壊しなきゃ気が済まないのかね。


この世界の人間よりも元の世界の人間の方が賢かったなんて言う気はない。


でもBC兵器の暴走で世界を滅茶苦茶にしておいて、その環境さえ利用して新たな兵器を運用する。




どう考えても…………この世界は歪んでいる。




私が世界を正し、創世の神となろう、なんてバカが出てこなきゃいいけどね。


マリカさんがそれをやるって言うなら、オレは女神に仕える教祖に立候補するけどな。


………競争率は高そうだ。マリカさんに信者は多い。


マリカさんといえば、昨日は聞きたい事があったのに、作戦に志願するのに必死でそれどころじゃなかったな。


嘘つけ、自分の事に必死で忘れてただけだ。


オレも勝手なもんだ。ボッチをやめて仲間を作ろうなんて決意しても、結局は自分だけの都合で一杯だ。


………ボッチタイムは堪能した。そろそろローズガーデンに帰ろう。




格納庫にバイクをしまって、アクセルさんに教えてもらった通りに簡単な整備をする。


本格的な整備は敷居が高いが、やれる事はやる。


いつどこで役に立つか分からないんだ。理系は苦手だなんて言ってられない。


「感心感心、同志は結構真面目だな。」


オレを同志と呼ぶのはアクセルさんしかいない。おっぱい革新党はまだ設立されたばかりだ。


「かわいいビアンカの為ですから。」


「ビアンカって名前にしたのかよ。いいね、お転婆美人なイメージだ。」


ビアンカはお転婆美人ですよ、実際。


オフロードバイクには合ってたかな。


オンロードバイクを手にいれたらフローラと命名しよっと。


オレは両手に花は大好きだ。両手両足に花なら我が人生に一片の悔いなし。


「だがビアンカに構うのはその辺りにしとけよ。そろそろブリーフィングの時間だ、同志。」


「アクセルさんも作戦には参加するの?」


「リガーチームには全員召集がかかってる。こりゃ足のいる任務だな。」


「作戦室にいきましょうか。」


「おうよ。」




オレとアクセルさんは作戦室に到着し、並んで椅子に座って待機する。


無機質だが広さはある。100人以上は入れそうだ。


いくつもの長机にパイプ椅子、壁には大型スクリーン。


ローズガーデンはとことん金のかけてある娯楽系施設と、この作戦室みたいにとことん質素な施設の両極端だ。


司令のメリハリの利いた性格を反映してる。


椅子に座る愛すべきゴロツキ達は総勢60名程だろうか。


オレに気づいてウォッカが空いてる右隣の席に座る。


「カナタ、姿が見えないから逃げ出したかと思ったぜ。」


へえ、マリカさんは機動力に秀でた部下を使うって言ってたから、ウォッカは外されてるもんだと思ってた。


「オレの足を引っ張んなよ、ウォッカ。」


「抜かせ。初実戦の新入りが。」


ウォッカはオレの背中をバンバン叩きながらそう言った。


そこに副長のラセンさんを従えたマリカさんが入ってくる。


マリカさんがスクリーン前の作戦室で唯一肘掛けのついた椅子にどっかりと腰かける。


スクリーン前で指揮棒をもったラセンさんが張りのある、よく響く声で号令する。


「アテンション!」


え~と、立ち上がるんだよな、そんで敬礼だよな!多分そうだ、きっとそうだ。


オレは慌てて立ち上がったが………立ち上がったのはオレだけだった。


ラセンさんが不思議そうな顔で、


「なんだカナタ? なにか言いたい事でもあるのか?」


「いえ、立ち上がって敬礼するもんだとばかり………」


ゴロツキ達は一斉に笑いだす。え~、軍隊って普通そうしない? オレがおかしいの?


京人形系軍人ホタルが、人形みたいに表情を変えずに追い打ちをかけてくる。


「せっかくだから、ずっと立ってれば?」


オレはパイプ椅子に座り直す。ここが普通の軍隊じゃないって忘れてたぜ。


眼鏡委員長のシュリが、赤い顔に青筋を立ててゴロツキ共に怒鳴る。これで黄色があったら信号機だね。


「みんな笑うのはよせ!言っとくけどカナタが普通なんだからな!こんな無作法がまかり通ってるのは同盟軍でもウチだけだ。おかげで僕がどれだけ恥ずかしい思いをしているか………」


興奮してるシュリをゲンさんがなだめる。


「まあまあシュリ、そう青筋立てなさんな。ラセンさんや、皆の緊張がほぐれたところで、そろそろ作戦の説明を始めてくれんかのう。」


流石ゲンさん、うまくまとめてくれる。


ラセンさんは咳払いの後に説明を始める。大型スクリーンに研究所の写真と周辺の地形図が映った。


「今回の任務は人さらいだ。」


ゴロツキ共から、マジかよ、ダリー、女だけ助けようぜ、とか正直すぎる感想が漏れる。


構わず説明を続けるラセン副長、オレは作戦説明を受けるのは初めてだけど、いつもこんな感じなんだろうな。


シュリのお小言が絶えないのも納得。苦労してるね眼鏡クン。


「目標施設は機構軍加盟都市フェンベリルシティ近郊、ポイントX27。表向きは酸素供給連盟の施設となっているが、実際は機構軍の生体兵器研究所だ。」


眉をひそめたホタルが質問する。


「情報が誤りだった場合はマズイ事態になりますね。酸素供給連盟の施設への攻撃はパーム協定違反になります。情報の精度は信用できるんでしょうか?」


「司令とクランド中佐とマリカ様と俺の4人で検討した結果だ。そこは信用しろ。間違っていたら諜報部に化けて出るんだな。」


ラセン、アンタに化けて出てやる!の大合唱。


ラセン副長、華麗にスルーし話を続ける。


「本作戦の目的は2つ、目的1は生体兵器研究所でモルモットにされている10歳の子供達の救出。」



作戦室の空気が一気に引き締まる。



となりに座っているウォッカの口からギリッと歯軋りの音が聞こえた。


コイツ、鬼瓦みたいな顔してるけど本当に優しいヤツだよな。


アクセルさんも口を大きくへの字にしている。


オレは昨日マリカさんから聞かされていたから、今さら動揺はしない。


「目的2は当該研究所で開発されている「ディアボロスX」の奪取だ。」


眼鏡クンが眼鏡をキラリと光らせながら質問する。


「副長、「ディアボロスX」とはどんなモノなんですか?」


ラセン副長はしれっと答えた。


「わからん。」


「救出対象の子供達の数は?」


「20~30人だろうと想定しているが正確な数は不明だ。」


眼鏡クンは額の両側を中指と親指で摘まんだ。


偏頭痛をおこしたようだが、めげずに発言する。


「つまり、機構軍加盟のメガロポリス近郊にある生体兵器研究所に奇襲をかけ、明らかに足手まといになる子供達を救出した上で、正体不明の「ディアボロスX」まで奪取しろっていうんですか!? 無茶苦茶だ。子供達の救出だけでも困難なのに、研究所で「ディアボロスX」がなんなのかも調べなきゃいけない。グズグズしてたらフェンベリルからナイトホーク型戦闘ヘリが雲霞うんかのようにやってきますよ!」


ラセン副長は大げさに肩をすくめて苦笑いした。


「ハハハッ、ここまで条件の悪い任務はいくら我々でも久しぶりだな。」


「笑い事じゃありません!だいたいですね………」


ここでマリカさんが初めてドスの効いた美声を披露する。


「じゃあシュリ、おまえは無理だからやめようってのかい?」


「い、いえ、僕はただ………」


「他の部隊ならいざ知らず、アタイの1番隊ならやれると踏んだから引き受けたんだ。アタイを信じな。」


「はい。マリカ様がそう仰るなら、もう何も言いません。」


「他になにか言いたいヤツはいるか。能書きを垂れてられんのも生きてる間だけだ。遠慮すんな。」


オレは手を挙げた。案の定ホタルがリアクションしてくる。


「アンタ新入りの分際で生意気よ!引っ込んでなさい!」


とことん嫌われてんなぁ。


いいよ、オレだって100人以上いる隊員全員に好かれようなんて思っちゃいないさ。


「遠慮すんなと言われたんで遠慮しない事にした。ホタルに文句言われる筋合いはない。」


「アンタ新入りの伍長の癖に、私を呼び捨てにするとかいい度胸じゃない!」


「アスラ部隊じゃ階級なんてアクセサリーみたいなもんだろ? おっぱいも器も小っちゃいね。」


「この!言わせておけば!」


マリカさんの言葉のドスがホタルに刺さる。


「ホタル!言いたい事は言っていいとアタイが言ったんだ。聞こうじゃないか。なにが言いたい?」


「任務の優先順位の確認です。子供達と「ディアボロスX」を天秤にかけた場合、重いのは?」


「子供だ。「ディアボロスX」は最悪、研究所を爆破してやりゃ破壊できるだろうし、少なくとも開発は遅れる。開発部の連中は子供より「ディアボロスX」を優先しろって言ってるらしいが、知ったことじゃないね。」


うん、マリカさんならそう言うよな。


「もう一つ、子供は20~30人の想定って話でしたけど、それより多かった場合は?」


マリカさんは難しい顔になった。顎に手をあて考えてから答える。


「………その場合は連れていけない子供は置いていく。カナタもそこは分かれ。」


「………了解。聞きたかったのはその二つです。」


分かりたくなかったけど、じゃあどうするんだと言われたら何もない。


対案もナシで理想論を主張するのは無責任なガキのやる事だ。


ゲンさんがフォローしてくれる。


「カナタは悲観主義じゃのう。子供は30人以下の可能性も高い。もう見捨てたような顔になっとるぞい。」


「心配性なんです。」


「最悪のケースを想定し、最良の結果を求める。カナタの考え方は軍隊向きじゃよ。じゃが顔に出すのはいかん。不安は周りにも伝染するからの。」


「そうだね、ありがとうゲンさん。」


その後にラセンさんが具体的な作戦計画を説明し、ブリーフィングは終わった。


マリカさんが椅子から立ち上がり号令する。


「本日18:30を以て本作戦を遂行する。全員体内時計を合わせろ。装備パックCを持って不知火に搭乗、出発時刻は19:00時。今後本作戦を「キッドナップ」と呼称する。野郎共、シメてかかんな!」


指を鳴らす者、口笛を吹く者、首をゴキゴキいわせる者、反応は様々だけど、緊張したり不安な顔の者は一人もいない。


マリカさんの誇るゴロツキ達は歴戦の猛者なのだ。


そしてオレもその一員だ。負けてはいられない。




こうしてオレの初めての実戦、キッドナップ作戦が始まった。




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