出撃編2話 彼女がクールになった訳
ブリーフィングを終えたオレは、手早く装備パックCを支給係から受け取り、格納区間1に向かう。
遺書は書いていない。オレは手記を書いている、ソイツが遺書代わりだ。
格納庫の中では、タチアナさん達メカニックチームがフル活動して、最終チェックを行っていた。
いくら爆乳が魅力的でも、今だけは邪魔しちゃいけないよな。
オレの前には動く鋼鉄の要塞、陸上戦艦不知火の姿がある。
「今日からよろしくな不知火。オレは天掛カナタ。長い付き合いになるといいな。」
挨拶を済ませたオレは、不知火の装甲板をコンと叩いて乗艦する。
事前に見取り図は見ていたので、まず居住区に向かう。
日用品や下着類を置いてから、艦内を散歩でもしてみるか。
居住区はまんまカプセルホテルだった。違いはテレビが立体テレビなくらいかな。
この広さは巨体のウォッカには辛そうだ。
自分のネームプレートを探す。出来れば上段の寝床が有難いんだけどな。
神様は珍しくオレの願いを聞いてくれた。
おっ、上段のスペースにオレの名前を発見。
「おっぱい命のカナタ」
………このくらいの洒落は覚悟してたよ。
体内時計が19:00のアラームを鳴らすと地響きを立てて不知火は動き出す。
おいおい、点呼も取らないのか。
まあ、乗り遅れるような間抜けはいないし、いてもいらないって事だろう。
オレが荷物をカプセル横のミニロッカーに入れていたら、ウォッカがやってきた。
オレの下段がウォッカの寝床だったらしい。
「このネームプレートはウォッカの仕業か?」
「皆で話しあった結果だ。他にはフニャチン野郎カナタとか、享年20歳のカナタとかがあったな。」
享年20歳のカナタは絶対ホタルだ。覚えてろよ、オレは粘着質なんだぜ。
「で、おっぱい命のカナタは誰の発案? 場合によってはお礼参りにいかないと。」
ウォッカはニヤリと笑って、
「マリカさんだ、お礼参りにいくなら見物にいくぜ?」
「………やめとく、当たってなくはないし。」
「直撃だろうがよ、しかしこの棺桶ってヤツには閉口するぜ。ガタイのデカさがこん時ばかりは恨めしい。」
「出世したら個室がもらえるらしいね。」
「ああ、だが俺は出世はしたくない。軍曹が性に合ってる。」
「夢はみてもいいんじゃない?」
「………部下はもう持ちたかねえんだ。ドジを踏んでもテメエの命だけで始末をつけたい。」
そう言ったウォッカの表情には影があった。なにか事情があるんだろうな。
「気楽な下っ端ライフか。伍長のオレもそうしよう。」
「カナタは上を目指せ。ブリーフィングでゲンさんも言ってたろ。軍隊向きの性格だって。」
「心配性で粘着質が軍隊向きなのかねえ。」
「だが死んだら出世もクソもねえからな、まずは生き残る事だ。」
「死ねるかよ、まだ筋肉重装甲アニキングを10巻までしか読んでない。」
「最高だろう、アニキングは?」
「ああ、最高だ。戦場ではオレの必殺アニキックが唸るぜ?」
「マリカさんはマジで必殺アネキックを使うぞ。そりゃスゲえからな。」
「もう入隊テストで経験したよ。それじゃ艦内をお散歩してくる。」
「おう、迷子になるなよ。」
車両格納庫ではアクセルさん達リガーチームと、タチアナさん達メカニックチームが、真剣な表情で打ち合わせをしている。
アクセルさんが言うには、仲間の命を背負って走るのがリガーなのだそうだ。
今回の様な奇襲後に即離脱の作戦ではリガーチームが鍵なのは間違いない。
マリカさんが本作戦を遂行可能と判断した要因には、アクセルさん達リガーチームの実力もあったんだろう。
車両格納庫の隣が武器格納庫、小さいけど作戦室と食堂もある。
艦橋に続く廊下には休憩スペースらしきものがあり自販機までおいてある。
そこにはラセン副長がいて紙コップの珈琲らしきものを啜っている。
オレは声をかけてみる事にした。
入隊してからあまり話した事がなかったからだ。
「ラセン副長、休憩ですか?」
「ラセンでいい。こんな事を言うと、またシュリが偏頭痛を起こすだろうがな。」
「シュリは明らかに自分から苦労を買いにいくタイプですね。」
「そういうタイプもいないと部隊は回らんものだ。シュリには苦労してもらおう。」
「ちょっと聞いていいですか?」
「なんだ?」
「中隊長の4人は全員同郷でマリカさんとは軍に入る前からの付き合いですよね。」
「何故そう思う?」
「全員がマリカ様と呼んでいます。だから上司部下ではなく主従関係じゃないかなと。それと名字です。火隠真璃火、漁火螺旋、灯火蛍、3人の名前に火が関係してます。そして蛍、田龜源五郎、空蝉修理ノ助、今度は虫の名前が共通事項です。偶然にしては出来すぎでしょう。」
「マリカ様がカナタはネチネチ考えるタイプだと言っていたが、その通りのようだな。いかにもそうだ。俺達4人は神楼の近くにある火隠の里の出身だ。マリカ様は我々の里長なのだ。」
「忍者の里ですか?」
「ああ、戦場の主戦力が人間になってから、剣術、武術、忍術といったモノの価値が急騰してな。機構軍も同盟軍もそう言った人材の確保に躍起になっている状態だ。マリカ様の父上、先代里長の段蔵様はアスラ元帥の盟友で同盟設立にも関係している。ゆえに司令とマリカ様は幼少からの付き合いと言う訳だ。司令がアスラ部隊を設立する時に真っ先に声がかかったのが我々1番隊さ。」
なるほど、それで司令はマリカさんを友だって言ったのか。
ラセンさん達は里長直属の上忍ってところだな。
「それで1番隊は忍者っぽい人が多いんですね?」
「うむ、我々の様な軽量高機動タイプは、アサルトニンジャと呼ばれている。部隊としてのバランスを取る為にウォッカみたいなアサルトアーマーも引っ張り込んでいるが、1番隊の中核はアサルトニンジャで構成されていると言っていい。威力偵察、陽動、撤退支援などが得意分野だ。無論、真正面から戦ってもアスラ部隊最強だがな。」
「凄い部隊ですね、よくオレなんかが入れたな。」
「カナタはマリカ様に胸を張って言ったらしいな。格好良く死ぬよりも無様に生き延びると。そこが気にいったらしい。有言実行する時がきたな。」
「はい。中軽量アタッカーのオレみたいなタイプは、なんて呼ばれてるんです?」
「コマンドサムライだ。イズルハ人じゃなければコマンドナイトとか呼ばれているが、そのあたりは明確な基準もなくアバウトだな。」
オレは侍じゃなくて神主の家系なんだけどな。
そうだ、ラセンさんにナツメの事を聞いてみよう。
「ラセンさん、ウォッカにナツメには関わるなって言われたんですが、どういう事なんです?」
「………作戦を終えて帰投してからにしないか。あまり気分のいい話じゃない。」
「10歳の子供達が人体実験に使われてるって話を聞いた時点でどん底ですよ。これ以上落ちる所はないです。ネチネチ病に感染してるんで、モヤモヤを抱えて作戦にいく方がイヤです。」
「………わかった、だがここでする話じゃない。俺の部屋にいくぞ。」
ラセンさんの個室は6畳間だった。畳も敷いてある。
風呂はないが、シャワールームとトイレはあるみたいだ。
壁の掛け軸には流麗な字体で書かれた「見敵必殺」の文字、そういやラセンさんの趣味は書道だって聞いたな。
でも
ラセンさんは小型冷蔵庫からビールを取り出す。
「カナタも飲むか?」
「祝杯は作戦成功の後と決めてます。」
「そうか、俺の部屋でぶっ倒れられてもかなわんしな。素面でする話でもないんで俺は飲むがな。」
ラセンさんはビールをグイッとあおる。
「ナツメになにがあったんです。」
「8年前の話だ。ナツメは当時10歳、鈴城という神楼のコロニーシティで暮らしていた。家族は父親と母親、貿易商を営んでいて、なかなかに裕福な家庭だったようだ。今の姿からは想像できんかもしれんがナツメは体が弱くてな、酸素吸入器を常に携帯している娘だった。」
薄幸そうな感じは受けたけど、引き締まった強靱な体だとも思った。
あのナツメが病弱な令嬢だった、か。確かに想像しがたい。
「無酸素爆弾という兵器がある。炸裂すれば一定の範囲の酸素を15~18分奪う。鈴城でその爆弾が使用された。駐屯している同盟軍部隊を狙ってな。不運な事にナツメの家は駐屯地に近い所にあった。」
「バイオメタルは無酸素状態でも5分は戦闘可能ですよ、静止状態なら15分は持つ。意味ないんじゃ?」
「当時はそうじゃない。無酸素爆弾の無効化の為に酸素軽減アプリが開発されたのだ。素潜りの達人でも15分耐えるのは難しい。ましてや不意打ちで酸素がなくなればどうなる?」
「死にますね。ナツメは携帯してた酸素吸入器のお陰で助かった。でもナツメの両親は………え? ナツメの家には予備の酸素吸入器ぐらいあったでしょう。なのに………」
「カナタと同じ事を近隣の住人も考えた。ナツメの家には酸素吸入器があるはずだ、とな。」
「…………まさか。」
「ナツメの両親の死因は窒息死ではなく殴打による頭蓋骨折だ。両親はナツメをベットの下に隠し、興奮した近隣住人達に吸入器を順番に使おうと提案したが、住人達は聞く耳をもたなかった。ナツメはその惨劇をベットの下で聞いていた。10歳の娘がだ。今回の作戦といい、ナツメの件といい、神は10歳の子供に恨みでもあるのかと言いたいよ。優しかった住人達が悪鬼に変わり果て、両親を殺した。その住人達も吸入器を奪い合い全員死んだ。ナツメに残ったものは人間不信と失語症だ。8年前からナツメは笑った事がない。」
「………あんまりだろ!なんなんだよ、一体なんなんだよ!!!……そんな事って!」
感情がグチャグチャになって言葉が続かない。
オレは涙を堪えられなかった。ボロボロ泣いた。
オレの境遇も大概だが、ナツメはそんな次元じゃない。
「ナツメの病は特効薬が開発されて完治した。そしてナツメは機構軍に復讐を誓う兵士になった。始末に悪いのは広報部の馬鹿共が、戦意高揚の為にそれを利用しやがった事だ。悲劇を乗り越え、機構軍に正義の裁きを下す天使、そんなセンセーショナルなタイトルを付けてな。ナツメの事を知ったマリカ様が1番隊にスカウトしたのが3年前だ。失語症は克服したが、必要な時以外は喋らない。人間不信も克服して欲しいと皆が思っているが、どうしていいのか分からない。それが
………アスラ部隊だけじゃなく同盟軍でも有名な話、か。
どいつもこいつもおかしいだろ。クローン兵士に人体実験に…………壊れた心を引きずってる女の子まで戦争に利用すんのかよ!
ウォッカが言った、あの娘の事はみんな大事に思ってる、………だが、関わるな。
そういう事かよ。
みんななんとかしてやりたいのに、どうしていいのか分からない。
………オレにも分からない。………時間が解決してくれるのを祈るしかないのか。
「カナタ、もう泣くな。人間は背負い込める荷物だけ背負えばいいんだ。無理をして背負い込めば、自分も潰れるだけだぞ。今はナツメに関わるな。同情したような顔だけしなきゃいい。」
そう言ってラセンさんは優しくオレの肩を叩いてくれた。
「しませんよ。同情とか哀れみとか、する方はいい人気分が味わえていいでしょうけど、された方は惨めな気分になるだけです。」
「分かってるならいい。さあ、もう棺桶に帰って寝ろ。」
オレは一礼してからラセンさんの部屋を後にした。
この世界の胸クソ悪い現実はわかってたけど、今までで最悪の気分だった。
棺桶に帰る途中の通路でマリカさんに会ってしまった。
今日はホントにツイてない、涙の痕は乾いているだろうか。
こんな顔をマリカさんに見せたくない。
オレはおやすみなさいとだけ言って、顔を見せない様に立ち去ろうとしたが、見逃してもらえなかった。
背中越しに聞こえる、いつもより低い声。
「なにがあった?」
「…………ナツメの事を聞きました。」
「……そうか、それで?」
「………なにも出来ません。」
「カナタ、こっちを向け。」
「イヤです。」
マリカさんの足音が近づいてくる。力ずくで振り向かされるかと思ったけど違った。
マリカさんは背中からオレを優しく抱きしめてくれた。
マリカさんの優しいつぶやきが耳と心に響く。
「………カナタ。大丈夫、大丈夫だ。おまえは世界がどんなに残酷でも戦える。自分で思ってる以上にカナタの心は強い。アタイの緋眼は人の心が見える。…………信じろ。」
「………はい、マリカさんを信じます。マリカさんが信じてくれる限り、………オレは戦える。」
この世界がどんなに残酷でも、救いがなくてもいい。
この世界で、オレはマリカさんに出逢えたのだから。
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