出撃編3話 なんでもアリにはもう慣れた




陸上戦艦不知火内の一般隊員寝室スペース、通称「棺桶コフィン」で目を覚ます。



気分のいい目覚めとは到底言えない。


昨日、ヘビィな話を聞いたせいで精神的に胃もたれを起こしているみたいだ。


明日の夜には作戦目的地に到着予定だってのに。


ちゃんと切り替えないと本物の棺桶に入ってローズガーデンに帰投なんて羽目になっちまう。




よし、この世界の残酷さなんて、もう考えない。


オレが原因でこんな世界になった訳でもあるまいし、ウジウジ考えても何も変わらない。


背負える荷物だけ背負う、ラセンさんの言葉に従おう。




食堂で朝食の載ったトレイを受け取り、空いたスペースを探すが満席だった。


巨大陸上戦艦とはいえ、搭乗員全員が入れる広さの食堂なんて取れる訳ないか。


戦うのが目的の戦艦なんだから。


休憩スペースか、車両格納庫にでも行って食べよう。


オレはトレイを持って、まずは休憩スペースに向かった。




意外な事に休憩スペースには誰もいなかった。


ボッチの呪いが解けてないとかじゃないだろうな。


まあ、食後の珈琲を飲むのには都合がいい。食べてる間に誰か隊員がやってくるだろう。


誰でもいいから会話したい気分なのだ。


あ、でもホタルとナツメは勘弁な。




神様はオレの期待を裏切るのが余程お好きらしい。


誰でもいいから会話したいと思ったオレの前に現れたのは、会話の成立しない相手だった。


ナツメじゃない、少なくとも彼女は言葉は話せる。


オレの足下で機嫌よさげに尻尾を振っている生き物、それは犬だった。




「バウ、バウ。」


残念だがオレにインストされている翻訳アプリはナメック語や犬語には対応していない。


元の世界で言えば北海道犬によく似ている。


携帯電話のCMでおなじみの白いアレだ。


違うのは北海道犬より大きさがある。子供ぐらいなら乗せて走れそうだ。


首輪の代わりなのだろうか? 大きいけど可愛い犬は、赤いロングスカーフを首に巻いていた。


………この犬、喋ったりしないだろうな? この世界ではありそうで恐い。


オレはクロワッサンを半分にちぎって、犬に話しかけてみた。


「ほら、食べるかい?」


「バウ!」


喋ったりはしないようだ。


嬉しそうに尻尾を振りながら、クロワッサンを食べてる。


アニマルセラピーで癒されろ、ってことなのかね。


素直で可愛い犬っぽいけど。


「こんなところにいたのか。探したじゃないか。」


やって来たのは苦労を爆買いする偏頭痛持ちの眼鏡、シュリだった。


「この犬、シュリのペット? 規律と規則にこだわるシュリらしくないな。これは1番ダメなヤツだろ? 戦地にペット同伴なんてさ。」


シュリは朝食のトレイを2つテーブルに載せて椅子に座る。


細身の大食いキャラでもあるのか。なかなか盛ったパーソナリティーしてやがんな。


「ペットなんて呼ぶなよ。僕達の仲間で、1番隊の隊員なんだぞ。」


「はいぃ?」


杉下右京の物真似がオレの持ち芸みたいになってきたぞ。仲間ですと!?


「1番隊特別隊員の雪風だ。」


「バウ!」


………もう、どういうツッコミいれていいかも分かんねえよ。


「……はぁ、そうなの。……そうなんだ。……よろしくな、雪風。」


「バウ!」


尻尾を振って返事してくれた。


「でもローズガーデンでは見かけなかったぜ?」


「ローズガーデンから1番近い街のペットホテルで休暇を楽しんでいたからね。折角の休暇だってのに呼び戻しちゃって悪かったね。でも仕事だから。雪風も忍犬だから分かるだろ?」


「バウ。」


雪風はシュリの膝に前足を乗っけた。気にしないで、という意味か?


てーか、人の言葉が分かってんのか、この犬!


「あ~、どうツッコんでいいのやら、もうツッコミたくねえというか。とりあえずだけど、雪風は言葉が理解出来るのか?」


「出来てるよ。それは間違いない。司令だったら雪風の考えも分かるんだけどね。」


怖い司令だけど、実は動物好きなのかね? だとしたら意外だ。


「ひょっとして雪風もバイオメタル化されてんの?」


「ああ、バイオメタルドッグだ。嗅覚も知能も身体能力も並の犬とは桁違いだよ。頼れる仲間さ。」


そう言いながらシュリは犬の食べれそうなモノをトレイに載せて床に置く。


トレイの1つは雪風の分だったのね。細身の大食いかと思った。


なんでもかんでも戦争に使うねえ。………いや、元の世界でも軍用犬はいたか。


なんにせよ1番隊の隊員ならオレの仲間だよな。仲良くしよう。


「雪風、オレは新入りのカナタだ。ドジを踏んでピンチの時は助けてくれよな。オレも雪風のコトを助けられるように強くなるからさ。」


「バウ。」


犬の先輩隊員、雪風さんは鷹揚に新米隊員に頷かれたのだった。ホントに言葉がわかってるらしい。


雪風と2時間近く戯れたオレの精神力はかなり回復した。


ビバ、アニマルセラピーだ。




トレイの返却に食堂に戻るとゲンさんが前腕の体毛に櫛を入れていた。


ゲンさんはオレに気が付くと声をかけてくれた。


「お若いの、棺桶ではゆっくり休めたかね?」


「おかげさまでなんとか。ゲンさんは体毛の手入れですか? 体毛をヒレに変化させられるって聞きましたけど。」


「こういう芸も身につけとるぞい。」


ゲンさんの前腕の体毛が急速に伸びてゆく。


そして三日月形の刃が形成される。


ゲンさんが前腕を紙コップに振るうと綺麗に真っ二つになった。


こ、これは。リスキニハーデンセイバーフェノメノンか!


い、いや、輝彩滑刀のモードかも知れない!


………どっちも飛呂彦先生だったね。


「凄いですね。バイオメタル化の産物ですか、それも?」


「半分当たりじゃのう。」


「………半分?」


「ワシら田龜一族は生来、体毛を変化させる事が出来るのじゃよ。」


「え? ゲンさんは生まれつきの超能力者なんですか?」


「超能力という程の事ではないわえ。せいぜい特異体質と言ったところかのう。ここまで強化されるに至ったのはバイオメタル化のおかげじゃがの。」


「知りませんでした。てっきりバイオメタル化のお陰かと。」


「無論そういう者もおるよ。カナタも気をつけるんじゃぞ。無手でも生成武器を搭載しておる者もおるからの。」


「気をつけます。そうか、この世界にはリアルに超能力者がいるのか。」


「この世界?」


「!! いえいえ、箱庭みたいなところで育ったもので。」


オレの過去の経歴はボロが出にくいように、外部から隔絶された施設で育ったという事になっている。

18歳の時に受けたバイオメタル化の適性テストで高い数値が出たので軍にスカウトされた、それがオレの表向きの経歴である。


「そうじゃったのう、難儀な世の中じゃて。」


「他の中隊長も超能力者なんですか?」


「忍者とはなんらかの芸があるから忍者なのじゃよ。」


「そういう人達は沢山いるんですか?」


「いや、ごく少数じゃ。イズルハ人に割合多いと言われておる。無論、イズルハ人以外にも超能力者はおる。生まれつき念真強度が高いものがの。アスラ部隊ではトッドなどがそうじゃ、あの男は生身の頃から弱い念真球が形成できたそうじゃよ。バイオメタル化とはそういう超能力者の能力を兵士に与える為に開発されたと聞いておる。」


ゼロから科学で人間を超人にしたのではなく、ごく少数の者が持つ力を、科学でさらに増幅して誰にでも扱える兵器に仕立てた。そういうことか。


戦闘細胞も活動の為には念真力を消費する。念真能力も無論だ。


消費した念真力の回復には時間をかけるしかない。


マジックポーションを飲めばいい、という訳にはいかないのだ。


「念真強度が高いバイオメタル兵士は生来の念真強度が高かった、ということなのかな?」


「多分そうじゃろう。カナタも念真強度が100万nもあるからには、生身の時から何かしらの念真能力が使えた可能性が高いのう。本人が自覚、イメージしない事には念真能力は発現せん。無自覚な能力者も多いはずじゃ。ナツメも高い念真強度を持つが、バイオメタル化するまで全く気付かなかったみたいじゃしの。」


ナツメの名を聞いて昨日の話が頭をよぎったオレは、動揺を顔に浮かべてしまった。


オレの未熟者め、腹芸ぐらいうまくやれよ。


一瞬でも顔に出した以上、機微に敏感なゲンさんに気付かれない訳はない。


「………知ってしまったようじゃの。」


「…………どうしても気になってしまって、昨日ラセンさんに。」


「同盟軍でも有名な話じゃ、耳に入るのは時間の問題、なら身内から聞いた方がええ。」


「………有名みたいですね、非道い話です。」


「カナタ、ワシは案外、おまえさんが何とかしてくれるんじゃないかと思っとるがのう。」


「オレみたいな未熟者の手に負えるような軽い話じゃないです。」


「そうかの、物わかりのいい大人には出来んでも、諦めの悪い未熟者には出来るかもしれんぞい。ま、年寄りの勝手な期待じゃ。気にする必要はないわえ。」


マリカさんも、ラセンさんも、ゲンさんも、オレを気にかけてくれてる。




ナツメ、おまえにだってそうだよ。なのになんで分かんないんだ?



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