再会編25話 心龍と神虎
赤茶けた大地に轍を刻みながら艦隊は荒野を行軍する。
先頭を走るのは軽巡ながら艦隊旗艦を務める我らが撞木鮫だ。
舵輪を握るラウラさんはご機嫌で、口笛を吹きながら足踏みまでしてる。
「ビーチャム、珈琲を淹れてきてくれ。」
「イエッサーであります!」
俺の隣に佇立しているビーチャムは物好きにも、オレの従卒役を買って出たのだ。"隊長殿のパシリ役は自分を於いていないのであります!"とか言ってる意味がよくわからねえ。曹長に昇進したビーチャムは将来の指揮官候補だ。リックと一緒に将校カリキュラムを受けてもらうつもりだってのに、未だにパシリ気質じゃ困るんだがな。
ビーチャムの淹れてくれた珈琲を指揮シートの肘掛けトレイに置き、角砂糖を二つ入れる。
指揮シートの隣に設えられた補助シートに座っていたリリスが、オレの動きをじっと見ていた。
「少尉、昨日イスカに呼ばれて一緒に飲んでたみたいだけど、面倒事も引き受けたんじゃない?」
「なんでそう思う?」
「少尉はその時の気分で砂糖を入れたり入れなかったりする。でも角砂糖を
ホントに目ざといちびっ子だよ。油断も隙もありゃしない。
「そんなところだ。まあ、今すぐどうこうって話じゃない。長期的な戦略、といった話さ。」
「すっかりイスカの参謀役ね。それって本来、ボーリング爺ィがすべき事だと思うけど。」
「そのボーリング爺ィは00番隊の懇親ボーリング大会でまたパーフェクトを出したらしい。マリーさんが"せっかくベストスコアを更新したのに、優勝出来ませんでしたわ!"って憤慨してたよ。」
「……空気読みなさいよ、あの爺ィ。」
全くだ。あの爺様ときたら、年甲斐もなく血気盛ん過ぎなんだよ。ゲンさんみたいにいい感じで萎びてもいいお年頃だろ。
「隊長、この近くには汚染されていない天然湖があります。映像を見てみますか?」
オペレーターのノゾミの報告に頷くと、偵察機から送られてきた映像が大スクリーンに映された。
夕陽の映った湖面はなかなか綺麗だ。これならニジマスぐらいはいそうだな。
この出撃の目的は訓練、特に急ぎの行程という訳ではない。少し寄り道してもいいかな……
日暮れまで湖の傍で滞在し、その遅れは夜間行軍の速度を上げて取り戻せばいい。そもそも到着日程にも余裕を持たせてある事だし、問題ないだろう。
オレはシュリとホタルを誘って湖で釣りと洒落込む事にした。
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かくて湖は臨時の釣り客達で賑わうコトになった。御門グループの企業傭兵は基本的に巨大都市出身だ。天然湖での釣りは物珍しいんだろう。荒野にヒャッハーのたむろするこの世界では、気軽に大自然を楽しむなんてコトは出来ないし、そもそも大自然なんて言えるだけの緑がこの星にはあまりない。
「やっと隊長とニジマス釣りを楽しめましたね。」
釣り上げたニジマスをクーラーボックスに入れたシオンは微笑んだ。
「そうだなぁ。なんせニジマスでも釣ろうかって言ってただけなのに、釣れたのは死神。そりゃ大物は大物だけどね……」
「カナタもとんだ外道を釣っちゃったわね。」
彼氏の釣りを眺めるホタルが笑い、シュリが相槌を打った。
「でも今頃、死神は大魚を逸したと後悔してるんじゃないかな。カナタの成長ぶりは死神の耳にも入っているはずだ。」
それはどうだろう?……あの時、死神は仕留めようと思えばオレ達を仕留められたんじゃないか? 桁外れのバイオセンサーを搭載した死神なら、水中に逃れたオレ達の位置はわかってたはずだ。水中戦が不得手だったとしても、陸から戦艦の主砲みたいな念真重力砲を撃ってきたっておかしかなかった。やはり終焉の与えたダメージが大きかったのだろうか……いや、待て!あの時、ヤツはなんて言った!?
「夢幻刃・終焉だと!……つ、使えたのか……」確かにそう言った!ヤツは夢幻一刀流奥義、夢幻刃・終焉を知っていたんだ!終焉の存在を知っているコトも問題だが、それより問題なのは"どこでそれを知り得たのか"だ。
終焉の存在が記された秘伝書はミコト様の手にあった。である以上、秘伝書を見て知ったのではない。他に終焉の存在を知り得る人間は、継承者であった八熾羚厳の妹である牙門シノとその息子、牙門アギト……だが牙門親子と死神に接点があったとは思えない。仮に接点があったとしても喋るだろうか? いくら天狼眼を持たない牙門親子には使えない技だとは言っても……
ミコト様が教えてくれたよな、八熾と叢雲はかつては仇敵同士だったと。叢雲宗家なら敵対していた八熾宗家の使う夢幻刃・終焉を知っていてもおかしくない……まさか……死神は叢雲トーマ本人なのか!?
だが叢雲トーマの遺体は地下室で発見されている。DNA鑑定の結果、叢雲トーマの遺体であると複数の医師が報告してるんだ。彼が手榴弾で自決したのは間違いな……いや、なんで手榴弾なんだ? 手榴弾で敵兵もろとも自決したっていうならわかる。でも地下室で自決するのに手榴弾なんて必要か?……別に拳銃でもいいじゃないか……
……手榴弾で自決した理由。う~ん、自分の遺体を憎き我龍の手に渡したくなかったとか? 実際、当主だった叢雲ザンマは奥方と一緒に灰燼と消え失せた訳だし、なくはないか。待てよ? 遺体を渡したくない!?
叢雲トーマの遺体は上半身が吹き飛んだ状態で発見された。つまり、遺体の脳を調べるコトは出来なかった。シジマ博士が研究所で自慢していた……"クローン体を急速成長させた場合、脳が経験を積むコトが出来ずに脳死状態になる。不完全ながらそれを防ぎ得たのは僕だけだ"って。叢雲トワは生体工学の研究者でバイオメタルの生みの親、実験用にクローン体を製造していた可能性はある……
オレが叢雲トーマだったらどうする? 脳死状態のクローン体の頭部を爆破して死んだと見せかけ、逃亡を図るだろう。叢雲屋敷には隠し部屋の一つや二つ、あったところでおかしくない。いや、必ずあったはずだ。詰めの甘い我龍のコトだから、遺体が発見されれば屋敷を徹底的に探索なんてしない。オレでも読めるコトを死神が読めない訳はない。隠し部屋に身を潜め、機を窺って照京から脱出する……
お得意の推論の上に推論を重ねた説だが、ヤツが叢雲トーマ本人である可能性は……なくはない。
「隊長!引いてます!」
思考の沼にどっぷりハマっていたオレは慌てて竿を引いてみたが、手遅れだった。
「あ~あ、バラしちゃったわね。ボ~っとしてたけど、何か考え事?」
ホタルの声に曖昧に頷くオレの脳裏に、ミコト様の顔が浮かぶ。
ミコト様に想い人の生存の可能性を教えるべきだろうか……いや、今のところ、確証もないタダの推論だ。
伝えるにしても裏が取れてからにすべきだ。それまではオレの胸の内にしまっておくべきだろう。
「隊長、ひょっとして死神との死闘でも思い出していたんですか?」
心配そうな顔のシオンに、微笑んでから答える。
「ああ、ヤツの事を考えていた。」
「隊長は驚くほど強くなりました。あの時とは違います。それに隊長には私達もいます。命に代えても……私が守りますから!」
「シオン、"命に代えても"なんて軽々しく言わないでくれ。オレ達は生きるんだ、みんな一緒に。」
「……はい、そうでしたね。共にこの時代を生き抜きましょう、必ずです。」
「ふふっ、ねえシオン。"命に代えても、私が守ります"だなんて、ほとんど愛の告白だって気付いてる?」
「ホ、ホタル!からかわないで!副長として隊長を守るのは当然なんです!」
「シオン、顔が赤いよ。熱でもあるのかい?」
「もう!シュリまで!隊長も黙り込んでないで、なにか言ってください!」
「この幸せを噛み締めさせてくれ。夕陽が綺麗だ、世界は輝いている!」
共に生きる決意は変わらないけど、"命に代えても守ります"って、やっぱり嬉しい言葉だもんね。……その言葉もどこかで聞いたよな……
そうだ。……"もし私が死ぬのならば、トーマ様の手にかかりたいのです"そう言ったミコト様に返された言葉が"命に代えても……"だった。
死神はミコト様の窮地をオレに知らせ、照京からの脱出も手引きした。死神の立場からすれば、利敵行為どころか裏切り行為、相当なリスクを伴ったはずだ。
なのになんでそんなコトをしたのか。ミコト様への返答には、言葉にはしなかった想いがあったからじゃないのか? "命に代えても……俺が守る"……死神は台詞の後半を飲み込んだのかもしれない。……もしそうだったなら死神もミコト様を……
……頭がこんがらがってきた。オレはどうすりゃいいんだ?
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