再会編26話 またやりやがった、あのアマァ!



もう少しでグラドサルに到着か。撞木鮫の指揮シートに座ったオレは、志願従卒のビーチャムに珈琲を淹れてもらう。


「また角砂糖二つ? 少尉の悩みは尽きないみたいね。」


「悩み多きお年頃でね。まあ、"人間は考える葦である"なんて言葉もあるしな。」


「どこの言葉よ、それ。私が相談に乗ったほうが良くない?」


乗れるものなら乗って欲しいよ。死神の件は相談しても良さそうだけど……


相談するにしたってまずオレの考えまとめとかないといけないか。


まず決定事項、死神が叢雲トーマである可能性に関しては、確定するまでミコト様には話さない。不確定な事柄を伝えたところで、ミコト様の心を乱れさせるだけだ。死神は現状、機構軍の軍人なんだからな。それに死神が何者であろうと、薔薇十字とは徹底的に交戦を避けるという方針に変わりはない。


髑髏マスクの完全適合者は同盟軍にとっては死神でも、ローゼにとっては守り神だ。死神はローゼに肩入れしているようだし、健在でいてくれた方がいい。問題は神虎眼の副作用で短命の宿命を背負った死神に、どれだけの時間が残されているのか、か。……恐ろしい敵でヒドい目にも合わされたが、オレは死神を尊敬している。強く賢明な男だが、傲慢でも尊大でもない。なれるモノならオレもああなりたい。出来るコトならば、彼には味方でいて欲しかった。


もし死神が叢雲トーマで、残された命が僅かだというなら、ミコト様に逢わせてやりたい。それはオレの理想にも適うコトだ。ローゼは今、戦争を終わらせる為に第三勢力の構築を模索しているのだろう。その勢力にはミコト様にも加わってもらいたい。だったら死神が叢雲トーマだというのは好都合だ。照京攻略戦の影響で御門グループにはローゼの剣と盾を敵視する者が多い。御門家の暴虐の犠牲者である彼なら、御門グループを説得出来る。薔薇十字に強い影響力を持ち、ミコト様の想い人である彼はローゼとミコト様を繋ぐ架け橋になれる存在なんだ。


ローゼはシュガーポットから近い都市国家マウタウにいる。彼女に死神が叢雲トーマである可能性を伝えれば、きっとオレと同じコトを考えるだろう。魔女の森で教えておいた暗号が役立つ時がきたようだな。


考えはまとまったが、リリスに相談するのは考えものか。死神がクローン体を身代わりに生存しているという可能性を提示すれば、聡いリリスはオレがクローン兵士である可能性にも気付きかねない。いや、口にしないだけでもう気付いている可能性もあるのだ。ミコト様に言われた通り、オレの顔付きは変わってきている。ずっとオレの傍にいてくれる記憶力モンスターのリリスが、微細とはいえ顔の変化に気付いていない訳がない。なのに何も言わないのはオレが顔の変貌に触れて欲しくないコトを悟っているからだ。気の利くリリスのコトだ、シオンやナツメ、他のみんなにも口止めをしてくれてるのだろう。……オレが自分で事情を話してくれるはずだと信じて……その日を来るのを待ってくれている……


……戦争が終わってオレが剣を置く時が来たら、全ての事情を三人娘と仲間達には話そう。今はダメだ。その勇気がない。


「隊長、グラドサルの港湾管制官から通信が入りました。」


考え終わったところにオペレーターのノゾミからの報告、オレは艦長として指示を出す。


「現在位置を報告し、入港の指示を受けろ。入港完了の一時間後に総督府へ向かい、シノノメ中将と会談する。」


「はいっ!」


グラドサルに着いたら伝書鳩の仕事だな。司令から中将宛ての機密文書を預かってる。従卒のビーチャムや三人娘は付いてきたがりそうだが、総督府には一人で行こう。


──────────────────────────


「よく来てくれたね、カナタ君。」


「お久しぶり、でもないですね。司令主催のトーナメントにご足労願ったばかりですから。」


トレードマークの柔和な笑顔を浮かべた中将と握手を交わし、席を勧められたので着座する。


「あの戦いは見事だった。カナタ君がアスラ部隊の顔になる日も近い。期待しているよ。」


参ったな、ここでも過大評価されてるよ。


「司令からお手紙を預かってきました。また何か無心するおつもりのようです。」


「怖い事を言わんでくれたまえ。胃薬が欲しくなってくるじゃないかね。」


そう言いながらもどこか嬉しそうな顔で手紙の封蝋を剥がす中将。娘のような存在である司令からの手紙はやっぱり嬉しいんだろうな。いや、司令が言うには中将が独身を貫いているのは、"アスラ元帥と司令よりも大切な人を作らない"という信念がゆえなのだそうだ。考えてみればシノノメ中将は、身分があって強くて温厚な男前、結婚相手としては最高の優良物件だ。なのに独身なのは司令の言ってる通りなんだろう。……とことん損な性分をしてらっしゃる。


手紙を読み終えた中将は深いため息をついた。


「……ふう。イスカも次から次へと、よく無理難題を見つけてくるものだよ。」


「ご心労、お察しします。」


「枕詞だけは殊勝なのだがねえ。「愛する叔父上へ」とか「叔父上だけが頼りなのです」とか。だが手紙の内容ときたら……」


「美辞麗句で着飾った無理難題ですか。中将も大変ですね。」


司令の被害者友の会の代表なだけはある。オレは幹事ぐらいかな?


「手紙に記されていたのだが、アスラ元帥の凶事に関する事情をカナタ君には話したそうだね?」


「はい。司令は三元帥の共謀である可能性を疑っています。」


三元帥の共謀の可能性を聞かされた中将は腕を組み、思案顔になった。


「あの三人が共謀したかどうかは定かでないが、単独でアスラ元帥に渡り合える器ではない事は間違いない。武力とカリスマ性ならザラゾフ、策略と金勘定なら兎我、組織運営と交渉力ならカプラン、それぞれに長所はあるのだが……」


創作話ではあるが毛利の三矢の教えみたいな事情だな。嫌な三矢だけど。


「逆に言えば三人が力を合わせれば対抗可能ですか。話だけ聞くと策略謀略系の兎我元帥が一番怪しそうではありますね。」


「それだけに元帥は兎我を最も警戒していた。"兎我は面倒だが、日和見のカプランは強い方になびく"と仰っていたね。」


「ザラゾフに関しては?」


「"同盟が勝利した後、一騎打ちで倒すから問題ない"と冗談を飛ばされた。自らも完全適合者だとはいえ、剛毅な心意気だよ。若き日から元帥はそんな方でね。」


中将は親子二代の剛毅者の尻拭いをやってるんですか。なんたる苦労人、ウチの苦労人詐欺師に爪の垢でも煎じて飲ませたいです。


「司令にもその資質はしっかり受け継がれてるようですから、中将も苦労が絶えませんね。」


「それはカナタ君もだろう?」


「ええ、なかなか苦労はしてます。中将ほどではないですけど。」


まだ胃薬のお世話にはなってないからな。そのうちなるかもしれんが……


「イスカは御門グループと共同で財団を立ち上げるのだそうだ。その財団には同盟軍からも出資させるつもりで、私に協力を要請してきた。」


「司令も将官になったのだから、自分でやればいいんじゃないですか?」


「カナタ君、同盟の予算編成に影響力があるのは兎我元帥なんだ。」


「理解しました。……兎我元帥と交渉するのが嫌だから中将に押し付けたんですね。」


あの司令が陰険と評判の兎我元帥とウマが合う訳がない。アスラ元帥殺害に加担したのかもと疑ってさえいるんだし。温厚な中将でないと交渉にならないだろう。


「そういう事だね。その財団なのだが、文化事業支援に福祉や医療、それに関する人材育成に至るまでの社会貢献と、組織犯罪対策、同盟軍への軍事支援まで行う文武を兼ねた総合財団にする構想のようだ。」


「文化事業と社会福祉、組織犯罪対策まではいいとして、軍事支援までやる財団ですか。まあ、いいコトではありますね。中将、是非ご尽力をお願いします。」


「ああ。カナタ君も頑張ってくれたまえ。」


「はえ!? オレに何を頑張れって仰るんですか?」


「財団の武力部門は御門グループの企業傭兵で構成されるそうだ。そしてその指揮官はカナタ君で、"財団の理事にも就任する"と手紙に書いてあったのだが……」


「そんなの一言も聞いてねえ!またやりやがった、あのアマァ!」


中将の前だっていうのに、オレは思いっきり叫んでしまった。なんとかしたいがもう遅い。完全に堀は埋められてしまっているはずだ。しかも中将に理事就任を告げさせるこの悪辣さよ。司令こそガチマジの悪魔だ!


「ハハハッ、今のは聞かなかった事にしておこう。その様子だと、既成事実を作ってから報告してくるイスカの手口は初めてじゃないらしい。胃薬は要るかね?」


「……いただきます。」




特務少尉に侯爵号、企業傭兵の指揮官だけでもお腹いっぱいだってのに、今度は財団の理事だとぅ。もう肩書きなんか要らねえよ! オレはまだ21の平凡な小市民なんだぞ!



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