戦役編26話 ヒットマンと姫君



「ローゼ姫の安全に関わる重要な話だ。姫本人に伝えたい。」


「私がローゼ様を護る盾である事を知らないのか? それとも私では不服という事か?」


この銀髪の女騎士が「守護神」アシェス……ローゼ姫の誇る真銀の盾。


同じ銀でも俺とは格が違うようだ。帝国の双璧と謳われるのは伊達ではない、か。


「ではローゼ姫に伝言を頼む。」


「うむ、聞こう。」


カムランガムランからはるばるやってきたのだ。言うしかないのだが……しかしもっとマシな伝言はなかったのか、剣狼よ。


「剣狼からの伝言で、内容は「尻にホクロがあるのをバラす」だ。」


「………」


目に殺意の火花が散ったな。当たり前と言えば当たり前だが。


ヤクザだった俺が帝国の姫君を相手に、意味不明で無礼な伝言をすればこうなるだろう。


そんな事は分かりきっていたのに、なぜ剣狼の言う事を信じる気になったのか……自分でも理解できん。


「自殺志願者という訳ではなさそうだな?」


「俺の命にさほどの価値はないが、こんな馬鹿な伝言で散らす気はない。間抜けすぎるからな。それとこれを渡すように言われた。」


俺がペンダントを渡すと、真銀の騎士は息を飲んだ。


「こ、これは!……少し待っていろ。」


女騎士は銀髪を翻して幕舎代わりのテントから出て行った。




「ローゼ様がお会いになるそうだ。ついて来い。」


戻ってきた守護神にそう言われ、黙って後をついて行く。……あんな伝言で、本当に会ってもらえるとはな。


幕舎を出てしばらく歩くと、優美な曲線を描く陸上戦艦が見えてきた。


船首に輝くのは、剣と盾を手にした女神像……これが薔薇十字の旗艦、パラス・アテナか。


旗艦の艦長室に案内され、中へ通される。


中で待っていたのは白い小猿を肩に乗せた帝国の姫君と二人の騎士。金髪の騎士は守護神と並び称される帝国の双璧、剣聖クエスター……もう一人は美髯のクリフォードとかいったな。


「私がスティンローゼ・リングヴォルトです。伝言は伺いました。」


「俺は機構軍第二特務班曹長、鉄ギン。一国の姫君に無礼な伝言を……」


「お気になさらず。無礼なのは貴方ではなく、剣狼です。」


「無礼と知りつつ伝言を伝えた時点で、俺も共同正犯だと思いますが……」


「フン、犯罪者上がりだけあって、刑法用語には詳しいようだな。」


背後に立っている守護神に皮肉を言われた。


皮肉は構わんが、背後に立たれるのは気分がよくない。守護神に言わせれば当然の用心なのだろうが。


「アシェス、こちらへ。客人の背後に立つものではありません。」


「では武器を預かってから……」


「それも無用です。私に危害を加えるのは不可能だと、クロガネ曹長はわかっていますから。」


……確かに。一足で間合いに入る距離だが、どうにも出来まい。


剣聖と守護神相手に大立ち回りなど、分が悪いを通り越して自殺行為だ。そんな事をするつもりもないが。


「クロガネ曹長、貴方の略歴に目を通しました。貴方の望みは鮫頭銀次郎さめずぎんじろうさんの身の安全、ですね?」


帝国の双璧を左右に従えた姫君が俺に問いかけてくる。


「はい。確かに親父はご法に触れて社会不在となった極道ですが、組を解散し今は堅気。公正な扱いを受けてもいいはずだ。」


「社会不在……ああ、懲役刑の事ですね。ですがクロガネ曹長、法に守って欲しければ、自らも法を守るべき……違いますか?」


「仰る通り、どんなヤクザもヤクザはヤクザ。ですが鮫頭銀次郎は……俺の恩人で親父だ。」


期待したのが間違いだった。温室育ちの姫君にストリート……いや、スラムの現状なぞ分かる訳もない。


親父は体を張って麻薬の蔓延から縄張りを守っていたんだ。


確かに麻薬組織に暴力で対抗したが、それを絶対悪などとは言わせん。言うなら必要悪だ。


そもそもアンタら為政者が……


「私達為政者が治安を守り、貧困にあえぐ人々を救済していればそんな事をせずに済んだ、と言いたいようですね?」


しまった。不満を顔に出していたか。小娘と侮っていた、この姫君は聡い。


これ以上ここにいても益はない。権力者に睨まれては親父の立場が悪くなる一方だ。


「……失礼する。貴重なお時間を無駄にさせた。」


振り向いた背中に姫君の声が刺さる。


「待ってください。まだ話は終わっていません。」


上流階級のお姫様は、象牙の城で政治ごっごでもやっていろ。俺が振り返る価値を認めん。


「生きる世界が違い過ぎて話が噛み合わない。無益で無駄だ。」


「狭い了見でモノを言うのですね。政治とは価値観の相違を埋める作業です。仮釈放などいつでも取り消せる、そう言って圧力をかけてくる執行機関の穴は私が埋めましょう。」


「なぜそれを!」


思わず俺は振り向いてしまっていた。この短時間でそこまで調べたのか!?


「やはりそんな事でしたか。犯罪組織の首魁だった方であろうと不当な扱いは見過ごせません。鮫頭さんは私が保護しましょう。ですから安心してください。」


……ハッタリだったか。この姫君は舞踏会にしか興味がないお嬢様とは違うようだ。


「ありがとうございます。親父が平穏に暮らせるなら思い残す事はない。」


「鮫頭さんの犯罪歴を調べました。賭博開帳に麻薬組織への暴力行為……スラムの顔役で、必要悪だったのでしょう。ですが必要悪でも悪は悪。」


「開き直るつもりはありません。親父や俺の行動を正当化する気もない。ですが餓え死にしそうな人間を助けたければ、パンを盗むしかないのがスラムの現実です。」


「だったらそんな現実はぶっ壊してしまいましょう。壊し甲斐がありそうです。」


ニコニコ笑いながら、なにを言ってるんだ! この姫君、正気なのか!? 


「本気で仰られていますか!? スラムは世界中にあって、それこそ世界を変えなければそんな事は不可能だ。」


「本気ですとも。世界を変える、上等です。私は諦めが悪い方ですし、そもそもやる前から諦めるなんてあり得ません。クロガネ曹長も手を貸してくださいね?」


この姫君が戦う相手は歪んだ世界の現実で、それに怯む事もないのか。


ヒットマンの俺より、よほど肝が据わっている。


「親父の受けた恩は俺が返します。なんなりとご命じを。」


「ヒットマンの異名を持つ貴方のすべき事は一つです。」


だろうな。敵対者を暗殺ヒットするしか能がない俺だ。


「どこの誰をればいいんです?」


「さて、誰でしょうね? 暗殺者は名乗りなんてあげないでしょうから……」


「どういう意味です?」


「クロガネ曹長がヒットするのは、「ボクを狙う暗殺者」です。暗殺屋の異名を持つ曹長は暗殺のプロ。暗殺者のやり口を知り尽くしたヒットマン殺しのヒットマンになって下さる事を望みます。」


……剣狼が俺を姫の元へ走らせた理由がわかった。この姫君を守れ、そういう事だな、剣狼。


「お任せを。……それにしてもボク、ですか。」


「アハハッ、よそ行きスイッチが切れちゃった。まだ持続時間に問題があるみたい。」


「キキッ!(ドンマイなの!)」


先ほどまでの様子とは打って変わって、肩の小猿と戯れ始めた姫君の様子に思わず頬が緩んだ。


「それではクロガネ曹長、う~ん、ちょっと堅いね。ギンさんでいい?」


「さんはいりません。ギンと呼んでください。」


「うん、そう呼ぶね。ギン、カナタは他になにか言ってなかった?」


「ローゼ姫が俺と親父に最良の道を用意してくれる、としか聞いていませんが……」


「ホントに? ボクの事なにか言ってなかった? ボク宛てのメッセージとかない?」


「他に聞いたのは臀部のホクロの事ぐらいで……」


ローゼ姫の顔が真っ赤になり、あわあわと両手を振り回す。


「違うの違うの!!ボクのお尻にホクロなんてないんだからね!もうもう!!カナタの奴、もっと別な伝言にしといてよ!今度逢ったら、思いっきり引っぱたいてやるんだから!」


……剣狼、おまえ姫様と一体どういう関係なんだ?




面倒事を片付けた貸しは、チャーシュー麺でチャラになった。


だが今度は俺が剣狼に借りが出来たようだ。


確かおまえの主義ポリシーは「心にシミは残さない」だったな。


俺の主義は「受けた恩は倍返し、受けた恨みは三倍返し」だ。


おまえが何を考えているかは分からんが、この姫君を守ればいいのだろう?




ローゼ姫は親父を守ってくれる。ならば俺はローゼ姫を守ろう。それが渡世の義理というものだ。



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