戦役編27話 毒を制する毒は、薬と呼ばれる



カナタはボクを忘れていなかった。ボクを守る頼もしい助っ人を送り込んでくれたのだ。


仲間が増えた事が嬉しい。おなじぐらいにカナタがボクの身を案じてくれた事が嬉しい。


新しい仲間は鉄ギン、暗黒街最強の凄腕ヒットマン。ギンの凄いところは「犯歴がない」事だ。


暗殺屋ギンテツの仕業だろうと言われた案件はいくつもあった。けれどまったく足がつかなかったのだ。


ギンに言わせれば、「捜査員にやる気も能力もないだけ」らしいけれど。


でも……捜査員にやる気と能力があったとしても、ギンを捕らえる事は出来なかったと思う。


敵性都市に侵入し、数多くの暗殺任務を成功させてきたヒットマンの力は、ボクでも知っているぐらいなんだから。


なにひとつ証拠を残さず、敵対者を闇に葬る。世界の闇を知り尽くしたギンには、ボクに忍び寄る闇に対峙してもらおう。


毒を以て毒を制す。そんな言葉があるけれど、毒を制する毒は、薬と呼ばれるはずだから。





ギンを仲間に加えた薔薇十字はシュガーポットでドウメキ博士を降ろし、補給を済ませて友軍の支援に向かっている。


今は敵の物理索敵範囲に入ったので進撃スピードを緩め、状況を確認する段階だ。


師団級の戦力を持つ艦隊が、物理索敵範囲に入ればごまかしようがない。トーマ少佐はそう言った。


奇襲の名手である少佐がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。


今後の作戦を相談、いや、指南してもらわないといけない。


ボクはパラス・アテナの作戦室に向かった。




トーマ少佐はクリフォードと一緒に作戦室で戦況報告書に目を通していた。


「少佐、どんな状況ですか?」


「いい感じで負けてるよ。機構軍は各地で絶賛苦戦中だ。」


「少佐、各地の状況よりも目の前の状況の分析をすべきでは? 吾輩達は既に敵の物理索敵範囲に入っておるのですから。」


トーマ少佐はやる気を微塵も感じさせない目で独り言を呟いた。


「……昼メシはカツカレーがいいねえ。」


「はい、ゲン担ぎを兼ねてカツカレーにしましょう。でもクリフォードの言う通り、目の前の戦況を分析してから、ね。」


ボクがそう言うとトーマ少佐はコーヒーを啜ってから答える。


「カツカレーを作る手順なんだが、皿にカツを置いてルーをかけ、その上にライスを載せてくれ。」


え? それって逆じゃない?


「少佐がお望みなら、その通りに作ってもらいますけど……手順が逆じゃないですか?」


「姫やクリフォードの言った事はそれと同じだ。姫、局地戦なら目の前の戦局に集中でいいが、戦役ではまず全体を俯瞰するべきだ。各地の戦況を分析し、ありうる状況を想定する。例えば進撃すれば勝てる状況でも、勝った後に敵中に孤立する危険性があるなら、勝ち戦を捨てる判断をすべきかもしれない。天体望遠鏡のように盤面を俯瞰し、顕微鏡のように戦術を凝らす、それがいい指揮官だ。」


そっか、指揮官たる者、常に二手、三手先を読まないといけないんだ。


「はい。勉強させてください。」


「吾輩はどうやら戦略眼に欠けておるようですな。汗顔の至りです。」


「代わりに算盤勘定と対外折衝に長けている。ノコギリで釘を打とうとして上手くいかないのはノコギリのせいじゃない。大工の問題だ。」


大工の問題。つまりボクの問題だ。いくらいい道具を揃えていても、大工がヘボだといいモノなんか作れないよね。


「少佐、未熟な大工を指導する熟練工の問題でもありますよね?」


「はて、どこに熟練工がいるのかな?」


「逃げないでください。頼りにしてるんですから。それと昨日、薔薇十字に鉄ギン曹長に加わってもらいました。ボクの警護を任せようと思っています。」


「姫君の警護をヤクザがやるとは面白い話だな。」


「いけませんか?」


「姫が決めたならそれでいいさ。しかしヒットマンがどうして薔薇十字に馳せ参じてきたんだ?」


「カムランガムランでカナタに会って勧められたそうです。」


「……そうか。その剣狼だが王の平原キングスマットでご活躍だったようだ。一作戦で半個大隊を潰してる。」


半個大隊!? 一個大隊は100人前後だから50人も!!


「そうですか。そんなにも……」


「吾輩と戦った時は無名のルーキーでしたが、もう機構軍の兵士で剣狼を知らぬ者はおらんでしょうな。恐ろしい兵士になりつつあるようだ。」


「なりつつある、ではなく既になっている。俺と殺り合った時より、さらに成長しているようだ。」


カナタは死線をくぐる度に、恐ろしい速度で成長する。魔女の森でボク自身が確認した事実だ。


「カナタにはまだまだ伸びしろがあります。素質が氷狼アギトに匹敵するとすれば、完全適合者になるかもしれません。」


「……必ずなる。奴が完全適合者ハンドレッドになれば……氷狼を超える脅威になるだろう。」


「この若者は経験が伴えば恐ろしい兵士になる。吾輩が戦った時に感じた直感が現実のものになりましたか。……そう言えば氷狼を仕留める策を考案したのは少佐でしたな。どんな策だったのです?」


あ、それはボクも聞きたいと思ってたんだよね。


「少佐、後学の参考に是非聞かせてください。」


「氷狼の側近に、機構軍高官の秘密資金の輸送計画を掴ませたのさ。」


「オトリの輸送計画で氷狼をおびき寄せたんですね!」


「違う。この策略の肝は輸送計画がである事だ。オトリの輸送計画に引っ掛かる程、氷狼は馬鹿じゃない。疑り深い氷狼は入念に裏取をやっただろう。だがボロは出なかった。」


「当然ですよね。軍高官が秘密裏に資金を運ぼうとしていた計画は本物だったんだから。」


「猜疑心の強い氷狼でも「本物だ」と確信すれば動く。どんなに巧妙に仕掛けたオトリでも氷狼は見抜くだろう。だったら本物を用意してやればいい。奴は自分の強欲さに足を掬われたのさ。」


乾いた目で策略を解説する少佐に、普段の親しみやすさはない。カナタと同じだ。


愉快でユニークなカナタだけど、時には乾いた目で世界を歪める為政者達を断罪していた。二面性のある人格は、少佐とカナタの共通項。


ボクが少佐にシンパシーを覚えるのは、カナタに似ている面があるからなのかも……


「剣狼に同じ手は通じんでしょうな。ローゼ様の話では、奴は金にも名誉にも執着がない。」


クリフォード、ついでに言えば野心もないよ。たぶんだけど。


「だから始末に悪いのさ。なにかに執着する奴なら、逆手に取って足を掬える。」


「カナタにも執着はあります。生き残る事への強い執着が……」


「……そうだな。剣狼は自分と仲間が生き残る事には執着する、そこが始末の悪さに拍車をかけてるのさ。信念の為なら喜んで死ぬ、はさほど怖くない。」


「吾輩は狂犬と人斬りは恐ろしいですな。傲慢さや狂気を信念に含めるのならですが。」


「狂犬マードックの自分こそが絶対強者だと盲信する傲慢さ、人斬りトゼンの自分の命も他人の命もゴミクズのように扱う狂気は100年に一人って逸材だろう。人間を逸脱しているって意味での逸材だが………それでも俺は怖いと思わない。」


人斬りトゼン、確かに人を食らう人蛇だった。でもカナタは言ってた。ここぞという時に命を張れないヤツは男じゃないが、どうでもいい時に命を張るのはただの死にたがりだって。


でも、そんな無茶を通してしまうトゼンさん達だからこそ、アスラ部隊でも異色の存在なのだと。


「真に恐ろしいのはギリギリまで生に執着し、されど己の生き方を貫く為なら命を賭ける覚悟がある奴、さ。一番敵に回したくないタイプだ。」


ボクがカナタに傍にいて欲しいと願っているのとおなじぐらい、トーマ少佐はカナタを敵に回したくないと思っているみたいだ。


カナタとトーマ少佐が力を合わせて共闘する未来を、なんとか創れないかな………





作戦会議を終えてボクが部屋を出ると、ドアの傍の壁に背を預けたギンがいた。


「ギン、そんなところに立ってないで、中に入ればよかったのに。」


ギンは組んでいた腕をほどいて、大袈裟に広げる。


「いても役には立たない。俺の仕事は姫の警護だ。」


「しっかりボクを守ってね。そうだ、今日は一緒にお風呂に入りましょうか?」


「じょ、冗談を言ってもらっては困る!」


「ふふっ。少し頭に糖分を補給します。お茶にしましょう。」


ボクの背後を守るように付き従ってくれるギンを連れて、私室へ戻る事にした。





自分で淹れた紅茶の味はイマイチだ。紅茶の淹れ方も勉強しないとね。


「銀ザメ親分は長屋暮らしが気に入っているそうで、保養所には行きたくないそうです。自分の好きな下町で暮らすのだと。」


「チッ、しょうがない親父だ!せっかくの姫のご厚情を!」


「仮釈放の件はクリフォードが司法当局に話をつけてくれました。ですから銀ザメ親分が収監される心配はしなくても大丈夫。心ばかりですが生活の支援もさせてもらいますから。」


「ありがとうございます。親父が静かに余生を過ごせるなら、俺は心置きなく戦えます。」


「司法当局も権力を嵩に好き放題していたようですね。仮釈放を取り消すだの、罪状をでっち上げて、いつでも刑務所に送れるだの……」


「おおかた親父と敵対していた麻薬組織から賄賂でも貰っていたんでしょう。」


「ええ、戦役が終われば、そのあたりの始末もつけます。ところでギン、なぜ銀ザメ親分が組を解散したかわかりますか?」


「親父がムショ送りになった後で、娑婆シャバの子分共がいさかいを始めたからです。」


「それは表向きの理由です。真の理由はギンにヤクザを辞めさせる為、ですよ?」


「えっ!?」


「ギン、あなたは銀ザメ親分からヤクザにはなるなと言われ続けていたのにヤクザになりましたね?」


「それは孤児の俺を拾ってくれた親父の為に……」


「銀ザメ親分は見返りを期待してギンを拾った訳ではありません。ギンは親不幸なですね。」


「!!!」


そう、「暗殺屋ヒットマン」ギンには秘密があった。銀ザメ親分がボクに教えてくれたのだ。




ヒットマンこと鉄ギンは正真正銘の女性なのだ、と。



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