争奪編47話 双頭の蛇



夕刻の特別作戦室にはゴロツキ共を束ねる部隊長達が集結していた。


この特別作戦室に入室出来るのは私とクランド、そして部隊長のみ。その数、僅か10名だ。


他の作戦室とは違って内装や装飾にも金をかけ、作戦室というよりサロンのような造りにした。


ここで話し合われる内容は、機密中の機密。事実上のアスラ部隊の意志決定機関だ。


私は円卓の中央の肘掛け椅子に腰掛け、全員を見回してから話を切り出した。


「皆、よく集まってくれた。話の内容はもうわかっていると思うが……」


「荒稼ぎの時間がきたってんだろ?」


トッドが後頭部で手を組んで椅子を倒し、反っくり返る。


この特別作戦室の椅子は各々が好きな椅子を持ち込んでいる。


トッドが選んだのは洒落たリクライニングチェアだった。


トッドとは対照的に重厚な樫の木の椅子に腰掛けたアビーが、隣の空の椅子に目をやり、


「イスカ、新しい椅子があるんだが……どういう事だい?」


「決まっているだろう。新しい顔が加わる、という事だ。」


腕組みして瞑目しているイッカクが答え、煙管キセルを咥えたバクラが独りごちる。


「……9人目の男、か。まさかカナタじゃあるめえな?」


「まだ早い。カナタにはもっと経験が必要だ。」


「シグレの言う通りさな。ワインと同じで兵士の熟成には時間がかかる。」


バクラの独り言に、シグレとカーチスが答えた。


部隊長達もカナタはいずれこの円卓に座る器と見ているようだ。


「はん、カーチスがワインを語ってもね。味の良し悪しなんざわかっちゃいないだろ? アトラス共和国じゃハンバーガーが国民食じゃなかったか?」


マリカがカーチスを揶揄し、カーチスは言葉で返さず指弾フィンガーショットを放った。


マリカは首を傾けて指弾を躱し、せせら笑う。まったく、また壁の修理をせねばならんな。


「マリカ、アトラス共和国の人間が大味好みで、繊細な味を解しないというのは偏見だ。鋭敏な味覚を持つ者もいるし、優れた料理人も多く輩出している。」


「シグレはわかってるな。そうよ、アトラスもイズルハも変わりゃしねえ。そもそもアトラスは移民の作った国なんだからよ。だからグルメもいりゃあ……」


「舌バカもいる。カーチスが舌バカなのはアトラス出身だからではない。単にカーチスだからだ。」


シグレは言葉の太刀で非情に斬って捨てた。


「おめえもフィンガーバルカンを喰らいてえか!二人まとめて相手になってやんぞ、おう!」


「三人にしてもらおうじゃねえの。カーチス、おまえ俺のワインセラーから秘蔵の一本をくすねたろ?」


トッドがカーチス包囲網に加わった。これはカーチスに分が悪そうだ。


「年代物のワインだからって、後生大事に抱え込んでてなんになる? 明日には落っ死ぬかもしれねえんだぜ? とくにおめえみてえなひ弱なのは特によ。」


「盗っ人猛々しいとはおまえの事だな。許せねえのはくすねた事より飲み方だ。デキャンタに移さずラッパ飲みしたんだってな? 極上のワインは女と一緒だ。淑女レディをエスコートも出来ねえバカは死んでいい。なんなら俺が手を貸してやろうか?」


……そろそろ止めるか。ここで喧嘩をされても敵わんしな。


「喧嘩は後だ。舌バカなのは私が認める。カーチスにはパンとライスの区別ぐらいしか出来ん。」


「おいイスカ!おめえが一番ヒデえ事言ってんぞ!」


「黙れ。パンとライスの区別はつくと認めてやったのだ、有難く思え。トゼン起きろ、始めるぞ!」


座ったまま舟を漕いでいたトゼンが、大あくびをしながら背伸びする。


「やれやれ、めんどくせえな。どうせ目の前の敵を斬ればいいだけだってのによ。」


「おまえにとってはそうだろうが、話ぐらいは聞いておけ。」


私が睨むとトゼンは大袈裟に肩をすくめる。


「おうおう、聞く聞く。だがよ、右から入って左から抜けるぞ。ソイツが怖けりゃ後からウロコにも話しとけよ?」


……真面目な話、次回からトゼンの代わりにウロコに召集をかけた方がいいかもしれんな。


「イスカ、9人目を待たなくていいのかい?」


マリカ、9人目を待つ必要はないのだ。そういう予定なのでな。


「9人目は戦地で部隊に加わる。先んじて椅子を用意してあるだけだ。」


「じゃあ今回の作戦で9人目が死んだら椅子が無駄になるねえ。」


「そうなるな。だが今作戦で死ぬならそこまでの男、アスラ部隊には必要なかったというだけの話だ。」


そうならないよう期待したいものだが。


評判倒れでなければ9人目の男には、アスラの部隊長に相応しい力があるはず。






クランドが大まかな作戦概要を説明し、トゼン以外の部隊長達が検討に加わる。


兵団レギオンは放置して点の取り合いか。だったら二手に分かれたらどうだ?」


「いいんじゃねえか。問題は別働隊の指揮を誰が執るかだが。」


トッドの意見にバクラが同意する。


「俺が執ってやってもいいぜ? こう見えても大部隊の指揮経験はあるんでな。」


カーチスがふんぞり返って応じたが、全員が冷ややかな目でカーチスを眺めた。


皆の気持ちは分からんでもないが、虚言ではない。カーチスは化外で1000単位の自警団を率いた経験がある。


「軍を二手に分けるなら、指揮を執るのはやはりマリカだろう。」


シグレがそう言うとマリカが渋面になる。


「シグレと組むのはいいが、他の連中は邪魔だねえ。正直、面倒だよ。」


別働隊を組織するなら指揮官はマリカしかいない。私の意見もシグレと同じだ。


「マリカ、別働隊の指揮は任せる。別働隊にはシグレにトッド、カーチスが加われ。副将はシグレに頼む。」


「マジかい。しょうがないねえ。シグレにモヤシにリーゼント、それでいいのかい?」


「無論だ。」 「カーチスよりはマシだからな。」 「マリカならしゃああんめえ。」


口でどうこう言おうとマリカがエースだと皆が認めている。問題ない。


「別働隊の人選はよし、残りは私と来い。二手に分かれて戦略拠点を制圧しながら進軍、最終攻略目標シュガーポットで合流する。」


砂糖壺シュガーポット、と聞いた部隊長達の顔が真剣味を帯びる。トゼンだけはまた舟を漕いでいるが。


「はん、砂糖壺を落とそうってのかい。イスカ、成算はあるんだろうね?」


マリカが懸念するのは無理もないか。シュガーポットは機構軍の要衝であり、堅固な守りの大要塞だ。


婉曲型の分厚い防壁に囲まれ、レール移動可能な大型曲射砲、通称「八岐大蛇ヤマタノオロチ」が設置されている。


ヤマタノオロチはその名の通り、八門あって威力も射程も桁外れだ。


厄介なのは基地内を移動出来る点だ。固定式の曲射砲と違って包囲した軍団方向に移動し、火力を集中出来る。


それを嫌って散開包囲すれば戦力は分散し、各個撃破の対象という訳だ。


誰が考えたシステムか知らんが、うまく考えたものだな。同盟の開発部も少しは見倣って欲しいものだ。


「砂糖壺を攻略出来れば、機構軍の補給線を断てる。あの方面からの同盟領侵攻は事実上不可能になるが……攻略出来れば、の話だよ?」


「マリカ、私は成算のない戦いはしない。だが十分な戦力を保持したまま合流するのが大前提だ。シュガーポットの攻略は、戦地で合流した時点の損耗状態で判断する。」


「……八岐大蛇はなんとか出来る算段があるみたいだね。だったらいいさ。やってやろうじゃないか。」


その算段を具現化させるのもマリカなのだがな。


……親父は火隠段蔵を誰よりも頼りにして戦ったが、娘の私も火隠マリカが切り札だ。


困難な作戦だが、マリカならやってくれるはず。


「私の率いる本隊をバジリスク。マリカの率いる別働隊をサラマンダー、シュガーポット攻略までの一連の作戦行動を「双頭の蛇ツインヘッドスネーク」と呼称する。各自、ゴロツキ共に準備をさせろ!出撃予定時刻は明後日、10:00とする!」


私は精鋭達の頭目に号令をかけた。


敬礼する者、頷く者、アクビをする者と反応は様々だが、一つだけ共通している事がある。


ここにいるのは己が果たすべき役割を知り、その能力を有するプロ中のプロ、という事だ。


アスラ部隊は私の集めた自慢の精鋭ゴロツキ達だ。いかなる状況であろうと任務を達成し、勝利する。


だからこそ「軍神」と称えられた私の父、御堂アスラの名を冠したのだ。




アスラ部隊の力を軸に、私は世界を変えてみせる!………父上、ご照覧あれ。



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