争奪編46話 夜の帳は暗闘の舞台
※今回の話はイスカ視点です。
私を乗せた専用ヘリが深夜のヘリポートに着陸し、ローターが停止する。
某所で行った叔父上との密談を終えた。いよいよ行動の時だ。
一年ぶりの大規模侵攻作戦「
「クランド、これから忙しくなるな。」
「そうですな。明日の朝、部隊長全員に招集をかける、で、よろしいですかな?」
「夕刻でいい。トゼンやトッドが午前中に起きているとは思えん。」
「そもそもトゼンに招集をかける意味があまりありませんがな。」
確かにそうだ。あの人でなしの人殺しは何も考えていない。
私の命じる戦地に赴き、死体の山を築くだけ。私は相応しい舞台を用意してやればそれでいい。
「あちこち飛び回って少し疲れたな。クランド、眠る前に一杯付き合え。」
「喜んでご相伴に預からせて頂きますぞ。」
………クランドの顔にも少し疲れが見える。思えばクランドには幼少の頃から苦労ばかりかけてきた。
同盟の古参兵で神兵と称され、望めば出世は思うがままだったというのに、御堂家、いや父と私に義理立てして貧乏籤を引く道を選んだ。
なんとしてでもこの老僕に私の創る新しい世界を見せてやりたい。そうする義務が私にはある。
司令棟にあるプライベートスペースの居間に戻り、ソファーに腰掛けるとクランドがブランデーとサラミを持ってきてくれる。
修羅丸は……もう眠っているか。鷹だけに夜は早い。
クランドが作ってくれた水割りを口に含み、じっくりと味わう。………疲れが少し癒されたな。
「ふう、生き返った。クランドも一杯やれ。」
「ハッ。イスカ様の採点では今回の大規模侵攻作戦は何点をつけられますかな?」
「80点、だな。」
「ほう、なかなかの高評価ですな。と、いう事はシノノメ中将を介したイスカ様のアドバイスを、ザラゾフ元帥は取り入れたという事ですか。」
「そうらしい。ザラゾフは丸きりの馬鹿ではないからな。三人の元帥の中ではザラゾフが一番戦略が分かっている。」
他の二人が話にならんだけ、という事もあるが。
「なによりですな。同盟軍と機構軍で無能比べをしている現状に一石を投じられればよろしいのですが。」
「笑い話にならんぞ、クランド。無能比べで死んでいく兵士はたまったものではない。………親父さえ生きていればこんな有り様にはならなかったというのに……」
「それは仰いますな。アスラ元帥の理想はイスカ様が受け継がれました。イスカ様が元帥に成り代わり、この世界を変えるのです。泉下の元帥もそれをお望みのはず。」
「そうだな。それと親父は望まんだろうが………復讐もしてやらずばなるまい。」
クランドはグイッとブランデーグラスを傾けてから答える。
「然り。ですが今回の調査でも、どの元帥が裏切ったのかが分かりませんでしたな。あの三人の誰かがアスラ元帥を裏切ったのは間違いないのですが………」
クランドの座った目は酒のせいではなく、復讐の念の為だろう。私も同じだ。
「思うに裏切り者は一人ではなかったのかもしれん。」
「………三元帥が共謀したという事ですか!」
「不自然ではあるまい。奴らは親父が健在であった時は大将で、親父に首根っこを押さえられていた。殺人事件の捜査の基本は、「被害者の死によって誰が得をしたか」、だ。」
「ザラゾフ元帥と
私が煙草を咥えたので、クランドはいつものように火を点けてくれる。
やはりクランドの点けてくれた火で吸う煙草が一番旨い。
「まさかと思うだけに、奴こそが首謀者なのかもしれん。大規模侵攻作戦が終わったら共謀の可能性の探ろう。役割の分担をしていると仮定すれば、探る道も変わってくる。」
紫煙と言葉を吐き出し、ブランデーを傾ける。
「ハッ。三元帥の共謀だったと判明すればいかが致します?」
「どんな手を使ってでも殺す。三人ともな。そもそもあの老害共は私の創る世界には不要だ。」
「殺すにしても手段と時期は吟味せねばなりませんな。仇を討ったは良いが機構軍に負けた、では意味がありません。」
「そこが難しいところだ。内部抗争にかまけていると機構軍を利するだけ。面倒極まりない状況だな。まずは目先の事を考えよう。クランド、大規模侵攻作戦に兵団はどう出てくると思う?」
「これまでの傾向からして、隙あらば逆侵攻を目論むのではないですかな。ロウゲツ家の小倅は得点を稼ぎたいでしょう。」
「だろうな。兵団はあえて放置するか。」
「味方の被害が甚大なものになりかねませんが、よろしいので?」
「それを上回る被害を我々が機構軍に与えてやればいい。点の取り合いだよ、クランド。友軍に恩に着せる為にも、少しは泣きを見てもらわんとな。」
「騎兵隊の登場は最後と相場が決まっておりますし、中盤まで兵団は放置しますか。」
「朧月セツナなら私の意図を見抜き、無言の談合に応じてくるだろう。機構軍に置いておくには惜しいほど切れる奴だ。」
「えらく買っておいでですな。最後の兵団はアスラ部隊の宿敵ですぞ?」
「だからこそだ。何度か戦っているだけに生半可な味方より良く分かる。「煉獄の」セツナは私とまともに戦える数少ない男でもあるしな。」
「確かに奴は恐ろしく腕が立つ、アギトを負かしただけの事はありますな。イスカ様の部下に欲しいぐらいですのう。」
「あんがい向こうも同じ事を言ってるかもしれんぞ。私を部下に欲しい、とな。だがアギトには勝ててもカナタならどうかな?」
「カナタでは朧月セツナに歯が立ちますまい。役者が違い過ぎます。」
「今はな。だが完全適合者に成長したカナタなら分からんぞ? カナタには底知れぬ面がある、いったい何者なのだろうな……」
底知れぬ、と言うより得体が知れぬ、と言うべきかもしれんが………
「何者とは? 賢しい実験によって生み出されたアギトのクローン体でしょう?」
「不完全とはいえ自我の植え付けに成功したのは博士だけ、研究所から帰投するヘリの中でカナタがそう言ったのをクランドも聞いていただろう?」
「聞いておりましたが、それがどうかしたのですか?」
「枕詞の不完全とはいえ、が引っ掛かる。よく考えてみろ。カナタは
「はぁ? その言葉になにか特別な意味がありますかな?」
「勘定から
「………ああっ!!成功例のはずの
「そうだ。なぜ成功例のはずの自分を除外する? それにカナタはクローン体とは思えないほど人間臭い、いや、人間そのものの個性の持ち主だろう。とてもあの性格が人為的に造られたとは思えん。」
「たしかにあやつは個性派揃いのガーデンでも、悪目立ちするほど個性的ではありますが……」
「その後、わざと失言してカマをかけてみた。案の定、なんともいえない切ない目をしていたよ。」
あの切なく悲しげな目。そう、あれはまごうことなく………人間の目だった。
カナタ、おまえは何を隠している? おまえの自我が普通の人間のものであるのなら………私は嬉しく思うのだぞ?
「あれはわざとでしたか。考えもしませんでしたな。」
「私なら言いそうな台詞だったから、カナタも不自然には思わなかっただろうよ。おかしな点はまだある。カナタをガーデンに連れてきてから分かった事だが。」
「と、言いますと?」
「博識すぎるのだ。カナタは製造されてからまだ半年のはず、なのに驚くほど世知に長け、格言も多用する。ガーデンの図書館の利用履歴を調べたが、頻繁に利用しているから本好きではあるのだろう。だが、それにしても僅か数ヶ月で覚えた知識とは到底思えん。まるで普通に育った読書好きの人間そのものだ。クランド、研究所から連れ出した時にカナタが言った格言めいた言葉を覚えているか?」
「いい言葉なので覚えております。確か「人は城、人は石垣」でしたか。座右の銘にしたいぐらいですな。」
「研究所の図書館の蔵書リストを調べたが、そんな言葉が載った本はない。自発的にそんな台詞を吐いたのが製造から三ヶ月に満たないクローン体? 眉にツバをつけたくもなろう?」
「……仰る意味は分かりました。カナタを呼び出して尋問してみますか?」
「無駄だ。カナタは機転が利き、弁も立つ。うまく言い抜けてボロは出すまい。」
「あやつは口から生まれたような奴ですからな。」
「カナタの肉体が研究所で生み出されたクローン体である事に間違いはない。だがカナタの自我はシジマの実験の成果ではない、というのが私の結論だ。」
「イスカ様、ならばカナタをどうなされるおつもりです?」
「どうもしない。カナタは誰かに忠誠を誓う男ではないが、仲間との絆をなにより重んじる。ナツメやシオン、リリスの例を見れば分かろう。」
クランドの武骨な手で、ブランデーグラスを運ばれた口元が笑う。
「優柔不断で女に弱いだけのようにも見えますがな。」
「理由はなんでも構わん。カナタが絆を重んじる以上、仲間の為に戦うだろう。結果として私の役に立つ。」
「……なるほど。朧月セツナに勝てるかどうかはともかく、カナタはこのまま成長すればアスラの部隊長になれる器。無闇に刺激するべきではありませんな。」
「クランドもそう思うか? カナタはいずれ部隊長になれる器だと。」
「今は半人前ですが、才能はアギトと同等ですからな。それにあやつは裏切りとは縁遠い男、こちらが裏切らない限りはアスラ部隊の為に戦うでしょう。」
後者に関しては同意見だ。カナタは私が裏切らない限り、絶対に私を裏切らないだろう。
だが前者に関しては私と意見が違う。カナタはアギトと同等ではない。アギト以上の逸材だ。強さと知恵、双方においてな。
経験を積ませればマリカ、トゼンに並んでアスラ部隊の切り札になる男、私の目に狂いはない。
「ああ、だからカナタには探りも入れんし、詮索もしない。優秀で有望な兵士、それでよかろう。」
「ハッ。この話はワシの胸にしまっておきましょう。」
「うむ。この話は誰にもするな。クローン実験の事を知っているヒビキにもだ。」
「心得ております。」
個人的にはカナタの秘密に興味があるのだがな。だが個人的好奇心は新たな世界を創ってからの楽しみに取っておこう。
新世界を創出した後に聞いてみたいものだな。カナタ、おまえはいったい何者なのだ?、と。
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