再会編17話 強くなり、優しく生きろ



準決勝第一試合、闘技場に立ったオレは、羅候の陽気な人でなし、ボクサーでグラップラーのパイソンさんと対峙する。


「俺ッチもよう、トゼンの兄貴とおんなじで"生き死にのない勝負は勝負じゃねえ、ただの遊びだ"って考えだったんだけどよう、ちっと考えを改めたぜ。サイボーグ姉ちゃんは楽しませてくれたし、アンちゃんはいい面構えをしてやがる。こういう遊びにムキになるタイプにゃ見えなかったんだが、どういう心境の変化だい?」


いつもの陽気な人でなしの顔じゃない、パイソンさんも戦場で見せる不敵な面構えをしてる。


「パイソンさんとおなじです。男だったら強くありたい、特にこんな時代じゃね。」


「そうさな。このご時世、弱けりゃ誰かのエサになるだけ。……いや、いつの世もか。万物の霊長でござい、なんて賢ぶっても、人間だって所詮は獣にすぎねえ。」


「その意見には賛同しかねます。強い人間は……優しくもなれる。だから人間なんです。」


男は強くなければ生きてはいけない。優しくなければ生きる価値はない。……親父の書棚にあったレイモンド・チャンドラーの小説にあった言葉だ。


「……アンちゃんはドライなのかウェットなのかよくわからねえ男だな。強い人間は優しくもなれる、か。俺ッチはその意見にゃ賛同出来ないねえ。強い人間は傲慢になるだけだ、俺ッチみてえにな?」


オレはパイソンさん達、羅候の"我こそが強者なり"って傲慢さは嫌いじゃない。人間だから。……でも、オレは違う道を行きたいんだ。


「平行線ですね。アスラのゴロツキらしく、己が信念は刃と拳で証明しますか。」


「口喧嘩じゃアンちゃんにゃ勝てねえ、そうさせてもらおう。」


「挨拶は済んだようだな。開始線まで下がれ。」


オレとパイソンさんは背中を向け合い、開始線までゆっくり歩く。


──────────────────────────────────


「準決勝、始めっ!!」


ストリンガー教官の合図ととものオレは刀と銃を抜き、構えた。


サイコキネシスで宙に浮かせた透明な弾倉群の一つに狼眼の力をチャージし、銃底で叩いて装填する。


前傾姿勢で上体を振りながら距離を詰めてくるパイソンさんに、挨拶代わりの狼眼弾をお見舞いしたが、華麗なサイドステップで避けられた。


弾倉を床に捨て、素早く次の弾倉を装填、簡単には寄らせないぜ?


「面倒な技を考えやがったなぁ。だけどよぉ、弾丸なら俺ッチにもあるんだぜ?」


パイソンさんは拳に念真障壁を纏わせ、シャドウボクシングの要領で拳を繰り出す。


拳に絡んだ念真障壁が蛇の顎のように伸び、襲いかかってくる!でもこれはさっき見た!


ツバキさんはこの念真ジャブに苦しめられたんだ。それだけに射程距離は覚えてる。


スウェーで躱そうとしたオレの顔に、念真ジャブがヒット!……まだ伸びてくるのか!


「アンちゃん、考えが甘くねえか? さっきの姉ちゃんじゃ俺ッチの全部を引き出すにゃ役不足な?」


ツバキさんとの戦いでは最大射程を見せてなかったのか……


さらに襲ってくる念真ジャブはバク転して躱し、刀を咥え、サイコキネシスで弾倉群を引き寄せる。


「二丁拳銃か!面白え!」


しなる腕から繰り出される閃光のジャブ、だけど銃ほどの射程距離はないよな?


大きく距離を取りながらなら、一方的に削れるぜ?


パイソンさんは守備を重視しながら牽制のジャブを放ち、銃の欠点、リロードの隙を狙ってくる。


だが念真ジャブにも欠点がある、念真ジャブではオレを掴めない。「絞殺魔」最大の武器である握力を封じるコトは出来る。


それに念真ジャブの軌道と射程はもう把握した、そう簡単にはもらわない!


「……やるな。"ボーイを格下だと思うな。格上だと思ってかからないと喰われるぞ"か。兄ぃから言われた通りだったぜ。事前にそれを悟れねえのが俺ッチのダメなトコだねえ。……見せてやるぜ、俺ッチの本気をよ!」


左腕を下げたパイソンさんは、振り子のように腕を振り始めた。これは……デトロイトスタイル!


ブォンブォンとガラガラ蛇が威嚇する時に出すような耳障りな風切り音を発しながら揺れる振り子に、どうしても幻惑される。思うツボだが、あの腕からフリッカーが飛んでくる、見ない訳にはいかない。


サイドワインダーガラガラ蛇スタイル、これが俺ッチ本来の姿だ。……いくぜぇ!」


コッチの世界じゃサイドワインダースタイルっていうのか!この世界にもトーマス・ハーンズみたいなボクサーがいたらしいな。


本気になったパイソンさんの念真ジャブはさっきまでとは一味違う!躱しきれずに何発かもらったオレはのけ反った上体を立て直し、全力の念真障壁で防御。亀のように丸まる。


ハーンズにちなんでヒットマンスタイルとも呼ばれるこの構えの厄介なところは、下手構えから飛んでくるフリッカージャブだ。長く、しなる腕がなければ本領を発揮出来ないとされているが、パイソンさんはどっちも満たしてる。


そしてパイソンさんの念真ジャブは繰り出す腕の軌道に左右される性質があるんだな。オーソドックススタイルの念真ジャブより角度があって変化も激しい。腕の振り子運動に幻惑されて初動も読めない。直線軌道でしか攻撃出来ない銃と変幻自在のフリッカー、中間距離での差し合いは不利。徹底的に離れるか、思い切って飛び込むか……


トッドさんほどの技量と念真照射能力があれば寄させずに完封も可能かもしれないが、オレには無理だ。ならば道は一つ!


まだ残弾はあるが銃は捨て、口に咥えた刀を構える。こっからはインファイトだ。……大丈夫、こうなるコトはわかっていただろ?


「そうこなくっちゃよ!中間距離でチマチマ削り合うのはつまらねえ!」


近距離戦は「絞殺魔」の距離。あの握力で掴まれれば、ツバキさんの二の舞を演じかねない。だけどパイソンさんだって至近距離なら狼眼を徹底警戒する必要が出てくる。


さっそく天狼眼で牽制、視界を腕でガードしたな!


斬撃をジャブで落としにくるなら、夢幻一刀流の連続突き、百舌神楽はどうだ!


「っと!流石にソイツは落とせねえな!」


パイソンさんは見事なスウェーで突きの連撃を躱し、ジャブを返してきたので空いた左腕でブロック。


だがオレの左腕にはパイソンさんの指が絡まっていた。ミシリと骨の軋む音とともに痛みが走る。


オレは右拳にはめた手袋の装甲板に天狼眼の力をチャージ、刀を握ったままの手で絡んだ指を叩く!


「ぬう!そんな手があったとはよぅ!」


殺戮の力の篭もった拳で叩かれ続けてはたまらないと、パイソンさんは指の拘束を解いた。


「オレは絞め技、極め技には強いんです。普通だったら黙殺されるショートパンチがこの威力なんで。」


狼眼パンチに体重を乗せる必要はない。当たりさえすればいいんだ。


「拳、爪先、踵、妙に装甲板の多い手足はそういう訳か。参ったぜ、こりゃ。」


とはいえ吊り天井固めロメロ・スペシャルみたいな極め技もあるから注意は必要だけどね。


方針を転換したパイソンさんはオレの瞼を潰しにきた。予想通りだが、それでも躱しきるのは不可能だ。パイソンさんがオレの目が潰すのが早いか、オレがパイソンさんに必倒の一撃を入れるのが早いか……勝負だ!


ダメージを積み重ね合いながら、互いに決定機を窺う。……少し瞼が腫れてきたな。ここぞとばかりにパイソンさんは集中し、攻勢をかけてきた。今だ!


オレの刀をかいくぐって、お手本のようなワン・ツー!だがトドメの巻き込むようなフックを打とうとしたパイソンさんの体が流れる。踏み込んだ足に銃弾が当たったからだ。


「なにぃ!」


闘技場の床に捨てた銃には弾を残しておいた。その銃をサイコキネシスで操作、最初に射撃戦を挑んだのは、この手への布石だ。


詰みチェックメイトだ!」


必殺のフックを回避したオレの上段からの兜割り、鷹爪撃がパイソンさんに決まり、長身を支える長い足が崩れ落ちる。


「……俺ッチが認めてやる。天掛カナタは…狼……だって……な……」


「……ありがとう、パイソンさん。」


オレは崩れ落ちるパイソンさんの体を支え、そっと耳元に囁いた。




泣く子も黙る死の4番隊中隊長、「絞殺魔」パイソンさんのお墨付きをもらった。……オレは八熾の狼……天掛カナタだ。



※作者より

新作の「無職中年血風録~魔剣物語~」の連載を始めました。

34歳の無職中年が現代日本を舞台に最強の魔剣士として戦う物語です。よろしければ読んでみてください。


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