再会編52話 家族会議



「バート、ロッシの始末は終わった。アンチェロッティファミリーの力の源泉は失われたぞ。」


復讐劇の幕が上がった事に、日頃は冷静な相棒の顔がやや紅潮する。興奮を抑制しながら、教会育ちのリベンジャーは口を開いた。


「さすがコウメイの息子さんだ。首尾よく事を運んでくれましたね。」


「ああ。私とバートがどうしたものかと頭を悩ましていた難敵をなんなく始末してしまうとはな。しかもただ斃すだけではなく、部下に経験を積ませる当て馬に使うとは恐れいった。カナタが"最悪、オレ一人でもどうにか出来る連中だから"と言った時にはいささか自信過剰なのではないかと気を揉んだが、杞憂もいいところだった。カナタは事実を口にしただけだったのだ。」


同盟の最精鋭部隊アスラコマンド、その猛者達の中でも隊長級の実力を持つと言われるまでに成長した息子の力は私の想像を超えていた。私の認識ではロッシ・チームはカナタ・チームなら勝てるであろう難敵、だがカナタの認識は"経験値稼ぎのカモ"だった。


「要塞化された屋敷の攻略が面倒なら、屋敷から出してしまえばいい、ですか。コウメイの言う"コロンブスの卵"、逆転の発想こそがカナタさんの武器なのですね。」


「ロッシが本物の兵士であるがゆえに、突発事態が起これば自ら目視し確認する、その事を読み切った一手だ。戦闘能力だけでなく、頭脳戦においてもカナタが一枚上だったという事だな。バート、そのカナタがもうじきやってくる。」


「この館にですか?」


「そうだ。甲乙丙とカナタはこの館が私達の本拠である事を知っていてもいい。」


「今まで息子さんとはビジネスの話ばかりで、ちゃんと話せていませんものね。素性は明かせずとも落ち着いて話をしておくのはいい事です。」


うむ、これからの事を考えればそうしておくべきだ。親子の絆は取り戻せずとも、志を共にする同志、男と男としての信頼関係は築けるかもしれないのだから。それに……


「ビジネスの話もあるしな。アンチェロッティファミリーの壊滅計画にカナタのアドバイスが欲しいだろう? 軍略において息子は私より上なのだから。」


そんな息子に戦術書を贈るとは我ながら大それた真似をしたものだ。いや、あれは私からの助言ではなく、地球の先人達の叡智を解説しただけ、驕った振る舞いではないな。だが軍略に秀でる息子を政略で支えるのが私の役割だと肝に命じよう。……もしかすると、政略においても息子が上なのかもしれないが……


「では今のうちに良さげなツマミでも仕入れてきましょう。夕方からの会議には出席したくありませんし……」


「会議? 今日はそんな予定はないはずだが……」


「天掛一家の家族会議です。発起人は娘さん、覚悟した方がいいですよ?」


話の内容はおおよそ想像がつく。……どうやら覚悟が必要らしいな。


────────────────────


予想通り、我が家の家族会議は紛糾した。


「お父さんもママもお兄ちゃんから逃げないで!ゆるす、ゆるさないはお兄ちゃんの問題でしょ!親としての責任をほーきしたコトをあやまって、そこからやりなおすべきだよ!」


年端もいかない娘の正論に、私も風美代もぐうの音も出ない。やり直せるかどうかはさておき、私と風美代がカナタと真正面から向き合っていない事は確かだからだ。向き合おうにも会わせる顔がない、というのが実状であるにしてもだ。


「アイリ、あなたの言う通りよ。でもね、言い訳ではあるのだけれど、光平さんも私もカナタを動揺させたくないの。カナタは兵士。それも常在戦場の精鋭、いつ命懸けで戦う事態が起きるかわからない。」


「もし、心にさざ波が立った状態で戦地に赴き、カナタに万一の事があれば、私も風美代も生きてはいられない。アイリ、わかってくれ。カナタは現状、この上なくうまくやっているし、家族以上の絆を持った仲間達もいる。これ以上、カナタの人生の足枷になりたくないんだ。」


「……じゃあ、お兄ちゃんが戦地にいかないならいいんだよね? 動揺したお兄ちゃんがふかくをとるコトが怖いっていうなら、そうなるよね?」


「アイリ、私と光平さんは、カナタの人生にはいない方がいい存在なの……」


肉体は二十代に若返った風美代だが、その声は病床にいる老人のように力がない。


「勝手に決めないで!それを決めるのはお兄ちゃんで、お父さんとママじゃない!もっともらしーコト言ったってアイリはごまかされないよ!……ホントは怖いんでしょ? お兄ちゃんに"アンタらなんかいらない"って言われるのが怖いだけなんでしょ!」


「……アイリ……」


「パパが"息子さんに会ってちゃんと詫びるべきだ"って言っても、アイリが"お兄ちゃんに会いたい"って言っても、ママはずっと逃げてた。自分が傷付くのが怖いから。……でも一番傷付いたのは、ママに捨てられ、お父さんにも見放されたお兄ちゃんなんだよ!」


涙を浮かべながら大人二人の心の弱さを糾弾するアイリの言葉が胸に突き刺さる。


「……アイリにはお兄ちゃんの気持ちがわかる。じゅーげきせんのさなか、あの人は一瞬だけアイリを見て……あきらめた。あの目は一生忘れられない。あの時から、あの人はアイリの中ではママじゃなくて"アイリを産んだ人"になった。けっきょく、逃げ切れずに死んじゃったんだけど……」


アイリも、アイリも母親に捨てられた子だったのか!


「アイリ、私はその話を初めて聞いたわ!」


「パパから話すなって言われてたから。あの人と一緒に死ぬはずだったアイリをヘンリー・オハラが命懸けで助け出してくれて、家族パパになってくれたの。パパはずっとこう言ってた。"アイリ、お母さんを責めてはいけないよ。生きるか死ぬかでギリギリの選択を強いられ、ああなってしまった。でもお母さんはきっと後悔していて、アイリに謝りたいと思っているはずだ"って。アイリもそう思いたい。もし、あの人が生き返って"ごめんなさい"と言ってくれたら、アイリの心は軽くなると思う。……でも、今でもあの人は……アイリの中では"アイリを産んだ人"なんだ……」


再会した時、娘の前では二度と涙を見せまいと誓ったはずなのに、私の涙腺は私を裏切った。娘の傷心を癒す為にも、私達は息子に向き合わねばならない。だが……


「アイリ、剣狼カナタが剣を置く時が来たら、私達は名乗り出て、息子カナタに詫びよう。」


「……ホントに?」


「約束する。だが今はなによりも、カナタに生き延びてもらう事が大事だ。戦争さえ終われば、カナタは軍から身を引くだろう。その時まで、待ってくれないか?」


「戦争、終わるかな?」


「どんな戦争もいずれは終わる。あまりに長引くなら、それはその時に考えよう。アイリがもっと大きくなったらカナタの傍に送り込み、その可愛さで籠絡させるのがいいかな? 信頼関係を築いたアイリの口添えがあれば、私達との関係修復もうまくいくかも……」


「……お父さん、小狡こずるすぎ……やっぱりお兄ちゃんとは親子だね♪」


やっと笑顔を見せてくれた娘を私は抱き上げた。




カナタはこの戦争を終わらせるべく戦っている。その息子を全力で支え、戦争を終わらせよう。そして私と風美代は息子の審判を仰ぐのだ。


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