皇女編28話 恋愛軍師クリフォード



ボクはアシェスの船、戦艦アイギスの貴賓室のベッドルームでシャワー浴びてドレスに着替える。


タッシェはバスケットのベットでお昼寝してるみたいだから、起こさないように陽当たりのいい出窓の敷台に移動させよっと。


リビングルームに戻るとクエスターとクリフォードが談笑していた。


「クリフォード、まだ傷が癒えていないのに無理をして!怪我に触ったらどうするの!」


「お言葉ですが、ローゼ様の危急の際に命など惜しんでいられませんな。」


自慢の髭を撫でつけながらクリフォードが反論してくる。


「怪我人は無理しちゃダメだよ。わかった?」


「残念ながらわかりません。ローゼ様の危機ならば、この身は死すとも魂が駆けつけますぞ。」


困った叔父さんだなぁ。その気持ちはとっても嬉しいけど。


「死神、いや、トーマはやはりいい部下を従えていますね。魔女の森からローゼ様を見つけ出して救出してみせるとは。」


クリフォードのお髭に対抗するかのように、黄金のビロードみたいな金髪を手櫛ですきながら、クエスターが感嘆の台詞を口にした。


「うん、キカちゃんも太刀風もとっても優秀。他の人達もだけど。」


「そのようですね。さてローゼ様、どうやって1週間もの間、あの魔境で生き延びられたのですか? なにか理由があるはずですが?」


「左様、そのあたりの事情をお聞かせ願えますかな?」


兄的騎士と叔父的騎士はずずぃと身を寄せてくる。


当たり前か、ボクが自分一人であの森で生き延びるなんてありえないもん。


「話すから!話すから寄せるのは眉間のシワだけにして!体ごと寄せてこないで!こわいこわい!」


「ではお聞かせ願いましょう。」 「さあさあ、お話しくだされ。」


二人共、耳がゾウさんみたいになってるよ?


「アシェスにも事情は含んでおいて欲しいんだけど、どこにいるの?」


「アシェスは自室にいます。涙の跡が乾くまでローゼ様に顔を見られたくないそうで………」


「鬼の目にも涙というヤツですかなぁ。」


クリフォード、何気にひどくない?


「じゃあ事情はアシェスも交えて話すね。先にクエスターとクリフォードにお願いしてもいい?」


「なんなりと。」 「お任せあれ。」


「アシェスは亡霊戦団のみんなに嫌われてるみたいなんだよね。」


「まあ、そうでしょうね。トーマととことん気が合わないようですから。」


「どうですかな? クエスター殿、吾輩が思うに逆ではないかと。」


さすがクリフォード、伊達に歳はとってないね!


「ボクもそう思うんだ。」


「言葉の意味がよくわかりませんね。アシェスはトーマの顔を見る度に悪態をついていますよ? 気が合わないとしか思えませんが。」


「クエスター殿は相変わらずですなあ。宮廷の女官達のハートを根こそぎにしているというのに、浮いた噂が無い訳だ。」


「うんうん、まさにキングオブ朴念仁だよね。」


腕組みして頷くボクにクエスターは不服そうに質問してくる。


「………なんだか酷く馬鹿にされているような……私がなにがわかっていないと仰るのですか?」


「だからぁ!アシェスはトーマ少佐に好意を持ってるんじゃないかなってお話!」


「………はぁ? 冗談でしょう。好意を持っている相手に悪態をつく人間などいませんよ。」


クリフォードがダメだこりゃって感じで、ため息をつきながら指摘する。


「幼馴染みだけに距離が近すぎて、かえって相手が見えていないというヤツですなぁ。アシェス殿の勝ち気で意地っぱりで素直になれない性格はご存知でしょうに。」


クエスターは驚愕の表情を浮かべながら言葉を返す。


「………ま、まさか好意を持っている相手だから苛めたくなるとか? そんなバカな!……小学校プライマリースクールのちっちゃい子じゃあるまいし………」


そうだよね。普通そんなの小学生までだよね。でもね………


「ないって言い切れる? アシェスなんだよ?」


「………言われてみれば、あのアシェスですからね。………だとしたらマズくないですか? トーマには煙たがられ、トーマの部下達には蛇蠍だかつのように嫌われていますよ!」


「だからそれをなんとかしようってお話!クリフォード、どうすればいいと思う?」


剣の腕ならクエスターだけど、機微の事ならクリフォードの方が頼りになりそう。


「先に確認しておきたいのですが、クエスター殿はアシェス殿をどう思っておられるのです? 騎士として、同僚としてではなく、女性としてですぞ?」


あ!そうだね!クエスターがアシェスの事をどう考えてるかが重要だよ。


「………それは考えてみた事もなかったですね。………どうなのでしょう?………」


そんな事をボク達に聞かれましても………


クエスターは腕組みして考え込んでしまった。部屋の壁時計の秒針が1周する間、考えた挙げ句の言葉は恋愛感情とは無縁そのもの。


「………女性としては………ないような………無論大事な仲間であり、かけがえのない存在なのですが………幼少の頃からずっと一緒にいたせいか、ピンときませんね。いるのが当たり前の妹のような………違うか………そう、親友!親友というべき存在でしょう。」


「まあそんなところでしょうな。クエスター殿の女性の好みは清楚で守ってあげたい系と吾輩は読んでいます。」


守ってあげたいどころか、私が守る!系だもんね、アシェスって。


「……恋人など考えた事もありませんでしたが、確かにそうかも………」


「すごいよクリフォード!実は恋愛マスターだったんだね!」


「フフフ、伊達に既婚者ではありませんぞ。マイワイフと結婚するまでの間には男女間の熾烈な駆け引きがありましてですな………」


クリフォードの体から「妻との馴れ初めを語りたいオーラ」が発せられてる!


「その話は今度時間を作るから、ゆっくり聞かせて!今はアシェスのお話だよ。………あれ? 清楚で守ってあげたい系だったら、ボクが該当しちゃってたりしない?」


ボクが期待を込めてクエスターを見つめると、気まずそうにクエスターは咳払いした。


「ゴホン。私は主君に懸想するような未熟者ではありません。」


「そもそも吾輩の分析では、ローゼ様はお転婆ドジッ娘系で……」


「みなまで言わなくていいから!」


ちょっと期待しただけだもん!いいもん、ボクはボクだもん!


「アシェス殿の話ですが、このままでは恋愛のデフレスパイラルに突入してしまいますぞ?」


内政にも詳しいクリフォードらしく、経済用語で今の状況を例えてみせた。


「もうデフレスパイラルに嵌まってると思うよ。どうすればインフレさせられるのかな?」


「経済学的にはインフレターゲット政策を取るべきでしょうね。恋愛のインフレターゲットなど私にはまるで見当もつきませんが………」


恋愛絡みの話だとクエスターは戦力外っぽい。


「なになに、手はありますぞ。ローゼ様が亡霊戦団に食い込んでおりますからな。まずはトーマ殿の周囲の好感度を上げていくのです。」


「将を射んとすればまず馬からだね!」


「左様です。亡霊戦団の皆様にアシェス殿の勝ち気で意地っぱりで素直じゃない性格をわかって頂くのです。今の状況は明らかに誤解ですからな、原因はアシェス殿のクッソ可愛げのない性格にありますが。」


………クリフォード、クッソ可愛げのない性格ってところに妙に力が込もってない?


「まかせて!アシェスのクッソ可愛げのない性格をわかってもらえるように頑張る!」


「ローゼ様、クソなどという言葉を使っては……」


「クエスター殿にはアシェス殿の手綱を握って頂きましょう。そうですなぁ、「ローゼ様の恩人に対しては物言いを改めるべきだ。」とかなんとか言って、暴言を阻止してくだされ。」


「……あまり自信はないが、やってみよう。しかしアシェスがトーマを憎からず想っているとは信じられないのだが……」


ボクの勘違いだったらバカみたいだし、一応確認しておこう。


「クエスターは本当に心当たりがないの?」


「アシェスはトーマのやる気のなさには虫唾が走るとか言っていましたからね………」


「クエスター殿、そう言っている割にアシェス殿は用もないのにゲストハウスに行くでしょう?」


「ああ。気が合わないのだから、わざわざ顔を合わせずともと思っていたのだが。よほど小言を言うのが好きなのだろうかと考えていた。」


「才色兼備のご令嬢は案外ダメ男にコロッといくものなのですよ。ダメ男だと思っていた男が実は有能だったりすればなおの事。恋愛軍師の世界では「ギャップ萌え」と呼ばれる現象ですな。」


自信満々でクリフォードは分析してみせた。なんだか説得力があるようなないような………でもクリフォード………





恋愛軍師って……なに? しかも恋愛軍師の世界とかまであるの?




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