皇女編29話 薔薇十字の旗の下に
アシェスに内緒で恋愛成就計画を企てたボクは、涙の乾いたアシェスを交えて魔女の森での出来事を話す事にした。
裸を見られちゃった事と事故でキスしちゃった事以外は全部話そう。
その上でボクの決意を聞いてもらうんだ。
「なるほど。剣狼がローゼ様を守ってくれたのですか………」
クエスターが重々しく呟く。
「素直に感謝すべきでしょうな。剣狼にはなにもメリットはなかったはずです。」
「敵にローゼ様を守られたとは騎士の面目丸潰れだが、クリフォードの言う通りか。しかしサビーナが裏切り者だったのは問題だな。ローゼ様のお付きの人間の身元は再調査すべきだろう。ヘルガとパウラには気の毒な事をしてしまった………」
サビーナの話を聞いたアシェスの顔色は冴えない。お小言役同士、結構仲が良かったもんね。
「サビーナの話が本当だとすれば、そちらの方も深刻な問題ではないか? アデル様はカロリング家を謀殺した事になるのだからな。我らはどうすべきか………」
「クエスター、カロリング家の謀殺事件についてはトーマ少佐に調査をお願いしました。どう動くかは真相が明らかになってからです。」
「トーマに? あのやる気の欠片もない男に調査を命じても、事の真相が明らかになるとは思えませんが?」
「ならばそのやる気のない男に命を救われた私を、アシェスはどう評価するのです?」
「………言葉が過ぎました。トーマが有能なのはわかっています。だからこそ歯痒いと言いますか………やる気さえ出してくれれば私だって!」
アシェスはトーマ少佐にやる気になって欲しいんだ。確かに少佐がやる気になったら凄そうだって思うけど。
「吾輩が思うにあの御仁が
うん、確かに。軍人的には良くないんだろうけど、トーマ少佐にはあのまったりした雰囲気でいて欲しい。
「クリフォード、魔女の森での話を報告書にまとめて皇帝陛下に届けてください。その後で私が王宮に弁明に赴きます。」
「私とアシェスも共に参内いたします。皇帝陛下に弁明せねばならない立場は同じですので。」
「フン、どうせあの戦線は負け戦だった。我々の撤退で踏ん切りがついて良かったようなものだがな。」
「では三人仲良く弁明に行きましょう。………それでね、みんなに聞いて欲しい事があるんだ。」
「おや、もうよそ行きモードを解除されましたか。」
クリフォードは茶化してきたけど、ボクの表情を見て姿勢をあらためた。
「聞かせて下され。」 「私達はローゼ様の……」 「忠実なる騎士。」
ボクの家族である三人の騎士は、声を揃えて拳を握る。
「いついかなる時もローゼ様の征く道は、我らの手で切り開きましょう!」
ボクはあの森でカナタに約束した。この戦争を終わらせるって。
………今こそボクの戦いを始める時!!
「アシェス、クエスター、クリフォード。ボクはこの戦争を終わらせる為に戦う事にしたの。茨の道なのはわかってる。途方もない馬鹿げた夢なのも。でもボクは決めたんだ。」
「ローゼ様がそう願うのなら我らが叶えてみせましょう。ローゼ様は我らの戦いを見守っていて下さい。」
「違うよアシェス。ボクはみんなを見守るのでも、みんなに守られるのでもない。みんなと一緒に戦うの!ボクはみんなに守られながら
「………ローゼ様は森で生まれ変わられたようだ。クエスター殿、アシェス殿、我らはローゼ様と共に、この戦争を終わらせる為に戦おうではないか。」
「うむ。ローゼ様もいつの間にか大人になられていたのだな。私に異存はない。卿はどうなのだ?」
「
「みんなありがとう。………スティンローゼ・リングヴォルトが皇女に生まれしは運命。でも皇女スティンローゼが何を為すかを決めるのは運命じゃない、………ボクの意志が決める!!我が忠良なる騎士達よ、剣を捧げよ!」
拳を握って立ち上がったボクの前に三人の騎士は跪き、剣を捧げて誓いの言葉を口にする。
「我は黄金の騎士、クエスター・ナイトレイド!」
「我は真銀の騎士、アシェス・ヴァンガード!」
「我は赤銅の騎士、クラウス・クリフォード!」
「我らの剣をローゼ様に捧げましょう!ご命令を!」
「我が騎士に命ずる。黄金、真銀、赤銅の騎士団を中心に
「ヤー!オイレ、マイェステート!」
機構軍首都リリージェンにボク達は帰投し、三人の騎士はそれぞれの騎士団を集結させた。
集いし騎士達は帝国公館に隣接する演習場に整列し、演台に立ったボク達を見つめている。
ボクの隣に立ったアシェスが騎士団に呼びかける。
「ローゼ様は無事に魔女の森から生還された!あの魔境の地から生還されたローゼ様はもう立派な大人であり、我らの盟主である。黄金の騎士団と真銀の騎士団は今後も最後の兵団に所属するが、指揮はローゼ様が行う事になった。ここに黄金、真銀、赤銅の騎士団の総称として薔薇十字の旗を掲げる!今日より我らは
騎士団から歓声が上がる。みんなが歓迎してくれてるみたいで良かった。
三人の騎士隊長がボクを支持してくれてるお陰なんだろうけど。
「ローゼ様、結成の挨拶をお願いします。」
アシェスからバトンを渡された。しっかり言葉のリレーをしないとね!
「聞いての通り、私も皆と共に戦う事を決意しました。忠良にして精強なる騎士達よ。薔薇十字の旗の下、心を一つに戦いましょう!我らローゼンクロイツに勝利と栄光を!」
「ローゼ様万歳!」 「この命を捧げましょう!」 「我らはローゼンクロイツ!ローゼ様の騎士!」
広大な演習場を揺るがすような大歓声!騎士達は口々にボクの名を連呼し剣を掲げてくれる。
ボク達ローゼンクロイツの戦いが始まる。最初の舞台は王宮だ。
リリージェンからローゼンクロイツを引き連れ、リングヴォルト帝国王城のある街、帝都バウムガルテンに向かう。
まだ怪我が回復していないクリフォードはリリージェンでお留守番をしてもらった。
バウムガルテンへの行程は二日、その間に綿密に打ち合わせを済ませ、アシェスとクエスターを伴って王城へ登城する。
歴史を感じさせる荘厳な王城、ここがボク達の戦いの舞台。そしてこの戦いの主戦力は………ボク自身だ。
「ローゼ様を控えの間で待たせるとは!………いくら陛下と言えど、皇女に対する扱いではないぞ。」
「落ち着いて、アシェス。慰問先で誘拐された不出来な娘への懲罰という事でしょう。」
「陛下のなさりそうな事ですね。勝手にローゼンクロイツを結成した事への不満もおありかな?」
「それもあるでしょうね。………ここでの戦いは私に任せて下さい。」
「はい。」 「お任せしました。」
うん、ボクはもう箱庭で生かされるお姫様じゃない。みんなと共に戦う………兵士だ。
見ててね、カナタ。ボクはボクの戦いを始めたから!
謹厳な顔付きの武官がやってきて、ボク達に告げる。
「ローゼ様、陛下が謁見をお許しになられました。王の間へどうぞ。」
さあ、行こう!剣でも銃でもない、言葉で戦う戦場へ!
「ほう、不始末をしでかした割には悪びれておらんな。」
玉座の上から冷徹な声が王の間に響く。左右に控える家臣達は蝋人形のように身じろぎ一つしない。
アデル兄様も帰還されていたみたいで、玉座から一段低い場所にある椅子からボク達を睨みつける。
アデル兄様、いや、兄上はアシェスとクエスターがボクの捜索の為に戦線を離脱した事を根に持っているに違いない。
その兄上が座る椅子が、わざわざ一段低い場所に
自分に並び立つ存在を認めない自負の現れなのだろう。相手にとって不足はない。
「まずは娘の無事を喜んで頂けませんか、陛下?」
「僥倖であったな。仔細の報告は受けた。今回の件は王家の恥ゆえ内密にしておけ。同盟の連中も公にはすまい。」
「父上!まずアシェスとクエスターが勝手に戦線を離脱した事に対する罰を与えるべきです!父上がお許しになるならこの僕が……」
「……アデル……余の事は陛下と呼べ!」
「は、はい!……陛下、二人がいかに伯爵家の者と言えど無罪放免とはいきません!その為に戦線の維持が難しくなり、やむを得ず転進する事態を招いたのですから!」
転進? 素直に撤退と言えばいいものを。プライドの高さだけは父上譲りだね。
「………アシェス、クエスター、なにか弁明はあるか?」
皇帝の睥睨するような視線を受け、後ろに控える二人の騎士が息を呑む。
今はボクが剣と盾を守る時、共に生きるってそういう事だよね!
「二人に代わって私が弁明致しましょう。アシュレイ副団長、クエスターとアシェスが到着する以前の段階で、既に戦線は瓦解しかけていたように思います。指揮官としての見解を聞かせて頂けますか? 出来ればスタークス団長にも。」
父上の後ろに控えているクエスターの叔母であるアシュレイ副団長と、アシェスの父であるスタークス団長に話を振ってみた。
「ローゼ!要らざる差し出口を叩くな!スタークスとアシュレイは断罪される二人の身内!公正な意見を言えるはずがなかろう!」
「お言葉ですが兄上。公正か否かを判断されるのは
アデル兄様でなく兄上と呼ばれたのに戸惑ってるね。もうボクは世間知らずのか弱い妹じゃないんだから!
「………ローゼの言う通りだ。アシュレイ、意見を述べよ。」
「私はあの戦の当事者です。意見を言う立場にありません。」
「ではスタークスはどうだ? 騎士団長たるおまえの目は、戦局をどう見ていた?」
「娘を弁護する訳ではありませんが、あの戦線は早晩瓦解していたでしょうな。娘とクエスターを戦地に向かわせたのは戦線を維持する為ではなく、皇子に安全に撤退して頂く為でした。」
「つまり戦線の瓦解はアデルが無能であったが故か。アデル、おまえは戦下手だな。」
家臣団の前で戦下手と言われた兄上は俯いた。たぶん顔を真っ赤にしてるんだろうな。
「………そういう事情ならばアシェスとクエスターの事は大目に見よう。ではローゼ、今度はおまえ自身の不始末についてだ。」
「私の不始末? なんの事でしょう?」
「とぼけおって。誘拐された件だ。なにか弁明はあるか?」
「その件ならば私が弁明を伺いたいぐらいですが?」
玉座に座る父上の顔が厳しくなり、目が細められる。
「ほう。余に弁明せよと申すか?」
「まさか!しかしながら誘拐の首謀者、サビーナ・ハッキネンは王宮から送られてきた教育係です。どんな動機で私を誘拐したのか知りませんが、そのような人物を私の教育係に据えた責任者は王宮の文官のどなたかでしょう?」
ボクは居並ぶ文官達を睨みつける。サビーナには申し訳ないけど、ここは悪役になってもらうしかない。
「………言うではないか。確かに女官の身元調査は王宮の管轄だ。皇帝としてしかるべき責任を取らせよう。」
ドサッと音がして、文官の一人が卒倒した。教育係を選んだのは彼なのだろう。
「……フフッ。誰に責任があるのか、もう分かりましたね。」
「手間が省けたな。だがまだ無罪放免という訳にはいかぬぞ。薔薇十字とやらを結成したようだが、余は聞いてもおらぬし、認めてもおらぬ。」
「私がここに参ったのは弁明の為ではなく、薔薇十字結成の承諾を頂くためです、陛下。」
「事後承諾など余が認めるとでも思ったか?」
「時と場合によっては。陛下、妾腹とはいえ私も王族、帝国に貢献せねばなりません。戦乱の時代である今、帝国の威信を示す最高の手段は戦で名を上げる事でしょう? 元々、黄金、真銀、赤銅の騎士団は私の騎士達。私が未熟ゆえ、指揮をとれずにいたまでの事。私が成長したならば、率いるのになんら問題はないはず。」
「おまえが成長したと誰が認める?」
「陛下しかおられません。ですのでまかり越しました。私の成長を認めてもらえるように!」
父上、いや、皇帝陛下は鋭い眼光で射貫くようにボクを見つめる。
並みの人間なら卒倒しかねない威厳と威圧感のある目、でも絶対に目は逸らさない!
ボクは鳳凰の雛、カナタがそう言ってくれたんだ!負けないから!
「………よかろう。おまえの成長を認めてもいい。だが………事後承諾など二度とないと思え。余の言葉に逆らえば皇女とて容赦はせぬ!」
「お言葉、肝に銘じます。議題も尽きたようですし、私達は下がってもよろしいでしょうか?」
「………大義であった。下がってよい。」
「アシェス、クエスター、お許しが出た事ですし、帰りましょう。」
頷く剣と盾を従え、王の間を後にする。
第一幕は無事に終わった。でもボク達の本当の戦いは、これから始まるんだ。
………戦いを終わらせる為の戦いが。
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