皇女編27話 守護神の涙



コヨリさんはバイオメタル技術の第一人者である百目鬼博士の娘さんだ、タッシェの事を頼まないと。


「コヨリさん、タッシェをバイオメタル化したいのですけど、百目鬼博士に頼んで頂けませんか?」


「ポケットモンキーのバイオメタル化は例がないけど、父なら可能でしょう。頼んでみるわね。」


「ありがとうございます!よかったね、タッシェ!」


「キキッ!」


コヨリさんは注射を打つポーズをしながらタッシェに話しかける。


「となると体毛と血液の採取をしなくちゃね。タッシェちゃん、お注射は平気かしら?」


「!!………(゜д゜;)………」


あ、怖がってる。そっか、さっき検疫を受けた時に注射されたんだね。


「コヨリさん、さっきタッシェは医務室で検疫を受けたから、血液と体毛のサンプルは医務室にあると思います!」


「でしょうね。賢い小猿ちゃんみたいだから注射って言葉にどう反応するか見てみたくて。」


「………タッシェをイジメないでくださいません?」


「ごめんなさいね。これも母の血のなせる業かしら?」


夢の世界から一時帰宅したトーマ少佐がツッコミを入れる。


「………母ちゃんのせいにすんな。意地が悪いのはコヨリ自身の責任だ。」


「………器用な寝言ね、トーマ。寝言が言えないように永眠させてもらいたいの?」


コヨリさんが指コキし始めたので、トーマ少佐はもう一度夢の世界へと逃げていった。




無人の荒野をアルバトロスは進んでいく。


………艦長は指揮シートで熟睡しちゃってるけど。


「少佐………は寝てますか。コヨリさん、友軍から通信が入りました。」


艦橋下部のオペレーターシートの通信手さんが席から振り返って報告してくる。


「通信? どこから?」


「陸上戦艦アイギスからです。」


真銀の騎士団旗艦の女神の盾アイギス!アシェスが来てくれたんだ!


「繋いで。トーマ、起きなさい!通信が入ってるわよ!」


「あと5分………いや4分59秒でいいから寝かせといてくれ……zzz。」


………1秒しか妥協しないんだ。


惰眠を貪る指揮官の意向を無視して通信が繋がれ、メインスクリーンにボクの誇る真銀の盾、アシェスの姿が映し出される。


「ローゼ様!!よ、よくぞご無事で!今すぐ、今すぐアシェスが迎えに参ります!それまでどうかご無事で!」


「アシェス、私は既に亡霊戦団の皆さんに守られています。心配には及びません。」


「いいえ!この私がしかとお守りするまで安心出来ません!こら死神!ローゼ様の御前で横臥するとは何事だ!!無礼だろう!」


もうアシェス!トーマ少佐は死の神どころか命の恩人なの!


「無礼はアシェスの方です。トーマ少佐と亡霊戦団の皆さんが私を森から救出して下さったのですよ? 命の恩人に無礼は許しません!」


「う!………し、しかし身分卑しき者が王族の前で横臥するなど……」


「身分卑しきは取り消しなさい!本当に怒りますよ!」


いくらアシェスでも身分卑しきなんて暴言は許さないから!


ボクの怒声でようやくトーマ少佐は目が覚めたらしい。


上半身だけおこしてガリガリと胸元を掻きながら、ボクに気の抜けた声で話しかけてくる。


「まあまあ姫もカッカしなさんな。身分不詳なのは事実なんだからさ。」


「いかにアシェスが伯爵家の人間と言えど、他人様に向かって身分卑しきなんて言い草は許されません。アシェスに代わってお詫び致します。」


ボクがトーマ少佐に頭を下げるとアシェスが狼狽えた声で、


「そんなローゼ様!おやめ下さい!王族が頭を下げるなど……」


「貴族王族などという肩書きは生き死にの場で、なんの役にも立たないという事を学びました。私は一人の人間に過ぎません。家族が無礼を働いた以上、その不始末を詫びるのは人として当然です。」


アシェスが何か言おうとした時にスクリーンが2分割されて、クエスターの姿が映し出された。


「ローゼ様、ご無事で!………本当に……本当に安堵致しました。」


「クエスターにも心配をかけました。私の為に戦地を離脱して捜索にあたってくれたのですね?」


「いえ、たった今到着したような次第です。ローゼ様危急の際にお側におれず、面目次第もありません。」


「やむを得ざる事。アシェスやクエスターの忠告を聞いて慰問を中止しておけば、このような仕儀にはなりませんでした。今回の件は二人の責任ではありません。私自身の不徳です。」


「もったいなきお言葉!……トーマ、よくローゼ様を救出してくれた。この恩は終生忘れない。」


「さっさと忘れてくれていい。たまたま別件の任務で近くにいただけだ。」


「我らの珠玉を救ってくれたのだ。恩義を感じねば騎士ではない。」


トーマ少佐はやれやれって感じでシートに座り直し、


「騎士ってのはもの堅くって面倒だねえ。合流地点を言うからそこまで来てくれ。座標は………」


二人に合流ポイントを伝えたトーマ少佐は、戦艦の航路を微調整させた。


もうすぐ、もうすぐ、アシェスとクエスターに会えるんだ!




合流ポイントには戦艦アイギスと戦艦ティルフィングが既に到着し、停泊していた。


「じゃ、行こうか姫。」


シートから立ち上がったトーマ少佐に促され、ボクは補助シートから立ち上がった。


「はい、トーマ少佐、本当にありがとうございました。」


「いいんだよ。キカの友達を死なせる訳にゃいかんからな。」


ボクはトーマ少佐とコヨリさんにエスコートされて艦橋を後にする。




外部に出るハッチの傍では三猿と太刀風がボクを見送りに来てくれていた。


「ローゼ様、ばいばい!また遊びにきてね♪」 「ガウ!(是非にも!)」


「うん。キカちゃん、太刀風、本当にありがとう。」


「本当は外まで見送りに出りゃいいんだがよ。俺らはアシェス…さんと会いたかねえんでな。勘弁してくんな。」


ミザルさんの言葉には強い嫌悪感がある。アシェスは思った以上に亡霊戦団のみんなに嫌われているみたいだ。


戦団のみんなが慕ってるトーマ少佐に高圧的な物言いをしていれば、それは嫌われるよね。


「アシェスには物言いを改めるように言っておくから。でもアシェスは口調は厳しいけど、本当はすごく優しいんだよ。」


「お姫さんには、な。俺らにゃ優しかねえよ。あのアマ…じゃねえ、アシェス…さんとやらは頼みもしねえのにやって来ちゃあ、少佐に悪態つきやがって!」


トーマ少佐が首を振って一番の子分を窘める。


「やめろミザ。人には合う合わんがある。無理に合わせろとは言わんが、姫に愚痴るのは男のする事じゃない。」


「そうだな。つまんねえ愚痴を聞かせちまった。ガン、ハッチを開けろ。」


例によって無言で頷いたイワザルさんが、ハッチを操作するとギギギと重い音がして、ハッチが開いていく。


コヨリさんが左手でハッチの出口を指差して、右手でボクの手を取る。


「行きましょうローゼ様。お迎えが整列していますよ。」


「はい、コヨリさんにもお世話になりました。」


ハッチから降りたボクの前にはアシェスとクエスターを最奥に、黄金騎士団と真銀騎士団がズラリと整列していた。


トーマ少佐とコヨリさんに左右を守られながら、二列に整列し胸の前で腕を横に掲げた騎士達の間を歩いて、アシェスとクエスターの元に辿り着く。


エメラルドみたいな翠の瞳にこぼれんばかりの涙を浮かべたアシェスに抱きしめられて、ボクの目にも涙が浮かんでしまった。


もう会えないって何度も思ったのに……また会えた!


帰ってきた。ボクは家族の元に帰ってきたんだ!


「ローゼ様……よくご無事で……本当に……本当によかった!」


てっきりお説教されると思っていたんだけど、涙を浮かべたアシェスはボクを抱き潰さんばかりに抱きしめて、低く嗚咽するだけだった。


「ゴメンね、心配かけたよね。でもボクは無事だから、もう泣かないで。」


アシェスの背中を何度か叩いて、落ち着かせようとしたんだけど、アシェスは泣きながら頷くだけだ。


「俺達の仕事は済んだな。んじゃ後は任せたぜ。」


「トーマ。本当にありがとう。ローゼ様は私達の至宝。この恩は……」


クエスターの差し出した手を、トーマ少佐は軽く握って握手を済ませる。


「忘れろって言っただろ。あんたらの為に動いた訳じゃない。俺がそうすべきと思ったからそうしたまでだ。」


素っ気なく答えたトーマさんは、背を向けて自らの旗艦へと歩み去っていく。


コヨリさんもクエスターに軽く頭を下げてから、トーマ少佐の後ろに続いた。


「そ、その、死神………いや、トーマ。……ローゼ様を助けてくれて、ありが……」


ボクを両腕で抱きしめたまま、アシェスが口ごもりながらお礼を言い始めた。


「礼には及びませんわ。嫌いな人に礼を言われても、トーマも私達も嬉しくありませんから。」


コヨリさんは歩みを止めたが振り返りはせず、背中越しにピシャリとお礼の言葉を撥ねつけた。


「……コヨリ、行くぞ。」


「はいはい、ごめんなさい。要らざる差し出口を叩きました。ではヴァンガード少佐、ご機嫌よう。」


「…………」


あれ? アシェスが何も言い返さない。それどころか傷ついた顔してない?




浮かべた涙もこぼれ出したよ………あ!アシェスはまさか………



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