皇女編26話 ドレスコードは髑髏のマスク
医務室を後にしたボクはタッシェを肩に乗っけて、アルバトロスの艦内を散策してみる事にした。
艦内をぐるりと回って喉が渇いちゃった。デッキに自販機のある休憩スペースがあったから、あそこで喉を潤して一休みしよっと。
休憩スペースでは亡霊戦団の隊員さん達が談笑していた。
トーマ少佐の面に似た髑髏マスクを装着した隊員さん達は、自販機で買ったコーヒー片手に楽しそうに笑っている。
………コーヒーじゃなくてお酒みたいだ。う~ん、あの
ボクの姿を見て隊員さん達は姿勢を正し、敬礼してくれる。
「畏まらないでください。貴方達は私の命の恩人なのですから。」
ボクがそう声をかけると隊員さん達は被りを振って苦笑する。
「俺らはなにもしてませんや。これから同盟軍にでも鉢合えば別ですがね。」
髑髏マスクに赤い羽根飾りをつけた隊員さんがそう言うと、隣の一本牙の髑髏マスクの隊員さんが揶揄するように話しかける。
「そういや赤羽根、オメエは同盟上がりじゃなかったか? 古巣に寝返ったりすんなよ?」
「よせよ、片牙。赤羽根は理不尽な命令に逆らって僻地に左遷されてたんだ。同盟に恨みはあっても恩義はねえ。そうだろ、赤羽根?」
赤羽根さんが自嘲めいた口調で応じた。
「ああ、付け加えれば家庭に未練もない。僻地に赴任した俺に愛しの女房から届いた手紙は離婚届でした、と。いくら出世の見込みがなくなったからって、手の平返しが早すぎんだろ。まったく。」
フォローしてたはずの鬣さんは肩をすくめてから、手の平を返した。
「そりゃ赤羽根に女を見る目がなかっただけの話だな。」
「鬣、女ってのはみんなそんなもんなのかもしれんぜ?」
む、片牙さん、それ問題発言だよ!
「違いねえ。女ってのはこれだから………あ!」
はい、赤羽根さんも問題発言!ボクも女ですからね、今のは聞き捨てなりません。
「そんな女性ばかりではありません。私なら相手がどんな立場におかれようと添い遂げてみせます。幸福を共に享受し、不幸は分かち合うのが夫婦だと思いますので。」
3人組はジッとボクを見つめて、おんなじ台詞を口にした。
「姫様、結婚してください!!」×3
い、いきなりプロポーズされちゃったし!
プロポーズを終えた三人組は肩を叩き合って大笑いする。
「プロポーズする前に貢ぎ物ぐらいはしましょうね。ちなみに私、喉が渇いています。」
赤羽根さんがうやうやしくお辞儀しながら、
「片牙、鬣、聞いただろ。姫様への貢ぎ物を用意しろ。」
「イエス!ユアマジェスティ!お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」
「苦しゅうない。」
「ぽてちんはなに味がお好みでしょう?」
「コンソメ味を所望します。」
ボクは肩肘を張って、ふんぞり返っておねだりしてみた。
ボクの様子を小首をかしげて見ていたタッシェが、文字通りに猿マネしてふんぞり返る。
猿マネするポケットモンキーの姿を見て、可笑しそうに笑った二人は自販機で紅茶とぽてちんを買ってくれた。
お茶とお茶菓子が用意されたので、休憩スペース備え付けのテーブルでお茶会を開く事にしよう。
「トーマ少佐からお聞きしていましたが、亡霊戦団の皆さんは本当に渾名で呼び合っているのですね。」
「俺らも聞き及んでますよ。姫様はもっとフランクな物言いが地金だって。出来ればそうして頂けませんか?」
「トーマ少佐に口止めしておくのを忘れていました。ならばよそ行きスイッチはオフにしましょう!」
ボクは両手の人差し指をこめかみに当てて、よそ行きスイッチをオフにする。
「ふぅ、疲れちゃった。よそ行きスイッチをオンにしてるとカロリーの消費が激しいの。ぽてちん頂きますね。」
ぽてちんを口にしたボクを見て、赤羽根さんが笑いながら感想を口にする。
「グッと親しみやすくなりましたな。素晴らしい。」
「き、奇跡かよ!庶民派プリンセスは実在したんだ!」
片牙さん、泣かないで。
「長生きはするもんだなぁ。庶民派プリンセスなんざ鬣が禿げるまで生きても、お目にかかれねえって思ってたぜ。」
その鬣って地毛じゃないですよね?
そんな感じで打ち解けちゃったボク達は、世間話に興じる。
「赤羽根さん、同盟軍に未練はなくても故郷は懐かしいんじゃありませんか?」
「そりゃね。けど故事にある通りさ、故郷は遠きにありて懐かしむべしってね。」
「ケッ、同盟の士官学校出てるからって小難しい事言うなよな。」
「僻むな、片牙。ここじゃ全員、仲良く死人だ。公式記録じゃそうなってる。」
鬣さんの言葉を赤羽根さんが引き取る。
「………そう言う事だ。俺もおまえらも公式には死んだ人間、なんの因果か墓から這い出て戦場を徘徊してる、それだけの事だ。」
部外者のボクが余計なお節介を焼くのはいけない事かもしれない。
でもどうしても聞いておきたい。
「あの………皆さんはそれでいいんですか? 公式にはいないはずの人間で……本当にいいんですか?」
「ああ、いいのさ。」 「意外と亡霊生活が気に入っててね。」 「もう一度死ぬまで半死人でいい。」
そう言った男達の顔からは……マスクのせいで微妙な表情の変化しかわからないんだけど、哀愁のようなものを感じる。
「なあ姫様。思い出や過去が大事な奴もいるが、そうでもない奴だっている。ここにいるのは過去を捨てた奴が多いのさ。」
赤羽根さんはそう言うけど………ボクは素直に納得出来ない。
「思い出って捨てられるものですか? 過去も思い出を捨てて生きるって、寂しくないんですか?」
「………つらい思い出でも、そこへ至る経緯に
そう言って歩いてきたのは髑髏軍団のリーダー、トーマ少佐だった。
三人組が椅子から立ち上がって、彼らの指揮官に敬礼する。
「少佐の言う通りさ。出世を夢見て戦って、夢破れて左遷され、女房からも見捨てられた。今にして思えば女房だって出世の為にろくに家庭を顧みなかった俺に言いたい事はあったろう。後悔したってもう遅いがな。」
「赤羽根、後悔してるのはおまえだけじゃない。おまえの女房もだ。」
トーマ少佐が赤羽根さんの肩に優しく手を置いた。やっぱり少佐は思いやりのある指揮官なんだ。
そう言えば少佐はボクに言った。部下に思い入れの持てない指揮官はクズだって。
「少佐、慰めも気休めもいらんですよ。」
「本当の話だ。調べたんでな。おまえの女房は心底後悔してる。」
「………本当に……ですか?」
「おまえが戦死した事を聞かされた女房は地団太を踏んで口惜しがったらしい。離婚してなきゃ二階級特進した身分の遺族年金を貰えてたのにってな。いい嫁さんだ。」
ガックリうなだれた赤羽根さんを容赦なく笑い倒す片牙さんと鬣さん。ひ、ひどすぎるよ!
「あ、赤羽根!おまえの元嫁サイコーだぜ!クックック!可笑しいったらねえよ!」
「ハハハッ。未練がスッパリ切れてよかったじゃないか。俺らと仲良く亡霊生活を満喫しようや。」
「お、おまえら………ヒトの不幸を笑い倒しやがって!………ぶっ殺す!」
取っ組み合いが始まっちゃった、退避しよっと。
廊下を歩きながら少佐に抗議してみる。
「トーマ少佐、ちょっと意地が悪くないですか? 黙っておいてあげるか、ウソでも悲しんでたって言ってあげればいいのに!」
「そんなウソを言って里心がついたらどうする。指揮経験が豊富な赤羽根は部隊に必要な奴なんだ。」
「そ、そうかもしれませんけど………だったらどうして赤羽根さんの元奥さんの事を調べたりしたんですか?」
「本当に元嫁が後悔してるようなら拉致るつもりだった。赤羽根を手放せない以上そうするしかない。」
そっか、赤羽根さんの為に………ミザルさんが惚れ込むのはこういうところなのかも。
「でも拉致はよくないですよ?」
トーマ少佐は笑いながら返答する。
「ハハハッ、もう何度かやってる事は内緒にしといてくれ。同盟上がりで家族に未練がある団員もいるんでな。」
髑髏マスクだから元から悪い顔なんだけど、いっそう悪い顔です。
「トーマ、缶コーヒーを買いに行ったんじゃなかったの?」
艦橋に戻ったボク達をコヨリさんが迎えてくれる。
「局地戦が始まったんで退避してきたんだよ。若いってのはいいねえ、血気盛んで。」
四捨五入して30って事はトーマ少佐はたぶん25歳ですよね? 若くない?
若年寄のトーマ少佐は指揮シートにゴロリと横になった。本当にものぐさだなぁ。
「そ、昼寝するにしても艦橋でしてね。起こしにいくのが面倒だから。」
コヨリさんは冷淡に答える。い、いちおうトーマ少佐が上官なんだよね?
「よきにはからえって言ったのに、わざわざ起こしにきやがって。女房か、おまえは。」
「嫁にいくにしてもトーマだけはお断り、本当にダメ人間なんだから!」
あくまで手厳しいコヨリさんに構わず、トーマ少佐は昼寝を再開する。
「ま、行き遅れる前にとっとと嫁に………おやすみ。」
コヨリさんにこわ~い目で睨まれたトーマ少佐は夢の世界へ逃避した。
「あ、あのコヨリさん。」
「なにかしら?」
こわい顔から打って変わってよそ行きの顔になったコヨリさんは、柔和で素敵な笑顔を浮かべる。
………よそ行きスイッチを搭載してるのはボクだけじゃないんだね。
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