皇女編25話 キカちゃんもお姫様
顔に引っかき傷が出来たミザルさんは机の上に土鍋を置きながら、
「お
出来ます出来ます!ごはんだ、ごはん~♪
顔の引っかき傷の件は言わずもがなだし、スルーしとこっと。
「期待させといて悪いんだけどよ、ご馳走たぁ言えねえんだ。粥だからな。」
土鍋の蓋を開けながらミザルさんは申し訳なさそうに言った。
「お粥だってご馳走だよ。ミザルさんの作ってくれたお粥ならなおさらね。」
「嬉しい事言ってくれるねえ。お姫さんは魔女の森のサバイバルで胃が痛んでるかもしれねえからな。まずは消化にいいお粥で胃を落ち着かせねえとよ。ご馳走はその後でだ。」
それでお粥なんだ。短気で喧嘩っぱやいミザルさんなのに、気遣いは人一倍出来るだなんて、人間って本当に奥深いなあ。
「粥で酒は飲めねえなあ。ミザ、他になにか一品こしらえて……」
「少佐の土鍋は具沢山の鍋焼きうどんさ。」
トーマ少佐は嬉しそうに土鍋の蓋を開け、
「酒に合うように具を味付けしてんのか。そんでシメにはうどん、と。よく考えてんなあ。」
「あたぼうよ。何年少佐の子分をやってると思ってんだ。」
子分を極めし男、ミザルさんに隙はない。もう天晴れっていうしか!
ミザルさんも交えて3人でごはんにしながら会話する。
「それが事実なら困った兄貴だな。でもお姫さんにはなんの落ち度もねえんだから、あんまり気にすんなよ?」
謀殺事件の事を聞いたミザルさんはしかめっ面で、ボクを慰めてくれた。
「ボクがミザルさんみたいに機微に敏感なら、サビーナの事情に気付いてたかも………」
「ンな事ねえよ。ま、事件を調べんのは俺ら土雷衆に任せときな。」
「土雷衆? やっぱりミザルさん達はニンジャなんですね!キカちゃんは森で見た姿からニンジャかなって思ってたんだけど。」
キカちゃんのお面やバトルスーツは、これぞオリエンタルって感じだったんだよね。
「おう、キカは土雷の先代里長の娘なんだ。帝国とスケールは違うがお姫様同士、仲良くしてやってくんな。」
キカちゃんもお姫様だったんだ!って事はミザルさんはキカちゃんのお兄さんな訳だから………
「じゃあミザルさんが土雷衆の里長なんですね!」
「いや、俺は里長名代で里長じゃない。いま里長は空席なんだ。」
「どうしてですか? ミザルさんはキカちゃんのお兄さんなんだから、土雷衆の里長の息子さんなんですよね?」
「義理のな。キカは先代の実子だが、俺とガンは拾われ子なんだ。戦災孤児でスラムにいたのを先代が拾ってくれたのさ。」
「じゃあミザルさんとイワザルさんも……」
「ああ、俺とガンにも血の繋がりはない。可愛い弟に違いはねえけどよ。」
………そうなんだ。三猿は義兄弟なんだね。でもミザルさん達は血の繋がりより深く、魂で繋がっている。
血を分けたはずのボク達兄妹と違って………
「ミザルさん達には血を分けた兄弟以上の繋がりを感じます。」
「そりゃそうさ。氏より育ち、先代は分け隔てなく兄弟として俺らを育ててくれたんだからな。俺とガンがその恩に報いる為には先代の実子であるキカを立派な忍に育て、里長として盛り立てていく事だ。」
「ミザルさんって義理堅いんですね。長兄の俺が次の里長だって言ったっておかしくないのに。」
「俺もガンも里長の器じゃねえよ。今は俺が名代として土雷衆を率いてるが、あくまでキカが里長になるまでのツナギだ。………問題はキカの奴にまるで自覚がねえって事なんだよなぁ。まだガキだから仕方ねえんだが。」
お兄ちゃん兼後見人も大変みたいだなぁ。
「そのキカだがな。パイロキネシスを持ってる事が剣狼にバレた。剣狼は考える頭を持ってる事を鑑みて、超聴覚もバレてると思った方がいい。」
「なにぃ!キカの奴なにやって……」
「魔女の森のヌシみてえなのに遭遇しちまったんだ。出し惜しみしてる状況じゃなかったんだからしょうがねえだろう。」
具材のお餅をむにゅ~っと伸ばしながらのトーマ少佐はフォローを入れる。
「やれやれ。じゃあ真名を隠す必要もなくなったか。」
真名? なんだろう?
「真名ってなんなんですか?」
「キカは聞猿じゃなくて、本当は
「すごい!1系統持ってるだけでも希少なのに、キカちゃんは2系統のパイロキネシスを持ってるんですね!」
「その上にIQ180の天才頭脳と抜群の身体能力もだ。土雷の里長に相応しい素質だろ?」
ミザルさんの顔は誇らしげだ。確かに素質の塊だよ、キカちゃんって。
「それとなミザ、クリスタルウィドウにも忍犬がいるって事を頭に入れといてくれ。」
「マジか!………いや、クリスタルウィドウは火隠忍軍が主軸の部隊、忍犬がいてもおかしかねえな。」
「絶対に犬だとは言えんが、嗅覚に優れたバイオメタルアニマルがいるのだけは確実だ。おそらくメスだろう。」
あ!カナタの言ってた探索のエキスパートって………そういう事だったんだ。
カナタの見込みは的を得ている。事実、太刀風はボク達を見つけてくれたんだから。
「姫の話から分かった事実と予測出来た事をまとめとく。後で皆に回しといてくれ。」
「了解だ。例によってロウゲツ団長にも情報を回しとけばいいんだな。」
「ああ、特に剣狼が狼眼を持ってる事は重要だ。知らずに戦えばそれこそ目もあてられん。」
「狼眼だって!!………野郎も邪眼持ちか。相手にとって不足はねえな。」
も、という事はミザルさんも噂通り邪眼を持ってるんだ。
「気張ってるとこ悪いが俺らはクリスタルウィドウとは戦わんぞ。出くわしたら逃げる。」
「少佐~。もう俺らがスペックの実験部隊だってのはバレてんだ。そろそろ派手に暴れようぜ。」
「そのうちな。それよりミザ……」
「鍋焼きうどんのお代わりだろ。すぐ持ってくる。」
え? 結構おっきい土鍋だったのにまだ食べるんだ。トーマ少佐は体格は普通なのに健啖家らしい。
鍋焼きうどんのお代わりをペロリと平らげ、お酒もいっぱい飲んだトーマ少佐が椅子から立ち上がると、ミザルさんはリクライニングシートに羽毛枕を置いた。
置かれた枕に頭を乗っけて横になったトーマ少佐に、ミザルさんはタオルケットをかけてあげてる。
コヨリさんが苦言を呈するのもわかるなぁ。ミザルさんはトーマ少佐を甘やかし倒してるよ。
トーマ少佐のお昼寝の邪魔をしちゃいけないからミザルさんとボクは艦長室を後にする。
「お姫さんが拾ってきた小猿、タッシェって言ったか。検疫に問題はなかったぜ。」
「よかった。ありがとう、ミザルさん。」
「検査したのはタネさんだから、礼ならタネさんに言ってくれ。」
「タネさん?」
「種子島タネ、ウチの軍医だ。腕はいいが口は悪い偏屈ババアだよ。」
酷い言い方だなぁ。タネさんだけじゃなくて、ミザルさんも口が悪くないかな?
「医務室までは案内するけど中には入んねえぜ? ケガしてないのに会いたい婆さんじゃねえからな。」
ミザルさんに案内してもらって医務室の前まで来た。
そんじゃなとばかりに手を振ってミザルさんは退散する。
怖いお婆さんみたいだけど、タッシェがお世話になったんだからお礼を言わなきゃ!
「あああ、あの!失礼します!」
緊張してたから思いっきり噛んじゃったよ。
「キッ♪」
医務室のデスクの上でお婆さんから豆をもらっていたタッシェが、嬉しそうにボクに向かって駆け寄ってきて肩に登る。
「お迎えがきたかい。よかったねえ。」
髪をボールみたいに後ろで纏めた白衣のお婆さんが優しく微笑んでくれた。
あれ? 偏屈な方には見えないんですけど?
「あの、タッシェの検査をして下さってありがとうございます。ボクは……」
「少佐から聞いて知っとるよ、リングヴォルトのお姫様。」
「ローゼと呼んで下さい。タッシェは疫病のキャリアーじゃなかったんですね?」
「おうともさ。普通の小猿とも言えないんだけどねえ。自己紹介が遅れたね。アタシャ種子島タネ、おタネとでも呼んどくれ。」
「はい。おタネさん、タッシェが普通じゃないってどういう事ですか?」
「DNAの配列が普通の動物じゃない。おそらく人為的な操作をされた動物の子孫じゃろう。魔女の森の動物は生物兵器の成れの果てって話は本当みたいだねえ。」
そっか、それでアニマルエンパシーがある程度通じたのかもしれない。
「さて、次はローゼちゃんの検査だ。検査ポッドにお入り。ケガもしてるみたいだし、森で疫病を貰ってるかもしれないからねえ。」
お言葉に甘えておこう。アルバトロスのクルーの人達の安全にも関わってくる事だし。
「お願いします。」
ボクは検査ポッドに入って検査してもらう事にした。
「問題ないよ、ローゼちゃん。亀裂骨折がいくつかあるがほとんど治癒しとる。この程度なら自然治癒に任せていいじゃろう。」
「え、え~と。ありがとうございます。」
「表情が硬いねえ。ははぁん、猿の長兄あたりに偏屈ババアだって吹き込まれたのかい?」
肯定するのはマズイよね………どう答えれば………
「いいんだよ、アタシャいい性格してる訳じゃないさね。悪い意味でいい性格はしてるけどねえ。」
愉快そうにおタネさんは笑った。
「ミザルにゃいつも小言をくれてやってんだよ。とにかくいらない仕事(ケガ)を増やしてくれるんでねえ。しょうがない小僧だよ。」
土雷衆里長名代のミザルさんも、おタネさんにかかれば小僧扱いみたいだ。
「ミザルさんはいい人です。料理も上手だし。」
「いい人ねえ。小僧が戦場で暴れてるのを見たらそんな事も言えなくなるさ。」
「確かにミザルさんは見るからに強そうですけど。」
「本当にヤバイのは弟のガンちゃんだけどね。普段は気が優しくて力持ちを地でいってるがね、あれが本気で怒ったら始末に負えないよ。」
確かにあの巨体のイワザルさんが本気で暴れたら恐ろしい事になりそう。重量級でも最高クラスのパワーがあるに違いないし。
「亡霊戦団の主戦力って言われる訳ですね。おタネさん、タッシェとボクの検査、ありがとうございました。」
「礼には及ばないさね、アタシャそれが仕事だ。それでその小猿、どうするつもりなんだい?」
「タッシェが森へ帰りたいなら帰しますけど………ボクは一緒にいたいです。」
肩に座って話を聞いていたタッシェはボクの髪をギュッと掴んだ。
「小猿ちゃんも一緒にいたいみたいだねえ。ローゼちゃんはアニマルエンパシーの保有者なんだってね?」
「はい。」
「だったらバイオメタル化させちゃどうだい? 意思疎通が楽になる。」
「出来るんですか!猿のバイオメタル化なんて聞いた事がないんですけど!」
軍用馬や軍用犬なら技術が確立されてるって話だけど………
「人間が可能なら猿だって可能じゃないかねえ。もちろん普通の技術者じゃ無理だろうけど、百目鬼博士なら出来そうに思うがね。動物のバイオメタル化の技術を開発したのは百目鬼博士なんだし。」
動物のバイオメタル化技術って百目鬼博士が開発したんだ!
「コヨリさんは百目鬼博士の娘さんだから、連絡はつきますよね!」
「百目鬼博士は今、スペック社の研究所にいるよ。少佐に頼めば会えるじゃろう。」
「ありがとう、おタネさん!少佐とコヨリさんに頼んでみます!」
タッシェがバイオメタル化すれば………ちゃんと意思疎通出来るようになる!夢みたいだよ!
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