皇女編24話 トーマ少佐はものぐさ気質



「トーマ少佐、ボクの話を聞いて頂けますか? できれば内密に。」


空っぽになったぽてちんの袋を名残惜し気に眺めるトーマ少佐に、ボクは話を切り出した。


「ああ、ここじゃなんだから艦長室に行こうか。」


トーマ少佐がよっこらしょとって感じでシートから立ち上がり、歩き出したので後をついて行く。


「ブリッジに幹部が誰もいなくなるけどいいんですか?」


廊下を歩きながら訊ねると、トーマ少佐は、


「ウチの兵隊に幹部がいなきゃなにも出来ねえボンクラはいねえさ。」


そう言って立派なドアを開けて、ボクを艦長室に招き入れてくれた。


立派なデスクがあるけど………やっぱりここにもリクライニングシートがあるよ。


「姫はデスクの椅子にでも掛けてくんな。」


トーマ少佐はそう言って、当然のように自分はリクライニングシートに横になる。


ホントに寝そべるのが好きなんですね。


「この部屋は完全防音仕様になってるから遠慮なく話してくれていい。万一、立ち聞きが趣味の不心得者がいたとしても物理的に聞き取れん。」


「はい、それなら安心です。」


「キカの超聴覚だけは例外だがね。」


キカちゃんって完全防音の部屋でも中の会話を聞き取れるんだ。すご~い。


リクライニングシートから手の届くところにある冷蔵庫を開けて、トーマ少佐は缶ビールを取り出す。


また飲むんですか………よく見るとリクライニングシートから手の届くところに本棚や多目的キャビネットもしつらえてある。


筋金入りのものぐさ気質なんですね、トーマ少佐って。





寝そべったままでビアナッツをボリボリ齧り、ビールを飲んでるトーマ少佐に、ボクは誘拐されてからの事情を順を追って話す。


アシェスが言うところの死に鯖の目で話を聞いていたトーマ少佐だけど、話がカナタの邪眼の事になった時に目の色が変わり、ガバッと身を起こした。


そして鋭い目付きでボクに訊いてくる。


「睨んだだけで生物を殺す目!? 間違いないか、姫?」


「は、はい。ボクは何度もカナタの邪眼で守ってもらいました。」


「………八熾の狼眼………剣狼がアギトの甥だってのは本当らしいな。確かにアギトそっくりなツラはしてやがるが…………」


少佐は考え込んでしまった。何か思い当たる事があるのだろうか?


「どうかされたんですか?」


「………気にしすぎか。なんにせよ八熾宗家の………狼の血は絶えてなかった訳だ。姫、剣狼の邪眼は狼眼と言ってな。最強の殺傷能力を持つ恐ろしい目なのさ。」


カナタの邪眼は狼眼っていうらしい。狼の目、まさに剣狼の切り札に相応しいね。


「カナタは親の親が八熾宗家の人間だったって言ってました。」


親の親って言い方だったから、お祖父様なのかお祖母様なのかはわかんないんだけどね。


「ああ、そりゃ本当の話だろう。狼眼は八熾宗家の血族にしか顕現しない邪眼だ。姫、剣狼の刀技なんだが、こんな構えを取ってなかったかい?」


トーマ少佐は刀を抜いて、刃先が上、右耳の横に柄を置いた構えを取る。


カナタが森で時折見せた構えだ。


本当はカナタの情報を話すのは気が引ける。


………そうか。カナタが線引きをはっきりさせたのは、ボクの為でもあったんだ。


「………使ってました。ボクは剣術の事はわかりませんが、他にもいくつかの型があったように思います。」


「………夢幻一刀流も使うか。こりゃ第二の氷狼、いや、奴以上の脅威になるかもしれんな。」


「カナタが氷狼アギト以上の脅威に!?」


トーマ少佐は空気清浄機のスイッチを入れて、煙草に火を点ける。


「姫の話だと、剣狼は「考える頭」と「自分なりの哲学ルール」がある奴だ。そういう奴は成長が早く、なにより手強い。素質に胡座をかいてるだけの天狗だったアギトとは違う。」


「トーマ少佐は氷狼アギトを知っているのですか?」


「ああ、氷狼を嵌める手を考えたのは俺だからな。」


!! 氷狼を討ち取ったのはロウゲツ団長だけど、作戦を考えたのはトーマ少佐だったんだ!


アマラさんがトーマ少佐に兵団に入ってもらいたがる訳だよ。


「まいったねえ。しかも剣狼は緋眼のマリカの部下だって話だから迂闊に手も出せねえ。………ま、出くわさない限り放置でいいか。」


死に鯖の目に戻ったトーマ少佐は、またリクライニングシートに寝転んだ。


「放置でいいのですか?」


ボクとしてはありがたいけど。亡霊戦団とカナタが戦うなんて見たくないから。


「先々の事を考えれば今のうちに始末した方がよかろうよ。蛇は卵のうちに殺せって言葉もあるしな。だが剣狼を始末するには緋眼も始末せにゃならんって話なら俺は御免だね。あの女はヤバすぎる。」


「そんなに強いのですか? 緋眼のマリカさんって。」


同盟軍のエースって呼ばれてるのだから強いには決まってるんだけど。


「俺は世界最強の兵士は誰かなんて論議にゃ興味はないが、マリカに賭けてもオッズは低いだろうよ。本命馬の1頭だからな。姫の剣と盾でも一騎打ちでは及ばねえだろう。」


「ボクの剣と盾だって強いです!緋眼のマリカさんにだって引けは……」


「引けは取る。負けるよ、確実に。」


そんな事ないもん!………いや、断定的な言い方を避ける傾向があるトーマ少佐が言い切ったんだ。


根拠は聞いてみたい。


「なぜ勝てないと言い切れるんですか?」


「緋眼は並みの重量級を寄せ付けないパワーに世界最速の足、加えて神業レベルの忍術体術、トドメに邪眼持ちの完全適合者だ。アシェスもクエスターも世界屈指の強者だが、現時点では及ばないだろう。勝てるとすれば完全適合者になってからだな。」


緋眼のマリカが完全適合者なのはボクも知ってるけど………


「姫が剣と盾の強さは誰にも引けを取らないと信じたいのは分かる。だがね、信じる事と盲信する事は違う。思い入れは大切に、しかし戦略からは除外するのがいい指揮官だ。」


「思い入れは大切に、だけど戦略からは除外する、ですか………」


「部下に思い入れが持てないような指揮官はクズだ。だが思い入れで判断を誤る指揮官は無能なのさ。チェスを指す時のように俯瞰ふかんして考えるんだ。ただし、チェスと違って捨て駒を作っちゃいけねえよ?」


「はい、実際に戦うのは血の通う人間なんですものね。」


「そうそう。話がそれたな。話を戻してだ、姫がサビーナに誘拐され、魔女の森で剣狼に助けられたのはわかった。」


「少佐の意見を聞きたいのです。サビーナやカナタの件を正直に話してしまっていいのかどうか………」


「俺の意見はあくまで参考、判断は姫が自分でしなきゃいけねえよ?」


「はい、判断材料が欲しいんです。決断は当然ボクがします。」


トーマ少佐は新しい煙草をに火を点け、しばらく考えた後に話し始める。


「俺なら剣狼の件は正直に話しちまうね。どうせバレるんだから。」


……そっか。ボクが魔女の森で1週間近くもの間、単独で生存してたなんて誰も信じない。


バレる嘘なら、つかないのが得策って事か。


「そうですね。カナタは帰投すれば報告を上げるでしょうし、バレる嘘ならつかない方がいいですね。」


「剣狼が報告を上げても同盟が公にするとは思えんがね。帝国の皇女を助けただけならともかく、森から脱出した後に見逃した訳だからな。こっちの様子を窺ってからだろうが、せっかく頭角を現したエース候補の剣狼をアスラ部隊は処罰したくないだろう。」


「機構軍も公にはしないと思います。帝国の皇女が敵兵に助けられたなんて不名誉でしょうから。」


「姫もだいぶ政治がわかってきたようだな。機構軍にも同盟軍にもメリットがない以上、この件は闇に葬っちまうだろう。」


「サビーナの件はどうですか?」


「サビーナがカロリング家の隠し子だってのは、たぶん事実だろう。よくある話だしな。隠し子なのが事実だとしてだ、謀殺事件の事をアデル皇子に問い質すのは無駄、事実でも認めるはずがない。皇帝に直訴も上策とは言えんな。事実なら王家の不始末だ、皇子を叱責はしても事件を公表はしない。」


「元帥の息子の失点は元帥の失点に繋がる、そういう事ですか?」


「そういうこった。そもそも謀殺事件そのものがサビーナの思い込みの可能性もある。まずすべきは事実の確認だろう。」


まずすべきは事実の確認か。でも確認したくてもボクには手立てがない………


アシェスやクエスターは生粋の騎士、諜報活動とは無縁の軍人だ。


………ん? トーマ少佐のボクを見る目がなんだか意味ありげだ。


気付くかな、ってニュアンスを感じるような………


あえてボクに考えさせてる? だったら答えがあるはずだよ!


………そっか!!


「トーマ少佐、謀殺事件の調査をお願い出来ますか?」


「なんで俺に?」


「亡霊戦団は独自の判断で標的を定め、単独行動で任務を遂行する部隊だと聞きました。ならば標的を定めるにあたって事前に諜報活動を行っているはず。今まで一人の敵兵も帰還させなかった亡霊戦団は高い諜報能力を持っていると推察出来るからです。」


キカちゃんや太刀風を擁する亡霊戦団なら事の真相を突き止めてくれるだろう。


「それでいい。自分が出来なきゃ出来る奴にやらせるのが上に立つ者の器量だ。兵の将はよし、将の将はなおよしってな。」


「カナタもおんなじ事を言いました。将を使いこなす将になれって。」


「………そうか。難儀な野郎だ、出世して指揮官になられたら骨かもしれんな。」


なられたらじゃなくて、いずれなると思う。カナタはボクにカリスマ性があるって褒めてくれたけど、ボクはカナタにはリーダーシップがあるって思うから。


………指揮官になったカナタは機構軍にとって、さらに恐ろしい敵になるだろう。


ボクが魔女の森で起こった事の全てを話し終えた時にドアがノックされた。


「少佐、メシを持ってきたぜ。」


そう言って土鍋を載せたお盆を持ったミザルさんが入ってきた。


いい匂い!ご、ごはんの時間だぁ!




やっと!やっと、まともなごはんが食べられるよぉ~♪



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