皇女編23話 アルバトロスの艦橋で
泉の前でキカちゃんと小石でお手玉して遊んでみる。
まあ、またボクの完敗な訳だけど。キカちゃんのお手玉ってもうジャグリングの世界だから。
絶対キカちゃんに勝てる遊びをマスターしよう。そうしよう。
キカちゃんに勝てそうな遊び………天才頭脳、器用な手先、運動神経抜群……ダメ、隙がない。
胸に手をあてキカちゃんの死角を考え………あ、この感触!
カナタのドッグタグをつけたまんまだ!
もう!さっき身繕いした時になんで気付かないの!
………まあいいよね。剣のペンダントは純金で出来ているけど、ボクが生まれた時に作られたモノで、先祖代々伝えられてきた貴重品って訳じゃないし。
森で無くしたって言って、また新しいのを作ってもらえばいい。
カナタのドッグタグも兵士なら誰でもつけてるモノなんだから、カナタは新しいタグを作るだろう。
だから、このドッグタグは御守り代わりに貰っておこう。
ご利益はあるよね、魔女の森から脱出出来た縁起のいいアイテムなんだし。
ジャグリングを披露していたキカちゃんがピクッと身じろぎして、小石が地面に落ちる。
「どうしたの、キカちゃん?」
キカちゃんは地面に耳をあてて何か聞いている。
そしてピョンと立ち上がって、可愛く敬礼しながら報告してくれた。
「ローゼ様、お迎えがきたよ!」
キカちゃんはホントに耳がいいんだなぁ。死神の麾下に三猿あり、か。
きっとキカちゃんの二人のお兄さんも異能の兵士なんだろう。
岩場の出口の前で駆動音がしたのでボク達は外に出た。
そこにはステルス車両が停車している。
鎌を構えたローブ姿の死神らしき髑髏のマーク、これが亡霊戦団のエンブレムなんだろう。
ステルス車両からミザルさんが降りてきてボクに敬礼してくれたので、ボクも敬礼を返す。
「お
「ありがとうございます。幹部のミザルさんがわざわざ迎えに来て下さったんですね。」
「少佐が来れりゃいいんだが、こういう仕事にゃ役に立たねえからなぁ。」
戦技はド素人って話だもんね、トーマ少佐は。
「キキッ!」
ボクの胸ポケットからタッシェが顔を出してミザルさんにご挨拶する。
「ん? お姫さん、この小猿は森から連れてきたみてえだが、名前はなんてーんだい?」
「タッシェです。このコも連れていっていいですか?」
「いいぜ。ただし艦に戻ったら検疫を受けてもらうけどな。」
「もちろんです。」
キカちゃんがミザルさんの前に出て、ヘヘンとちっちゃな胸を張る。
「兄ちゃん!キカ頑張ったよ!」 「ガウ!(拙者も!)」
「おう、よく頑張ったな。ご褒美になんでも食いたいもんを作ってやるぞ。」
「ホント!え~っとね……ハンバーグとね、エビフライとね、茶碗蒸しとね……」
指折りしながら食いしんぼちゃんは料理上手なお兄ちゃんにおねだりする。
ボクもミザルさんが作ってくれるごはんが食べたいな。後でおねだりしよう。
「ま、キカの武勇伝は後で聞かせてくんな。さっさと戦艦に戻るぜ。」
「あいさー、兄ちゃん!」
ボク達は岩猿さんの運転するステルス車両に乗り込んで戦団の陸上戦艦へ向かう。
荒野を30分ほど走ると真っ白な陸上戦艦が見えてきた。
普通の陸上戦艦とは違って、ずいぶん変わったフォルムをしてる。
一番特徴的なのは船体の両側に設置された翼のような見た目の砲台から、砲塔が2門、突き出ていることだろう。
「なんだか鳥のようなフォルムの陸上戦艦ですね。」
「おうよ。あれが戦団の旗艦「アルバトロス」さ。鳥っぽいだろ?」
アホウドリ、ね。たぶん命名したのはトーマ少佐だろうなぁ。
普通の軍人さんならもっと勇ましい名前をつけるもん。ファルコンとかイーグルとか。
ミザルさんが無線で陸上戦艦に連絡を入れる。
「こちらゴースト1、レガリアを連れて帰還した。入艦を許可されたし。」
「了解。2番ハッチを開く、入艦せよ。」
アルバトロスの後部ハッチが開き、滑るようにステルス車両は入艦する。
道中の運転でわかってたけど、岩猿さんは腕のいいリガーみたいだ。
格納庫に入り、停車したステルス車両からボク達は降りた。
これで本当に安全だ。なんたって精鋭中の精鋭である亡霊戦団がボクを守ってくれるんだから。
「岩猿さん、運転ご苦労様です。快適な道中でした。」
ボクがお礼を言うと岩猿さんはゆっくりと頷いた。
初めて会った時もそうだったけど、岩猿さんって寡黙な人だな~。
「ガンは滅多に喋らねえんだ。愛想のない弟だが勘弁してくんな。」
「寡黙な男性も素敵ですよ。」
お喋りの面白い人も素敵だけどね。あ、カナタの事じゃないから!
「ガン、車両の……」
ミザルさんが台詞を全部言う前に寡黙な仕事師である岩猿さんは、もうステルス車両の整備を始めていた。
「ガンは仕事が早えぜ。お姫さん、艦橋(ブリッジ)で少佐が待ってる。いこうか。」
「キカもいく!」
「ダメだ。まず医務室へ行ってタッシェに検疫を受けさせろ。」
「あい!タッシェちゃん、おいで~♪」
手招きされたタッシェはキカちゃんの肩にピョンと飛び乗る。
「タッシェ、キカちゃんの言う事を聞いてお利口さんにしてるんだよ?」
「キッ!」
「検疫の後は太刀風を洗ってやんな。ブラッシングも忘れんなよ?」
「うん、わかった!太刀風、いっくよ~♪」
「ガウ!ガルル……(せ、拙者、湯浴みは苦手で……)」
「ダメ!いくの!」
キカちゃんは嫌がる太刀風の尻尾を掴んでズルズルと引きずっていく。
太刀風、ちゃんと洗ってもらうんだよ♪
艦橋のリクライニングシートっぽい艦長席では、トーマ少佐がポテトチップスを食べながら缶ビールを飲んでいた。
さらに寝そべっている上に週刊誌まで読んでる。どれだけくつろいじゃってるの!
自宅のリビングにいるみたいだよ。いくら正規の軍人じゃないからって問題じゃないかなぁ?
ブリッジクルーは全員キビキビと動いているだけに………なんていうか、悪目立ちしてるよ。
「お~。姫、無事でよかったなぁ。」
寝そべってたまま片手を上げられても………少佐っていつもこうなんだろうか。
だとしたら規律と勤勉がモットーのアシェスと気が合わないのも、むべなるかな。
「ありがとうございます、トーマ少佐。本当に九死に一生を得ました。」
「俺はなんもしちゃいないがね。ぽてちん食う? 新発売のワサビ海苔味。」
ぬる~い空気を漂わせながらトーマ少佐はスナック菓子の袋を差し出してきた。
「い、いえ。そ、その~………」
「ん? ワサビは苦手かい?」
うん、ちょっと苦手。でも、そういう事じゃなくて………
「トーマ!ローゼ様が困惑してるでしょ!いい加減になさい!」
オペレーターに指示を出していた女性がすごい勢いでやってきて少佐にツッコミを入れる。
「腹減ってんじゃねえかなって思ってよ。固い事言うなよ、コヨリ。」
コヨリと呼ばれた女性は深~いため息の後にお説教を始める。
「トーマは少しお堅くなりなさい!休日午後のオッサンみたいにだらけきってないで!まだ20代の半ばでしょ!」
「四捨五入すりゃ30だよ。それはコヨリも一緒……」
「はい?」
コヨリさんが怖い顔で眉間に青筋を立てたので、トーマ少佐は沈黙する。
「コヨリ、いいじゃねえかよ。少佐はいつもこんなだし、今さら言っても直りゃしねえよ。」
子分を極め過ぎて自分になってしまった男、ミザルさんが自分の為にフォローを入れた。
「貴方が甘やかすからトーマが自堕落を極めちゃったんでしょ!少しは責任を感じなさい!」
………これが皆殺しの死神と亡霊戦団の精鋭達?………な、なんだかイメージが………
呆気にとられたボクに気付いたコヨリさんが、姿勢を正してボクに向き直り、
「もう本当に見苦しくてごめんなさい。私は
コヨリさんは首をかしげてしまった。なるのかしらね、と言われましても………
ん? 百目鬼? 百目鬼って確か………
「百目鬼って、ひょっとして
「ええ、百目鬼兼近は私の父よ。」
「え? 百目鬼博士って結構お歳を召しておられたような………」
あ!言っちゃいけない事だったかな?
「博士は娘みたいな歳の嫁をもらったって話さ。まあ博士自身は独身主義者だったんだが………」
トーマ少佐の台詞をミザルさんが引き取る。
「コヨリの母ちゃんがよ、「一緒になってくれないと私、何をするかわかりませんよ?」って半ば脅迫して夫婦になったって次第よ。傑作だろ?」
こ、こわい。コヨリさんのお母様ってこわいよ!
「ベラベラ余計な事喋ってんじゃねえぞ糸目!そのほっそい目でモノが見えねえようにしてやろうか!」
般若みたいな形相で長い髪を逆立てたコヨリさんが、ドスの効きまくった声で恫喝する。
そして見るからに、見るまでもなく気が短いミザルさんが応戦した。
「事実を言っただけだろうがメス般若!その髪むしってヅラでも作ってやろうか、ええ?」
「上等だ!表に出ろシスコン!」
「船は巡航してんだろブス!格納庫へこい!白黒つけてやらあ!」
罵り合う二人は小突きあいながらブリッジから出て行く。
「………トーマ少佐、止めなくていいんですか?」
ぽてちんを齧りながらトーマ少佐はお気楽な口調で、
「いつものこったからなあ。格納庫にはガンがいるからなんとかするだろ。」
それって岩猿さんが不憫すぎないかな?
………寡黙な仕事師って損するよね。絶対。
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