皇女編22話 明けてぞ今朝は別れゆく
「コッチだよ。コッチ!」
魔女の森を脱出してからしばらく歩いて、キカちゃんは切り立つ岩場の中に隠れた滝へ案内してくれた。
「魔女の森に近いけど、ここのお水は安全だよ♪」
やったぁ!ボク達は渇いた喉を泉の水で目いっぱい潤した。
生き返るぅ~!水ってこんなに美味しいんだね!
ガーゼで濾過した雨水で淹れたコーヒーとは大違いだよ!
キカちゃんは張ってあったテントの中から大きなタライを出してきて水を入れ、固形の発熱材をいれる。
水が入ったタライは重いはずなのにキカちゃんは軽々と持ち上げて、タライをテントの中に入れるとボクに向かってニパッと笑った。
「すぐにお湯が沸くよ!ローゼ様、髪を洗おー!」
やったぁぁ!やっと湯浴みが出来るよぉ!
はしゃぐボク達をよそに、げんなりした顔のカナタがグチる。
「………こんな状況で身繕いですか。」
ボクもキカちゃんもタッシェも女の子だもん!身繕いは大事なの!
「カナタ、覗いちゃダメだからね!」 「キキッ!」
一応釘を刺しておこっと♪
キカちゃんが純粋そのものの瞳で、真っ直ぐな視線をカナタに向ける。
「カナタはえっちなの?」
純真少女にストレートな疑問を投げかけられたカナタは、オーバーな身振りを交えて弁明する。
「ち、ちがっ!ちがうから!オレは決してエッチな男じゃ……」
「………太刀風、カナタから目を離しちゃダメ。」
「ガウ!(御意!)」
純真少女に疑いの目を向けられたカナタはしょぼ~んとうなだれた。
ちょっと可哀想だったかな? でもカナタがエッチなのは事実だもんね♪
テントの中でボクとキカちゃんはまず髪を洗った。
なかなか泡立たない。やっぱりすごく髪が汚れてたんだなぁ。
髪を洗った後にキカちゃんをタライにいれて体を洗ってあげる事にする。
キカちゃんはちっちゃいから体を丸めればなんとかタライに入れそうだ。
タライの中で膝を抱えたキカちゃんの体を、石鹸をつけたタオルで洗ってあげる。
なんだかお姉さん気分だよ。遅まきながらボクのお姉さん計画はここに成就したね♪
「今度はキカがローゼ様を洗ってあげるね!タライの中で立って立って!」
キカちゃんはタライの中で立ったボクを丁寧に拭いてくれる。
はあぁ、今日生き返るのは二度目だよ。石鹸がこんなにありがたいモノだったなんて!
タッシェは石鹸に興味津々みたいで抱きついて遊んでる。全身泡だらけになったタッシェは楽しそうだ。
テントには着替えまで用意してあって、まさに至れり尽くせりだった。
着替えたキカちゃんが歯ブラシを渡してくれたので、ボク達は3人仲良く滝の傍で歯を磨く。
「こーひーも持ってきてるんだよ、飲む?」
カナタは凄く嬉しそうだった。
「コーヒーはありがたいな。淹れてくれるかい?」
「雨水で淹れたコーヒーは散々飲んだじゃない?」
「あれはまともじゃない水を飲みやすくする為にコーヒーにしただけだよ。軍隊じゃよく使う手だ。」
そうだったんだ。ただのコーヒー好きなのかと思ってたよ。
「クッキーもあるから!ローゼ様も手伝って♪」
命の恩人のカナタの為だもんね。今は皇女は休業してメイドさんになってあげる♪
テントに入ったキカちゃんは中からそっとカナタの様子を窺う。
カナタが滝の傍にいて背を向けてるのを確認してから、キカちゃんはテントに置いてあった小型のトランクを開けた。
トランクだと思っていたのは小型の無線機だった。
キカちゃんは素早くダイアルを合わせ、通信を始める。
そしてボクに簡易ドリップ式のコーヒーセットとクッキーが入ったバスケットを渡し、目で合図する。
………カナタの目を盗んで通信、キカちゃんはやっぱり兵士なんだね。でも………
「こちらゴースト3、ファントムリーダー応答せよ。こちらゴースト3、ファントムリーダー応答せよ。」
ザザーとノイズが混じりながらだけど、応答が返ってきた!
「………こちらファントムリーダー。ゴースト3、状況を報告せよ。」
ボクはコーヒーの準備をしながらキカちゃん達の会話に耳をそばだてる。
「レガリアの奪還に成功。繰り返す、レガリアの奪還に成功。」
「了解した。損耗状態は?」
「問題ナシ。ゴースト3、4、共に健在。」
ゴースト4は太刀風の事に違いない。これが軍隊式の通信なんだ。
「了解、ゴースト3。すぐに……」
「ファントムリーダー、異物の混入あり。」
!!
「報告せよ、ゴースト3。」
「異物とは同盟の
「キカちゃん、通信を代わって!」
「え!? で、でも……」
「お願い!」
「姫が傍にいるのか。ゴースト3、代わっていいぞ。」
トーマ少佐の許しが出たので、キカちゃんはマイクをボクに渡してくれる。
「トー……ファントムリーダー、救助ありがとうございます。」
危ない。トーマ少佐って呼んじゃうトコだったよ。
「無事でなによりだ。よく生き延びていてくれた。」
「ボク一人なら間違いなく死んでいました。森でひとりぼっちになっていたボクを助けてくれたんです。………同盟の剣狼カナタが。」
「………なにやらケッタイな状況になってたみたいだな。詳しい事情は後で聞こう。姫が言いたいのは剣狼に手を出すなって話だろう?」
「はい、お願いします。ボクは約束したんです。姫様パワーで剣狼を逃がすって。」
トーマ少佐は愉快そうな口調で、
「姫様パワーねえ。………いいぜ。他の捜索隊も引き揚げさせよう。でないと面倒が起こりかねんからな。それからその通信機を剣狼に渡してやりなよ。そこにある補給物資もな。異名兵士ならそれで十分なはずだ。」
「ありがとうございます!」
「姫に二枚舌を使わせる訳にはいかんからな。剣狼の件は了解した。ゴースト3に代わってくれ、姫達の回収の段取りをつける。」
ボクはキカちゃんにマイクを返し、カナタのところへコーヒーとクッキーを持っていく事にした。
流れる滝を前にボクとカナタはコーヒーブレイクにする。
太刀風とタッシェはクーラーボックスにあったミルクを飲んでいるからミルクブレイクかな?
カナタは金属カップのコーヒーを啜りながら満足げだ。
「簡易ドリップとはいえ、まともなコーヒーを飲むのは久しぶりだぜ。生き返るねえ。」
「良かったね。カナタはコーヒー党なの?」
「まーね。………それで内緒話は終わったかい?」
ボクはギクリとして言葉に詰まってしまった。
「………あの、あのね……」
「隠さなくてもいいよ。大方テントの中で通信でもしてたんじゃないのか?」
「うん、実はそうなんだ。」
「後でキカちゃんに教えてやんな。腕時計にも注意しろって。」
カナタは左手を上げて腕時計を見せてくれた。腕時計の強化ガラスにはボクの顔が映っている。
そっか、腕時計で背後の様子を伺ってたんだ。抜け目がないなぁ。
「それで? オレをとっ捕まえる算段はついたのかい?」
カナタ………ひょっとしてボクを疑ってるの?
「ううん。そんな事はしないしさせない。ボクを疑ってるの?」
「いんや。疑ってたらここまでついてこないよ。森を出た時点で逃げ出してるさ。」
「もう!だったら試すような事を言わないで!他の捜索隊もじきに引き揚げるから心配ないよ。」
「そうか。だったらしばらく身を隠してから動きますかね。」
「テントにある無線機と物資を持っていっていいよ。ボク達は救助を待つだけだから。」
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらおう。」
クッキーを口に放り込んでから、カナタは立ち上がった。
ボク達のお別れの時がきたみたいだ。
たった1週間ほどの短い間だったけど、泣いたり怒ったり笑ったりしたよね。
泣いてたのはボクだけだけど。
悲しい出来事があって怖い思いもしたけれど、ボクは魔女の森で過ごした日々を一生忘れないから。
「お、キカちゃんがテントから手招きしてる。通信は終わったか。」
カナタはテントに向かって歩いていく。ボクは森でそうしてたように後をついて歩く。
ボク達がこうして一緒に歩ける日は………また来るのだろうか?
「無線機だけじゃなく物資までもらっちゃって悪いね。こんだけありゃどこかの街までは辿り着けるだろ。」
リュックを背負い、無線機のトランクを手に携えたカナタをボク達は見送りに出る。
太刀風の頭に乗っかったタッシェは寂しそうな目でカナタを見つめる。
「………タッシェ、ローゼと仲良くな。」
「………キィ………」
「………カナタ、もう会わないといいね。」
キカちゃんがポツリとそう言った。
「そうだな。今度会ったら殺し合いだろうからなぁ。会わないにこしたコトはない。」
カナタはキカちゃんのアタマをポンと叩いて背を向けた。
「………ローゼも元気でな。」
カナタは後ろ手に手を振って、岩に囲まれた渓谷の出口へと去っていく。
………行かないで!!ボクと一緒に来てよ!
そう言えれば良かったのに言えなかった。
カナタにも大事な人達がいる。カナタの帰りを待つ人達が。だから………止められない。
だったら………そうだ!
「みんなちょっとだけ後ろを向いてて。」
キカちゃんと太刀風のアタマを掴んで、強引に後ろを向かせてからボクは駆け出した。
「カナタ!命を助けてくれたお礼をするのを忘れてた!」
「お礼?」
振り向いたカナタに飛びついて頬にキスしてあげ………って!きゃあ!
ボクは見事に石に躓いて、抱きとめようとしたカナタに勢いよくキスしてしまった!頬じゃなくて唇に!
つんのめりながらキスしちゃったせいで歯と歯があたってちょっと痛い。
ボクの両肩を受け止めたカナタは咳払いしながら、
「コホン。………見事なダイブだった。いい兵士になれる。」
それでフォローしてるつもり!?
「ちがうのちがうの~!ホ、ホントはね!頬にキスするつもりで……」
「じゃ、じゃあ事故ってコトでノーカンにしようか。」
「ボクのファーストキスをノーカン扱いしないで!」
「………どないせえっちゅうのよ………」
カナタのトホホな顔を見てると可笑しくって笑いがこみ上げてきた。
ボクとカナタは一瞬顔を見合わせた後、こらえきれなくなって思いっきり笑った。
ひとしきり笑った後に軽くハグして両手で握手して………それからお互いに背中を向けて歩き出す。
カナタにねだって教えてもらった蛍の光を歌いたくなったから………小声で歌った。
………明けてぞ今朝は別れゆく………さきくとばかり歌うなり………この歌詞って、今のボクの気持ちそのものだ。
ボク達の交差した運命………一度は別れるけど、ここが終点じゃないよね?
………そうだよ。いつかきっと交わる日がくるって信じてるから!
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