皇女編21話 魔女の森のヌシ
二つの黒い影がボクとカナタを迷路のような森の出口へと導いてくれる。
「犬の方向感覚って凄いんだね、カナタ。」
口に刀を咥えたカナタは喋って返事が出来ないからテレパス通信で返事をしてくれた。
(方向感覚より確実な方法だよ。)
(なに?)
(犬なんだぜ?)
あ!言われてみればそうだ。太刀風は自分の匂いを辿って森の出口に向かってるに決まってるよ。
いくらあらゆる計器が狂っちゃう森でも匂いまで消える訳じゃない。
ましてや太刀風はバイオメタル犬、普通の犬とは嗅覚の精度が違うはずだ。
じゃ、じゃあ確実に森を抜けるルートを太刀風は走ってるんだ!
でもここは魔境と恐れられる魔女の森、脱出行は一筋縄ではいかないに決まっている。
猛獣、怪鳥、巨大蛇!行く手を阻む魔女の森の
でもボクを守ってくれるのも、人外の域に到達した超人兵士と超犬兵士。
群がる魔獣を斬り伏せ、嚙み殺し、出口に向かって疾走する。
激闘を繰り返しながら走破を続け、日が暮れてきたので岩陰で夜を明かす事にした。
魔女の森の魔獣は夜行性、休息も取らずに徹夜の脱出行は危険すぎると、カナタとキカちゃんの意見が一致したからだ。
キカちゃんがルート上に隠しておいた携帯食で食事を済ませた後に、カナタが歩哨について提案する。
「見張りはオレとキカちゃんが交代で……」
「太刀風がいるから大丈夫。みんなで寝てても太刀風の感覚なら問題ない。」
「そっか。なら任せよう。頼むぜ、太刀風さん。」
「ガウ!(承知!)」
あっさりとカナタはキカちゃんの提案を受け入れた。
ボクだけ蚊帳の外だなぁ。手練れの兵士同士の連帯感みたいな会話には入っていけないよ。
(ローゼ様も安心して寝ていいよ。カナタにはナイショだけど、キカはとっても耳がいいから。寝てても絶対に敵の接近には気が付くんだよ。)
キカちゃんの名前は聞猿だ。って事はすごく耳のいい兵士なんだね。
キカちゃんの聴力に太刀風の嗅覚、トーマ少佐はこのコンビならボクを見つけられるって判断したからこそ送り出してきたんだ。
ボクの隣でカナタはもう寝ちゃってた。
無理ないか。足手まといのボクを抱えて、安心して眠れた夜なんてなかったはずだ。
寝言を言いながら寝てるよ、なんて言ってるんだろ?
「……おっぱいぱい。……おっぱいがいっぱいであります、同志…………」
もう!カナタのエッチ!また1点減点だからね!
「起きて!敵だよ!」
キカちゃんの声で飛び起きる。
「どこ!? 敵って!」
「1000メートル先、近づいてくる!なんだろ、この心音? 聞いた事がない………」
「速さは? 他にわかる事も全部教えてくれ。」
危機を察知するとカナタは冷静に状況の分析を始める。いつもそうだった。
「かなり速い、もう900切った。残り距離850、獣の足音、四足歩行、推定体重800キロ!」
800キロ!ウソでしょ!最大級の熊でも600キロだって聞いたよ!
「こりゃ逃げられそうにないな。迎え撃つしかねえか。キカちゃん、最悪の場合はオレが食い止めるからローゼを太刀風に乗っけて逃げろ。」
「わかった!」
「わかりたくないよ!カナタを置いて逃げるなんて出来ない!」
「最悪の場合の話な? まだ置いていかないでくれよ。」
キカちゃんの指し示す方向からもう獣の足音が聞こえてくる。
………僅かだけど地面も揺れているような気がする。どれだけ大きい魔獣なの!
そしてボク達の目の前に現れたのは巨大な虎みたいなフォルムの魔獣、ネコ科の猛獣の成れの果てとしか言いようがない化け物だった。
熊よりも大きい体だけど体毛がなく、紫色に脈打つ血管が剥き出しの異形の巨体。
鋭い乱杭歯が不規則に生えた不自然なほど大きい口を開けて、ボク達を威嚇してくる。
うなり声も壊れたラジオのノイズみたいに耳障りで、森中に響きそうな大音響だった。
顔には3つの目があって、目の回りには小さな宝石のような突起がついてる。なんなの? この怪物は!
「これぞ魔獣って感じのクリチャーが出てきたもんだねえ。元は虎かライオンかな? この巨体は森の瘴気にあてられて成長細胞がぶっ壊れたんだろうなぁ。」
カナタは呑気に分析なんかしてるけど、大丈夫なの?
「カナタ、心臓狙いは効かないよ!変だと思ったんだ。コイツ心臓が二つある!」
キカちゃんがカナタにアドバイスする。
「ははぁ。なるほどねえ。この巨体を無理なく動かすのに心臓が1個じゃ足りねえってか。まさに合成獣って感じだなあ。」
合成獣はしきりに威嚇を繰り返すけど、カナタは一向に怯まない。
シビレを切らした合成獣はカナタに向かって、胃液を吐いてきた!
「ゲロブレスとは味な真似をすんじゃねえか!」
カナタは胃液を跳んで躱したけど、地面からは白い煙が上がってる!た、ただの胃液じゃないよ!
「………強酸性の胃液か。どういう体してんだか。こりゃ魔女の森のヌシに出会っちまったかな?」
世界一ツイてないって自嘲するのも納得だよ!最後の最後になんでこんな怪物に出会っちゃうの!
「ガウ!(姫、お乗りを!)」
(太刀風、カナタを置いて行けない!)
「ガウ!ガルル!(姫が傍にいては!)」
そうだね。ボクが傍にいたらカナタが戦いにくいはず。
「タッシェ、入って!」
胸ポケットを叩くと、ボクの肩の上で歯を剥いてたタッシェは素早くポケットの中に潜り込んでくれた。
タッシェを退避させたボクが黒い背中に跨がると、太刀風は疾風のように駆け出し、距離をとる。
(太刀風、離れすぎないで!)
「ガウ!(御意!)」
ボクとタッシェは離れた場所から魔獣と超人の戦いを見守る。
カナタはキカちゃんの脳波誘導手裏剣の援護を受けながら魔獣と渡り合う。
魔獣の牙を刀で止めたカナタの瞳が金色に輝き、魔獣の目を捉えた!
魔獣の耳のらしい穴から激しく血が噴き出して、異形の巨体がスローモーションのように倒れていく。
「どんだけ図体がデカかろうと、脳を内部から破壊されたんじゃどうにもなんないよな。」
!!!………待って!!
「カナタ危ない!!」 「キキッ!!」
ボクの叫びに即応してカナタは身を翻す。
身に迫る魔獣の爪を間一髪でカナタは躱し………切れてなかった。
アーマーコートを切り裂かれ、胸から激しく出血してる!
「カナタ!大丈夫!」
「大丈夫だ、と思いたいね。傷は心臓までは届いてないから。……グッ!………ご丁寧に爪に毒まで持ってるたぁ恐れ入ったぜ。開発部の連中に教えてやんなきゃな、スゲえ生物兵器がココにいますよって。」
減らず口は叩けるみたいだけど、ホントに大丈夫なんだよね!信じてるからね!
「死んだふりの後は邪眼対策に目を瞑りましたか。獲物の風下から近付いてくるあたりといい、オヌシなかなかの切れ者ですな?」
切れ者の魔獣は再びカナタに襲いかかる。
「脳に大ダメージが入ってるはずなんだが、人間みたいに繊細な脳味噌はしてませんってか!」
カナタは魔獣の死力を振り絞った猛攻の前に防戦一方だ。強がってるけどダメージが大きいのはカナタも同じ………頑張って!カナタ!
「目を瞑ってるのに正確に狙ってくるじゃねえかよ!………なる、その目の回りの宝石みたいなのはピット器官か!」
ピット器官?
「キカちゃん!なんでもいいから火をつけれるか!デカいほどいい!」
「うん!」
キカちゃんは元気よく返事をすると両手を組んで印を結ぶ。
「業火絢爛の術!」
キカちゃんの回りに炎の柱が並び立ち、四方八方に火球を撒き散らす!
それを見たカナタは素早く火柱の後ろに身を隠した。
そうすると魔獣はカナタやキカちゃんのいる場所がわからなくなったらしい。
キョロキョロと顔を動かし、カナタ達を探す。
もちろんキカちゃんは黙って見ていない。ここぞとばかりに炎を纏ったクナイを投げつけ、魔獣を痛めつけていく。
足を狙ってるあたり、キカちゃんも手練れだ。
やむを得ず目を開いた魔獣の前にいたのは、黄金の目を輝かすカナタだった。
カナタの邪眼は今度こそ魔獣を捉え離さない!
森の外まで響きそうな断末魔の悲鳴を上げ、魔獣は動かなくなった。
恐るべき魔獣の最後を見届けたカナタはガックリと膝をつく。
駆け寄ったキカちゃんがポーチから止血パッチを取り出し、カナタの傷口に張り付ける。
「だいじょぶ?」
「だいじょぶですとも。わりかし頑強に出来ててね。」
ボクも太刀風の背中から降りてカナタに駆け寄った。
「ナイスアシスト、ローゼ。おかけで命拾いしたよ。よく死んだふりだってわかったな?」
「魔獣から殺意の思念を感じたから。………無事で良かった。本当に無事で………」
「泣くなよ。こうして無事だったんだからさ。」
「うん。でも魔獣はどうしてカナタ達を見失なったの?」
「ピット器官は天然のサーモセンサーだからな。熱しか感知出来ない、火に囲まれたらお手上げなのさ。」
そっか。それで姿を見失ったんだ。
「空が白み始めた。ちょいとキツイがもう出発しよう。こんな化け物がもう一回でたら面倒だ。」
もちろん異論があるはずもない。早く魔境から脱出しないと!
魔女の森のヌシとの戦闘から、さらに数時間走った後に待望の景色見えてきた。
荒れ果てた大地!森の出口だ!
「抜けたぁ!もうこの先に森はないよ!」
一番乗りで森を出たキカちゃんが万歳する。
森を出たボク達は小躍りしながらガッツポーズをしたり、手を叩いたりして喜びを分かち合った!
やったね!ボク達は………魔女の森を脱出出来たんだ!
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