懊悩編9話 悪魔の願いのかなえ方
※前回に引き続きリリス視点のお話になっています。
※作者より この世界での日本にあたる国はイズルハ。漢字では出覇。イズルハの人々を覇人、イズルハ列島の都市国家群の総称として覇国と表記する場合があります。覇国には照京という京都に相当する都市国家があり、京なんちゃら、例えば京人形という表記があれば、それは現実の京都ではなく照京の事を指します。
准尉の悩みはやっぱりホタルの事だった。
ナツメかホタルのどっちかだろうと思ってたから、特に驚きはしないけどね。
准尉は目を瞑り、自分も考えをまとめるかのように話し始める。
「まず、オレがホタルについて知っているコトを話していく。聞きたいコトがあったら途中で聞いてくれればいい。」
「オッケー、さあ話して。」
「まず、ホタルの性格や人間関係なんだけど。
①オレのコトが嫌い、おそらくアギトのコトはもっと嫌い。
②潔癖症で病的とまでは言わないが相当な綺麗好きである。
③敵兵の死体の縫合までやる、子供にも懐かれる心優しい女性である。
④火隠れの里のみんなを家族のように大切に思っている。
⑤シュリとは生年月日まで同一の完璧な幼馴染みである。
⑥シュリとは幼馴染み以上の感情を持っていそうだ。
⑦マリカさんの親友であるシグレさんとはとても親しく敬愛している。こんな感じだ。」
「そんな感じね。まずはそこが話の前提って事でしょ? 続けて。」
「シグレさんとアギトは二年前に決闘をしてアギトが勝った。シグレさんの顔の傷はその時の名残だ。解せないのはその決闘はシグレさんからアギトに挑んだモノだった。オレはこの件はホタルとは無関係だと思ってたんだが、違ってたかも知れない。」
「シグレが決闘を挑んだ? 自制心の塊みたいなあのシグレが? 理由は一体なによ?」
「不明だ。シグレさんは上官である司令にも、親友であるマリカさんにも、決闘の理由を話さなかったそうだ。」
「シグレが貝になったら絶対に口を割らないわね。墓場まで持っていくでしょうよ。」
「だろうな、そんなシグレさんは秘密を打ち明ける相手としては最良だと思うよ。」
「そうよねえ、シグレを漢字二文字で表せば至誠、だものね。」
「これはシュリから聞いた話なんだが、シュリとホタルは幼馴染みでずっといい関係だった。でも二年前からちゃんと目を合わせなくなって、どこかよそよそしくなったんだそうだ。シュリが言うには以前にはなかった壁が突然できたって感じらしい。なんで突然、そんな壁が出来たんだろうな。」
「シグレとアギトの決闘も二年前よね? なにか関係があるのかもしれないわ。」
「そう、シグレさんとアギトの決闘、ホタルとシュリ間に出来た壁、これが両方とも二年前の話なんだ。この二つの出来事の時期の一致が分かった時、ぼやけてた輪郭がハッキリしてきた。話が繋がってきたような気がしたんだ。明日にでも司令とシュリに詳しく聞き込んで確認するつもりだけど、たぶんホタルとシュリの間に壁が出来た少し後に、シグレさんとアギトの決闘があったんだと思う。」
「准尉はシュリの方をお願い、司令からは私が聞いておくわ。どうせ明日もイスカの書類仕事の手伝いだから。」
「わかった、そっちは頼む。それでな、オレがシグレさんに師事するコトになった時に、ホタルに喧嘩を売られたんだ。で、その時はオレも本気で頭にきたんでホタルを睨みつけたんだけど、オレに睨まれたホタルの目は怯えていたように思うんだ。でも今にして思えばあれってオレに怯えていたんじゃなくて、この顔、アギトそっくりのこの顔に怯えたんじゃないかな。」
「二年前、ホタルはアギトになにかされた。その事を知ったシグレは義憤にかられてアギトに決闘を挑んだ、か。う~ん、違うんじゃない? ホタルがアギトからなにかされたんなら、まずマリカやシュリ、家族同然の火隠れの仲間に相談するはずよ。瞬間湯沸かし器のマリカはアギトと殺し合いになりかねないから言えなかったとしても、シュリやラセンやゲンさんはそんな事もないでしょ。」
「そこでリリスに聞きたいんだが、ホタルの貞操観念ってどんな感じだと思う?」
「京人形みたいな見た目通りの、古式ゆかしい覇人女性の価値観そのものなんじゃない?」
「オレもそう思う。そういう古式ゆかしい女性にとって婚前交渉ってどんなモンだろうね?」
「ん~………基本NGなんじゃない? もちろん完全否定するかどうかは人によりけりだろうけど、ホタルの場合は結婚するまで純潔を守るタイプだと思うわ。可哀想にシュリは当分の間は童貞ね、お気の毒。あ、私は准尉相手なら婚前交渉はオッケーよ、心配しないでね。」
「………そんな心配はしてないんだが。………そうだよな、ホタルは真面目で古式ゆかしい潔癖症。そこなんだよ問題は。」
…………あ!! 被害者が被害を受けたのに声高には出来ない事情。家族にだけは、恋人にだけは死んでも知られたくない秘密!!!
「准尉!ホタルってまさかアギトに!!…………なにが氷狼よ!!最低のケダモノじゃない!!!」
「アギトは獣欲剥き出しのケダモノで、ホタルはその毒牙にかかった。…………そう考えれば辻褄が合っちまうんだ。ホタルがオレを嫌う理由。…………忌まわしい記憶を否応なく呼び覚ます…………この顔だ。」
「…………!!そんな、そんな事って!!…………いえ、辻褄は合ってる。アギトには動機がある。おそらく准尉の推測は当たってるわ。」
准尉が私に相談する事を躊躇った理由も分かった。確かに子供とはいえ、女である私には話したくなかっただろう。
「…………………ホタルは二年前にアギトの毒牙にかかった。真面目で古式ゆかしい潔癖症のホタルが犬に噛まれたと思って忘れられるワケもない。身を穢されたと思って苦しんで苦しみ抜いたハズだ。死すら意識したんじゃないか? 恋慕を寄せるシュリの顔を見るたびに、どんな思いが頭をよぎったろうな。」
「それでシュリとの間に壁が出来たのね。そして苦しみ抜いて、それを仲間に隠し通す事にも疲れ果てたホタルは尊敬していて口の固いシグレに秘密を打ち明けた。」
「ああ、そして人一倍義侠心の強いシグレさんはアギトを許せなかった。アギトに落とし前をつけさせる為に決闘を挑んだんじゃないか? たぶん、私が勝ったら誠心誠意ホタルに詫びてガーデンから出ていけ!そして二度とホタルの前に姿を現すな!といったトコじゃないかな?」
「それなら納得がいくわね。シグレは自制心の塊だけど、それ以上に義に生きるサムライでもあるもの。可愛がっているホタルの名誉と尊厳の為ならば、分が悪いのは承知の上で
「決闘の理由を親友のマリカさんにも語らなかった理由も分かる。言えるワケないよな、ホタルは火隠れの仲間には知られたくないから、シグレさんに秘密を打ち明けたんだから。でも決闘の件は余計にホタルを傷つけただろう。秘密を打ち明けたばっかりに、シグレさんにまで迷惑をかけてしまったってな。だけど司令は決闘の事情が分からずともシグレさんを信じ、アギトを追放した。実に正しい判断だったな。」
「そうね。准尉の叔父を悪く言いたくはないけど、控え目に言っても人間のクズとしか言えないもの。」
「オレは叔父なんて思っちゃいないから気にすんな。サンピンさんから聞いたけどアギトは人を故意に傷つけて楽しむサディストで、マリカさんがエースって呼ばれて信望を集めてるのが気に入らなかったんだ。ホタルに酷い仕打ちをしたのだって、マリカさんへの当てつけだよ。マリカさんの大切な仲間を傷つけて、せせら笑ってやがったに違いないんだ!なにが氷狼だよ、ただのケダモノじゃねえか!もう死んでるのが残念だ、叶うならオレがこの手でブッ殺してやりたいぜ!!」
准尉の怒りは相当激しいわね。私も正直気分が悪いけど。悪党は嫌いでもないけど外道は別だ。
「ガーデンを追放されたアギトは、ほどなく天罰が下って戦死した。神様もたまには仕事をするみたいね。」
「ああ、加害者のアギトは死んだ。シグレさんが秘密を漏らすコトはない。ホタルの心には少し平穏が訪れたワケだ。」
「ええ、准尉がガーデンに現れるまではね。准尉は忌まわしい記憶を想起させるアギトそっくりの顔。しかも火隠れの仲間や1番隊の隊員達と見る間に馴染んでいく。マリカに目をかけられ、幼馴染みのシュリとは親友になった。ラセンやゲンさんにも期待されてて、雪ちゃんも懐いてる。ウォッカ、リムセ、アクセル、タチアナ、准尉を信頼してる人達は、同時にホタルにとっても大事な仲間。まるで自分の居場所をアギトの亡霊に浸食されているような気持ちになってんじゃない?」
「だと思う。ガーデンに来るまで水晶の蜘蛛とは全く接点がなかった新米兵士のオレに、あそこまで敵愾心を持つのはそういうコトなんじゃなかろうか。」
准尉はそう言って沈黙した。悩みを実際に言葉にした事によって心が波打ったのを落ち着かせているんだろう。
私も少し考えてみる。
……………私の身に同じ事が起こったらどうだろう?
地獄に落としてもあきたらない憎い
受け入れる自信はない。例えその甥になんら罪はないと分かってはいても。
……………人間は忘却する生き物だ。忘れるからこそ生きていける。
どんなに辛い出来事も思い出も、時が風化させてくれるから。
痛みに耐えかね膝を着き、背中を丸めようとも、時が癒し、やがて立ち上がって未来へ歩いていけるのだ。
忘却は神からの人への贈り物なのかも知れない、私は無神論者だけど。
時折、過去を振り返って痛みを思い出し、唇を噛み締める事もあるだろう。でもそれも人生の
………だが時折でなく毎日となると話は別だ。
忘れ去りたい過去、封印したい記憶を、アギトそっくりの准尉の顔に想起させられ、封印を解かれる、か。
准尉の入隊はホタルの過去との戦いの始まりを告げるゴングの音だった訳だ。
…………ホタルと私に違う点があるとすれば、私はホタルみたいに目を逸らせたりしない事だ。
ホタルはシュリの目を真っ直ぐ見る事が出来なくなっている。
秘密に感づかれてしまうかも知れない、身を穢された自分はシュリに拒絶されてしまうかも知れない、そんな考えに心を支配されてしまっている。
身を穢されたなんてホタルが考えてるのなら、それは勝手な思い込みだけど。膜の1枚で人間の価値が変わってたまるもんですか!
私はホタルとは違う。なにが起ころうと准尉の目を真っ直ぐに見つめられるわ。
准尉は私の悲しみも苦しみも受け止めてくれるって信じてるから。いえ、知っているから。
私の物差しじゃホタル、アンタの恋慕は軽すぎるわね。
シュリはそんな器のちっちゃい男じゃないわよ、准尉の親友なんだから!
なんで信じてあげらんないのよ!アンタとの間に壁が出来た事にシュリだって傷ついてんのよ!
全部さらけ出して身を任せてみればいいじゃない、それでシュリが拒絶して去っていったとしてもそれが何?
そんなチンケな男はコッチから願い下げ、ただそれだけの事じゃない!
だいたいホタル、アンタ、シュリの事ちゃんと見てないでしょ!
お人好しでお節介で、どんな荷物だって背負おうとする不器用眼鏡なのよ!
アンタの抱えた重荷だったら喜んで一緒に背負おうとすんに決まってんじゃない!
…………いや、私がホタルをどうのこうのいうのはガキの言い草ね。
仮に災厄が起こってもこう出来るっていうのは簡単、実際に災厄が起こったからどうするっていうのは困難だ。
だから私はホタルとは違うと断ずるのはアンフェアだ。
考えるべきは…………私の立ち位置だ。重要なのはそこだ。
考えるまでもないか。私の立ち位置はハナから決まっている。
私の立ち位置は常に准尉の隣。いつだって准尉に寄り添う側に立つ。
ホタル、アンタが准尉に敵愾心を持つ理由は分かったし、理解出来なくもない。
でもその敵愾心を行動に移したら、私は黙っちゃいないわよ!アンタをガーデンから排除してやるわ。
准尉がそんな事を望まないのは分かってる。
でも准尉は1番隊が好きで、ガーデンにいたいと願っているの。
……………主の意想に反しようが願いをかなえるのが悪魔、私は准尉の為なら悪魔になれるわ。
だって私は「悪魔の子」なんですもの。
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