懊悩編8話 会話のツカミは大事でしょ?



※前回に引き続きリリス視点のお話です。



まさか速読の才能がこんなに役に立つなんて思わなかったわね。


でも流石にこの量を夕方までに片付けるのは無理がある。


「イスカ、今日は准尉とすき焼きパーティーだから、夕方には私は引き上げるからね。」


「ああ、出来る範囲でかまわん。」


「クランドはどうしたのよ? いつもみたいに手伝わせたらどうなの?」


「昨日のバカ騒ぎで暴飲暴食した挙げ句に、徹夜のボーリング大会までやらかしたらしい。今日は使いモノにならん。」


「使えないジジィね。年を考えなさいよ、みっともない。」


「たまにはよかろう。誰だってはっちゃけたい時はある。」


「それを否定はしないけど、はっちゃけるにも限度があるんじゃない? ま、イスカもいくつになったかは知らないけど一つ歳をとったんでしょ? いつまでも若いなんて思わずに無理はしない事ね。」


「それは私に喧嘩を売っている、とみなしていいんだな?」


「厳然たる事実を指摘してるだけでしょ?」


「フン、吹いていろ。おまえにだって誕生日が呪わしい日になる時がやってくるんだからな。」


………ん? この損益計算書ってちょっと変ねえ。


「イスカ、この損益計算書を見てみて?」


「どれ…………なにか変な気はするが………リリスの意見を聞かせてくれ。」


「数字の付け替えをしてるんじゃないかしら。こないだ見た同じ会社の書類と矛盾している部分もあんのよ。」


「よく覚えてるな、伊達に天才やってる訳じゃないか。そこいらの会計士なんぞ足元にも及ばんな。」


「実際の損失はもっと大きいかも知れないわ。そこを誤魔化そうとしてんじゃない?」


「損失隠しか、事実とすればいい度胸だ。本社の所在地は、と。久しぶりにリグリットに行かねばならんようだ。そう言えばカナタも統合作戦本部で将校カリキュラムを受講せねばならんのだったな。ついでに連れてってやるとしようか。」


「リグリットには私も行くわよ。」


「物見遊山じゃないんだぞ。大人しくお留守番してろ。」


「ヤ!行くったら行くの!行く行く行く行く行く行く行く行く行く行く行く行くイクイクイクイクイクゥ!イッちゃうの~♡」


「ええい、駄々っ子か!しかも最後の台詞は聞き捨てならんぞ!毒舌はかまわんが、私の前ではお下品トークは控えろとあれほどだな………」


「置いていくならイスカの歳をガーデン中で吹聴してやるから!」


「おいリリス!貴様さっきは私がいくつになったか知らないけど、と言ったろう!」


「嘘に決まってんでしょ。知らないふりをしてあげてたダケよ。こんだけ書類仕事を手伝わせといて歳がバレないとでも思ってた訳? ざ~ん~ね~ん~でした! イスカが18歳で役員になった会社の書類を見ちゃったから、逆算すればチョンバレで~す。」


「ぐぬぬ!書類仕事を手伝わせたのがこんな形で裏目に出るとは………」


「連れてくの? 置いてくの? どっち?」


「わかったわかった。連れていってやろう。「悪魔の子」の面目躍如だな。」


悪魔の子? なによそれ!


「悪魔の子って、まさか私の事じゃないでしょうね!」


「おまえのβ街道での化け物っぷりを見たヒンクリー師団の一般兵士の間で広まっているらしい。全軍に拡散するのも時間の問題だろう。戦闘ヘリから放たれた対人ミサイルの雨をドームみたいな念真障壁で防御していたからな、そりゃ目立つさ。」


「納得いかないわ!超絶美少女天使とか、美少女戦乙女とか、私に相応しい異名なんて、いっくらでもあるでしょ!なんでよりによって悪魔の子なのよ!断固訂正を要求するわ!」


「美少女だと主張したいのは分かったが、人の口に戸は立てられんよ。諦めろ。」


「なんて事なの!私みたいな可憐な美少女が悪魔呼ばわりされるだなんて!これこそ戦争のもたらした悲劇だわ!」


「至極真っ当な評価だとしか思えんがな。まあ、自己評価は自由だ。他人がその評価に追随するとは限らんだけだ。」


………最初に悪魔の子なんて言い出した奴に呪いをかけてやる!




夕方に書類仕事を終えた私は、買い物袋を持って兵舎棟へと帰ってきた。


まったく、私に「悪魔の子」なんて異名がつくなんて世の中どうなってんのよ。


クソみたいな世界なのは分かってるけど理不尽すぎでしょ!


649号室をノックすると准尉が出迎えてくれた。


遠慮なく部屋に上がってエプロンを身にまとい、冷蔵庫に食材をしまい込んでからキッチンに立つ。


キッチンのシンクには半分ぐらい卵粥の残った土鍋が置かれていた。


「口に合わなかった? 体調を考えて薄味にしたのがいけなかったのかもね。」


「いや、口に合わなかったワケじゃない。そっか、体調に合わせて味付けを変えてくれてのかぁ。ありがとな。」


食材を切り分けながら准尉と会話する。悪魔の子なんて不本意な渾名が広まっている事を話すと准尉は爆笑しながら、


「アハハ、悪魔の子ねえ、上手い事言うヤツもいたもんだ。」


「笑い話じゃないわよ。こんな美少女をつかまえて悪魔の子とか、失礼にもほどがあんでしょ!」


「そういや卓袱台と座布団が配達されてきたんだけど………」


准尉はコメントを控えて話題を変えてきた。


ふぅん、コメントできませんか、そーですか!覚えてなさいよ!


「ああ、私が買っといたのよ。食材の切り分けはもうちょっとで終わるから食卓の準備をしといて。」


「オッケー。」


さて、食材はこれでよし、と。さぁ詰問タイムの始まりよ!


「准尉、そこに座って。」


「ん? 準備が出来たのか?」


「いいからそこに座るの!」


准尉は素直に卓袱台前の座布団に座る。


私は准尉と向かい合わせの座布団に座り、詰問を開始する。


「准尉、ゴミ箱を見ました。コンビニでトイレットペーパーを買いましたね?」


「あ、ああ、丁度切れかけてたし、今朝コンビニに寄った時に………」


「私、言ったわよね。トイレットペーパーはドラッグストアで買いましょうって。割高の買い物をするのはお馬鹿さんのやることだって。」


「か、買い置きも切れてたし、時間的にドラッグストアは開いてなかったし……」


「シャラップ!買い置きが切れる前にドラッグストアで買えばよかったんでしょ? 言い訳にならないわ!准尉、私は贅沢しちゃダメって言ってるんじゃないの。准尉が命懸けで稼いだお金なんだから贅沢したって構わないのよ。でも無駄金は使うなって言ってる訳。分かる?」


「う、うん。気をつけます。リリスはホントしっかりしてんよなぁ。でもそこまで怒るコトなくないか?」


「トイレットペーパー如きで怒ってる訳ないじゃない。怒ったフリをしてみただけ。なんて言うのかな、そう、新婚夫婦みたいな会話をしてみたかったのよ。そんだけ。」


「お・ま・え・な~!もっともだなって感心しちまったオレがバカみてえじゃねえか!」


「バカみてえじゃなくて准尉はバカなの。いい加減分かりましょうね?」


「そこまでオレをディスって楽しいのか!ええ!楽しいのかよ!」


「楽しいですがなにか? ま、ツカミはこんなモノでいいかしらね。」


「ツカミとかいらねえよ!寄席よせやってんじゃねえんだぞ!」


少しは元気出たかな? 空元気も元気のうちって言うけれど。


さて、話はここからが本番、なにを悩んでるか教えてもらうわよ。


「で、なに悩んでる訳? ちゃっちゃとゲロしなさい。」


「………べ、別に悩みなんか………」


私は准尉の目を真っ直ぐ見つめて宣言する。


「いいえ、准尉には悩み事がある!私にはそれを共有する権利があるのよ!」


「悩み事を共有する権利って随分と変わった権利だな。でも権利なら行使しない自由もあるんじゃないか?」


「准尉、約束したでしょう? 私と准尉は迷惑をかけ合っていい、迷惑の等価交換をしようって。つまり私と准尉はもたれ合って生きていこうって約束なのよ?」


「そこは支え合って生きていく、に言語変換しとかないか?」


「そんな美辞麗句なんてクソくらえね。私と准尉はもたれ合う関係、相互依存上等よ!だから聞かせて。聞きたいの。」


「……………」


「分かってる、准尉が話してくれないのは私には聞かせたくない話なんでしょ? でもそんな気遣いをされるっていう事の方が私にはつらいの。」


准尉はしばらく沈黙した後、大きく息をついた。


「そうだな、悪かった。正直に言えばリリスの意見を聞きたかったんだ。でも話すべきコトかどうかの判断がつかなくて、そこも悩んでた。」


「悩み事を連鎖させて膨らませちゃってどうすんのよ。本当にそういうトコは不器用ね!で、ナツメの事? それともホタル? どっちかには違いないんでしょ?」


「ああ、ホタルの話なんだ………」




ホタルの話だったか。重い話を覚悟しといた方がいいわね。




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