懊悩編10話 ガラスに映る狂気



※前回に引き続きリリス視点のお話です。



私の立ち位置と、取るべき行動の方針は決まった。


となると確認すべきは准尉の行動方針だ。


「准尉、それでどうするつもりなの?」


「どうもしない。だいたい仮定ってテーブルの上に推論というカードで積み上げたトランプタワーみたいな話だろ? 確証にいたる証拠も証言もない。オレの悪い癖の考えすぎってヤツかもな。少なくとも今の段階じゃ邪推に過ぎない。たられば話に尾ひれをつけたダケ、違うか?」


確かにそうね、証拠も証言もないわ。だから出した結論も事実じゃない、そう言いたい訳?


准尉、今までの自分を否定するつもり? 


つぶさに状況を観察、分析して思考を組み立て答えに到る。それが准尉を支えてきた思考の刃のはずでしょ?


刃をナマクラにしようとしてるのは感情よね。准尉は納豆菌の出した結論が間違ってると思いたいのよね?


「准尉、じゃあ現時点でホタルに嫌われる理由が他にあるって言うの?」


「なくはないだろ。オレがリリスとお下品トークしてるのや、始終おっぱいおっぱい言ってるのが潔癖症のホタルのカンに障るのかもしれない。だいたいオレは万人に好かれる性格なんかしてねえよ。」


「自分で信じてもいない事を言っても私を納得させられる訳ないでしょ? 付け加えれば万人に好かれる人間なんていない。万人に好かれてるって思い込んでる人間は多いけどね。………そうね、私が思うには准尉のワキガの匂いが気に入らないのかもしれないわ。」


「えっ!オレってワキガの匂いがキツいのか!ワキガの匂いって自分じゃ気付かないって聞いたけど!明日にでもヒビキ先生に相談しなきゃ………」


「………ウソよ。」


「ヒビキ先生ならいい薬を処方して………ってウソかよ!やめろよ、そういうウソは!オレってそういうの気にしちゃう方なんだぞ!」


「あら意外と繊細だったのね。准尉の現実逃避したがる姿が滑稽だったから、からかいたくなったの。准尉の納豆菌は優秀よ。今までその納豆菌の出した結論が的外れだった事はないわ。」


「過去にそうだったからって、これからもそうだとは限らないだろ?」


「確かにそうね。准尉、不毛な議論はもうヤメましょう。トランプタワーのようにって言ったけど、それはその通りよ。でもなんの証拠もない脆い結論だけど、理屈は隙間なく積み上がっているわ。私が見た感じじゃ、ホタルは准尉を嫌ってるんじゃなくて憎んでる。人を好きになるのに理由はいらない。でも嫌うには理由がいるわ。ましてや憎むとなると相当な理由がいる、トランプタワーみたいな結論はそれを満たしている。この事実は認めて。」


「……………」


「トランプタワーかイバラの鉄塔かはシグレに聞けば分かるわ、そこから始めましょ。」


「あのな、シグレさんが秘密を漏らすワケないだろ、それこそ不毛ってヤツだ。」


「そんな事は分かってるわ。直裁的に真相を聞けって言ってるんじゃないの。聞き方を工夫して搦め手から、婉曲的えんきょくてきに話せばいい。シグレは相手の技を先読みし、返し技をいれる達人。弟子の准尉が何を考え、どんな答えに到ったかは読めるんじゃない?」


「……………」


准尉は難しい顔をして黙り込み、右手で顔を覆う。


准尉には私の言いたい事が理解できてるはずだ。


答えない理由は分かってるわ、気が進まないのよね。


ゴメンね准尉、ここは追い打ちをかけさせてもらうわよ。


「勿論、シグレが秘密を漏らす事はないわ。でも准尉が真相に辿り着いた事を察すれば、それを匂わせる事は言うでしょう。シグレはそうしなきゃいけないの。分かるでしょ?」


准尉はしばらく沈黙を続けたが、やがて重い口を開いた。


「……………ああ、そうだな。もしトランプタワーが荊の鉄塔だったとすれば、シグレさんはオレに婉曲的に警告しなきゃいけないからな。「誰にも漏らすな」とね。」


「ええ、シグレにとっては准尉がマリカ達に相談するなんて事態は避けなきゃいけない事だもの。ホタルの秘密を守ってやるには、真相に辿り着いてしまった准尉にも沈黙を守らせるしかない。」


准尉は寂しげな表情で苦笑いしながら、


「リリスに相談したのはマズかったな。オレは見事に追い詰められちまった。」


「ゴメンね、でもこの件はハッキリさせなきゃいけない事よ。」


「謝るなよ。リリスを責めてるんじゃないさ。本来、オレが一人で真相を確かめなきゃいけないってのに、オレがこんなだからリリスに背中を押してもらってるんだ。ありがとな。」


「どういたしまして。で、荊の鉄塔だった時はどうするつもり? マリカにだけは事情を話しておくべきだと思うけど?」


「言えるワケないだろ。ホタルが火隠れの仲間にダケは知られたくないと抱え込んだ秘密を、オレがベラベラ喋れるか!」


「あのね!ホタルはアギトに酷い仕打ちをされた被害者だけど、准尉だってホタルからいわれのない仕打ちを受けてる被害者なのよ!オレが我慢してればいいなんて台詞は聞きたくないからね!」


「なんにせよオレは誰にも話すつもりはない。だいたい荊の鉄塔だと確定する時には、シグレさんから誰にも漏らすなって言外に警告もされるんだぞ? 師を裏切る弟子がどこの世界にいるんだよ!」


「リングヴォルト王国の国教、ジェダス教の救世主とやらは13番目の弟子に裏切られてはりつけになったけど?」


「オレにユダになれってのか!?」


「ユダ? 裏切った弟子の名はユノスでしょ?」


「ああそうだった、ユノスだったな。とにかく荊の鉄塔だと確定しても、オレは誰にも話さない。」


そこまでホタルに肩入れする理由なんてないでしょ!シュリの大切な幼馴染みだから?


お人好しにもほどがあるわ!前にも言ったでしょ? 准尉が肩入れする女の子は私だけでいいの!


「シュリにも? 親友なんでしょ!話さなくていいの? あの幼馴染み二人はずっと壁を抱えてろって? 壁を取っ払うには二人で過去を乗り越える以外ないじゃない!」


「そ、それは…………」


「だいたいね、いつまでも秘密を隠し通せるとは思えないんだけど!シュリがホタルへの距離を詰めようとしたらいずれ露見するわよ? 事が露見したその時に准尉はどんな顔するつもりなの!オレは以前から感づいてたけどおまえには黙ってましたって言うのが准尉の友情? ずいぶん安っぽい友情もあったもん………」


准尉の表情を見て私の激昂は、塩をかけられたナメクジみたいにしぼんでしまった。


私は子供で無神経でバカだ。もう!バカバカバカ!


私が准尉を苦しめてどうすんのよ!本末転倒もいいトコじゃない!


「………准尉、私は……………」


「いいんだ、リリスの言いたいコトは分かる。おまえが正しいよ。どこかでケリをつけなきゃシュリもホタルも前には進めない。…………でも少し時間をくれないか? オレに何が出来るのか、いや、しなきゃいけないのかを考える時間を。」


前に進めないのは准尉もなんじゃない?


「拙速は巧遅に勝る、はこの場合には当てはまらないわね。急いては事を仕損じる、でいきましょ。」


人差し指を立ててそう言った私に准尉は、私の見たかった顔を、ホッとしたような笑顔をようやく見せてくれた。


「ありがとな、リリス。おまえにはいつも………」


「はい、ストップ、ステイ、フリーズ! 相互依存上等、私達はそういう関係、でしょ?」


「ああ、そうだったな。遠慮なくもたれかからせてもらおう。」


「どうぞどうぞ。ま、長々辛気臭い話をしたけど、荊の鉄塔ってのは考えすぎで、本当は的外れなトランプタワーかも知れないんだし。実は准尉のカメムシみたいな体臭が大嫌いだったってオチなのかもでしょ?」


「ワキガよりヒデえだろそれ!カメムシみたいな体臭ってどんだけクッサい体してんだよ!オーデコロンが手放せない悲しい体なのかよオレは!」


ん、ツッコミにいつもの元気が戻ってきたわね。


悩みって解決しなくても誰かと共有するだけで気分が楽になるものって聞いたけど本当みたい。


今なら准尉も食事をおいしく頂けそうね。そうよ、そう思おう。


胃が空っぽなのに卵粥をちょっと食べただけで、お腹はすいてるはずだし。


「話にもオチがついたところですき焼きを作ります!」


「お、おう。と、唐突だな。」


「言っておくけど私のすき焼きはメチャうまです。なぜなら割り下を磯吉さんに分けてもらったから!」


「え? それはリリスのすき焼きなのか? 磯吉さんのすき焼きと言うべきなんじゃ………」


「シャラップ!私が所有権を主張した時点で私のモノです!異論は認めません!」


「…………ヒデエジャイアニズムモアッタモンダ」←小声です


「小声でブツブツ言わない!文句は聞こえるように言いなさい!倍返しにするから!」


「…………ハンザワナオキカヨ、オメーハ」←小声です




私と准尉はすき焼きと軍鶏の焼き鳥を食べながら、今度こそ屈託のないお喋りをした。


今朝方、准尉は今日は酒は見たくないなんて言ってた癖に缶ビールを6本も飲んだ。


結構酒豪な体質なのかも知れない。


食事を終え、後片付けを済ませた私は自分の666号室に戻った。


熱いシャワーを浴びてからベットに入り考える。私がどうすべきかを。


准尉はホタルを爆発するとは限らない不発弾だと思っている。いや、そう思い込もうとしている。


時間をかけて除去作業を進めるつもりだろう。それで上手くいくといい、本当にそう思う。


そうすれば私は悪魔にならずに済むんだから。


私の見解は准尉とは違う。ホタルは不発弾ではなく時限爆弾だ、それもスイッチの入った時限爆弾。


爆発の時は必ずくる。それに備えないと。


爆発した時に皆が准尉の味方をして、ホタルが1番隊を抜けて火隠れの里に帰らざるを得ない状況を構築する。


幸い准尉は人望がある、そう難しい工作じゃない。


事情を知らないとはいえ、シュリですらホタルの准尉の対する態度は理不尽だと思っているぐらいなんだから。


まず外堀である1番隊の隊員達から始めよう。外堀を埋めたら内堀、そう火隠れの里の連中だ。


そんな事を考えながら窓に目をやると、殺風景なガーデンの庭を挟んで窓硝子に私の顔が映っている。


私は笑ってなどいないのに、硝子ガラスに映った私の顔は笑っている。


硝子に映った私に、私は問いかける。


「…………なにが可笑しいのよ?」


硝子に映った私は答えない。邪悪な笑みを浮かべるだけだ。


自分が普通じゃない事は分かっている。硝子に映った私、これも私なのだ。




准尉には見せたくない私の……………私の狂気。





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