皇女編12話 臨時守護騎士に任命するね♪
バリーさんとジャクリーンさんの最後を見届けた後、カナタは炎素エンジンになにか仕掛けを始めた。
「………なにしてるの?」
「炎素エンジンをバーストさせる。火葬の代わりにな。ジャクリーンを動かせなかったからヘリに留まっていたけど、ここは沼地にも森にも近すぎてリスクが高い。もう移動すべきだ。」
カナタの台詞は冷たいように感じたけど、よく考えれば当然だ。
いつまでも感傷に囚われず、切り替えて生存する可能性を模索する。
カナタは戦場の掟を分かっていて、ボクは分かってない。甘いのだ、ボクは。
「わかった。サビーナの遺髪を取っておくね。」
「ああ、そうしてくれ。」
工作を終えたカナタは、ヘリの備品の中から使えそうな物を選んでリュックに詰め込み、出発の準備をする。
そしてバリーさんとジャクリーンさんの髪を少し切って小袋に入れた。
「おっと、肝心なモノを忘れるところだった。」
カナタは二人の遺体の首からネックレスのようなモノを外した。
「それはなに?」
カナタはボクにネックレスのようなモノを見せてくれた。
「ジャクリーン・サッカリー。名前だけじゃなく生年月日や血液型も………」
「
そうなんだね。ボクはそんな事さえ知らなかった。………ドッグタグ、か。
誰がそんな呼び方を始めたんだろ。戦争の犬だとでも言いたいの?
「お別れは済んだか?」
「うん、サビーナ・ハッキネン……ううん、サビーナ・カロリングをボクは忘れない。誘拐犯だけど、身を挺してボクを助けてくれた
「………じゃあ起爆する。あばよ、バリー、ジャクリーン。………地獄で会おうぜ。」
起爆装置を作動させてから、ボク達はヘリから離れた。
しばらくすると炎素エンジンが爆発し、燃えさかるヘリを後にボク達は歩きだした。
………生き残るために。
うっそうとした森の中をボク達は進む。
前を歩いていたカナタが突然立ち止まった。
「なに? ま、また変異生物が出たの?」
「いや、植物さ。あの樹を見てみな。」
ボクはアイカメラの望遠機能を使って、カナタの指さす樹を見てみる。
「特に変わったところはないよ? ツタがたくさん巻き付いてるみたいだけど。」
「見るのは根元だ。雑草が繁茂してて見えずらいけどな。」
根元をよく見てみると、草むらの間に白い棒みたいなモノがいくつか見える。
あれって骨なんじゃ………
「樹の根元に骨が落ちてるみたい。いったいなぜ?」
「
「食人樹!き、樹が人を食べちゃうの!?」
「食べるワケじゃない。結果としてそうなるってだけさ。あの樹に近づくとだ、ツタが巻き付いてきて、獲物を絞殺する。そして死体が根元で腐り、樹の養分になるって寸法だ。屍肉を漁りにきた捕食獣をまた捕まえて連鎖もさせる。よく出来たシステムだろ?」
「怖い事を楽しそうに解説しないでよ。ボクを怖がらせて楽しいの!」
「女の子を怖がらせて楽しいワケないだろ。よく見ておくんだ。樹の形状、色、ツタの形、特徴の全部をな。食人樹があの一本だけなワケがない。」
そ、そうか。危険を察知するために観察しておけって事なんだ。
カナタは大きな木の枝を一本拾って、食人樹に投げつけた。
カナタが言った通りに、食人樹を覆うツタがすごい速さで木の枝に巻き付き、バキンとへし折ってしまう。
「………動くモノに自動的に巻き付く習性か。攻撃範囲はさほど広くない。近づかなければ問題ないな。」
カナタは冷静だ。ボクは背筋に冷や汗を流してるのに。
一人で森を迷ってた時に、あの食人樹に近づいてたらと思うと震えが止まらない。
「ねえ、カナタはどうしてそんなに落ち着いてるの? 怖くないの?」
「怖いよ。でも怖いからって泣き叫んでなんになる? 戦争で真っ先に死ぬのは死を恐れないヤツ、その次が死の恐怖に飲み込まれるヤツさ。生き残りたければ恐怖を知り、制御しろ、オレがアスラ部隊で最初に教わった事だ。」
すごくもっともな話なんだけど、それを実践出来る人間が何人いるんだろう。
恐怖は制御しようとして制御出来るような感情じゃないよ。現にボクは今も怖くてたまらない。
たぶん……カナタの精神構造は普通じゃない。だからこそ新兵なのに異名兵士に成り得たんだ。
「ボクに出来るかどうかわかんないけど、頑張ってみる。」
「いいお返事です、お姫様。注意して進もう。日が暮れる前に新たな拠点を見つける必要がある。」
ボクは細心の注意を払いながら、カナタの後をついていく。
二時間ほど歩いて、森を抜けたあたりに小高い丘があった。
丘の上の岩場には開けた場所があって、そこから洞窟らしき入り口も見える。
「寝床を発見、だといいな。」
「で、でも変異生物の巣になってたりしないかな?」
「なってるかもな。ソイツを確かめに洞窟探検といきますか。」
「わかった。……ホントはすごく怖いけど。」
「なに、新手のお化け屋敷だと思えばいいさ。」
お化け屋敷では命まで取られないよって抗議したかったけど、笑われそうだからヤメておこう。
洞窟はなんとか二人並んで歩ける広さがあった。
「ひゃん!」
ボクは情けない悲鳴をあげて、カナタにしがみつく。頬になにか冷たいモノがあたった!
「落ち着け、ただの水滴だよ。」
「う、うん。もう大丈夫。」
慌ててボクはカナタから離れる。こんなに男の人と密着したのはクエスターと舞踏会で踊った時ぐらいだ。
顔が火照ってるのがわかるよ。暗闇でよかった。こんな顔を見られたくないもん。
洞窟は一本道でさほど広くなく、すぐに行き止まりに突き当たった。
そこは少し開けた空間になっていて、ボクの執務室ぐらいの大きさがありそうだ。
カナタはライターで
「何を調べてるの?」
「動物のフンを調べてる。」
「えっ!じゃあここは変異生物の巣穴なの!」
「だった、みたいだ。完全にフンが乾燥してるから、長い間ここへは戻ってない。お姫様に頼む事じゃないが、散らばってるフンを集めておいてくれ。」
「フンを集めてどうするの?」
「
カナタは結構物知りみたいだ。ボクが今まで学んできた事ってここじゃ全然役に立たない事ばかりだよ。
「それで狼煙って書くんだ。わかった、集めとくね。」
「頼む、この洞窟は枝道のない一本道だ。オレが表にいればなにも入ってこない。」
「カナタは表でなにするの?」
カナタはリュックからスプレーを取り出しながら、
「こいつで洞窟前の地面に大きなマークを書く。捜索のヘリが発見しやすいようにな。」
いろいろ考えてるなぁ。本当に頼りになる。うん、臨時でボクの守護騎士に任命してあげるね!
ボクがフンを集め終わった頃、カナタが洞窟に戻ってきた。
「ご苦労様。姫君にフン集めなんかさせた事がバレたら、オレはギロチンにかけられちまうな。」
カナタが冗談めかしてそんな事を言うから、ボクもなにか冗談を言おうとした時に………キュウゥゥってお腹が鳴っちゃった。
は、恥ずかしいよぉ!薄暗い洞窟の中でボクはかがみ込んだ。
「なにも恥ずかしい事じゃない。王様だろうと平民だろうと、腹は減るさ。外で食事にしよう。」
カナタに手を引かれて洞窟の外に出る。日差しが眩しい、太陽はもうずいぶん高いところにあった。
「バスケットにサンドイッチでもあればピクニックと言えなくもないんだがな。」
そう言いながらカナタはボクにチョコレートとクッキーを渡してくれる。
「カナタは食べないの?」
「オレはこれでいい。」
そう言ってカナタは手のひらでペットボトルをクルクルと回す。
「ダメだよ、水だけなんて!チョコレートとクッキーを半分コにしよう。」
「これは水じゃない。ガムシロップさ。」
ガムシロップ!?
「ガムシロップをそのまま飲むの!」
「ぶっちゃけバイオメタルは、カロリーを摂取できれば何でもいいからな。姫君にガムシロップを直接飲むのは無理だろ?」
う、うん。たぶん……無理。おえってなっちゃいそう。
カナタは笑いながら、ボクの肩をポンポンと叩いて、
「だから気にするな。オレが出来るコトだからオレがやるだけさ。ローゼはローゼに出来るコトをやってくれればいい。」
この森で生き残る為にボクが出来る事なんてなにもないよ。
カナタに守ってもらうだけの無力な存在でしかない。
「ボクに出来る事なんかなんにも………」
「出来ないと思っていたら出来るコトさえ出来なくなる。欠点しかない人間なんていないだろ? つまりなんの取り柄のない人間もいないんだ。だからローゼにはローゼにしか出来ないコトがあるはずさ。それはたぶんとびきり凄いコトだぜ?」
ボクの臨時守護騎士は優しかった。………ねえ、カナタはどうして同盟軍の兵士なの?
機構軍にいてくれたら、本当にボクの騎士に………
ペットボトルのガムシロップを口に含んだカナタは面白い顔になる。
「あっま!メチャクチャあっま!ウォッカのヤツ、ヒデえアドバイスしやがって!帰ったら覚えてろよ。」
面白い顔で悪態をつくカナタがおかしくってボクは大声で笑ってしまった。
笑いの止まらないボクを見て、肩をすくめたカナタは………突然変顔を作って、奇妙なダンスを踊り始める。
もう、やめてよ。笑いすぎてお腹がよじれそう!
なんだか笑うのもすごく久しぶりな気がする。
………ありがとう、カナタ。ボクの臨時守護騎士様。
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