皇女編11話 凶報は朝日と共に



世界一ツイてないボディーガードに守られながら森の中を歩き、ボク達は澱んだ池の傍に不時着したヘリに辿り着いた。


「バリー、戻ったぜ。」


カナタが声をかけると、ヘリのスライドドアが開き、もう一人の生存者が顔を出した。


「戻ったかカナタ。誰を担いでるんだ?………それにその娘は!」


片腕を包帯で吊った無精ヒゲの軍人に銃を向けられ、身がこわばる。


「落ち着けバリー、このコは敵じゃない。いや、機構軍側の人間ではあるんだけど。」


ちゃ、ちゃんと説明してよ!


「リングヴォルト帝国の皇女、スティンローゼと申します。森の中でカナタに助けてもらいました。」


「剣狼、敵を助けてる場合じゃないだろ!皇女様だかなんだか知らんが、その小娘が俺らが助けてくれる訳じゃあるまい!」


カナタは背負っていたサビーナの遺体をヘリの中に収容しながら、


「成り行きでね。どこの誰だろうと、狼の餌食になりそうな女の子を見過ごしには出来ないだろ? それよりジャクリーンの容態はどうなんだ?」


「よくない、失血はほとんど止まったが………止まったというより………」


「流れる血が乏しくなってきた、か。」


ヘリの後部スペースに女の人が寝かされてるみたいだ。まだ生存者がいたんだ、良かった。


カナタに促され、ボクもヘリに入らせてもらった。


寝かされてる女の人、ジャクリーンさんの顔色は蒼白だった。


かなり血を失っているって話だったけど、大丈夫なのかな?


ボクはスカートを破ってタオルの代わりを作った。何も出来ないけど、せめて汗ぐらいは拭いてあげたい。


ジャクリーンさんの額に浮かぶ玉のような汗を拭いてあげている傍で、カナタとバリーさんが今後の相談を始める。


「それで、機構軍のヘリは見つけたのか?」


「ああ。見つけたけど、派手に炎上中だったよ。あれじゃどうしようもない。」


「折れたローターシャフトの替えさえあればいいんだ!そうすれば飛べる!ジャクリーンを連れて脱出出来るんだよ!」


バリーさんは必死に訴えるけど、カナタの答えは冷静だった。


「ローターシャフトがどの部分か知らないけど、向こうのヘリは墜落して炎上してるんだ。使えるパーツなんかありゃしねえよ。」


「じゃあどうするんだ!このままじゃジャクリーンが……」


「ここで救助を待つ。それ以外に方法がない。」


「バカな!救助が来るまで持つ訳ないだろ!」


「可能性がどれだけ薄かろうと他に選択の余地がないんだから、どうにもならない。だいたい炎上してるヘリのローターシャフトが無事だったとしても、向こうにもここにもハンガーどころかクレーンもない。どうやって取り外して取り付けるんだ?」


「木で足場を組んで頑丈なツタをロープにすりゃ出来るさ!」


「足場に使う木材をどうやって切り出すんだ? 素人のオレにローターシャフトを外す作業は無理、本職のバリーの片腕は使えない。」


淡々と状況を話すカナタに対して、ジャクリーンさんをなんとしてでも助けたいバリーさんは怒鳴るように言い返す。


「木はその名刀がありゃ切れるだろ!二人で行って、俺の指示でカナタがローターシャフトを外して戻ってくる、難しい仕事じゃないさ!」


「二人で向こうに行って木を切り出して足場を組み、シャフトを外す。出来るにしても何時間かかる? その間にここを変異生物に襲撃されたら誰がジャクリーンやローゼを守るんだ?」


「こんな小娘なんか知ったことか!ジャクリーンは………ヘリを頑丈に囲ってから出掛ければ!」


「バリーがそこまで言うならオレも肝心なコトを聞くぞ? 間違ってもウソは言うな。炎上してた機構軍のヘリは、このヘリより一廻り図体がデカかった。大きさも機種も違うヘリでパーツの使い回しは出来ないだろ。そもそも機構軍のヘリと同盟軍のヘリにパーツの互換性があるのか? オレにはあるとは思えない。」


「口金のサイズは多少違うかもしれんが、加工すれば………」


それはボクでも無理だって分かる。加工出来るような工具がある訳がない。


「………バリーも分かってんだろ? このヘリを修理するのは無理だ。」


「剣狼はジャクリーンを見殺しにしろって言うのか!!」


「………およしよ………バリー。……剣狼…の……言うと…おり…さ。」


「ジャクリーン!意識が戻ったのか!」


ボクを突き飛ばして、バリーさんはジャクリーンさんの青白い手を握る。


「バリーの……喧しい声で…目が覚めちまった…よ。」


「俺が必ず助けるからな!」


「……状況は……分かったよ。……私がドジを……踏んだせいで…バリーまで……」


「俺の事なんか気にするな!生きる事だけ考えてくれ!」


「……バリー、私は簡単に……くたばったり……しない。……だから…待つしか…ない。……お願い……だから……」


「………分かった。分かったよ。」


会話が終わるのを見計らってカナタが立ち上がる。


「バリー、俺は周囲に鳴子を仕掛けてくるから。仕掛け終わったら交代で休もう。動くにしても夜が明けてからだ。」


「分かった。俺と剣狼が交代で外を見張る、そうだな?」


カナタは頷くとヘリから出ていった。




カナタが戻ってくるまでの時間は居心地が悪かった。


バリーさんに何度か話しかけたんだけど、生返事しか返ってこない。


この状況はボクのせいだって、仇を見るような目で睨まれたから、沈黙する事にした。


バリーさんが怒鳴り散らしたりしなかったのは、子供相手にみっともないと考えたからだろう。


「戻った。周囲に張り巡らしてあるツタは踏まないでくれ。」


「お疲れさん。俺が先に歩哨に立つから剣狼は休んでくれ。森を歩き回って疲れただろ?」


「お言葉に甘えるよ。バリー、鳴子を過信しないでくれ。森で狼とカラスに遭遇したが、ヤツらは頭がいい。普通の動物とは違うぜ。」


「分かった。任せとけ。」


カナタが帰ってきてくれてボクはホッとした。


「ローゼも寝とけよ。体力の消耗を少しでも軽くしておかないといけない。」


「うん、そうする。」


横になって目を閉じたカナタの顔をボクはしばらく眺めていた。


二枚目だって言っていい顔立ちなんだけど、話してる時の印象は「決まりきらない二枚目半」って感じなんだよね。


性格が男前を下げてるっていうのか………そこがいいんだけどさ。


………なに考えてるのボク!!この人は敵なんだよ!敵!


絶体絶命の窮地を救ってもらったおかげで、感情に補正がかかっちゃってるのかな。


動揺するボクの心に生じたさざ波なんかにお構いなく、カナタは寝息を立て始めた。


ボクも眠らないと。横になって目を瞑ると、すぐに眠気が襲ってきた。


当たり前だよね。目の前で人が何人も死んで、誘拐されて遭難した。


これで疲れてなかったらロボットだもん。




「ローゼ、起きてくれ。」


ゆさゆさと体を揺すられてボクは目を覚ました。


うう、もうちょっと寝ていたい。でもカナタの声は真剣だ、目覚ましアプリを起動させて気分をシャッキリさせる。


「どうしたの?」


「バリーの姿がないんだ。」


「え!? まさか森の変異生物に……」


「だったら悲鳴の一つも上げるだろう。鳴子に異常はないし……自発的にどこかへ行ったな。」


「どこかへって、どこに!一人で森に向かうなんて危険過ぎるよ!」


ましてやバリーさんは片腕を負傷しているのだ。


「……墜落したヘリの……ところさ。……バリーは諦めて……なかったんだ。」


ジャクリーンさんの苦しげな声。


そうか、バリーさんは一人でローターシャフトを手に入れる為に!


「クソッ!どうする? どうすればいい?」


カナタは悩み始めた。悩む理由は分かる、カナタの体は一つしかないから。


足場まといにしかならないボクだけど、ここはカナタの背中を押さないと!


「カナタ、すぐにバリーさんの後を追って!」


「だけどオレがここを離れたら………ローゼだけでも連れて捜索に………」


「ボクを連れていったら足が遅くなるだけだよ!それにジャクリーンさんを一人に出来ないでしょ!中から鍵をかけてジャクリーンさんと二人で頑張る!だから行って!」


「………お姫様の……言うとおりに………バリーを………助けて……」


「分かった。ローゼ、これを。」


カナタはブーツホルダーから拳銃を取り出し、ボクに渡す。


生まれて初めて手にした拳銃はズシリと重たかった。


「使い方は分かるか?」


分かる訳がない。ボクが首を振るとカナタは、


「これが安全装置、こうやって外す。撃つ時は必ず両手で構えろ、装填数は5発、撃ち終わったらこうして銃を折る。このレンコンみたいなのに弾を込めるんだ。予備の弾はこの袋に入ってる。」


「わかった。任せて。」


「基本的には外で物音がしても動かず、じっと息を潜めてやり過ごせ。いいな。」


ボクが頷くと、カナタは夜が明け始めた森の中へ駆けだしていった。


ボクはその背中を見送ってから、スライドドアを閉め、しっかり鍵をかける。


カナタ、どうか無事で。




ボク達はじっと息を潜め、カナタとバリーさんの帰りを待った。


鳥の鳴き声が聞こえる度にビクリとする。


切迫する恐怖はもうさんざん味わったけど、今度はじんわりとした恐怖の時間だ。


静かな空間の中、ジャクリーンさんの呼吸が浅く、弱くなっていくのがわかる。


………お願い、早く帰ってきて、カナタ。


恐怖の時間は二時間ほどだったけれど、ボクには二日ぐらいに感じた。


ジャッ、ジャッとヘリに近づいてくる軍靴の足音を聞いて、ボクは安堵のあまりへたり込んでしまった。


「………開けてくれ、戻った。」


カナタの暗い声は凶報を予感させた。ボクは深呼吸してから鍵を外す。


スライドドアを開けると朝日が差し込んできた。


目映い光と共にヘリに入ってきたカナタは、バリーさんを背負っていた。


バリーさんは全身に酷い傷を負っていて、片脚が………なかった。


カナタはバリーさんをジャクリーンさんの隣に寝かせ、止血帯に使っているツタを縛り直した。


………でも傷口から流れる血がほとんどない。


ボクはバリーさんに話しかけようとしたけど、カナタに肩を掴まれて止められた。


無言のカナタの表情が悲しい現実を物語っていた。


………そうだね。信じ合う二人の………最後の時間を邪魔しちゃいけないよね。


バリーさんは弱々しい声で、となりのジャクリーンさんに話しかける。


「……まいった……ぜ、ジャクリーン。……ドジを……踏んじまった。」


「……バリーの……ドジは…いつもの……事だろ?」


「………違いねえ。………ここまで……らしいな。……助け……られなくて……すまねえ。」


「………いいんだよ。………アンタと………一緒に……死ねるなら………悪く……ないさ。………バリー………愛してる………」


「…………ああ………俺も……愛してるぜ………ジャクリーン……………」


穏やかに微笑んだジャクリーンさんはそのまま目を瞑り、もう目を開く事はなかった。


ジャクリーンさんの最後を見届けたバリーさんも、後を追うように目を瞑り………もう動かない。


深い悲しみの色を目に浮かべたカナタは、そっと二人の手を握らせた。




ボクに出来る事は、二人の魂が天国でも結び合えるように祈る事だけだった。



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