皇女編10話 ある日森の中、皇女は兵士に出逢った



ボクの命を救ってくれたのは、よりによって同盟軍の剣狼だった。


ボクの大切な家族であるクリフォードをもう少しで殺しかけた同盟軍の軍人。


クリフォードが助かったのは新兵装であるシャットダウンアプリを装備していたからだけじゃない。


その時点では機構軍が優勢だったから、同盟軍は撤退した。


だから友軍はクリフォードを素早く収容出来たんだ。


さらに腕の良い軍医の適切な処置と陸上戦艦の医療ポッド、これら全ての要素が揃ったからこそ、クリフォードは九死に一生を得たのだ。


ボクの家族を事実上、殺していたような人が………ボクの命の恩人だなんて。


運命の皮肉とか、天の配剤とか言うけれど………そんなレベルじゃないよ!


運命の贅肉とか、変な配剤とでも言うしかないでしょ!なに考えてるの神様!


「お姫様がこんな地獄に叩き落とされてさ、不機嫌なのは分かるけどな。撃ってきたのはソッチだぜ? むしろオレが不機嫌になってもいいんじゃないか?」


ボクは神様への不満を顔に出しちゃっていたみたいだ。一応こうなった言い訳はしておこう。


「あ、あの、すみませんでした。でもボクも誘拐されてた最中なので、どうしようもなかったんです。」


ボクの言い訳を聞いた剣狼は天を仰ぎ、夜空に浮かぶ真っ赤な月を見上げて毒づき始めた。


「はいぃ? 誘拐されてた最中ですと?………もし神様に会えたらだけどよ、………殴ってやる。グーでな!グーで渾身の右ストレートをお見舞いしてやる。絶対にだ!」


奇遇だね。ボクもおんなじ事を考えてた。


待って待って、今考えるのは神様への制裁じゃないよ。


どうやって生き残るかだよ!


ええと、ボクは一人でこの森から脱出するなんて不可能。


剣狼はクリフォードやオルセンを倒す程の腕前の兵士………答えは決まってる。


問題は、剣狼にボクを助けるメリットが「何一つない」事だ。


いや!あるよ、ある!


「天掛曹長、ボク……ゴホン!私を同盟に連れ帰れば大手柄ですね。リングヴォルト帝国の皇女を捕虜にした訳ですから。」


「こんな魔境のど真ん中で、戦闘能力皆無のお姫様を抱えるリスクを考えれば割に合わない。どんな大功績だろうと命よりは価値がない。」


………落ち着いて、この返答は予想出来てたでしょ。


「では命を懸けるに値するなにかを私が与えましょう。私を連れて帝国へ亡命するのです。私の父は帝国皇帝で機構軍元帥。お金でも階級でも爵位でも望むがままです。」


ここでやっと剣狼は空を見上げるのをやめて、ボクの方を振り向いた。そして真剣な眼差しでボクの目を覗き込んでくる。


「お姫様には大事な人がいるかい? 家族でも友達でも家臣でもいい。」


「います。生き延びて、もう一度会いたい大切な人達が。」


「そういう大切な人達がオレにはいないとでも? それとも金やら地位やらをチラつかせれば仲間を裏切るヤツだって思ったか? 同盟を裏切って機構軍に降れってのはなんだぜ?」


声から静かな怒りを感じる。………しくじった。


ボクだって家族みたいなみんなを裏切れなんて言われたら、怒るに決まってる。


「ゴメンなさい。ボクが間違っていました。地位やお金で大切な人達を裏切る人間と見られたら、ボクだって不愉快です。」


ボクが覇国流に頭を下げると、剣狼は苦笑いして頭を掻いた。


「変なお姫様だなぁ。皇女様なのに、ただの兵士に頭なんか下げるかね。」


「神様だろうと王様だろうと、間違った時は謝るべきです。身分は免罪符になりません。」


「身分は免罪符にならない、か。いい言葉だ。姫様語録かい?」


「母様の言葉です。母様は平民の出でしたから、貴族の横暴な振る舞いがお嫌いでした。」


「そっか。いいお母さんだったんだな。」


剣狼のボクを見る目はどこか寂しげだけど、優しかった。


………最初からボクは間違っていた。交渉なんかすべきじゃなかったんだ。


今ボクは………しなきゃいけないんだ。どうか助けてくださいって!


「天掛曹長、ボクを………助けて下さいませんか? ボクは機構軍側の人間で曹長にとっては敵です。でも、どうしても生きて会いたい人達がいるんです!天掛曹長に報いるものは今はありません。天掛曹長に仰ぐ旗を変える気がないので、この森から生還出来ても報いる事は出来ないでしょう。それでも……ボクは生きたいんです!箱庭から出て自分の足で歩く。そうしようって決めたから!」


箱庭を出たら………いきなり地獄だったんだけどね。


「皇女様ってのは与えられた役割を全うするのが普通だろ? なんでまたそんな決意を?」


「………ある方が教えてくれたんです。ボクが皇女に生まれた事は変えられない、でもボクがどう生きたかは変えられるって!だから………お願い!」


「………旅の途中、ね。いや、お姫様の場合はスタート地点か。スタート地点でリタイアなんて納得出来ねえよな。いいぜ、絶対に助けるなんて気休めは言えないが、努力はしてみよう。ただし条件が二つある。」


「なんでしょう?」


「お姫様は自分には交渉材料がないって思ってたみたいだけど、実はあるのさ。リングヴォルト帝国の皇女様が行方不明なんだ。機構軍は躍起になって探すに決まってる、そこらの一兵卒の捜索とは捜索隊の規模が違うだろう。だからオレ達を発見する捜索隊は機構軍って可能性が高い。」


あ!た、確かに!


「だからさ、救出にきた捜索隊に救助してもらった後、姫様パワーを使ってオレを逃がしてくれ。それが一つめの条件だ。」


「分かりました。必ず天掛曹長を逃がすと約束します。」


「二つ目はそれだ。」


「それ?」


「オレのコトは天掛曹長じゃなくてカナタでいいよ。こんな魔境で階級なんざクソの役にも立たねえからさ。」


「二つ目の条件も承ります。ではカナタ、私の事も敬称抜きでローゼとお呼びください。」


「一国の姫君を一兵卒のオレが呼び捨てにするなんて出来る訳ないだろ?」


宮廷の基準なら、もう十分無礼な物言いをしてると思うよ?


「さっきカナタが言った通りです。こんな魔境では王位も爵位も、ク……クソの役にも立ちませんから。」


カナタとボクは同時に吹き出してしまった。




「カナタ、それでこれからどうするのです? 私が思うに……」


「なあローゼ、自分じゃ気付いてないかもしれねえけど、さっきから喋りが無茶苦茶だぞ。一人称からして、私だのボクだの。」


あう!だ、だって。


「たぶん、ボクって言ってんのが地なんだろ。無理しなくていい。オレはド平民なんでカタッ苦しいのは苦手だ。畏まった物言いはここを脱出して宮廷に帰ってからにしなよ。」


「うん。ありがと、カナタ。」


「そうそう、それでいい。一気に親しみ安くなりましたぞ。そんでボクが思うには、墜落したヘリを探そう、だろ?」


「うん、なにか使えるものが手に入るかもしれないから。………それに………」


「ヘリの搭乗員の遺体も弔いたい、か?」


カナタってエスパーなの? 


「うん、弔ってあげたいんだ。誘拐犯なんだけど、身を挺してボクを助けてくれたから。」


「込み入った事情があるっぽいなぁ。………ま~た訳あり女だよ。何人めだよ、天丼どころじゃねえよ。ざけんな、責任者出てこい。」


すごい怨嗟の篭もった呪詛みたいな愚痴だよ。カナタの事情も込み入ってそうだなぁ。





サビーナの遺体のある場所への道筋は、カナタが案内してくれた。


道に迷ったボクは案内役としても役に立たなかったからだ。


カナタ曰く、ド素人の歩き方だから足跡を追うのが楽でいい、だって。


言い返したくても事実だから、何も言えない。


カナタはサビーナの遺体に手を合わせてから、背中に担いだ。


「ここに埋葬するんじゃないの?」


「ローゼ達の乗っていたヘリの捜索が先だ。さっき岩場に登ってサーモセンサーで位置を確認した。」


そう言ってカナタが歩き出したので、ボクは慌ててついて行く。


カナタとはぐれたりしたら、今度こそボクは死ぬしかない。


サビーナの遺体を背負ってるのに、カナタの足取りはさっきまでと変わらない。


異名兵士ネームドソルジャーだけあって、かなりパワーもあるみたいだ。きっと適合率も高いんだろうな。


敵としては恐ろしいんだけど、今はすごく頼もしい。





真っ暗な森の中の赤々とした輝き………ボク達が乗っていたヘリは墜落し、炎上していた。


「サーモセンサーで確認した時点で分かっていたけど、やっぱ炎上してたか。」


ヘリの傍には真っ黒な羽根の塊があった。な、なんだろう?


「見るな。」


カナタの冷たい声。あ、あれって………


たくさんの真っ赤な目がこっちを向いたので、ボクは目を背けた。


「さすが魔女の森だ。夜行性のカラスとはね。こりゃなにが出てきてもおかしかねえな。」


変異カラスが………操縦士のマービンの遺体に群がっていたんだ。


「ボ、ボク達に襲いかかってきたりしないよね?」


「普通はな。………問題はここが魔女の森ってコトだ!伏せてろ!」


羽音から逃れるように、ボクは地面に伏せて両手で頭を庇う。


何度か怪鳥の悲鳴が聞こえた後、静寂が戻った。


ボクは恐る恐る顔を上げる。


「お、終わったの?」


「ああ、さすが鳥類最高の知能を誇るカラスだ。危険な獲物と判断したらすぐに逃げていった。もう立っていいよ、ただしパイロットの死体は見るな。しばらくモツ鍋を食えなくなるぞ。」


見ない見ない、絶対見ないから!


ボクは立ち上がってカナタに身を寄せるように近づく。


「あらかた焼けちまって使えそうなモノはナシ、か。さっきの狼といい、魔女の森は夜行性生物が多そうだ。これ以上うろつき回るのは危険だな。拠点ベースに戻るか。」


「拠点?」


「不時着したオレらのヘリさ。ほとんど墜落したみたいなモンだけど。そこで生存者が待ってるんだ。」


「生存者!ヘリのパイロットさんが生き残ってるんですね!」


ヘリがあってパイロットさんがいるなら、この森から脱出できるかも!


「ぬか喜びさせて悪いけどな。ヘリが飛べる状態でパイロットも無事だったなら、オレが森の中をうろついてるワキャないよな?」


………だよね、さっさと脱出するよね。


「………収穫ナシで帰投か。バリーがヤな顔するだろうな。」


生き残ったパイロットさんはバリーさんっていうらしい。それはさておき………


「収穫はあったでしょ!」


カナタは胡乱げな目でボクを見ながらグチり始めた。


「古今東西、太古の昔っから足手まといを収穫なんて言ったりしねえよ。………しかしオレのツキのなさって天文学的レベルじゃねえかな。ジョン・マクレーンだってここまで酷くないぜ。」


足手まとい扱いは口惜しいけど、事実だから何も言えない。


「ジョン・マクレーンってどんな人なの?」


「世界一ツイてない男さ。もう世界二になったけどな。」




ボクの命綱で命の恩人の剣狼カナタは世界一ツイてない男らしい。………前途多難だなぁ。



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