皇女編13話 オールドラングサイン



「ローゼ、悪いんだけど髪の毛を何本かくれないか?」


「ボ、ボクの髪の毛を? 何に使うの?」


「御守り。」


髪の毛を縫い込んだ御守りって恋人同士でやる儀式だよ!


ボ、ボクとカナタはまだ出逢ったばかりだから!


「……え、え~と。それは……まだ早いって言うか。あ!べ、別にイヤって訳じゃなくてね……」


「頼むよ。手頃な長さなんだ。」


手頃な長さ?


カナタは親指で洞窟の入り口を指差しながら、


「今から夜に備えてたきぎを集めに行こうと思うんだが、その間に洞窟に変異生物が入ってちゃ困るからな。洞窟の入り口に髪の毛を張っておいてセンサーに使いたい。」


……ああ、そういう用途なのね。……先に言ってよ。ドキドキしちゃったでしょ!


「いいよ。安全の為なら髪の毛ぐらい安いものだもん。」


「ありがとな。ではちょっと拝借させてくれ。」


肩まであるボクの髪の先端を摘まんで、カナタはナイフで髪をちょっとだけ切り取る。


男の人に髪を触られるのは初めてだ。うぅ、ちょっと顔が赤くなったかも………


カナタはボクの髪を結い合わせ、洞窟の入り口に何本か張り巡らせる。


「これでよし。さあ、出掛けようか。」


ボクが留守を守れればいいんだけど、それが出来ないから髪の毛の結界が必要なんだ。


「生きて帰れたら………剣を習おうっと。ボクは強くならないと!」


「その言葉は間違ってる。」


「どうして? そりゃボクに剣の才能はないかもしれないけど、無理だと決めつけたら出来る事さえ出来なくなるって言ったのはカナタだよ!それともやるまでもなく分かるって言いたいの!」


「間違ってるのはそこじゃない。生きて帰れたらってトコだよ。帰れたらじゃない、オレもローゼも生きて帰るのさ。」


「うん、そうだね。……必ず生きて帰ろう。」


「ああ。だけど生きて帰ったら………」


カナタは最後まで言葉を続けず、歩き出した。


わかってる。無事に帰ったら………ボク達は敵同士に戻るんだ。





カナタは森の中の沼の近くで薪を集め、ツタでまとめて背中に背負う。


「薪はこんなもんでいいだろう。問題は………水か。」


カナタは水辺から少し離れた位置に立って沼を観察している。


沼はみるからに澱んだ感じがする。水の色も綺麗とは言えない。


「この水、飲めそうな感じじゃないよね………」


ボクが沼の岸辺に近寄って水をすくってみようとすると、


「水辺に寄るんじゃない!」


険しい声で掣肘される。なにもそこまで怒るコトないんじゃない?


「守ってくれてるのは感謝するけど、なにがいけない………きゃああ!」


みなまで言い終える前に巨大なナマズみたいな魚が水辺から飛び出してきた!


足が竦んだボクが呆然としている間に、電光石火の速さでカナタの居合がナマズの頭を跳ね飛ばしていた。


「水辺にはこういうコトもあるからさ。わかったかい?」


ボクはコクコクと頷くしかなかった。




カナタは素早く金属製の水筒二つに水を汲むと沼から離れた。


「その水、飲めるの?」


「煮沸させても飲料水には使えないだろう。どうしようもなくなるまでは手持ちの水で耐えるしかないな。」


「じゃあなぜ水を汲んだの?」


「ガーゼを使って濾過ろかすれば、体を拭くぐらいには使えるかもしれないからな。」


そう言えば基地でシャワーを浴びてから、一度も体を洗ってない。ずいぶん汗を、冷や汗を含めてかいたのに。


に、匂ってないといいなぁ。こんな非常時に気にする事じゃないかもしれないけど、気になるものは気になる。


「体を拭きたいだろうけど、今日は我慢してくれ。まずオレが試してみて、メディカルアプリで異常がないかどうか確かめてからだ。」


最新機能のメディカルアプリをインストールしてるんだ。かなり高価なアプリのはずだけど。


平民だってカナタは言ってたけど、実は身分のある家の出身なんだろうか? き、聞いてみてもいいよね?


「カナタってお金持ちか身分のある家の出身なの?」


「ド平民だって言ったろ? 親の親は八熾宗家の出身だったらしいから、反逆者の出身と言うべきなのかもしれないな。」


素直に祖父か祖母って言っちゃいけないのかな? あれ?………確か八熾家って照京の………


「八熾宗家って御三家でしょ? 照京では御門宗家に次ぐ名門の家系じゃない!」


照京の御三家は、帝国でいえばヴァンガード家やナイトレイド家にあたる家柄だったはず。


いや、御三家は爵位で言えば侯爵マーキス伯爵カウントよりも位は上だ。


「反逆者として照京を追われたんだから、もう名門じゃない。忠告しとくがな、かつての名門ほど始末に悪いモノはないんだぜ?」


「なにが悪いの?」


「気位だけは高く、失った地位を取り戻す為には手段を選ばないからさ。皆が皆そうだとは言わないが、そういう輩が多いのは事実だ。覚えておくといい。」


ロウゲツ団長はそうは見えなかったけど。例外なのかな?


カナタも皆が皆そうだとは言ってないし。


あれ? でもその理屈で言えば………


「その理屈で言えばカナタも始末に悪い人間って事にならない?」


「なるさ。八熾一族の持ってた地位や財産に興味はないが、オレの行く先に立ちはだかる相手を排除するのに手段は選ばない。」


そう言ったカナタの顔は、ボクを守ってくれてた時とは別人のように怖かった。


この目は………「純白の」オリガさんに似てるような気がする。


「カナタの行く先ってどこ? 何を目指してるの?」


「ローゼと同じさ。行く先は探してる途中だ。お喋りは拠点に帰ってからにしよう。」


薪を背負って歩き出したカナタの後をボクは慌ててついていく。


そっか、行く先を探す旅の途中なんだ。それでボクを助けてくれたのかな?





洞窟前に戻ったカナタは地面に穴を掘り、持ってきてたパラシュートをナイフで切り裂き始めた。


「何をしてるの?」


「生活に必要な施設は寝床だけじゃない。」


そう言って沼から帰る道中で集めた太い枝を組んで骨組みを作り、加工したパラシュートの布地を被せる。


「テント? でも寝床は洞窟の中だよね?」


「ここでクイズの時間です。どうして中央に穴を掘ったのでしょう?」


………あ、そっか!


「………ト、トイレ……だよね?」


「ピンポーン。正解者のローゼには魔女の森サバイバルツアーへの招待券を進呈致します。」


……その招待って辞退出来ないかな? サバイバルツアーはもう始まっちゃってるから無理か。


「………あの、作ったばっかりで申し訳ないんだけど、早速使いたいって言うか………」


仮設とはいえトイレがあると思うと急に………は、恥ずかしい!


「だが問題があってな。」


「な、なに?」


「オレは耳がいい。」


はわわ!き、聞かれちゃうの!そんなぁ~!


「じゃあ、うんと離れてて!お、終わったら呼ぶから!」


「何かあったら間に合わないかもだけど、それでいいか?」


よくないよぉ~!ど、どうしたらいいの?


「オレが思うに用を足してる時に殺されるって、かなりイヤな死に方じゃないかな。化けて出たり、地縛霊とかになったりしない?」


ボクもそう思うよ!え~と………そうだ!


「じゃあボクがトイレに入ってる間は大声で歌って!それなら聞こえないでしょ?」


「オレはカラオケは苦手なんだよ。しかもアカペラじゃないか。」


「ヘタでもいいの!とにかく歌って!大声で!」


「オレの歌声で変異生物が寄ってくるかも………」


「いいから!歌うの!さん、はい!」


「Should auld acquaintance be forgot♪」


しょうがないって顔でカナタが歌い始めたので、ボクは慌ててトイレに駆け込む。


急いで用を済ませ、トイレから出る。恥ずかしくてちゃんと聞き取れなかったけど、カナタの歌っていた曲っていい曲じゃないかな?


「それ、なんていう歌なの?」


「たしかオールドラングサイン、だったかな。」


「聞いた事のない歌だけど、どこの歌なの?」


「………オレの故郷さ。」


え、それっておかしくない? 歌った歌詞は共用語だ。


「あれ? カナタって覇人だよね?」


「………ああ、オレの故郷じゃ歌詞は違う。今のは原曲だ。」


「覇国じゃどんな歌詞なの。歌ってみてよ!」


「オレは歌は苦手だって言った……」


「いいから!一回だけ!」


「しょうがない、一回だけな。ほ~た~るのひ~かぁ~り、ま~どのゆぅき~♪」


「それも聞いた事がないなぁ。いい曲なのに無名なの?」


「いい兵士なのに無名の兵士もいるだろ。日が傾いてきた。中で寝床を作ろう。」


カナタは取り繕うように言い捨てて洞窟に入っていく。


歌が苦手なのはわかったけど、ムキにならなくてもいいのに。


カナタの歌って結構美声で上手なのに、なんで苦手なんて言うんだろ?





カナタはパラシュートの布地の残りを使って寝床を作ってくれた。


「上から被る布を残しておいたほうがよくない?」


「そうしたいが、底冷えを防ぐコトの方が重要だ。洞窟内は焚き火で温度を上げられるけど、冷えた地面に体温を奪われるのを避けるには布地を厚くするしかない。」


「やっぱりそういう知識は軍隊で覚えたの?」


「半分はな。」


「残りの半分は?」


「マンガ。」


マンガ!? マンガで覚えた知識って………大丈夫なのかな?


ボクの懐疑的な顔を見たカナタは不機嫌な顔でグチる。


「マンガをバカにするもんじゃない。哲学書に負けず劣らず人生に必要なコトを教えてくれるんだぜ? 非日常的なコトは特にな。」


「ホントにぃ~?」


「ローゼはそれで命拾いしたんだぞ。危険地帯では迂闊に水辺に近寄るな、マンガで覚えた知識だ。」


そうだったんだ。サビーナはマンガなんか姫君の読むものじゃないって言ってたけど。


カナタはポケットからオイルライターを取り出し、細かく割いた薪に火を点ける。


「これでよしだ。晩メシはコンビーフの缶詰め2個とドライフルーツで我慢してくれ。」


カナタがガムシロップで我慢してるのに、ボクが文句なんて言える訳がない。


「うん。ごめんね。食べ物らしい食べ物をボクが取っちゃって。」


「気にすんな。アスラ部隊じゃ紳士で通ってる。」


「………ありがと。ライターを持ってるなら煙草を吸うんじゃない? ボクを気にせず吸っていいよ?」


「オレは吸わない。上官に愛煙家が多くてね。提灯持ちの為に持ってるだけだ。」


もう!ちょっと格好いいかもって思ってたのに1点減点だよ!


「食べたら横になっていい。エネルギーの消耗を極力抑えるんだ。」


「カナタはどうするの?」


「入り口に鳴子を仕掛ける。空になったコンビーフの空き缶を使ってな。」


「それもマンガで覚えたの?」


「そう、マンガで覚えたんですよ、姫様。」


食事が済むと、ボクが食べ終えたコンビーフの空き缶を持ってカナタは入り口で仕掛けを始めた。


ボクも帰ったらマンガを読んでみよう。


マンガなんて姫君の読むものじゃありませんって言ってたサビーナは………もういないから。





怒った顔、呆れた顔、笑った顔………色んなサビーナとの思い出が脳裏に浮かんで………悲しくなってきた。




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