皇女編14話 青年と少女の主張
ボクはパラシュートの布地で作られた寝床に横になった。
地面が結構冷たい。カナタの言うとおり布地を厚くしないと底冷えで体温を奪われそうだ。
上からかけるものがないから少し肌寒い。焚き火に薪をくべて少しでも暖を取ろう。
炎が強くなると洞窟内は過ごしやすくなった。
鳴子を仕掛け終えたカナタが戻ってきたから聞いてみる。
「どのぐらいで捜索隊はボク達を見つけてくれるかな?」
カナタはペットボトルのガムシロップを不味そうに飲みながら、
「最短で二日かな。なんせここじゃあらゆるレーダーが使えない。目視で捜索するとなると明るい間しか捜索出来ないから。」
「そっか、早く捜索隊が見つけてくれるといいね………」
見つけてくれるだろうかって本当は心配なんだけど。
「そんな心配そうな顔はしなさんな。オレ達を見つけてくれるのは確実なんだ。」
「確実? なにか目算があるの?」
「ああ、詳しくは話せないがオレの仲間に捜索のエキスパートがいる。問題はその仲間が今いるところが遠いコトだ。だけどその仲間が森に到着さえしてくれれば、必ずオレ達を見つけてくれる。」
「本当に!?」
「気休めでも慰めでもない、事実だ。」
そう言ったカナタの顔は自信ありげだった。希望が出てきたよぉ!
「じゃ、じゃあ頑張って生き残ろうね。見つけたのがボク達の亡骸だったなんて事にならないように!」
両手の拳を握り締めたボクをチラリと見たカナタは、無表情でポツリと呟く。
「頑張るのは当然だ。結果を出せ。」
「そ、そうだね。」
「ハハッ、冗談だよ。今のは親父の口癖だ。」
カナタが相好を崩してくれたのでボクはホッとする。
「………厳しいお父様だったんだね。」
「厳しいならいいんだが、厳しい上に人の心がわからないってんだから始末に悪い。頑張ろうとしている人間に、頑張るなんて当然、結果を出せなんて言ったら、かえってやる気を削ぐだけってコトすらわかっちゃいなかった。判断基準が全部自分、優秀な人間にありがちな話だ。」
「………うん、そうだね。よくわかるよ。」
「ローゼの顔を見るに噂は本当だったか。」
「どんな噂?」
「ゴッドハルト元帥は冷厳な人間だって話さ。酷いのになると実はゴッドハルト元帥は暗殺されていて、ロボットが影武者をやってるなんてのもあったな。」
「本当に酷いよ。お父様は厳しい方だけどロボットじゃないから!」
カナタが信じらないって顔になってボクの背後を指差す。
「ロ、ローゼ!………後ろにいるの………誰だ?」
「!!!」
ボクは慌てて後ろを振り向く!オ、オバケが出たの!!
………背後には誰もいなかった。背後からカナタの押し殺した笑い声が聞こえる。
「もう!!騙したんだね!酷い酷い!ボクはオバケは苦手なんだから!」
ボクはカナタの胸板を両拳でポカポカ叩いた。
「悪い悪い。そっか、お姫様はオバケが苦手か。」
「オバケが得意な人間なんている訳ないでしょ!カナタだって怖いでしょ!」
「いや、あんまし怖くない。」
「ウソ!」
「ホントだよ。オバケより………人間のがよっぽど怖いからな。」
「オバケより人間のが怖い?」
「そりゃそうだろ。オバケが祟り殺すのは4、5人がせいぜいだ。生身の人間が殺す人数に比べりゃ可愛いもんさ。新兵のオレでさえ、もう両手両足の指で足りないくらいは殺してる。オレの上官は100人を超えた時点で数えるのをヤメたって言ってたよ。」
寂しげな顔でカナタはそう言った。
「………戦争、早く終わればいいのにね。どうして同盟は矛を収めてくれないの?」
「機構軍が独立を認めないからさ。」
「機構軍が悪いって言うの? 戦争を仕掛けてきたのは同盟軍なんだよ!」
「10人の人間が林檎を100個育てた。銃を持った2人が50個取って、従順な4人には40個与え、そうでない4人には10個しか与えなかった。どう思う?」
「不公平だよ、みんなで分け合えばいいのに。」
「阻害された4人はそう主張した。だが銃を持った2人は頑として認めない。逆らおうにも銃で脅される。だから阻害された4人は隙をみて銃の弾丸を盗んだ。どうなると思う?」
「………喧嘩に……なるよね。」
「なるね。さてこの喧嘩、阻害された4人が一方的に悪いのか? 頭割りで均等に分けるのが公平だとは思わない。だけど銃を持ってるってだけで、収穫の半分もガメれば不満を持つなってのが無理だと思うけどな。」
ボクは答えられなかった。この例え話の人間とは都市国家、銃は攻撃衛星群の事を指してるんだ。
「銃が無力化した時点で強欲な2人と弾丸を盗んだ4人は話し合いをしても良かった。日和見の4人が仲裁してもいい。だけど誰もそうはしなかった。だから喧嘩が始まった。ローゼには認められない話かもしれないけど、どっちが原因かって言えば銃で脅して不公平を強いた2人じゃないか?」
「そうかもしれないけど、共存の道を放棄して喧嘩を始めたのは阻害された4人もだよ!」
「ああ、銃を持った2人には公平さが、弾丸を盗んだ4人には寛容さが足りなかった。日和見の4人には責任感が欠けていたろうね。皆が少しずつでも譲歩し、努力すれば喧嘩にはならなかっただろう。それでも喧嘩の正当性は阻害された4人にあったと思う。あからさまな不公平の是正って言い分があるからな。」
「…………」
「悲劇はこうして始まったが、悲劇は喜劇に変わった。笑えない喜劇にな。」
焚き火に薪をくべながら、カナタはシニカルに冷笑する。
「笑えない喜劇?」
「ああ、機構軍の既得権益を打破する為に始めた戦争を続けるうちに、同盟軍も既得権益者に変貌したって喜劇さ。
「………だったらこんな戦争、すぐにもヤメるべきだよ。」
「同感だ。戦争をヤメても喜劇は続くがね。」
「どうして?」
「既得権を貪る偉いさん達がいるからさ。機構軍に既得権は残り、第二機構軍と化した同盟軍にも残る。なんのことはない、終戦を迎えたところで既得権益を貪るハイエナが一匹増えただけって結果になる。タチの悪いアメーバが2つに分裂したって言った方がいいかな。」
「ボクはカナタの言う既得権を貪る
「………悪かった。ローゼを非難したいワケじゃなくてな………」
「ううん。カナタの言ってる事はわかるよ。耳が痛いけど。」
………ボクは今まで権力者側に立った意見や教育しか経験してないんだね。
「だからって現状をどうにかしようなんてのはヤメとけよ?」
「どうして!不公平がまかり通ってるなら、誰かが……」
「死ぬぞ?」
「え!?」
「親父曰く、「既得権を打破するのは命懸けになる。既得権はこの世で最も甘美な果実だから、その味を覚えた人間は果実を奪おうとする者を躊躇いなく殺す。勝手な大義名分を掲げて、偽りの正義の名の元に。」だとさ。嫌いな親父だったが言ってるコトは正しいと思うね。」
「………カナタは免罪符の成り立ちって知ってる?」
「ああ、どんな罪深い人間でも教会が売る符を買えば、免罪されるってヤツな? 考えたヤツは商売の天才だね。」
「そんな行為はジェダス教の教えに反するって主張して、免罪符の販売をヤメさせようとした一派があったんだ。」
「………それでどうなった?」
「………背教者として全員火あぶりにされた。」
「そうはなりたくないだろ?」
「うん。………でも、もう免罪符は売られてない。最初に主張した人達を火あぶりにしたって止められなかったんだ。諦めなかった人達が後に続いたから!」
「………そうだな。人間も捨てたモンじゃないか。」
「そうだよ。ボクは人間を諦めない。諦めないから。」
「じゃあ是非とも皇帝になって世界を変えてくれ。期待してるからさ。」
「ボ、ボクが皇帝に!?」
「歴史上に女王や女皇帝はゴマンといるだろ? ローゼが世界を変えたきゃ皇帝になるのが早道だ。それが出来る立場にいるんだからな。」
そんな事は考えた事もなかった。次期皇帝はアデル兄様に決まってるって。
「………で、でも………そうするには………」
「そうさ。邪魔なヤツを蹴落として権力を握らないといけなくなる。でもな、権力ってのはどう掴んだかは大した問題じゃない。問題なのはどう使ったかだ。」
「………アデル兄様を蹴落としてまで皇帝になんかなりたくないよ。」
「権力闘争は血で血を洗う闘争さ。綺麗な手のままでいたいなら権力とは距離を取れ。その手を汚す覚悟がない者に、この歪んだ世界を変えるなんて無理だ。」
「話し合いで解決出来るかも知れないじゃない!」
「話し合いでどうにかなるならこんな世界になってるかよ!話が通じる相手に力を行使するのは愚か者だが、話の通じない相手に話をするのは救いようがないバカさ!」
カナタの言葉は耳に痛い。ボクの甘さを痛感させられる。
沈黙したボクに向かって、カナタは優しい声で謝ってくれる。
「………悪ぃ。言い過ぎた。ローゼにはなんの責任もない話だよな。オレの言うコトはオレの考えでしかない。真に受けなくていいんだよ。ヒネた兵士の愚痴だと思って聞き流してくれ。」
「ううん、ここのところ色々あったから消化不良になっただけ。」
「青年の主張はここまでだ。オレが警戒してるから安心して休んでくれ。」
そう言ってカナタは通路前の壁に背中を預けて座り、刀を握ったまま目を閉じた。
「そんな格好でちゃんと休めるの?」
「問題ない。剣の師匠の教えでね、この格好で眠る訓練は積んでる。ローゼはちゃんと横になって寝ろよ。」
「うん、そうさせてもらうね。おやすみ、カナタ。」
カナタの言葉に甘えて横になろう。
すぐに睡魔がやってきた。心も体も限界だった…みた……い………
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